隔離2~3日目

一夜明けると、隔離2日目だ。前にも書いたが、到着日起算なので、家に着いたらもう2日目。
前日は、空港での検査結果待ちが大変だったので、午前中はのんびりしていたいところだが、国慶節前で、ともかく忙しい。長期休暇に入る前に、質問は全部投げてしまおうと考えるのが人情で、これはいつもの事。あたふたと仕事をしながら、昼食を食べる。カップうどんに卵を落とす。卵は冷蔵庫内に有る10個で14日間持たせる必要がある。貴重品だが、初日と2日目で2個消費してしまった。そういえば、昔(30年前)、丸紅の先輩から、「リビアのベンガジに短期駐在したんだけど、物資が無くて、同じ事務所の駐在員たちが、こいつは朝から卵を食べやがった(贅沢だ)、と真剣に喧嘩するんだぜ」と聞かされたことを思い出す。そこまでひどくはないのだが。

夜になると、冷凍ゴボウをレンジがけして、マヨネーズかけてサラダにしたり、そうめんを食べたり。
まずは、麺つゆを作ろうと思ったら、鰹節が無く愕然とする。今まで、だし系を切らしたことは無かっただけに、これはうかつだ。8ヶ月も不在にすると、住居内の状況は、記憶に全くない。ただ、既製品のつゆが有るので、これを活用することにする。
日本酒・みりん・醤油を加熱して、これを加えると、まずまずの味になった。そばつゆにはこだわりがあるので、最低でもひと手間かけたい。

そして3日目。引き続き、忙しい。

昼はスパゲティボンゴレ。あさりは、水嶋さんが買っておいてくれていた冷凍品だが、思ったよりも上手くできた。


そして、少量のおかずを何品か作って食べる。隔離生活で、野菜が取りにくいと思うと、積極的に野菜を食べている。ついでに、野菜ジュースも飲んでいる。これだけ、意識的に野菜を摂取するのは、生まれて初めてかもしれない。

深酒にならないよう、軽く一杯。

香港の入国管理(コロナ関係)

香港の入国管理の手順は、以下の通り。
まず、出発前に、以下のサイトで健康申告を行う。基本情報(氏名、ID番号、隔離場所など)をインプットすると、自分のQRコードが取得できる。自分は、成田空港のJALカウンターでやらせてもらったが、有効期限は48時間なので、前日にやった方がスムーズか。
ここで取得する自分の暫定QRコードが、香港入国手続きに必須となる。

空港に到着し、検査場に移動すると、まずやらされるのが、スマホを出して、Stayhome Safeという、隔離専用アプリ(右下の、青色のアプリ。中国名は居安抗疫)をダウンロードすること。スマホを持っていない場合はどうなるのだろう。ともあれ、スマホを持ってることが前提の管理になっている。

その次は、GPS付き腕輪を装着される。これは、隔離期間中は、外してはならない(入浴、就寝中も)。

そして、隔離義務の説明を受け、唾液採取⇒PCR検査⇒陰性結果取得で、隔離場所(原則は自宅)への移動が認められる。
この段階の移動は、公共交通機関を使ってもよいが、タクシーのナンバープレートなどの情報は記録に残しておく必要がある。

隔離場所(自宅)に到着すると、Stayhome Safeの隔離場所到着ボタンを押して、住居内を1分間歩くと隔離場所特定完了。あとは、ここを出てはならない。この指示に従わないと、「懲役6ヶ月以下、及び、HK$2.5万以下の罰金(懲役と罰金の併用)」。僕の家は、幸いほぼ目の前にゴミ捨て場所が有るので良いが、日本式に、外でごみを捨てるような場合は、ごみも捨てられない。

そして、隔離期間中は、一日2回検温が必要。香港で買っておいてもらった体温計が調子よくて快適。

そして、10日目に、もう一度PCR検査をして、所定の病院に提出する必要がある。
そんなこんなで、14日間が経過すると解放される。

現時点で、僕はまだ隔離期間中(全工程を終えていない)なのだが、感想としては、良く管理されている。空港で待たされる時間が長い(到着時間によっては、ホテル1泊が余儀なくされる)という問題はあるが、ともあれ、これだけしっかり管理すれば、リスクはほぼ制限できる。隔離期間終了直後は、理屈としては、国内の人間より安全だ。
コロナ騒ぎ勃発後、ヒステリックな意見をばらまく人間が少なくないが、経済を無視した狂信的な発言は、国を疲弊させるだけだ。大切なのは、綿密なリスク管理。やるべき事をやって、しっかりと受け入れる。それが重要だ。その意味では、自分は、香港の対応に不満はない。

