和平飯店オールドマンジャズ・ペニンシュラバー

両親到着初日の会食後は、和平飯店のオールドマンジャズバーに行く。
ここの初訪問は、1985年。生まれて初めての中国訪問の折(大学3年生)、偶然見つけた場所で、有名な場所だというのは、後で知った。今とは違って、娯楽が無かった時代だけに、この音楽だけでも、十分刺激的に感じたものだ。老人の奏でるジャズに、西洋人が興奮して踊りだしたのを覚えている。

今では、趣向も随分変わり、バンドは何組かが交代で演奏するし、歌手も登場する。
ただ、ほのぼのした演奏が売りで(わざとやる気がなさそうに演奏しているのではないか、という疑惑がぬぐい切れないが)、この雰囲気は、ここだけの特別なものだ。

外灘を歩いて、ホテルに戻る。
そして、翌日の夕食(外灘3号のMercato)後は、ペニンシュラのバーに行く。
宿泊ホテルを、和平飯店にするか、ペニンシュラにするか、最後まで悩んだのだが、ペニンシュラに決定した理由は、ここのルーフトップバーに行く事を考慮してのもの。ここからの眺めが素晴らしく、そして、ちょっと空恐ろしく思える様な、中国の発展が、一瞬で体感できる場所だ。


ただ、残念ながらの雨で、2日ともルーフトップバーは閉鎖。下の階のバーで我慢するが、お願いすると、個室のベランダに案内してくれた。気遣い、サービスに感謝。

1985年には、競争原理も発達しておらず、レストランでオーダーを取ってもらうのも一苦労だった。それが、この変わりようだ。
コンサルティングを開始した時(2001年頃)、僕は講演会で、「中国で高層ビルが建ちならんだ事は驚かないが、中国人が笑顔を見せる様になったことに驚く」と、よく話した。それから20年弱が経過して、競争原理、サービスは比べ物にならないくらい定着してきた。
この人口で、競争原理が定着すれば、すさまじい事になる。

上海ペニンシュラの中華(逸龍閣)

両親の上海到着初日は、ペニンシュラホテルの中華に行く。
広東料理との事だが、ペニンシュラ(香港のホテル)の中に入っているレストランだけに、本格的な味が期待できる。

XO醤にクラゲ。クラゲには、黒酢とパクチー(香菜)が効いており、味に深みがある。


豚の皮と北京ダック。
北京ダックは、もう少し油が少ないとよりよかったが美味しい。

そして、ガルーパ。これが美味しい。
30年前。福州に駐在していたころ、ガルーパを食べて感動した。
そして、22年前の香港赴任以降、宴席で広東料理を食べる機会が多く、喜んで食べていた。
ただ、あまりに食べすぎ、自発的に食べようとは思わなくなり、ここ10年間は、中華と言えば、四川料理。それも、極力簡単な料理を選択してきた(高級食材は、美味しいが飽きが来る?)。久々に食べた広東料理は美味しく、感激したものであった。
特に、ビジュアル的に、写真は撮らなかったが、ガルーパのご飯かけが美味しい。これは、どんなに美味しい日本米でもダメで、土地の米(中国南方の米)でないと美味しくない。やはり、料理、酒は、土地の食材に合うようにできている。

上海ペニンシュラホテル

両親が上海旅行。
前回の上海が12年前だったので、その変化を見てほしいと思い声をかけたもの。

宿泊は、上海のペニンシュラホテル。
思えば、初めての上海は34年前。汚いTシャツを着て、バックパックを担いで、付近の安宿を捜し歩いたが、その時は、将来こんな優雅な滞在をする事になろうとは、夢にも思わなかった。色々な意味で時間の経過を実感する。

ペニンシュラホテルは、2003年に香港で数回宿泊した。
SARS蔓延の後遺症で、来港者が途絶えたころ、香港ID保有者は格安料金でペニンシュラに宿泊できた時がある。その機会を有効活用した結果だが、正規料金で宿泊したのは初めてだ。
サービスが行き届いた良いホテル。

2泊の滞在だったが、良い休養になった。
次に宿泊できるのは、何時であろうか。

康师傅の高級カップ麺

しばらく前に、新聞(若しくは、インターネット?)で、「中国も高級カップ麺が流行の兆し」という記事を読んで、興味を持った。有名ブランドの康師傅が25元のカップ麺を発売したのを受けてのもの。通常のカップ麺の5倍程度の価格で、日本円にすると400円程度なので、確かに高い。
宴席疲れで、部屋で食事をして早く寝ようと思っていたある日、近くのコンビニで見かけたので試しに買ってみた。

