香港(焼き鳥つかだ)

これもアップする機会を逸していたもの(いきなり網膜剥離の手術になってしまったため・・・)。

4月に香港に行った時の話。3泊だったが、最後の夜に一人で食事をした時の事。
何処に行こうか考えて、というか、歩き回って、オフィスの近くの「焼き鳥つかだ」、という店に飛び込んだ。予備知識ゼロ。

開店早々で席が空いていたこともあり、一人でのんびり単品を注文。飲み物は、「3杯飲んだら飲み放題がお得です」と言われたので、それにする。日本酒気分だったが、日本酒は4合瓶でしか頼めない(昔とは違う。今は一人で4合も飲まない)。そうなると、必然的に飲み放題でグラス注文となる訳だ。最初に出てきた手羽が旨い。見た瞬間、「これは良いな」と理解できる感じ。

そして食べ続ける。この海苔に巻いた生麩が旨い!何個でも食べ続けたいくらいだ。実は、この時、既に、右目はほとんど見えていない。上海から香港行きの飛行機の気圧と振動が良くなかったか。それでも、こんなにのんびり食事をしていたというのは、我ながら呑気なものだ。

野菜系は、まあ普通(茄子とシイタケ)。ともあれ、次回は、手羽と生麩を最低2個づつ食べたい。接客の香港人男性(若い)も良い感じで(素直そう)、店としてはなかなか良い。次回の香港でも行くだろうな。

そんなこんなで、かっきり3杯飲んだ。日本酒2杯で、赤ワイン1杯。最後にラーメンを頼んだが、小ぶりで丁度良い量だったのが嬉しかった。

横浜(山手)の街並み

ブログに乗せる機会を逸していた写真を2回続けて。
これは、3月末に、部下と山手十番館で食事をしたとき、早めに着いて街歩きをした時の写真。

僕は生まれたのが名古屋。名古屋駅の付近の家だったらしいが、2才の頃に父親が家を買ったので、柏森という駅(名古屋駅から20分。ロスタイムを含めて30分程度の場所)に引っ越した。極めてドメスティックな環境で小学校2年生まで育ったので、3年生で横浜に来たときは新鮮だった。夢見がちで、本ばかり読んでいる子供であったし、特に、西洋の小説が好きだったので(中国に興味を持ったのは、浪人生の頃で、それまでは完全に西洋への憧れが強かった)、西洋を思わせる街並みが、そこここにあるのは嬉しかった。

ここら辺は、小学校5年生くらいの時から毎週来ていた。教会付近にテニスコートが有るのだが、父親が学生時代に二年連続国体に出たり、全日本8位になったことがあるので、テニスを教えてもらっていた。ただ、天性の才能の差を思い知って、中学生でテニスはやめたのだが。何しろ、父親が8位になったとき(今の天皇杯。あの当時はマッカーサー杯といったようだ)は、テニスを始めて、たった2年。それで、石黒、加茂などと戦っていた訳でので(加茂には勝てなかったが、石黒には一回勝ったそうな)、親子とはいえ、才能が違いすぎる。あまりの違いが、容易に感じられて、俺も頑張ろうという気持ちにはならず、「これは無理だ」とやめてしまった。まあ、外に引っ張り出されるよりは、家で本が読みたいというのが、一番の本音だったが。

高校時代は、放課後、この周辺を歩いたりした。運動部は、ここら辺を走り回っていたようだが、坂が多くてつらかろう。そんなこんなを思い出す。学生時代は、西洋の街並みに紛れ込んだ気がして、小旅行の気分であった。懐かしい少年時代を思い出し、少しノスタルジックなひと時を過ごした。

日本から上海へ(10日間の日本滞在であった)

5月4日に上海に移動。今回は、10日間の滞在とちょっと長めの日本であった。少々疲れた。これは、手術後で体力が完全に回復していないのもあるし、色々やることが多かったというのもあるだろう。GW中で、人が少ない(羽田空港もそうだった)。他に乗客がいない東海道線で、のんびりと朝食を食べて出発。