香港到着(空港から解放されるまで)

香港空港到着。一応、真っ先に外に出られたが、あとで分かったが、同じ機内の人間は一括り(検査結果待ちも、検査結果が出て、解放されるときも一緒)なので、外に出る順序は、あまり関係なかった。機内には、30人程度の乗客がいたようだ。
係員の誘導に従い、200番代のゲートが有る場所に移動。ここで検査だ。

最初にやるのは、スマホにアプリ(Stayhome Safeという隔離用アプリ)をダウンロードすること。それが終わると、GPS付き腕輪装着、隔離義務の説明、そして唾液採取。
因みに、成田空港でチェックインする時、香港政府に対する健康宣誓(氏名、ID番号、住所、隔離場所、過去14日間の滞在地などの報告)を、インターネット(スマホ)で申告し、自分のQRコードを取得する。これが極めて重要で、唾液採取前のステップでは、各所で、「QRコードを見せろ」と言われる。僕のスマホでは、何故か、自分のQRコードがダウンロードできなかったので、やむなくスクリーンショットを取って、それを携帯に保存しておいた。見せたのはそれだが、問題なく対応できた。

ここから先は、撮影禁止。これは、隔離義務の説明を受けるための順番待ち。一人一人説明を受ける。
この段階で、以下の写真の図のステップ5まで終了している。残りは、隔離場所(自宅)に着いてから。

ここが唾液採取場。ここから先は、また撮影可能(少なくとも、撮影禁止の表示は無かった)。指定ブースの紙を渡され、一人で採取する。そこに行く前に、採取要領のビデオが放映されているので、各自見る。

ここまでは順調だったが(空港到着後、1.5時間程度)、ここからが長い。PCRの結果が出るまで空港を出られないので、ここで延々と待たされる。因みに、同じ便の乗客は、ここでまとめて拘束される。

待つこと8.5時間。水と簡単なお菓子(クラッカーなど)は無料でくれるのだが、空港到着から10時間もいればひもじくなってくる。そして、何よりも寒い。外は30度も有るらしいが、中は冷房が強く寒さに震える。久々の香港の洗礼だ。幸い、セーターを持っていたので着たが、これでも足りない。使い捨てカイロを持っていくとよい様だ。香港では、冬でも(暖房どころか)冷房をかけるので、これから先は、必需品となろう。尚、トイレは付近にあるので、自由に行ける。

23時にようやく結果が出て、空港から外に出ることができた。陰性の検査結果は出ているので、公共交通機関は利用できる。タクシーに乗って、自宅に移動。

人が殆どいない空港。空港係員のおばさんが、下町っぽく愛想がよかった。あ~、香港だなあという懐かしさがこみ上げる。
これから自宅に移動して、アプリを起動させると(隔離場所到着のボタンを押して、住居内を1分間歩くと、隔離準備完了のサインが出る)隔離開始。とは言え、到着日から数えるので、帰宅直後には、1日目が終了した。ちょっと得した気分になるが、ともあれ、10月10日までの隔離。

深夜の帰宅

PCR検査が陰性と出てからの移動なので、香港の家に着いてのは0時近くだ。隔離場所に到着する時点で、ほぼ隔離初日が終わっている形。
ともあれ空腹だ。機内食以降、空港でもらったビスケット以外、何も食べていない。
隔離期間中の食料を、部下の水嶋さんが買って、家に運び入れてくれていたのを確認。

これだけあれば十分だ。冷凍庫の中の、冷凍ゴボウやオクラが、この時は、「食べるかな?(おそらく食べない)」と思ったのだが、後日、大変な威力を発揮することになる。

水も5ℓ入りが10本あるので、十分な量だ。

ともあれ空腹に耐えかね、サッポロ一番味噌ラーメン・旨辛というのを食べる。気分的には、どストライクの選択であった。

そんなこんなで就寝。

成田から香港に出発

2020年9月27日。朝8時5分のリムジンで空港に向かう。今まで見たこともないような、人のいない空港。

飛行機は、当たり前のように、欠航便ばかり(写真が小さいが、赤く表示されているのが欠航便)。

取りあえずは、JALのラウンジに行く。4人掛けの席は、3席が使用禁止で、1席だけ使える状況。それでも、ガラガラ。醤油ラーメンを食べる。量が少なくてよい。以前は、豚骨ラーメンだったので、豚骨が苦手な自分は食べなかったが、醤油になったのがうれしい。

