上海到着後の手続の流れ

上海での入国について、忘れないうちに書いておこうと思う。
一部の情報は、香港から上海に移動する方に限定したものとなるが、その部分はニッチな情報という事で。

1.健康宣誓
まず、中国入国前24時間以内に、健康宣誓をする必要があるが、これは、香港入境時と、概ね同じ要領で、スマホで、QRコードを読み込み、出てきたフォーマットに情報を入力する形。
このQRコードは、例えば、キャセイの場合は、搭乗便の案内EmailにURLが有るので、ここをクリックすれば、出てくる。

僕は、まず、ウィチャット(英語版)でやろうとしたが、入国直前14日間に滞在した国・地域という部分に、香港が無い。中国(China)はどうか、People’s Republic of Chinaはどうか等、探したもののやはりない。全く進まず、時間切れになりそうで焦ったが、ウィチャット経由を止めて、税関サイトで申告したら、あっさり登録できた。ウィチャット設計ミスかと思われるが、(将来修正されるかもしれないが)香港から中国本土に移動する方は、税関サイトを使用した方が良い。

2.上海到着後
上海に到着すると、「サンプル取得の承諾書に署名」⇒「PCR検査」⇒「入国審査」⇒「バゲッジクレーム」⇒「(リニアの乗り場付近で)居住情報インプットとQRコード取得」⇒「行先(何区か)表示場所に集合」⇒「バス乗車」⇒「ホテル」と、流れるように進む。
ホテルも、区単位なので、選択の余地はない。少なくとも、長寧区の場合は、部屋も同様、選択肢無し。3食付きで、1泊360元の自己負担。

3.PCR検査
上海のPCRは、鼻の粘膜での検査であった。両鼻を、ひとつづつ。
丁寧にやってくれたため、痛さはなかったが、両鼻の奥まで綿棒が入り、ゆっくり入念に回転されるので(次は、逆回転)、喩えるならば、直腸検査の様な微妙な辛さが有る。

ここらの手続は、状況変化とともに、刻一刻と変わるであろうが、取りあえず、自分の経験(2020年10月23日時点)は、この様なもの。

香港出発、いざ上海へ

10月23日、朝7時半に香港空港到着。人は少ないが、ガラガラというほどでもない。1ヶ月前の朝の成田空港よりは、人が多い。

人が少ないため、搭乗手続、出境手続はスムーズだ。

キャセイラウンジに直行する。平常時なら、それなりの人がいるが、食事スペースは僕一人(後で、2~3人入ってきた)。一人に対して、3~4人がサービスしてくれるので、手厚いことこの上ないが、少々緊張する。何しろ、四方から見られていて、紅茶を一口飲むと、すすっと人が来て、継ぎ足してくれる感じ。

中国粥が欲しいというと、麺もどうですか?と他の係員の方が来て言うので、では、とワンタンメンを頼む。ところが、注文後に、中国入国時の健康宣誓をスマホでインプットしようとすると、これがうまく行かず、焦りに焦る。結果、(幾つかのやり方があるうちウィチャットサイトの設計ミスの様で、税関サイトを使用したら、あっさり終了)無事に終わって、麺が食べられるようになった時には、搭乗時間ぎりぎり。

31番搭乗口に向かう。向かう最中、熱心な呼び込みの人がいたので、ビッテルウォーターを4本買う。

無事搭乗。ファーストクラス1名、ビジネスクラスは僕1名。エコノミーは、おそらく15人程度。

前日、前々日共に、1日2時間程度しか寝ていないので、機中では目を閉じて休息する。着陸30分前ののアナウンスが有った直後に、食事はどうするか聞かれたので(寝ているので、待ってくれていた様だ)、和食を食べる。夜まで食事ができないので、一応、腹に入れておく。