電車内で食事をしたので、ラウンジでは軽め。麻婆豆腐があるのは良かった。

最初に5月2日のチケットを取り(キャンセル不能)、買いなおしたのでもったいなかったがやむを得ない。マイレージでの選択だったので、購入オプションは殆どなく、11時40分発の羽田発・浦東行き。浦東でディレイを心配したが、定刻の出発であった。

行き(上海から日本)の食事は洋食。帰りは和食を選んだが、どちらも不味い。行きは、ソースの味が奇妙で(酸っぱい)無理して食べた。帰りの和食は、特にメインがいまいちで、一口二口食べただけで残すことに。食事以外は、全く問題なかったのだが、これはどうしたことだろう。
ともあれ、順調に上海着。

恵比寿で新入社員時代を思い出す

ゆえあって恵比寿ガーデンプレイスに行った。
恵比寿といえば、サッポロビール工場。新入社員研修の最終段階で日本鋼管工場の次に訪問し、ビール作りを見た後にビールをご馳走になるのだが、毎年一名そこでズボンを下ろして左遷されるという都市伝説(でもないか?)があった。ある同期から数日前に「水野、俺怖いんだよ。酒飲むと絶対脱いじゃうんだ。本社に残りたいよ」と悲壮な顔で相談されたが、その発想が全く分からず「ズボン下ろさなきゃいいだけだろ」と思っていた。結果、彼は前夜飲み過ぎ、ビール工場の酵母の匂いを嗅いだだけで、吐きそうになって、土気色の顔でうずくまり、一滴も飲めずに難を逃れた。その彼も今は支店長。37年前の出来事だ。

因みに、彼が前日、どの様に酔ったかであるが、前日、僕は志木の独身寮で早めに就寝。すると、隣の部屋から男が二人、わははと笑いながら走り去っていく声で目が覚める。その後、(激怒したような)大きな音でそれを追いかけていく男の声が。翌日聞いたところ、何時もの様に早稲田出身者で飲んでいたら(最初は面識がある大学単位で飲んでいた)、一人が酔ったと先に帰った。その後、二人が、その男の部屋に行き、寝ている彼にビールを振りかけた模様。翌日土気色の彼は、振りかけた方。ちなみに、かけられた男は本社の役員、かけたもう一人は関連会社の社長というのが現状。馬鹿な連中でした(笑)

上海から日本に

ブログ更新が遅れていましたが、活動は再開しています。
4月23日に病院で術後検査をし、経過良好のお墨付きと飛行機移動の許可をもらったため、24日に日本に移動。
体力が回復しきってないが、やることは色々有る。しかし、今回緊急手術が決まり、本当に良い病院と医師だったが、250万円程度の医療費が自腹で貯金が吹っ飛んだ。また働いて稼がねばならん。天は耐えられない試練は与えないというが、経営が上向いてきて、少し楽できるかなと思うと、必ずこんな事がある。負担できるが痛い範囲を何度も何度も突いてくるので、本当に勘弁してほしいが、闘争心が掻き立てられるのも確か。すぐに全力で何倍も稼いでやろう!ともあれ、今回ばかりは大企業の医療補助システムが、心底羨ましかった。


そんなことを考えながら、ゴジラマイナスワンを見て移動。ラッキーなのは、ファーストクラス座席が開放されていて(短い路線なのでビジネスが最高でファーストはない)、これに座れたこと。ゆったり座席が嬉しかった。
    
禁酒は、この日で9日間。ソーダ水を飲んで我慢。まだ20日間ほどの禁酒だが、身体がスッキリして気持ち良い。

退院後の経過報告

手術の翌日に退院したが、暫くはソファで寝たままの生活だ。木曜日退院なので、木・金・土・日は仕事を忘れてひたすら眠る。立ち上がると、軽い嘔吐感を覚え、身体がふらつくので、寝てるしかない状況だ。目もあまり酷使するのは良くないという事で、YouTubeで朗読を延々と聞いている状況だが、思えば、4日間一切仕事をしないというのは、10年以上なかったのではないか。その意味では、良い機会と言えるかもしれない。