歩いて、63番ゲートに向かう。店は閉まっている。免税店はやっていないのかと思っていたら、香港到着後(拘束中に)、成田の免税店の袋を持っている乗客が数人いた。どこかでこじんまりとやっているのであろう。



飛行機は定刻で出発。ビジネスクラスの乗客は二人。担当の客席乗務員の方(三人)より少ない。こんな経験は初めてだ。

離陸して、比較的早く食事が出てきた。午前11時頃だろうか。まずまず美味しい。

朝、(小さいながらも)醬油ラーメンを食べたので、ご飯を少し残す。ただ、この時は、この食事後、12時間以上食事ができないとは、予想もしていなかった・・・

成田空港に(日航ホテル成田で前夜泊)

2020年9月27日に香港帰任だ。上海の前に、まずは香港。
JAL・香港は週一便。朝便(9時50分発)なので、前日は成田に宿泊することにした。日本滞在が長引いたが、仕事場=いるべき場所に戻るので気分は爽やかだ。ちょっと、ジーンとくるが。
過去23年間、何時も旅の中に身を置いていたので、別れも無かった。これだけ長い時間、一か所に滞在すると、別れの寂しさを感じることになる。ただ、再会の嬉しさも、色々な場所である筈だ。日本には、半年後に、一旦、戻る予定。

取りあえず、焼き鳥にシャンパンだ。日本酒「真澄」の300mlボトルも売っていたので、受け狙いでそうしようかと思ったが(気分的には、却ってそちらが好ましかったが)、気分を奮い立たせるべく、シャンパンにした。

成田エクスプレスは、自分の乗った車両は乗客が2人。トイレに行くついでに他の車両を見ると、一車両3~4人という感じだ。時節柄、苦戦を強いられるが、如何ともしがたい。

ホテルに到着すると、マッカラン18年と山崎12年という、好きなウィスキーを飲んで就寝。

さて、帰任だ

明日の便で香港帰任。明日から隔離生活の開始だ。
その後、10月下旬に上海に移動して、隔離&居住を開始。

香港の14日間隔離は自宅なので問題心配はない。部下の水嶋さんも、大量の食料品を運び込んでくれたし。少々心配なのは、上海での7日間ホテル隔離だ(その後の7日間は自宅)。とは言え、気分は爽やかだ。やはり、仕事の場所に戻れないストレスが少なからずあったのであろう。
隔離対策用に、フリーズドライフードとカロリーメイトを購入。最近の携帯用食料の進化は素晴らしい。これだけあれば、隔離も問題なしだ。

色々な事を考え、将来の布石も打てた日本滞在だった。
全てが収束し、後で振り返ったら、きっと、「散々だったが、最高の一年だった」と思うことだろう。
無駄にした時間ではない。大切なことが十分できた。思い出に残る一年だ。

ともあれ、世界情勢は激動の中にある。自分の持ち場で、頑張ってきます!

中国における外国人再入国規制緩和(招聘状・ビザ免除)の補足

先ほどアップした掲題の件ですが、公告では分からないのは、「居留許可が有効期限内に有る場合は良いのだが、期限が切れている場合はどうなるか」という点。
それに関して、本日午前(9月24日午前)に、当社上海・広州より、上海市出入辺防検査総站・広州市外事弁公室にヒアリングし、それに基づく会報を配信したので、同じ内容を、ご参考まで、ここでもアップします。
結果、「詳細は国によって異なるので、該当地の大使館・領事館(つまり、在日本中国大使館)で確認してください」、という回答で、それ以上の回答が得られなかったのですが・・・
ともあれ、規制緩和のトレンドには入っているので、国慶節明け後に動き出すのではないかと、個人的には考えています。

中国における外国人入国規制緩和(招聘状・新規入国ビザ免除)

