経験から分かる事(記憶は意外に上書きされる)

記憶力には自信がある方でしたが、その実、「意外と当てにならない」と思い知らされることが数年前に有りました。
それは、丸紅を退職する際の出来事。組織(会社という意味ではなく、所属していた部門)と対立した関係で、そこのトップの人間(当時は部門長補佐だったが後に部門長)とはさんざんやり合い、憎悪に満ちていたけれど、記録を読み返してみると、元々は彼の善意から出たことだと分かり、すっと怒りがひいた事が7~8年前にありました。その時思ったのは、「怒りは記憶を塗りかえるので怖いな」ということ。相手も同じだったのではないかと。
訴訟になる事を想定して、交信記録を保存していたのですが、それが、想定外の効果を生む結果になりました。

発端は、丸紅のとある部門が、コンサルティング会社を作ってくれ、僕がその社長になったこと。ただ、2年後に、コンサルティング事業撤退の方針が出たので、自分は丸紅を退職して、部下を引き取り、クライアント様に対するサービスを継続しようとしたこと。誰が考えても、一番道理にかなった決断で、もめる要素は無さそうですが、そこに絡んでくるのが同氏です。
コンサル撤退方針が2月に出た後、4月の人事で部門に移動してきた訳ですが、元々彼は僕の経理部時代の先輩(ただ、一度も話したことはなかった)。おそらく、僕を守ろうとして、香港・上海まで来てくれ、付き添いの部長には、「水野君がやっているのは、誰にでもできることじゃないから」と話したり、別れ際に、「水野君も大変だねえ」という一言を残して去っていったりしたわけですが、これを完全に忘れていた(記録を読み返して、やっと思い出した)。
とは言え、同氏が来る前に、組織として事業撤退方針が出ているので、彼としても、それを撤回する訳にはいかない。できることは、本社に戻して僕を引き取る事だけ。
一方、僕としては、自分が既に巻き込んだクライアント様や部下がいる以上、中途半端にやめるわけにはいかない。そんな齟齬の存在で、折り合いをつける術がなかったのが不幸であり、結果、同氏としては、「先輩の俺が差し伸べた手を払いやがった」という事になった。なまじ出身が同じ近親憎悪は、更に、憎しみが増すものです。
結局、悪意の業務監査を4週間入れてきたり(悪意であることは、監査に来た方直々に言われた)、僕が辞表を出してから、清算するはずだったコンサル会社を存続することを決めて、「部下やクライアントに接触したら訴訟起こすぞ」とすごまれたり、退職にあたり、退職後はコンサルティングをしないという誓約書を提出させようとしたり、まあ、散々なことをやられたわけです。とはいえ、丸紅というのは良い会社で、人事部・法務部などは、かなりの要求を突っぱねてくれたし、営業部門は、他社に先駆けて、真っ先に独立した僕の会社に契約を切り替えてくれた。そんな形で、(対立した組織以外は)みんなが守ってくれたので、いまの自分が有る訳です。

ここから分かるのは、善意が悪意に変わってしまう事がある(最初から悪意という訳でもなかったりする)。
結果として、そもそもの感情を忘れ、どんどん憎しみに染まっていくことがある。その意味では、過去の記録を残し、初心を残しておくのは悪くないのではと思う次第です。
同氏とは、特に会いたくはないですが、今では別に憎んでいない。という事は言っておいてもよいかなという心境です。彼は僕の事を憎んでいるかもしれませんが。というか、けっこう執念深い人間なので、おそらく憎んでるだろうなあ(笑)