そして、8か月半ぶりの上海に到着した。

引越し後、空港ホテルに移動

10月22日の9時半に引っ越し会社到着。香港の部屋を引き払う。1997年から23年間、香港の住居を維持してきたので、引き払うのは寂しいが、やむを得ない。今年は、特殊事情で香港に戻れず、8か月間、住まない部屋に家賃を払った。香港の高い家賃相場を考えると、これは痛い。状況が収束しない状況(自由に移動ができない状況)を前提にすると、香港に閉じこもるよりも、上海に行けば、北京、広州等、中国本土内を移動でき、活動範囲が広がる。経営上は、それが正解だと判断した。状況収束したら、また、上海、香港双方に居を構えるなどを考えればいい。


香港では、8か所のマンションに住んだが、このロイヤルペニンシュラが、一番居心地が良かった。また、借りる時はここにしたい。引っ越しを繰り返したので、部屋の中の荷物は最低限になっていたのは確かだが、何時もながら、引っ越し業者の方はてきぱきと効率が良い。これだけ面倒くさい事を、瞬時に片づける技能は、尊敬に値するなと思う。

引越しが終わり、港安醫院でPCR陰性証明を取得すると、オフィスに移動。但し、その前に、近所の三田製麺所でラーメンを食べることにする。一度も行っていなかったので、出発前にと思った次第。オフィスで16時まで仕事をすると、予約してあったリーガルエアポートホテルに移動。ここで1泊して、翌朝上海便に乗る。元々、朝8時便だったが、21日に、突如、キャセイドラゴン航空の即日営業停止と搭乗便のキャンセル通知が有り、出発できるか、不安に駆られたが(出発時期が遅れると、ホテル代もかかるし、再度、PCR検査を受けなくてはならない)、結局、親会社のキャセイが、同日9:20に便を出す事となり、事なきを得た。

当然の事ながら、エアポートホテルはガラガラ。同一料金で、空港ビューの部屋に替えてくれたのは嬉しかったが、全く飛行機が飛ばないので、あまり面白くなかった。

ホテル内のレストラン・カフェは、このpubが一か所だけ開いている。夕食にチーズバーガーを食べ、生ビールを飲む。本来は、7~8種類の生ビールがあるようだが、状況により、青島とアサヒのみ。香港の地ビールが飲みたかったので残念だが、やむを得ない。両方、一杯づつのみ部屋に戻る。

空港居酒屋という店が気になったが、残念ながら開いていない。

香港にてPCR検査

10月21日(水)は、香港港安病院にPCR検査に行く。中国本土到着便に搭乗するためには、72時間以内の陰性証明が必要であるためだ。指定病院はいくつかあり、九龍側の病院にした方が便利ではあろうが、診察券を持っていて、馴染みがある病院を選んだ。
予約したのは11時。検査日は、朝から歯磨きも食事もできない。朝食はいつも食べないから良いが、歯磨きができないのは気持ち悪い。検査後、すぐに病院で口を漱げるように、マウスウオッシュを持って行ったが、もう少し早い時間に予約した方が良かった。
尚、証明書を発行してもらう関係で(中国入国時にはパスポート番号で管理されるので)、香港IDだけではなく、パスポートも持参しなくてはならないので、日本人は、この点注意。

検査は、外に出ると、簡易テントの様なものがあるので、ここでやる。検査場は1か所しかないが、あまり混んではいない。予約時に聞くと、8月末に、居留証保有者に対して、招聘状の取得が免除された直後はかなり混んでいたが、現在は落ち着いたので、それほどでもないとの事。
検査後はサンプルを提示して、一旦病院を離れる。16~17時の間に検査結果が出るので、SMSで通知するから取りに来るようにと言われる。証明書のピックアップ時間は、8時~21時。

オフィスで仕事をしてから、早め(16時)に帰宅。引っ越し荷物の整理をしながら検査結果を待つが、うんともすんとも言ってこない。ただ、陽性だったら大騒ぎになっている筈なので、「陰性だからのんびりしてるんだろう」とのんびり待つ。通知が来たのは、21時過ぎ。この日のピックアップは不可。

