名古屋到着・まずは台湾ラーメンを

名古屋到着。名古屋は2泊で札幌に移動。

名古屋は2日間共、夜の宴席が入っているので、昼食は抜きでもいいかなと思ったが、せっかくなので、駅前の味仙で台湾ラーメンを食べる。

今回の名古屋での宴席は、初日は丸紅時代の大先輩と。2日目は、水野ベトナムの安藤執行役員と。
水野ベトナムは、2016年に実質営業開始して、昨年(2018年)初黒字になった。今年上半期も黒字であったが、最近、にわかに忙しい。
ベトナムは、後発参入という事もあり、現地では全く宣伝を行わず、300社の中国クライアント様にアクセスし、そこからベトナム契約を頂く作戦を取っている。
企業規模が大きくなってくると、中国担当者とベトナム担当者が、まったく異なっているため、浸透に時間がかかったが、数年がかりで徐々に効果が表れてきた。いま花開きかけているという状況か。
因みに、丸紅時代(2007年)にベトナム進出を検討した事があるが、それを進めようか思案しているうちに、自分が丸紅を辞める事になってしまい、それどころではなくなった。結果として、進出が10年弱遅れたわけで、少々残念な気もする。が、結果良ければ、それで良しだ(まだ途上だが)。

宴席続き(上海)

2019年8月29日の夜上海到着したが、到着日以外は、全て会食が入っている。これは3日目。和食が続いたので、ちょっと辛い物が食べたくなったので、ご招待頂いた日本料理屋で麻婆豆腐を注文した。激辛か大辛かと聞かれ、「激辛は辛いですよ」とくぎを刺され迷ったのだが、結局激辛を選択。すごい分量なので、辛さよりも量が堪えたが、4人で完食。

そして生牡蠣。レモン、ポン酢、ラフロイグを選んでかけるという事で、なかなか凝っている。
ただ、麻婆豆腐の辛さが遅れてきたのか、翌々日に胃を壊し、土曜日は寝込むことになった(カキに当たった痛さではないので、おそらく、宴席続きの胃の負担が堪えたのだろうが)。

一応、回復して日本に移動。

この日、機内ではシャンパンを1杯だけ。

ウニいくらご飯

香港のデモの影響で、本日(8月5日)は、210便が欠航との報道が有った。デモに付いては、心情としては理解できるが、これ以上拡大すると、ビジネス制度へのネガティブな影響が避けられず、ひいては、香港の経済的な独立性に深刻な影響を与える懸念がある。この点は、十分注意する必要があろう。

関係ないが、香港イオンで買ったウニとイクラをかけてウニいくら丼。コスト的には、これで2,500円くらいか。

捞麺と若い頃の思い出

ちょっと前に、若者から、「香港で美味しいもの(但し、安いもの)は何でしょう」と質問され、「捞麺かな」と答えたので、懐かしくなって食べてみた。10年以上食べていない筈だが、久々に食べると美味しい。

24才の時(台湾研修生の時)に香港旅行をした折、初めて食べて、「なんて美味しいんだ!」と感動した。台湾に帰ってから、オイスターソースなどを買って作ろうと試みたけれど、まったくうまくできなかったのが、今では懐かしい。
色々な事は、年齢に対して平等だなと、よく思う。20代の頃、高級なものは食べられなかったが、こんなささやかなものを食べては感動していた。その時は、マクドナルドでチキンバーガー(フィレオフィッシュのチキンカツ版で、当時、香港にはあったが、日本・台湾のマクドナルドにはなかった)を食べても感動していたくらいだから、ともあれ、自分の中の幸福基準が、金銭的には低めに設定されていたのであろう。
そんなときの自分が、少しうらやましくもある。
また、20代の頃の自分は、知識も経験も地位もなかったけれど、可能性(未来の選択肢)だけは、無限に広がっているように思えた。だから、目の前の景色が、明るく澄んで見えたものだ。
あの頃に戻って、やり直したいかというと、そうでもないのだが、懐かしく思い出すのは確かだ。

香港・日本料理谷川で会食

7月27日に、香港の上環(ハリウッドロード)に新しくできた、谷川(たにがわ)という日本料理店に食事に行った。28日に上環でデモが有り、催涙弾など使用されたようだが、その前日。実は、29日も面談のために、この付近に行った。めったに行かない上環だが、偶然にも、デモの前日と翌日の訪問となった。

それはさておき。
高級感があるが、落ち着く内装。
料理は、すっぽん、マツタケ、和牛、鰻と出てきたが、それ以上に、調理が素晴らしい。あっさりした味付けに、だしがしっかりと効いている。