2020年9月23日に、中国外交部・国家移民管理局から、以下の公告が公布され、2020年9月28日より、外国人の入国規制が緩和されます。
<公告の内容>
● 2020年9月28日0時より、有効な居留許可証(就労類、私的事務類、家族居住類)を持つ外国人の入国を許可する。新たに、入国用のビザを申請する必要はない。
● 居留許可証の期限が切れているが、中国訪問の目的が変わらない場合、期限切れの居留許可と関連書類を持って、中国大使館・領事館で相応のビザを取得すれば入国が認められる。
● 2020年3月26日の公告で定めた、その他の措置は継続する。

当該公告に基づく実務対応を、本日(2020年9月24日・午前)広州市外事弁公室、9月25日に上海市出入辺防検査総站にヒアリングしましたが、回答は、双方以下の通りでした。
1)有効な居留許可証(就労類、私的事務類、家族居住類)を保持している外国人は、9月28日0時から、居留許可証に基づき、中国に入国することができる。入国のための新規ビザの申請は不要となる。
2)居留許可証の期限が切れている場合(但し、再渡航の目的が従来と変わらない場合)は、各国の中国在外公館で、以前の居留許可と関連資料を提出してビザを申請できる。但し、ビザ申請の手続きや必要書類は、国によって異なるため、招聘状の要否を含めた詳細は、各国の中国在外公館にヒアリングしてほしい。

以上の通り、居留証が有効な場合は、特段の手続無しに入国が可能になりますので、大きな制限緩和となります。因みに、有効な居留許可を有する外国人の入国要求は、2020年3月28日以降、以下の通りとなっています。
(3月28日より)招聘状・入国のためのビザ申請が必要⇒(8月22日より)招聘状免除・入国のためのビザ申請が必要⇒(9月28日より)招聘状・ビザ共に不要。居留許可に基づき入国可能。

一方、問題となるのは、居留許可が、2020年3月28日以降に期限切れとなった場合の手続ですが、公告には、この場合の招聘状取得要否は明記されていませんし、広州市外事弁公室でのヒアリングも、明確な回答は得られませんでした。
何れにしても、居留証期限が切れている場合、再入国のためにはビザの申請が必要となりますが、それに際しての招聘状取得要求は、以下の経緯となっていました。

<ビザ取得時の招聘状要否の経緯>
Mビザ・Zビザの新規取得に関する招聘状の要否は、2020年3月27日までと、3月28日以降で、以下の様に変更されています。
その上で、今後(9月28日以降)の対応は、現在、明確になっておらず、詳細は、在日本中国大使館・領事館で確認する必要があります。

● Ⅿビザの申請
2020年3月27日までは、Mビザを取得するために必要となる招聘状は、中国国内の貿易相手が発行する、商務活動書類、経貿交易会の招聘状でした。つまり、政府機関ではなく、中国内の企業が発行した招待状で、申請が可能でした(但し、数次ビザの場合は、地方の外事弁公室・商務主管部門が発行した招聘状が必要)。
それが、3月28日以降、省級人民政府外事弁公室、若しくは、商務庁等の機関が発行した招聘状が要求される様になりました。

● Zビザの申請
2020年3月27日までは、Zビザの取得に、招聘状は不要でした。
それが、3月28日以降、外国人工作許可通知、赴任所在地の省級人民政府外事弁公室、若しくは、商務庁等の機関から招聘状の取得が招請されています。
この招聘状の取得が難しく(Mビザも同様)、ビザ取得の障害となっていました。

今回の規制緩和措置の趣旨からすれば、居留許可期限が切れている場合でも、元の居留許可と関連書類に基づき、在外大使館・領事館で、ビザ申請が可能となる期待がありますが(外国人工作許可通知、招聘状などは免除)、この点については、現時点では明確な回答が得られておらず、在日本中国大使館の方針に従う必要があります。

中国入国規制緩和

明々後日に香港に移動。もう少しだ。不思議なもので、精神的には安定してきた。やはり、仕事場にいないストレスというのが有ったのであろう。そして、10月下旬に上海移動する。上海居住の開始だ。
ということで、久々の渡航準備で慌ただしい状況だが、以下の通知が公布された。中国に戻れずに困っている人が多いようで、ご相談も多々頂くが、これで状況が改善すると思われる。

中国外交部・国家移民管理局から、以下の公告が公布された。内容は、以下の通り。
1)2020年9月28日0時より、有効な居留許可証(就労類、私的事務類、家族居住類)を持つ外国人の入国を許可する。新たに、入国用のビザを申請する必要はない。
2)居留許可証の期限が切れているが、中国訪問の目的が変わらない場合、期限切れの居留許可と関連書類を持って、中国大使館・領事館で
相応のビザを取得すれば入国が認められる。
3)2020年3月26日の公告で定めた、その他の措置は継続する。