そして、翌日、証明書を取得しに行く(7階)。香港IDを提示すると、すんなりと引き取りができた。9月27日の香港到着以来、3度目のPCR検査。そして、10月23日には、上海でまたやらねばならぬ。難儀な世の中だ。因みに、港安病院の検査・証明書発行費用は、HK$ 1,950(約2.7万円)。安くはないが、サービスは良い。

香港(当面の)ラスト外食は鮨琥珀で

10月20日(火)の夜は、中環の鮨琥珀で会食であった。ここは、2回目の訪問で、美味しい事は分かっている。安心しての訪問。

翌日(21日)は、朝からPCR検査(陰性証明を取得しないと、中国本土行き飛行機に乗れない)で、それが終わると、(オフィス仕事はあるが)夜に引っ越し荷物の整理。家で、未消化のそうめんを茹でて、荷造りしながら食べることになるだろう。

琥珀は、HK$ 2,980+10%(約4.5万円)とHK$ 1,980+10%(約3万円)のお任せのみだが、今日は(昨夜と違い)、迷わず安い方にする。一人4.5万円だと、日本酒を飲んで5~6万円になってしまうので、かなり苦しい。ただ、安い方でも、十二分に満足できる。

特に、コメントは要らないと思います。大変美味しい。

前回(と言っても1年前だが)、ここで鍋島(佐賀)を飲んで美味しかったが、残念ながら無し。ただ、僕の大好きな、写楽(福島)、ばくれん(山形)がある。日本酒の好みが、大将とピッタリで嬉しい。暫し、日本酒談議で盛り上がる。





香港での隔離明けの数日は、良いものを食べたな、という実感。香港で2週間の隔離が明け、次に、上海でまた2週間なので(その間、食事も制限されるし、出費も殆ど無いので)、その我慢が谷間で爆発する感じ。思い出に残る時間となった。




琥珀も、カウンター8席と個室1という、昨日行った一宝と同じ座席数。隣の香港人客3名から、終りの方に、「僕たちがうるさかったら申し訳ない(全く、うるさくなかったが)。こんなに美味しい鮨を食べられるので幸せで、興奮が隠し切れないんだ」と話しかけられたのが、微笑ましかった。こういう時に、香港を暫し離れるのは寂しいなと思う。



今日もデザートまで完食。隔離明けの数日間で、太ったのは確かだ。上海隔離で、食事を制限し、酒も抜いて、体調を整えよう。

香港・天ぷら専門店・一宝で会食する

暫く更新が途絶えてしまいましたが、只今、上海で、無事、集団隔離中です。
香港を発つ前の手続でバタついていた事。集団隔離環境に慣れるのに、若干時間がかかった事で、更新が少し遅れたものです。結果、かなり溜まってしまいましたので、再開です。
10月19日(月)は、中環の天ぷら専門店・一宝で会食だった。井上・元蝶理中国総代表と、日本香港協会・山本理事の強い推薦を受けてのもの。車でないと行きにくい場所なので、タクシーを使ったら、早く着きすぎ、付近を散策する事にする。

20日は内視鏡検査、21日はPCR検査と証明書取得、22日は引っ越しとエアポートホテルに移動、23日朝に出発という事なので、この日が、香港でのんびりできる最終日。日本人がイメージする香港そのものの雰囲気で、ちょっと、しみじみする。まあ、半年程度のお別れだが。

Facebookに写真を載せたら、「人が少ない」というコメントをいくつか頂きましたが、少ない場所を撮っている影響も有ります。勿論、疫病の影響は有りますが、これは日本と同じイメージ。昨年後半の危険なイメージはないです。

さて、食事開始。カウンターで天ぷらを食べるのは、1年半ぶりくらいではないか。ここは、カウンター8席とテーブル4席のみとこじんまりしている。料金は、HK$1,680+10%(約2.5万円)とHK$1,380+10%(約2.1万円)のお任せのみ。安い方でいいやと思っていたが、満席の客は、みな高い方を頼んでいるので、場の雰囲気に飲まれて、高い方で行く事に、因みに、酒の持ち込みは、4合瓶まで、1本HK$350+10%(約5.5千円)という事なので、久保田万寿をシティスーパーで購入して持ち込む。