料理は、HK$1,500とHK$1,800のお任せのみだが、値段以上の価値はある。
(酒の値付けは良心的だが)酒を飲めば、最低一人HK$ 2,200(3万円)程度。それを覚悟するのであれば、極めてお勧め。
尚、一番安い日本酒(150mlでHK$88)の川中島(長野)が、初めて飲んだが美味しかった。

空港で思う

香港移動前に、成田のラウンジに移動して時間をつぶす。ちょっと前に、数年ぶりに食べたら、ラウンジの寿司が良くなっていたと書いたが、この日は、またもとに戻っていた。無料で食って文句言うなと言う感じだが、これならカレーをはじめとする他の料理の方が満足感がある。

前の投稿の続きだが、「自分にできる事をやっていく」というのは、つまるところは、日本企業の海外ビジネス支援。情報発信も含むが。
(芸術・文化的な尺度も当然重要だが)結局、国力というのは、経済力に連動する。自分の親の世代、もっと前の世代が、ある時には、リスクを冒しても世界に飛び出し、日本経済を発展させてくれた恩恵を、僕の世代が享受している。この財産を食いつぶしつつあるのではないかという危惧がある。それが、世界における日本のステイタスの相対的な低下だ。
何やら、昔の日本人は自虐的であったとか、日本人の誇りを捨てていたという人間の文章を最近、いくつか読んだが、とんでもない。昔の日本人は、口に出さなくても、日本が世界で一番だと、心の中では思っていたし、その自信と余裕があった。
だから、バブルがはじけて、破産企業の安値の買取だ、ジャパンプレミアムだ、格付けの低下だなどと、欧米企業にいいようにやられ、彼らを抜かしたというのは幻想だったと思い知らされたとき、心底悔しかった。そこから今に至る。というか、中国の世界における注目度・影響力が、いい意味でも悪い意味でも、日本をはるかにしのいでいる現状、更には、それを直視しない日本国内の現状に、新たな危機感を覚える。直視しないという事は、挽回しようという意気込みも欠ける事だからだ。
いま、メディアでもインターネットでも、日本はすごいと、絶えず口に出しているが、これが、自信の無さの裏返しでないと良いのだが。
自分は、政治の世界ではなく、経済の世界で生きる人間だ。日本の経済の成長、徳俵からの再飛躍のため、自分にできる事は少なかろうが、大きな経済の中の歯車の一つとしてでも、出来る事を、微力ながらもやり続ける。それが、自分がやるべきことだ。

成田に行く前に蕎麦を食べる

実りある日本出張だったので、満足して香港に移動。
夕方の飛行機なので、時間は余るほどあり、近所の蕎麦屋で昼酒を飲む。3日間の休肝日後の酒なので、なかなか美味しい。
ビールは、僕があまり好きではないスーパードライしかなかったが、気分の良さもあってか、それなりに満足する。
このビールは、僕が新入社員の時に売り出され、瞬く間に日本を席巻し、キリン、サッポロもスーパードライを出したほどだ。最初は好きで、台湾研修生に出た際、旅行に来る友人には、銘柄問わず、スーパードライを土産に持ってきてもらった。何分、当時の台湾は、日本ビールには輸入制限がかかっており、一度、郵送してくれた友人がいたが、何100%の関税を要求され、引き取り断念した事が有った。
それが、ある時を境に、まったく舌に合わなくなり、今では基本は飲まない。という事で、久々のスーパードライであった。

香港の情勢も、なかなか緊迫してきている。現時点では、局地的な場所に近づかなければ、特段安全には問題ないが、今後、28年間(現体制維持のデッドライン)、色々な局面が出てくるだろう。そんな中、香港貿易発展局から、日本での講演(7月27日)を頼まれたので(香港貿易発展局主催のセミナーで、30分間の基調講演をする)、さて、どう話すかと思案する。

前にも書いたが、商社に入社したおかげで、歴史的な瞬間をこの目で見られた。湾岸戦争直後で、まだ油田が盛大に燃えている時、シリア・ヨルダン・サウジ・カタールに出張した。香港返還にも立ち会えた(1997年4月に香港駐在開始)し、アジア金融危機の経済混乱や、SARSの蔓延時も香港で過ごした。怖さはあったが、自分の考え方に影響を与えたのは確かだ。
あと、20数年、香港に腰を据えて、自分ができる事をやろう。

