40代半ばは一回り大きくなるための試練の時か

ブログが途絶えている10日ちょっとの間の出来事です。
日本から香港に戻り、慌ただしく面談をこなすと、14日(日)に上海移動。この日は酒を抜くはずだったが、思い悩むことが多かったので、香港空港のラウンジで酒を2杯。会社を存続させることに責任を負うオーナー社長の悩みや辛さは、やってみないと分からない。ただ、今回の上海滞在で、何人かの方と話をして感じたのは、(会社を存続させ、社員・クライアントの方に責任が持てるという条件の下で)行動には完全な自由が有る。これは確かであり、自分の環境に感謝しなくてはいけないという事だ。
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思うのだが、人によって耐性の方向は違う。つまり、どの様な事に耐えられて、どの様な事には耐えられないかは人それぞれだ。安定した収入を失う事が耐えられない人。部下の生活・人生に責任を持つ事が耐えられない人。自分の意見を曲げる事が耐えられない人。肯定できない上司・組織と仕事をする事が耐えられない人、等々。勿論、世の中甘くはないので、社会人であれば、誰でもいろいろな事に耐えて仕事をしている。それが極限まで来た時に、何を選んで何を捨てるかの選択を迫られ、その時、その人なりの選択が生まれる。
だから、独立する人は、何回生まれ変わっても独立するのであろうし、会社に踏みとどまって上を目指す人もまたしかり。独立起業が良いか、大きな組織の中で地位を得る事が良いかの価値観は人それぞれ。どちらに価値が有るというものではなく、自分が価値を決めていくものだ。
厄年とよく言うけれど、僕の理解をいえば、それは運勢の問題ではなく、自分の存在が社会でそれなりに大きくなってきた時に、脱皮の試練を与えられる。それが40代半ばごろであり、それが厄年と包括して理解されているのではないかと思う。
僕は既に脱皮の時を通り過ぎたが、今回の上海で、何人かの脱皮直前の方と話をし、その悩みを聞いた。数年先輩からすれば、誰しも通り過ぎる苦しみ。ただ、一回り大きくなるための試練なので、全力で乗り切れ、という事か。

 

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