エビの頭から開始というのが、ちょっと面白かった。非常にあっさりした天ぷらで、素材の旨味が、良く引き出されている。

個人的には、イカの歯触りと旨味が、非常に気に入った。



大変満足して食べているのだが、天ぷらが一品ずつ出てくると、ビジュアルの差があまりなく、写真では、感動が伝わらないのが残念だ。

そして、雲丹。きたな、という感じ。

これは饅頭。変わり種だ。初めて食べた。

そして、天丼と天茶。僕は、天丼にしたが、感じとしては、天茶にした方が良かったと、少々後悔。

最後のデザート。
満腹だが、暫く来れないからと、残さず食べる。

小さい店ながら満席。連日満席らしい(確かに、開店直後に予約電話をかけようとしたが、小一時間、話し中で、電話が繋がらなかった)。客は、自分たち以外は全員香港の方。ご主人に聞くと、日本人比率は1割未満なので、今日は二人いるので多い方、との事であった。昨今の、香港、高くて美味い店は、香港人客で占められ(上海でも同じ)、安くて美味い(若しくは、安くてそれなり)の店には、日本人が行く、という感じになっている。寂しい限りだが、日本人は、毎日のように日本料理を食べるので、1回の食事に、そこまでの予算は使えない訳だが・・・
因みに、自分は、一週間の内、6日間は自炊で湯豆腐やキャベツ炒めを食べてでも、1回は良いものを食べたいと思う派。
ただ、ここも、次の日に行った鮨琥珀も、この特別な環境下でも、連日満員という事なので、経営方針としては、正しいのであろう。

丸紅時代の先輩とドイツ料理(尖東)

丸紅時代の先輩と会食した。今週3回目の尖東なので、「水野は尖東が好きだねえ」と言われたが、オフィス・住居から近くて(スタンレーや、レパルスベイに行くのは遠い)、海風に吹かれてビールが飲めるので好きな場所だ。
行ったのは、初めてのドイツ料理屋。

この先輩との出会いは、1988年4月30日。僕は、羽田空港から、中華航空で台北桃園空港に移動。システムトラブルで、遅れての到着であったが、この先輩(初対面)が、かったるそうな顔で僕を迎えてくれた。その後、重なったのは2ヶ月程度だが、部屋(住居)を引き継ぐなど、他の前任研修生よりは縁が深かった。とは言え、その後、暫く会う事はなかったが、10年後に、丸紅の香港で再会し、香港と広東省での事業再編、資産整理の問題を、二人で組んで、随分解決した。
会社的には、それなりに意義がある出会いと言えようが、当時はお互い、そんな事になるとは、夢にも思わなかった。

ちなみに、僕は、他の研修生とは交わらず、ひたすら語学勉強にいそしんだ。日本語を話すのは、語学の習得の邪魔だと思っていたためだ。あと、北京語吹替の台湾映画を、暇なときは、いつも見て勉強したが、思い返してみれば、両方、この先輩のアドバイスであった。そんな出来事を思い出した。

尚、出会った当初、先輩は島田洋七のような髪型(ヘルメットを被せた様な髪型)をしており、変だなあと思っていたが、同じ美容院を紹介され、行ってみたら、僕も全く同じにされてしまった。担当日本人スタイリストは、「何を言われても、自分と同じ髪型にしちゃうんですよお」と確信犯で笑っていたが、次に、もう一人の日本人スタイリストにお願いしたら、これまた、頼んだのとは全く違う、後ろ髪が妙に長い髪(これも、スタイリストと同じ髪型)にされてしまった。昔は台湾の美容院も、こんなレベルだったものだ。

胡同とペニンシュラホテルフェリックスバー

10月15日のクライアント様との会食は胡同だった。
シグナル8でキャンセルになった宴席の仕切り直しで、場所も、日本料理から四川料理に変更。数日前からの麻婆豆腐熱は、シグナル8の日に昼・夜麻婆豆腐を食べた事で(但し、レトルト)収まってはいるのだが、このレストランは、香港滞在中に、是非、行っておきたい。

