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手巻き寿司

友人が、Facebookで手巻き寿司パーティーをアップしており、興味をひかれた。
元々、寿司は好きだが(とはいえ、刺身中心)、手巻き寿司には興味がない。寿司は、職人の技術を食べに行く感があるが、手巻き寿司は、当然ながら、それとは違う。とはいえ、このご時世で鮨屋に行きにくい。何時もは、どうも思っていなかったすし飯(酢のきいたご飯)も恋しくなってきた。とりあえずは、家で素材を楽しむだけでも嬉しかろうと、オフィスでの面談後に、横浜そごうに刺身を買いに行く。

中とろ、筋子、ふぐ皮が国産。ウニは、国産が25,000円するので断念してロシア産に(4,500円)。お買い得だと喜んでいたら、結構な上げ底だったのでちょっと悲しい。そして、鰻の肝焼きと鰻骨、生わさびを買う。

刺身は全部うまかった。鰻の肝は外した。料金的には、鮨屋の半分以下の価格で満腹になったので満足だが、早く鮨屋に行って、カウンターで冷酒と刺身を楽しみたい。

新聞記事の検証

2020年7月4日の日本経済新聞に、次の様な記事があった。
「香港を拠点とした加工貿易の税務メリットは今後薄くなりそうと分析する。香港で製造管理や原材料・部品調達をして中国本土内で製造・加工することで、米国に輸出された製品を追加関税対象から除外申請できる制度がある。中国から米国に輸出する製品について米中貿易摩擦のあおりを防ぐために、日本企業にも導入例が多い」

これを読んで疑問に思った。昨今、この様な話は聞いたことがない。念のため、香港貿易発展局・東京事務所と、在香港で米国関連業務実績がある総合商社に聞いてみたが、やはり聞いたことがないとの回答。
米国側はどうだろうと、協力関係ができたワシントンDCの弁護士の方に聞いたが、「香港を個別に取扱う制度は心当たりがない」との回答。
という事で、日経新聞の懇意の方経由、この記事の背景を確認願ったが、「日本企業が香港企業に部材を提供して、香港企業が中国企業に、極めて付加価値が低い来料加工を委託する。その場合、米国側で日本原産品(香港原産品という話ではない)として扱われる可能性があり、その場合、301条の報復関税の適用除外となる事もある」との回答であった。

理屈として、日本で殆ど完成させて、その後、中国で極めて単純な加工(例えば、パソコンを日本で作って、箱入れとねじ締めだけ中国でやるようなイメージ)をすれば、中国で付加価値が付かないので、日本原産品と認定される可能性はある。ただ、この様な単純な加工をするために、わざわざ輸送費をかけて中国まで持っていくのは、経済合理性に合わず、それほど事例があるとは思えない(香港貿易発展局も、「有ったとしても、極めてレアケース」との回答)。また、この説明通りだとすると、別に、日本企業が、直接中国企業に来料加工を委託すればよい訳で(やるとすればだが)、香港を絡ませる必要性はない。
ともあれ、1980年代の様に、中国の物価が安ければ、よほど大量に数をこなせば採算が合ったかもしれないが、現在の中国の物価では間尺に合わない。また、広東流来料加工が盛んな頃は、検品・分類のみ。箱詰めのみというような極めて低付加価値の来料も有ったが、2008年の広東省における来料加工廠制度禁止(2012年までの経過措置付き)後は、加工に一定の付加価値が要求される様になっており(進料転換の義務付け)、この様なビジネスモデルは成立しなくなっている。

以上の結果、「香港企業が中国で加工貿易を行う事で、米国側で優遇を受ける制度があるという内容は間違い(香港であるがゆえの問題ではない)」。中国での加工を、極めて単純な内容に限定する事で、原産地はを変えない(日本のままにする)という事例はあるかもしれないが、現在ではレアケースで、香港の根本的な機能の低下をもたらすようなものではない、と言ってよかろうと思う。

僕自身にも金融機関の方から質問が有ったし、香港貿易発展局にも、メガバンクから質問があったと言っていた。この様な形で、香港に注目している方にとっては、気になる記事の様なので、ここで、調査結果を踏まえて解説する事にしておく。

鳥取出張

鳥取出張に行った。
3月下旬に、中国に戻れない状況で時間にゆとりが有ったので、鳥取企業の経営コンサルティング(特例で、中国とは全く関係ない案件)を請け負った。その後、再度の出張要請を頂いたのだが、移動制限期間が有ったので先延ばしにしていたが、3ヶ月経過したので、再出張と相成ったもの。

