2月16日の夜は、仕事の打ち合わせを兼ねた会食。
場所は仙霞路の蕎麦道。
通勤ルート上にあるので、何度も前を通りかかり気になっていた。外から見るに、いつも満員で予約が無ければ入れなさそうゆえ、まず前日(15日)の昼に一人で行って下見。、その後、翌晩の予約をした次第。日本の種類は多いが、九州産が過半数。この点、僕の好みとは合わないが、山形の上喜元純米吟醸がおいてあり、「これは良い」と考えたもの。
当日、同席の方より「店の方と随分親しそうですが行きつけですか」と聞かれたが、何の事無い2回目。昼食で名刺交換した後すぐに予約し、翌日顔を出したから印象に残ったというだけだ。
上喜元旨し。蕎麦豆腐(正式な名前は忘れた)が良い。
蕎麦は2種類から選べるが、前日の昼食が田舎蕎麦(太打ち)、この日は細打ち。
比較すると細打ちが僕的には好みか。
上海には蕎麦屋が多いのが嬉しい。
日本酒熱、蕎麦屋熱に浮かされて、暫しは蕎麦屋めぐりが続くであろう。
羽田空港の蕎麦屋にて
2月13日(土)に羽田から上海に移動。14日(日)は、旧正月の振り替え出勤日なので、翌日から仕事。旧正月中仕事をしていたので日曜日も働く必要が有るか?と一瞬自問したが、まあ、軽めに働こうという事で落ち着いた。
今回の日本滞在で日本酒熱が再発したので、ぎりぎりまで蕎麦屋で日本酒を飲もうと羽田空港の蕎麦屋に駆け込む。
日当たりが良く気分が良い。板わさ、焼き鳥、漬けマグロを食べながらビールと日本酒。そして最後に蕎麦。ちょっと食べ過ぎた感あるが、束の間幸せな時間であった。
空港で約1時間、そばを食べながら、独立前後の自分の意識の違いに思いを巡らせた。
丸紅社員時代からコンサルティングを始め、その時でも、リンパが腫れるほどのストレスを感じて(自分にプレッシャーをかけて)仕事をしているつもりだったが、今と比べると、まだまだ覚悟が足りなかった様な気がする。起業した今は、自分だけではなく部下の生活も預かっている訳なので、自分の会社を守る事を必死で考えている。メディアでの露出に付いても、以前は、知名度の向上につながれば是非、という意識であったが、現在では是々非々。仕事柄、自分の知名度を上げる事が、会社の信用向上・収益基盤の強化につながる面があるので、その意味ではありがたい事だが、それ以外の場合は出たいとは思わない。
それより、満足頂ける講演会をできる限り沢山開催する事や、少しでも多くの方の相談に乗る事の方が重要だと思うようになってきた。
そう考えて動いているので身体には負担はかかるが、全て自分で決めて、自分が納得した事だけをやっているから会社員時代よりメンタルが良い。
ともあれ、好きな事が出来ている。それに感謝するべきだ。
そんなことを考えながら、昼酒を楽しんだ移動前のひと時。
山菜天ぷら蕎麦と名酒農口
2月12日(金)は、丸紅経理部の人間(元同僚)が5人オフィスまで来てくれ、その後、ランドマークで会食した。ランドマークタワーにオフィスを移した時に記念の花を贈ってくれ、「いつか行きます」と言われていたのであるが、それが遅ればせながら実現した感じ。わざわざ竹橋から1.5時間ほどかけて来てくれるというのは有り難い。
酒を飲みながら昔話。香港赴任直前(1997年で、僕がまだ30代前半の時)の事を思い出した。当時の僕は、普通の会社員と同様、出世したいという願望が強く有った。ただ、それとは別に、知識に対する憧れも強かった。20代の頃、自分が分からない事を解決していく専門家に対する敬意と憧れを持ち、そうなりたいと願っていた。できれば両立したかったし、ぎりぎりまで粘ったが、どちらか一つを選択せざるを得なくなり、結局、知識に対する憧れが勝った。それが独立の理由という事になるのであろうか(それ程単純な話ではないのだが、極論すればそうなる)。
1日戻って、2月11日。
横浜の実家で両親に山菜天ぷらそばを作ってもらい、金沢で買った幻の名酒(農口)を楽しむ。移動続き、講演続きの2週間だったが、一息ついたと感じた瞬間。
山形料理屋にて
既に、日本から上海に移動しているのですが、ブログの設定が急に変えられ、アクセスができない状況が数日続いておりました。問題解決しましたので、更新再開です。
2月8日の事。クライアント企業様の研修を請負い、立って6.5時間話しっぱなし。痩せたおかげで、以前ほどの苦しさはないものの、終わった時はそれなりに足と腰の痛みを感じる。新幹線で東京駅に戻ると、神楽坂で親友の釜口君(早大合気道時代の友人。現不動産鑑定士)と会食。彼が当社の子会社(チェイス)より本を出版したので、その打ち上げ(但し、割り勘)。
場所をどうしようかと考えたが、先週の北陸から日本酒愛が止められない状態になっている僕が、インターネットで山塞という山形料理の店を選んだ。残念ながら、メニューにある十四代は品切れだったものの、上喜元など美味しい日本酒が飲めた。また、とんぶりをこれだけまとめて食べた事はなかったが、確かに畑のキャビアだと納得。美味しかった。
お互い3合飲んで店を出ると付近のバーに。1杯飲んだら酔いが回ってきて帰宅。さすがに、6.5時間講演(昼休みを入れると7.5時間)の後は酔いも回る。
丸紅・國分社長と
丸紅の國分社長と久しぶりの面談。忙しい時間を割いていただき45分程。丸紅に恩人は数多くいるけれど、國分社長は間違いなく大恩人の一人。
僕が今の仕事(コンサルティング)が出来ているのは、2001年当時の丸紅香港社長の真鍋さん(後の執行役員・中国総代表)がコンサルティング事業開始を認めてくれ、その次の國分さんが自由に飛び回らせてくれた。その結果、コンサルティング事業が形になったものであり、このお二方がいなければ、今の僕がないのは確か。
國分社長とは、2003~2005年に丸紅香港社長をされていた時の上司と部下の関係。(僕が経理、コンサルティングの傍ら経営企画室長の様な仕事もしていたので)歩いて3歩くらいの席で仕事をしていたが、明るい人柄がゆえに、無駄なストレスや負担は全く感じなかった。
一度は、接待中に僕が酔いつぶれ(過去30年で唯一の失態)、家まで送って頂いた。翌日、僕が神妙な顔で謝ると、笑って許してくれたものである。今から思うと恥ずかしい。