人気店だが、時節柄空いており、前日の予約で、窓際の席が取れた。これは嬉しい。先ずは、蒜泥白肉と海鮮春巻き。

そして、辣子鸡と天津風肉まん。

そして、白菜ハムの料理と麻婆豆腐。彩が美しい料理が並んだ。そして、蒜泥白肉と辣子鸡が、特に美味しい。

麻婆豆腐は、自分の中のイメージがちょっと違っていて(俏江南の麻婆豆腐と記憶が入違っていた模様)、もう少し痺れが欲しいと思ったのだが、美味しい事は確かだ。

そして、ペニンシュラホテルのフェリックスバーで、軽く飲んで散会。

隔離明け第1営業日は宴会の掛け持ち

この記事のアップを忘れていたので順番が狂ってしまいました。これが、活動初日(10月12日)の夜です。

活動開始初日は、宴席2件掛け持ちとなった。久々に戻るとやる事が多い。大忙しの1日。
まずは、チムトンのTAPAS。ここは、Wooloomoolooほどではないが、たまに使う。気の利いた良い店だ。

去年の抗議活動など、一連の動きで、香港は怖いというイメージが付いてしまったが、この日、皮膚感覚で受け止めた香港は平和だ。去年のような怖さはない。勿論、コロナが収まったらどうか、という点はあるのだが。
香港の武器は、金融・物流・サービスに関するインフラの信頼感、安心感だ。それを、香港人が、自分でつぶさなければ、香港には十分未来がある。そう信じたい。

1985年から、35年間見続けてきた香港。それを、改めて受け止めた一日だった。

そして、宴席2件目。銅鑼湾のサークルプラザ17階にある、JunG39という店。初めて行くが、偶然、1件目の会食中に、客人から、「初めてJunG39という店に行ったんですが、良かったんですよ。是非、今度行きましょう!」と言われた、その店であった。確かに、このポテトサラダと板わさの写真を見て頂ければ分かるように、センスが良い。

そして、もつ鍋を食べる。これも旨い。

最後に出てきた串カツ。串カツ専門店と銘打っているので、これを食べるべきでは有ったが、既に満腹で食べられず。包んでもらい、客人に持ち帰ってもらった。

慌ただしい活動再開初日は、この様な形で終わったのであった。

香港・櫓杏で社内会食

部下の水嶋さん・仲川さんを誘って、会食に行く。8月間も香港不在であったが、拠点を守ってくれたお礼だ。場所は、彼女たちに決めてもらった結果、櫓杏という店に。isquareの28階。

僕は、初めて行く店だが、評判良いらしい。そして、眺めが良い。それなりの値段がするが、ほぼ満席で、客は、殆ど香港人。価格が高い店は、どうしても日本人比率が落ちる(香港人比率が上がる)。寂しいが、これも時代か。

まずは、刺身の盛り合わせ。これでHK$900(12,000円程度)。今日は、感謝の気持ちなので、取りあえず、値段は気にせず注文しようと決めていた。鮮度よく、美味しい刺身だ。

そして、熊本牛の牛かつと、サーロインステーキのどちらにするかと聞くと、決めきれないというので、両方頼むことにする。

そして、サラダ、先ほどの刺身森の海老の頭を焼いてもらったもの、天ぷら盛り合わせ。

実は、生牡蠣を頼むつもりが、注文を忘れていた。そして、出汁巻き卵は、注文を忘れられていた。ただ、分量的に、それら無しで丁度良い。忘れることにする。

〆の焼き飯と、鯛茶漬け。僕は、焼き飯の方を食べた(鯛茶漬けは食べず)。料理は、全般的に美味しく、頼んだ日本酒も良かった(知らない銘柄だったが、山形産で旨い)。そして、高級感あり、雰囲気が良い。

香港にこのまま滞在するなら、また行きたい店だが、さて、次は、来年になるのか。

中国ビジネスコンサルタント水野真澄のブログ