鳥取にいる大学の同級生が、是非、連れて行きたいと言ってくれたのが、「しもむら」という居酒屋。
吉田類もお勧めの店だそうな。

確かに良い店だ。刺身の鮮度がよく、また、みょうがなどでアクセントが付いている。おやじさんの微妙なけだるさが良い雰囲気を醸し出している。
唯一、僕が困ったのは、鳥取の日本酒しかなかった点。硬めなので身体に合わないからか、鳥取・島根の酒は、あまり飲めない。ただ、それを割り引いても、良い店である事に変わりはない。

という事で、軽めに食べて終了。
ちなみに、5ヶ月髪を染めていないので、自分の髪の色になった。それなりに白髪だが、思ったほどではない。中国に戻るまでは、髪は染めない予定。

香港に関する記事を読んで

Yahoo!に出てきたプレジデントオンラインの記事に関して、筆者の酒井さんに感想を伝えた折り、「できれば水野さんのサイトでもアップしてください」とお願いされたので、ブログにて紹介。香港に異変、デモに人が集まらないという2020年6月26日の記事だが、公平な観点で良く書けていると思う。1点、香港と深圳の家賃の比較のみ、再確認をお勧めしたが。

抗議活動が特に激しかった去年の11月、一時期、当社のオフィスや僕の住居は陸の孤島と化してしまった。(写真は、レンガで塞がれた道路、オフィス前で焼かれた車。窓や出入り口を破壊されてひっそりと営業する吉野家、元気寿司)

そんな時、こんな感じで抗議者達が破壊したインフラを数日で整備し直したワーカーの方々(ボランティアも多数いたようだ)に感動し、敬意を持った。こういう人たちの生活を守る事の必要性が、何度も書いた、破壊行為には賛同できないという、僕の意見の根底にある。報道において注目を浴びやすい抗議者(デモを先導している中流以上の層)が国外に逃げる動きも見えている。そして、最後に、逃げられない低所得者層が割を食う。そんなことが無いようにすべきだ。彼らの生活を守るためには、経済の活性化が必要だ。その必要性をまず、香港を語る人間は認識しなくてはならない。別に、香港は終わっていない。香港の魅力は何だったのか。僕にとって、それは、そこに住む人たちの生命力とたくましさ。そこから湧き出るパワーだった。香港の価値を守るのは、香港に住む人たちの意識だと思う。

元上司五十嵐さんに食事をご馳走になる

6月26日の事、元上司五十嵐さんに昼食をご馳走になる。場所は、銀座のイタリアン。

五十嵐さんは、自分が25才で福建省の実務研修から経理部海外経理課に戻った時の上司で、その後、時は流れ、現在、チェイス・ネクストの顧問をして頂いている。

25年のお付き合いという事になる訳なので、思えば長い。そう思うと、まだ、終身雇用率が相対的に長い日本の場合、会社関係というのは、人生に多大な影響を及ぼすものだと改めて実感。

何時もはデザートは食べない、若しくは、残すが、このティラミスが美味しかったので、完食してしまい満腹になる。なかなか食欲の制御が難しい。

銀座のバーで

赤坂飯店の後は、先日も行った銀座のバーに。
2週間ほど前から、16時間断食をしている。標準的な日常は、夜8時には食事を終り、翌日は、12時まで食事をしないという生活。つまり、1日2食になる訳だが、これは新入社員の時から朝食を食べていないので、別段、辛くはない。良いのは、夜8時以降カロリーを摂取できないので、寝酒をしなくなるという事だ。

この日は、夜9時まで飲んでしまったので、翌日は、午後1時まで食事ができず。
元々、ダイエット効果があるという事で始めたのだが、これは、いまひとつ効果が確認できず。ただ、生活にメリハリができる(酒の切り上げが早くなる)ので、その意味では、もうしばらく続けようと思う次第。

香港(意識のすれ違いを感じる)

香港問題に関して、制度・政治・ビジネスの問題ではなく感情の部分に関して思う事。原則として中立を心がける自分としては、どちらに付くという話はしないようにしているが(破壊行為は香港の価値を低下させるので認めらないという立場のみは明確にしている)、昨今の話の流れは、どうにも違和感がある。

まず、香港市民と中国本土の人の意識の違いだが、香港の抗議活動は、中国本土の市民の賛同を得ていない(というより、なぜ抗議しているかを、心情部分で理解できない)。但し、これが、1980年代頃なら違ったと思う。
1989年に中国でトレイニーをしている時、外国が羨ましいという話をたまに聞いた。たまに聞いたというのは、当時は、そういう話を滅多に口に出せない社会だったからだ。
それが、現在では、ほぼ全員が(特に、若い世代)、「中国に生まれて良かった」と本心から言う。
なぜ、こうも変わったかというと、生活水準・経済環境の向上だ。資本主義の正義と社会主義の正義は違っている。言論の自由が資本主義(というより民主主義)の正義。言論の自由をある程度制限しても、国民を豊かにするのが社会主義の正義。結局、中国では、今のところうまく成果が上がっているし、1970~1980年代に比べると自由な社会になってきているので、多くの人々は生活に満足しており、不満があまり無い。
僕自身を振り返ってみても、2005年頃に上海異動の話もあったが、その時は心情的に嫌だった。当時は、香港の方が生活環境が良かったからだ。それが、去年(2019年)、香港よりも上海の方が、ビジネスチャンスがあるし、社会が安定しているので、生活基盤を上海に移そうと自発的に考えていた。僕個人を例にとっても、過去15年弱で、これくらい環境が変わっている。
殆どの日本人は、この点を理解していない。