酒は一か月飲んではいけないという事で、水ばかり飲んでいる。体調が悪いと、特に、飲みたくもならない。ただ、甘いものが欲しくなる。シェ柴田のケーキをデリバリーで頼んだり、ドーナッツを頼んだり。

退院後4日目になると、ご飯を炊いて、おにぎりを握れる程度には回復してきた。全部食べる訳ではないのだけれど。数日間の朝食にした。まあ、どうってことない日常が、身体が回復してくると嬉しいものだ。

暫くは眼帯。小学校の時に呼んだピーナッツ(スヌーピーとチャーリーブラウン)シリーズで、サリーブラウンがLazy Eyeになって眼帯をかけたときに、「えんやらやっとラムを一瓶(Yo Ho HO and a bottle of Rum)とつぶやいたのを妙に覚えていて、口ずさんでしまった。あれは、谷川俊太郎の翻訳だ。

上海で入院

上海で緊急手術をした。
4月10日に税関セミナー(2回目)を開催したが、この前日から、右目の視界がおかしくなった。その際は香港だったので、上海に戻ってからクリニックに出かけたが(16日)、かなりひどい網膜剥離で、一刻も早い手術が必要と言われ、その日の午後に病院で精密検査。翌日(17日)には手術となった。部下(上海総経理)が、上海の医療関係者に人脈が有るのが助かった。


綺麗で立派な病院。医師、看護師、その他の職員の方々も随分親切で対応が良い。手術をするのは人生2回目。1回目は、約10年前の香港だったが、そこでの手術は散々だった。比較すると、今回の病院は、全ての水準で(人柄的なものを含めて)、前回の香港に比べてはるかに良い。

網膜剥離だけではなく、白内障の手術も同時に行ったので(水晶体の交換)、かなり大掛かりな手術になった。麻酔は3種類から選べるという事だが、説明を聞いているだに怖いので、全身麻酔を選択。午後3時に手術室に入り、終わったのは午後6時半頃だったらしい。麻酔が覚めたのは夜7時半。部下の王さんが付き添ってくれたが、やはり、全身麻酔が醒めたときに、知っている顔が有るとほっとするなと実感。ちなみに、上の写真は、王さんが撮影してくれたもの(水野は使いたがるだろう、という点を、よく分かってくれている)。

そして翌日。気分の良い病室。午後11時に検査を受けて、退院可能となった。食事もなかなか美味しい。


そんなこんなの手術と入院。周りの人々に守られて、無事手術・退院できた。感謝しかない。すぐに退院はできたが、体力は消耗しており、3日間程度は、立ち上がると嘔吐感が残った。体力低下はやむを得ない。そして、木(退院日)・金のお休みをもらって、今日から仕事再開。体調を見ながらですが、現場復帰しました。頑張ります。

久々のバトラー

Wooloomoolooでの会食が終わった後、ペニンシュラホテルのフェリックスバーに行こうと思い立つ。2年間行っていない。僕が好きなバーだ。期待にあふれて専用エレベーターに乗ろうとすると、閉まっている。どういたことかと思えば改装中だ。残念!断念して、バトラーに方向転換する。

ちなみに、下の写真はペニンシュラホテルのGF。ここには丸紅退職数日前の思い出が。丸紅の先輩が送別会を開いてくれることになっていたのたが、折悪しくシグナル8のひどい台風。数日前の送別会にもシグナル8が有ったのだが、この時は、結構店が開いていて、無事に宴会を開けたが、この日のシグナル9はけたが違う。予定していた店は臨時閉鎖で、試しに5軒かけたが全くつながらない。当然中止だろうと思っていたら、先輩が50軒電話をかけて開いてる店を探してくれた。シェラトンホテル内の日本料理店だ。まさに、執念の宴会場確保。
そこで食事をした後に寄ったのが、ネイザンロードを挟んだトイメンにあるペニンシュラのロビーラウンジバー。ひどい風のため、正面入り口は塞がれており、裏口から入る。この広い空間が二人のために貸し切り。中二階の弦楽の演奏もあった。
時折鳴る、ゴーという凄まじい風の音を聞きながら、数日後に迫った退職と独立への不安を募らせたが、同時に、そこまでして送別会を開いてくれた先輩(後に会員契約をしてくれた)に感謝した。ペニンシュラのGFを実質貸し切り。今後もう無いであろう贅沢な空間は、いまだに素敵な記憶として残っている。

