外資企業の破産と事業継続

外資企業の破産・夜逃げに関する内容を、3月8日のブログで書いた。
「国を問わず、借りた金は返すというのが道義的な責任」という意見に変わりはなく、また、意見は言い尽くしたので、特に補足する事項はない。
これに対して、中国の撤退コストが極めて高いため、経営難に陥った会社を破産させ、新しい会社でビジネスを再開する事も選択肢ではないか、という異論も有った。
僕として賛同はできないが、実務論として、この様な方法が現実に可能か、という点は、検証すべき事だと思う。
また、一言で債務不履行と言っても、そこに陥る状況は千差万別であろうし(出資者自身も資産が尽き、払いたくても払えない。詐欺に遭い理不尽な債務を負わされたetc.)。
その意味で、以下、法律と実務論の観点から、破産・夜逃げ後の事業継続可能性に付いて、書いてみたい。

1.法律面の検証
先ずは、法律面から。
外資企業は、殆どの場合、有限責任会社形態で設立されるが、その場合、出資者は出資金の範囲内で責任を負う事が、独資企業法実施細則第18条・中外合資企業法実施条例第19条・中外合作企業法実施細則第14条に規定されている。
この為、外資企業に債務弁済能力が無い場合でも、債務保証などをしていない限り、出資者に代理弁済義務はない事になる。
法的な規制として代表的なものは、会社法第146条の、「破産会社の董事・高級職員で、企業の破産に対して個人的責任を負う場合は、破産完了日より3年間は、他の組織の董事・監事・高級管理職に就任する事が禁止される」というものであり、厳しい制裁ではない。
やはり、有限責任制を前提としているため、債権者側がしっかりとした与信管理をすべき、という考え方が根底にあるためであろう。

但し、これは、適切な企業運営、法に基づいた破産処理が行われた場合である。
そうでない場合の罰則は以下となる。
① 忠実義務違反
破産会社の董事・監事・高級職員が、忠実義務・勤勉義務に違反した場合、民事責任を負う事が、破産法第125条に規定されている(出国停止などの処分が取られる可能性がある)。
② 違法行為
董事・高級職員などが法律に違反し、会社に損害を与えた場合は、会社法第149条により、賠償責任が生じる。
③ 夜逃げ
夜逃げなどの形で債務者が適切な破産処理を行わない場合(断りなしに住所地を離れた場合)、破産法第129条に基づき、人民法院は、訓戒・拘留手段を実行する事ができ、また、破産法第125条に基づき民事訴訟が提起された場合、人民法院は公安局出入境管理局経由で、出国停止処分を取る事ができると規定されている。

尚、2008年のリーマンショック時に、外資企業(韓国企業など)の夜逃げが問題になった事があったが、それを背景として、「外資の非正常撤退による中国関連利益の国際間の追及と訴訟活動の手引(商資字[2008]323号)が公布されている。
これは、正常な会社解散業務を行わず、債権者に損害をもたらす場合、有限責任会社の出資者、董事は相応の民事責任負い、会社の債務に対して弁済責任を行う事を定めると共に、国際間の条約、外交チャネル等を使用した引き渡し請求の実行を定めたものである。

つまり、適切な破産処理を実行した場合、軽微な罰則で済むが、これを行わない場合は、出資者・董事が、出国停止、賠償責任を負わされる事になる。
よって、中国内に他の会社を立ち上げ事業継続という訳にはいかない。
因みに、これは、次の実務面での話になるが、債務未払いとなると、おびただしい数の訴訟が提起される。
また、過去10数年の経験で、債権者・従業員に取り囲まれる経営者を何度か見たが(取り立てになると、やはり必死さが違う)、破産手続を粛々とこなすのは精神的に辛い作業である。

2.実務上の問題
法律上、適切な破産処理を履行すれば、別法人を設立して事業継続する事は、理論上は可能である。では、新しい会社を設立して事業継続する場合、どの様な障害が、実務上考えられるであろうか。

① 調達
破産会社の業種がどの様なものかによるが、生産型企業であれば、部材が調達出来なければ、事業活動ができない。
破産に際して、債務の未払いが調達先に生じれば、取引継続は難しかろう。
仕入先に対する未払いが無い場合は、先払い条件であれば取引を認められる場合があるかも知れないが、資金繰りに確実に負担を与える。
因みに、残余財産の分配順位は、破産・解散関連費用⇒従業員給与・労働保険⇒租税⇒その他の債務となるため、仕入先に対する買掛金は、順位が劣後する。
つまり、仕入先の選定し直しから開始せざるを得ない可能性が高く、これが障害となり得よう。

② 企業ランク
税関、税務局、外貨管理局は、独自に企業をランク付けしている。
破産と企業ランクは必ずしも直結しないが、例えば税関ランクを例に取ると、破産手続の過程で密輸行為に問われる。納付すべき税金、罰金等の滞納金額が50万元を超過する等の判断が下されると、Dランクに降格され、保税品の取扱いが一切禁止されるだけでなく、通関手続も、税関の管理下に置かれ、実質的に貿易行為ができなくなる(夜逃げの場合は、ほぼこの措置が下されるであろう)。
同一出資者が別会社を作っても、企業ランクは、同ランクが継承されるため、実取引が制限される事になる。
現段階では、情報共有は市単位であり、異なる市に会社を作れば、企業ランクの継承は回避できる可能性があるが、現在、政府機関の情報共有の広域化が進められており、今後、規制は強まると予想されている。

③ 信用情報の開示
現時点では、破産会社の出資者・法定代表人の情報は、全国的に公開されておらず、信用調査会社等に調査依頼しても、必ずしも履歴が分る訳ではない(限定的な調査のみ可能)。
但し、2014年3月1日より開始された商事登記制度改革の一環として、企業情報のデータベース化が進められており、工商行政管理局のHPには、破産企業関連情報のファイルが設置されている(データベース化は今後実施)。
つまり、破産会社の出資者・董事等の情報開示が進められる方向にあり、新規事業の継続時の障害になる可能性がある。
尚、この様な公的機関による情報管理だけでなく、金融機関でも信用情報が管理されている。
また、国発[2014]7号により開始された商事登記制度改革では、年次検査を廃止し、年次報告制度に変更する事が規定されている。
適切な報告を行わないとブラックリストに掲載され、3年以内に改善しない場合は、関連者が永久にブラックリストに掲載されると共に、法定代表人、その他の情報が公安、税関、税務局等の政府機関に通告される。
夜逃げを行えば、この様な形でも、情報開示が行われる事になる。
尚、この様な公的機関による情報管理だけでなく、金融機関でも信用情報が管理されている。

以上の様に、法的、実務的な観点より検証したが、夜逃げをすれば、中国での事業継続はまず無理である事が分る。
また、適切な破産処理をした上であれば、新規事業継続は可能であるが、信用の低下に伴い、活動に際して、各方面の制限が行われる事は確かである。