因みに、社会主義の難点は、富と権力の集中を生みやすい点だが、資本主義社会でも、近年この様な傾向が顕著に表れており、社会不安に結びついている。結局、人間が作る制度であれば、主義の違いはあれど、似たような結果に陥る可能性があるという事か。

ともあれ、中国では、一般市民が生活に満足しているという点を、資本主義国家の人々は信じたがらないし、そんな事があるとすれば、適切な情報が無いためだと考える。そう考える資本主義側の人間も、自分の見方に偏りがある事を認識していない。
結局、どこで生まれても、その国(日本であれ米国であれ、中国であれ)の教育・メディアに染められる。それに気づいていないだけだ。ただ、そのまま生活していくのであれば、それはそれで幸せかもしれない。他国(特に、主義が違う国)に対する判断は偏るのだが。

香港が気の毒な部分は、香港市民の意志ではなく、もっと大きな流れの中で、資本主義から社会主義に居住環境が切り替わる事で、稀有な例であり、不安は当然有ろう。
やはり、生まれた時からその環境にいないと、人はその環境を受け入れるのは難しい。そのため、香港市民は、当然の事として恐怖を持つし、日本、欧米など、資本主義国の人間は、香港人は可哀そうだと思う。一方、中国本土の人たちは、「俺たちは満足しているのに、なぜ文句を言うんだ」と思う。

こうした、極めて自然で、根本的な意識のずれが生じている。香港人の抵抗感は、人間として自然な感情だと思うが、他国の人間が、過剰に介入することが、最終的に香港のためになるのだろうか。それが、自分には気になる。
同じ話を、中国側から見れば、悪辣な方法(アヘン戦争)で英国に奪われた香港が国際法に基づき返還された訳で、他国は必要以上に干渉するなと考えるし、一方、欧米は、香港市民は自分の意志とは違って社会主義に組み入れられるのは可哀そうだと思い干渉する。
立場が違えば、考え方が違うのは当然だが、双方の意識の違いが必要以上に交錯してエスカレートすると、本質とは離れていく可能性がある。ただ、重要なのは、香港市民の未来である訳で、周りの人間は、一度、冷静になって、そもそも論を考え直した方が良いのではないか。
それが、台湾で中国語を勉強し、香港の永久居民証を持ち、中国本土で活動している日本人(つまり、色んな立場で人々の見てきた)僕の感想である。

赤坂飯店(竹橋パレスサイドビル支店)で会食

6月24日に、竹橋の赤坂飯店で中国ビジネス関連の方と、合計4人で宴席を開いた。赤坂飯店と言えば、丸紅社員(住友商事とかも同じらしいが)にとっては特別な店で、海外駐在員の一時帰国時に、「何が食べたい?」と聞くと、ほぼ全員「赤坂飯店の担々麺」と答えるというくらい。

早い時間に開始して、早く切り上げようという企画だが、話は弾んで、全然早く終わらない。ちなみに、まず前菜の3種盛り合わせと、雲片肉を頼んだが、これがうまい。

そして次は、春巻きと虾仁炒蛋。餃子よりも僕は春巻きを頼みがち。そして、海老の卵炒めは、麻婆豆腐と並んで僕が最も好きな中華料理の一つと言っても過言ではない。

次が、焼き餃子。春巻きを頼んだ時、店員さんが、どうしても焼き餃子を食べてほしそうで、つい頼んでしまったもの。そして、宮保鶏丁。これだけは、ちょっと期待と違う味だったが、カシューナッツは美味かった。

エビチャーハンと麻婆豆腐。安定の味だ。華南地域のチャーハンは、米がぱさっとしてて美味しいが、日本のチャーハンは、また違う良さがある。甲乙つけがたいが、この日本のチャーハンは、無性に食べたくなる時がたまにある。

この時点で満腹だ。あとで、Facebookなどを見た方々から食べすぎだと言われたが(現在、毎日16時間断食をやっているが、いまひとつ痩せないのは食べすぎが原因であろう)、赤坂飯店に来たからには、担々麺を食べないという選択肢はない。4人で一椀を取り分ける。やはり、これが食べたかった。