この様な感じで、恩義がある方に、会社を辞めてからも定期的に現状報告をさせてもらえるのはありがたいし、離れてみて有り難みが分かるような気もする。
金沢最終日(辰口温泉)
3日連続北陸講演会も、2月4日の金沢で終了。年間70~80回講演をするが、日本では殆どが東京。ただ仕事をして終わりなので、今回の様な旅行と仕事を兼ねた機会は有り難い。思えば、2005年に仕事のストレスでリンパが腫れたが、その頃の夢は、一人で温泉に入り、ただボーっとする事であった。今回、講演をしては温泉に浸かるという数日間を過ごしたが、その意味では、10年越しで夢がかなった事になる。勿論、ただボーっとしている訳にはいかなかったが。
最終日は、辰口温泉・まつさきに宿泊。講演会の終了(17時)後に移動開始し、温泉到着は18時過ぎ。一人で温泉旅館に宿泊するのは、生まれて初めての経験だ。
旅館だけあって、料理も盛りだくさん。刺身、甘鯛、のどぐろ、カニなど、食べきれない料理が出てくる。一人畳に胡坐をかきながら、日本酒と一緒に楽しむのは、何と贅沢な時間だ。
ウィークデーであり、団体客もいなかった(旅館の方曰く)ので館内は静か。これも有り難い。
一夜明けて。東京出発前に、朝食が出てくる。いつもは朝食を食べない僕ではあるが、せっかくなので和朝食を楽しむ。
小松空港出発までの送迎バスまで時間が有ったので、庭を眺めながらビール。
ともあれ、今回の出張で、北陸でもう少し基盤を作ろうと考えた。金沢・富山には、3ヶ月以内にまた来る機会があるだろう。
その後になるであろうが、しっかり仕事をこなした上で、また温泉旅館を楽しみたい。
金沢・浜長にて幸せになる
富山にて
福井での講演会終了後、金沢まで車で移動。その後、新幹線で富山に。
富山には19時に到着。ホテルチェックイン後、一人で食事をしなければいけないが、どこで食事をしようかなあと考えていたら、北陸銀行の桃井様(上海)・大間知様(富山)ラインで連絡を頂き、急遽残業中の大間知様にお付き合い頂ける事に相成った。
出張先だと、どの店に入ってよいか分からない。インターネットで検索すると、居酒屋や回転寿司屋ばかり出てくる、という問題が有る。美味しい日本酒、刺身を食べる気満々の僕としては、お付き合い頂き、良い店をピンポイントで選択頂けたのは、大変ありがたい事だった。
富山駅付近の店にお連れ頂く。その日の日本酒は、満寿泉、羽根屋、三笑楽の三種類。何れも美味しい酒だった。
刺身の鮮度も良く満足し、軽く二次会へ。おかげで楽しい一夜となった(有り難うございました)。
福井到着日本酒と刺身
2月1日福井到着。数日前の天気予報では雪予想が出ていたので、大事を取って早めに移動したのだが、順調に移動し、13時半にはホテルに到着。

その日は、仕事も片づけてしまっていたので(朝4時半に目が醒めてしまい、チェックアウトまでずっと仕事をしていた)、街を散策する事に。行き当たりばったりただ歩くだけだが。

福井県庁を見て、グリフィス記念館に入ってみる。中にクマのぬいぐるみが置かれており、つい引き付けられる。クマに弱い。
僕の好きな日本酒(梵)を買って郵送手配。その後、ホテル2階の日本料理店に開店早々飛び込む。利き酒セットが有り、福井の酒をワンショットずつ6種類楽しむ。刺身、山菜、焼き魚と、満足して就寝。翌日から3日連続講演会。
北陸講演巡業(?)中
ただいま北陸(福井・富山・金沢)講演会中。心配した雪も無く、移動は順調。日本酒・刺身も堪能しています。
取りあえず、連絡事項2点。
日経新聞コラム連載第3回目の掲載は明日(木曜日)。数は力なり、という事で、爆買い・越境Eコマース等を、過去のSARS蔓延・CEPA締結時の香港の思い出に照らし合わせて解説します。
日本経済新聞電子版
宜しくお願い致します。
また、NNAの連載は、今週月曜日から3回連続して中国法人のオフショア取引。このタイトルで3回分の原稿を書く人間もあまり無いとは思うのですが、調べ出すと、法律と実務運用にかい離が有ったり、昨今、実務運用の強化などが実施される気配が有ったりと、注意点が多い為、これを機に詳細を解説しようと考えたもの。
因みに、一昨日(2月1日)に、大阪からサンダーバードで福井に移動。