美々卯横浜店にて

日本滞在中の土曜日、そごう横浜店にある美々卯に行った。
美々卯は、会社員時代は、課の宴会場所の定番だったが、香港赴任後足が遠のいていた。

この日の目的は、今後の出版事業の方針を協議(というより、ブレーンストーミング)すること。以前、ここでも書いたが、出版社に本を出してもらうと、彼らの方針に内容が左右される面があり(さらに、出版してもらう事に関するお伺いも必要となる)、これが嫌だった。これが理由で、子会社のチェイスチャイナに出版機能を持たせたのだが、日本の書籍流通は、卸が牛耳っているので(大手卸を通さないと、書店に流すことは、原則としてできない)、この対応をどうするかは難しい課題だった。
そこで、僕の最初の本を出してくれた、キョーハンブックス(地図共販の子会社)に販売代理を依頼していたが、ここが親会社に続き連鎖倒産したため、卸経由の販売ができなくなった。
その後は、アマゾンと、八重洲ブックショップなど(僕の書籍の実績を信頼してくれ、直接取引に応じてくれる)一部の書店に限定して流通する状態になった訳だが、一応、メリットもあった。それは、販売代金がオンタイムでチェイスに入ってくるようになり、チェイスの収益基盤が改善した事だ。ただ、流通経路が限定されるのは、イメージ戦略的には少々困りもので、それを、どう解決していくかを、うどんすきを食べながら協議する。

久しぶりの美々卯は、なかなか美味しかった。
食事も満足、話を進める方向性も決まったので、安心して帰宅。

恒例の伊勢神宮参拝

伊勢神宮参拝は、今年で3年目だ。
大阪から近鉄特急とタクシーに乗り継ぎ2.5時間。参拝30分。そしてまた2.5時間かけて大阪に。まさに駆け足の参拝で、移動中は、ずっと仕事。電車は空いていてよかったが、揺れに揺れてPCを打っていると気持ち悪くなる。とはいえ、急ぎの仕事は済ますことができた。

この日は曇り。五十鈴川が靄でかすんでいて、幻想的だったのが印象に残る。

17時にホテルに到着して、すぐに飲み始めようかと思ったが、目をつけておいた付近のレストランは、全て18時以降に開店するようだ。立ち飲みのワインバー(18時半開店)に後ろ髪をひかれつつも、空腹で1.5時間待つ余裕がなく、やむなく、何時ものホテル最上階のレストランに(シティプラザホテル14階の竜宮)。

味は可もなく不可もなく。ここの魅力は、(大浴場のフロアにあるため)大浴場に浸かって、そのまま直行できる事だが、この日はその余裕もなく食事をする。串揚げは、まずまず。18時には食事を終え、部屋に戻って21時に就寝。疲れはよく取れた。

恵州での講演会と日本移動

7月12日に恵州で講演会を終わらせると、その日のうちに香港に戻り、翌日日本に移動。
恵州の講演会では、1.中国の日系企業の概況(JETRO調査と広東省政府のヒアリングをもとに現状を説明) 2.景気刺激策(減税政策の説明) 3.企業移転の手続を解説する。

1部の日系企業動向は、JETROが1,624社の在中日系企業のアンケート調査(有効回答は756社)をベースに解説する。今年2月に取りまとめたものなので、米中経済摩擦が本格化する前の数字であり、これは割り引かねばいけないのだが、それを踏まえても、想像したよりも良い数字で、少々意外であった。損益状況は84.8%が黒字(収益均衡を含む)で、前年度の82.7%より改善。
今後1~2年の事業計画は、拡大48.7% 現状維持44.8% 縮小5.1% 他国への移転1.5%という数字。
拡大という回答は、前々年度40.1%、前年度48.3%から増加を続けている。
意外に思った理由というのは、中国にいると、中国の技術進歩とともに、日本企業のステイタスが相対的に下がっているのを実感する(日本製だから売れるという時代ではなくなっている)。
同時に、今や世界トップクラスの厳しさの環境基準や、高付加価値要求などにより、移転を余儀なくされる企業が多く、ここ数年、広東省で最も多いご相談は、企業移転だ。
また、2012年の反日騒動以降、日本のメディアは、基本的に、中国経済を悪い様に書く傾向にあるので、中国にいない方も、日系企業がこの様な状態にあるというのは、やはり意外だろう
ただ、756社の生の声であるだけに、日本企業は、苦境の中でも、まだ頑張っているという状況がうかがい知れる気がした。

これは、香港から日本へ移動した折の機内食。今回は、僕の口には、いまひとつ合わなかった。来月に期待だ。

15日に大阪移動。元蝶理の井上中国総代表と会食。良い感じのおでん屋と蕎麦屋にお連れ頂き、軽快に盃を重ねながら、歴史、文化の話で大いに盛り上がる。

翌日は、大阪商工会と打ち合わせ後に、恒例の伊勢神宮参拝。車中で昼食を食べるので、ホームで焦って探したが、コンビニ弁当か柿の葉寿司しかなかった。さすがに、大阪まで来てコンビニ弁当を食べるのには抵抗が有ったので、柿の葉寿司を買う。

中国ビジネスコンサルタント水野真澄のブログ