この日の宴会時に聞いたのは、かつて一緒に仕事(共同執筆など)をしたことがある方々が、殆ど連絡が取れなくなっているという事だった。皆さん、僕よりも年配なので、リタイアした方も多くいるであろうし、別の分野に鞍替えした方もいる様だ。「水野さんは何才まで働きますか?」と聞かれたので、「75才までは働く」と回答。そして、「ASEAN、米国などにも基盤は築きますが、一生、軸足は中国において活動します」と言っておいた。
33年前に、中国関係の仕事をしたいから総合商社に入り(その当時は、まだ中国が注目されていなかった頃だ)、12年前に、好きな仕事を続けたいから独立した。いま、方向性を変えるくらいなら、あの時、丸紅を辞めたりはしていない。その意味では、自分は一貫して迷いがない。

横浜中華街・杜記でテイクアウトする

中華街は、小学校3年生の頃から、毎月1回の頻度で両親に連れて行ってもらっていたので、馴染みが深い。最初通っていたのが状元楼(6年くらい通ったか)、次が華正楼。その後は、大学に入ったので、出かける機会も減り、固定的な店は無くなった。同じ店でも、料理人が変わると、味がガラッと変わる事があるので、そこらが難しい所である。
そして今。
最近よく行くのが、裏路地にある「杜記」という店。刀削麺が有名な店で、小さな店だが結構有名。この状況なので、何時も空いてて、利用する側にとっては有難い部分もある。

この日は、麻婆豆腐、辣子鸡、清炒空心菜をテイクアウトして、実家で食べる。

これは別の日の、红油猪耳と口水鸡。

辣子鸡だけは、いまいち。あとは、満足のうまさ。
持ち帰りがしにくいので暫く食べていないが、ここの刀削チャーシュー麺が美味しい。

自分の会社の経営に付いて

最近、日本事務所(みなとみらい)での面談や、電話会議のご依頼が大変多く有難い事だ。活気があるのが何より。また、日本滞在が長引く状況ながら、現地も問題なく機能しているので、業務にも全く支障がない。これは、自分が会社を作って、12年間でやってきたことの成果という気がする。

部下の教育、というか、ノウハウの引継ぎに付いては、部下たちが、僕の本、原稿、ご質問に対する回答を、本当に良く勉強してくれており、僕が何も言わなくても、僕の考えに沿った回答をしてくれる(若干、外れた場合は、僕が補足する)。中国人の部下たちにとっては、外国語(日本語)でそれをやる訳なので、自分でもそこまではできないだろうなと頭が下がる。これは、感謝するばかり。
あと、上海、広州、日本の拠点などは、部下を出資者(20%)兼社長にして、金銭出納、人事採用、人事考課などの権限は全て渡している。これは、即効性がある対策だったし、丸紅(というか、日本の大企業)ではできない事なので、独立して自分の会社にして良かった部分。やはり、副社長と社長では、各位の意識は全く違う。

人事に関していえば、各拠点で社員を採用する際に、僕は一切口を出さない。決まってから挨拶をしてもらう程度。また、人事考課は、各拠点社長が決定して、一応、僕の確認は申請してくる。よほど問題が無い限りは、それに同意する。
経費管理などの面に付いては、上海や広州などの経費を使うときは、僕が各拠点の社長に頭を下げて頼まないといけない。
なぜこんな体制にしているかというと、人事採用に関しては、自分より部下の方が、能力がある事が分かったので、苦手な事には、敢えて口を出さない。経費管理というか、各拠点の独立採算化に付いては、オーナー(僕)が、ある程度好き勝手にできない体制を作る事が会社の健全化につながると思っているためだ。これは、丸紅時代のシステムが、部長は経費予算枠(交際費などを含め)を持たず、課長に与えている様なもの。部長が使うときは課長に頼まなくてはいけない(さすがに、断る事はないだろうが、そのステップがあるかどうかは重要)。これは、大会社の管理手法を学んで準用した部分。学ぶところは学び、変えるところは変えた訳で、そういう学びの機会が得られたのは、丸紅に感謝しなくてはならない。
こんな感じで、権限移譲を進め、且つ、損益責任を負わせ、計上した利益は、原則全額配当してもらっている(上海も広州も、設立2~3年で投資は回収した)。

チェイスネクストとベトナムは、黒字にはなったが、投資回収には至っておらず、そこらの課題があるのだが、一応、2年度連続(2018年、2019年)全拠点黒字になった訳なので、それなりに順調とは言えようか。
ただ、今の気持ちは、(現地がうまく回っているから行かなくてもよいという気持ちではなく)早く中国に戻りたい。一刻も早い新型肺炎の収束(までいかなくても状況改善)を、願ってやまない気分である。