バトラー到着。ここに来たら、先ずはブルーベリーマティーニを飲む。ここでは一番好きなカクテルだ。そして、栗のリキュールを使ったカクテルを作ってもらう。

久々だが、美しいカクテルを飲めて満足した。

 

講演がある1日

最近、飛行機に乗ると、どっぷりつかれる。香港到着初日は、安眠薬を飲んで、夜9時に寝てしまった。という事で、朝早くから始動。
お腹が空いたので、コンビニにサンドウィッチを買いに行く。セブンイレブンのサンドウィッチは、HK$23~30という感じ(500~600円)。前夜に、寝るときのための水(エビアン500ml)を買ったが、1本400円。3本買ったので1,200円だ。物価の高さは何とかしてほしい。

オンライン講演は順調に終わった。明るい気分で夕食に。場所は、僕が好きなチムトンのwooloomoolooだ。思えば2020年9月、コロナのせいで1月~9月の期間香港に入れず、やっと入境し、2週間の隔離を終えたとき、一人でまず行ったのがこの店だった。海辺で景色も良いので、外の席を選ぶと快適だ。店員さんもサービスも、料理の味も良い。そして、グラスワインの種類が多いのも助かる。なかなか良い店だ。

一人で行くとあまり食べられないので、このガーリックプローンとステーキ程度だが、今回は、3人なので、そこそこ選べる。シーザーサラダだけは外したが、あとは美味かった。

メインは、最近気に入っているウェリントンステーキにしてみるが、これは、上海で食べている店に軍配が上がる。まあ、なんだかんだ言ったが、楽しい会食であった。

香港到着

皆さまにとってはどうでも良いこととは思いますが、自分は、入ったレストランにマカロニサラダが有れば、無条件に食べることにしています(非常に好きだという意味)。そして、たどり着いた、理想形はこちら。
まず、ハムは必要。マカロニサラダを好きになったのは、小学校6年生に、エミールと探偵たちを読んでからで、そこには「ハムマカロニー」と表現されていた。そして、枝豆。子供の頃、母親はキュウリを合わせていたが(それはそれでよいのだが)、試行錯誤の結果、枝豆が良いと結論。そして、シンプルである事。手の込んだものは、あまり美味しくない。

そんな、どうでも良いことを書いているうちに、上海から香港に移動。日経新聞でも記事になった、八十二銀行さんとの業務提携で、出向者を一名受け入れる。その打ち合わせが主目的。虹橋のラウンジで食事。何時もは、美味しくもなく不味くもなく、という微妙な味だが、今日の食事はまずまず。

空港到着後、順調にカオルーンホテル到着。ここは、20代の実務研修時代によく泊まった。この年齢になってまた宿泊すると、懐かしいやら、わびしいやら。ともあれ、香港のホテルが高い。カオルーンホテルも、ビジネスホテルとして悪くはないのだが、1泊2.5万円と思うと、それはないよなあ・・・、と思う。ペニンシュラホテルの真裏なので眺望はない。

翌日は講演会なので、この日は簡単に。ホテルの2階のバーでフィッシュアンドチップスを食べる。色々不満が多い香港だが(特に、物価が高い点)、洋食の美味しさは魅力。特に、フィッシュアンドチップスのカラっとした食感は香港ならでは。

昔は、結構泊まったよなあと、ちと恨めし気にペニンシュラホテルを観ながら食事。SARSの頃に、香港ID保有者には、すごく魅力的なオファーを出していた。SARSの思い出はペニンシュラホテルに良く宿泊した思い出。そんな頃が懐かしい。

中国ビジネスコンサルタント水野真澄のブログ