――――――――――
中华人民共和国外交部、国家移民管理局 《关于允许持三类有效居留许可外国人入境的公告》

根据当前新冠肺炎疫情形势及防控需要,现对2020年3月26日外交部、国家移民管理局联合发布的《关于暂时停止持有效中国签证、居留许可外国人入境的公告》部分措施调整如下:

  自2020年9月28日0时起,允许持有效中国工作类、私人事务类和团聚类居留许可的外国人入境,相关人员无需重新申办签证。如外国人持有的上述三类居留许可于2020年3月28日0时后过期,持有人在来华事由不变的情况下,可凭过期居留许可和有关材料向中国驻外使领馆申办相应签证入境。上述人员需严格遵守中方防疫管理规定。

  3月26日公告其他措施继续实施。中方将在确保防疫安全前提下,逐步有序恢复中外人员往来。

  特此公告。

中华人民共和国外交部
国家移民管理局
2020年9月23日

東京駅で寿司を食べる

帰任まで、あと一週間。俄かに慌ただしくなってきた。眼鏡を作り、目薬を半年分医者にもらいに行き、(これはちょっと前だが)PCを買い。そして、壮行会を開いてもらい、等々。最後の一週間は、実家でおとなしくしようと思うのだが。そんなある日、丸紅時代の先輩高橋さんに食事をおごって頂いた。

高橋さんとは不思議な縁で、最初は、1989年の福州赴任前に、打ち合わせをして頂いた。その時は、10分程度の軽い挨拶だけなので、高橋さんは覚えておらず。その後、1991年の冬休みに深圳に遊びに行った時、ちょうど駐在していた同期S君から、「変圧器(5Kgの重量)と宮沢りえの写真集(サンタフェ。ずいぶんでかい作りであった)を持ってきてくれ」と頼まれた。「はた迷惑なお願いだ」とは思ったが、やむを得ず、出発の前夜、残業が終わってから、0時まで開いている書店に行き購入。重くて(変圧器)でかい(写真集)荷物を抱えて、台湾、香港経由で深圳に入ったが、それが、まんまと羅湖税関に見つかった。パスポートを取り上げられ、別室で調書を延々と取られ、2時間後にようやくたどり着いたオフィスで、「お前のせいで!」と怒り心頭でS君に食って掛かろうとしたら、そこに高橋さんがいたという過去がある。

因みに、その時の写真集に付いては、「これは芸術品だ」と主張し、それをベースに議論を展開した結果、最後は、「お前の主張は認めてやる。但し、法律で中国には持ち込めないから、出る時に返してやる」と預かり証を渡された。とは言え、議論に勝った嬉しさなど微塵もなかったので、「俺はもう関わりたくない。お前が引き取れ」と、S君預かり証を渡して終わらせた。
あとで知ったら、サンタフェは、香港で購入できたようで(その同期は、毎週月曜日、香港で開かれる朝会に出席していた)、後日S君に、「わざわざ俺に持ってこさせるな!」と言ったら、「ごめん。水野だったら、何とかしてくれると思って」と切り返された。
参ったものだが、今では、懐かしい思い出だ。
ともあれ、その時は、ちょうど居合わせた出張者の高橋さん(当時北京駐在員)に、四川料理をご馳走して頂き、何て良い人なんだと感謝していたら、数日後には、水野が写真集で捕まったらしいぞと、尾ひれ背びれが付いた噂が、北京事務所で広がっており、ぎゃふんと言ったものだった。そんな出会いであったのだが、6年後には香港駐在で一緒。その後、高橋さんは丸紅広州の社長になったし、僕も丸紅広州を兼務していたので、楽しく、一緒に働かせて頂いた過去がある。仕事での困難を一緒に乗り越えた経験もあるので、大変懐かしい。

さて、会場は、適当に選んでくれと言われたので、東京駅八重洲口にある鉄鋼ビルの「いぶき」という店を選んだ。インターネットで選んだので、あまり期待していなかったが、良い店だった。刺身も美味いし、日本酒の品ぞろえが、完全に僕好みだ。

ほどほどに終わらせるつもりだったが、22時まで、昔話を主体に、楽しく盛り上がった。

中国ビジネスコンサルタント水野真澄のブログ