梱包も入念。スープ、具材なども4袋入っており、作り方の解説も詳細だ。期待は高まる。
食べてみると、美味しいと言えば美味しいが、期待が高すぎたので、それには及ばず。この価格なら、外の麵屋で食べた方が満足できそうだが、まあ、怠け代が含まれているという事であろう。現段階では、これと、どん兵衛を出されて、どちらか一個をくれると言われたら、安くてもどん兵衛を選ぶと思うが(あくまでも個人の嗜好です)、これから、色々種類が増えてくれば面白いなと思う。

上海での講演会後、四川料理を食べる

9月17日に、上海でビジネス講習会。
収容キャパ限界のお越しを頂き、有難うございました。

講演会が終わると、俏江南で会食。延安路の店(881会所)は、年に数回使う店。

四川料理は、会食相手が辛い物が苦手だと辛いので、事前確認が必要だ。10年以上前に、5名ほどで食べた時、その内3人が辛いもの苦手で大変なことになった事がある。今回の会食相手は、僕以上に辛い物が好きなので、遠慮なく辛い物を注文。2日連続の辣子鸡となったが、大変美味しい。

麻婆豆腐に宫保虾仁。丁度良いからさ。

そして、四季豆炒め。サービスも良く、会食を楽しめた。
満足のあまり少々食べすぎ。

秋めく上海・ベルギービールを飲み・旬林で寿司を食べる

上海は秋めいてきた。
空気も良く、街を歩いているだけで心地よい。20代の、まだ何者でもないけれど、可能性と希望に満ちていた時をなんとなく思い出した。
こんな気候がずっと続けばいいのになあ、と思うことしきり。

古北カルフール近く(万科広場)を通りかかり、前から気になっていたビールの店に目が留まる。「まだビールには時間的に早いが・・・」と悩むが、誘惑には打ち勝ちがたく、1杯だけ、CHIMAYの赤を飲む。
昼食をまだ食べていなかったので、食べ物を探すが、ビールの店なので、つまみ程度しかない。ただ、レジのあたりをきょろきょろすると、辣子鸡がある。これだ!と即決。
束の間、幸せな気分を楽しんだ。

そして、夜は、久々の旬林。
松茸土瓶蒸し、秋刀魚塩焼きと、秋らしい味覚を楽しむ。
日本は秋刀魚不足が騒がれているが、上海は有難い事に大丈夫です。との事。物は金のある方に流れるか。このまま日本で食べれるものが少なくなっていくのかと思うと、ちょっと恐ろしい。
経済力をつけて、力を取り戻していかないと。

最後に、細巻きと、握りを二貫。

満足して食事を終える。

上海に移動

9月15日(日)に香港から上海に移動。
前日にまた、香港空港への交通を妨害する運動をやっていたようで困ったものだが(そういう活動は、逆効果だ)、1日ずれたので順調に移動。
ともかく米が食べたかったので、ラウンジで麻婆豆腐を食べる。

3日前に、マクドナルドのハンバーガーが食べたくなった気分を思い出して、空港のバーガーキングで食べてみるが、やはり違う。シンプルなバーガー、簡単なようで難しい。

香港ビジネス講習会(2009年第3四半期)

9月12日は香港でビジネス講習会(2019年第3四半期2か所目)。
講演前に、突如、マクドナルドのハンバーガー(一番シンプルなもの)が食べたくなった。
10年近く食べていない筈だが、講演の際に、僕の中国初訪問時(1985年)にはマクドナルドもなく、香港に到着してマックシェイクを飲んだ時はほっとした、というこぼれ話をしたせいだろう。因みに、1号店は1990年に出来た深圳で、当時香港のパンダツアー(日本のはとバスツアーの様なもの)の深圳日帰り旅行には、マクドナルド1号店の視察が織り込まれていたという。今では信じられない話だ。

ただ、食べたいときは見つからない。やっとあったと思うとタッチパネルでの注文で、それはしばらく見てたら使用方法が分かったが、食べたいもの(一番シンプルなバーガー)が、何故かない。全頁を、3回にわたり見てみたが発見できず、やむなく、講演会場のビルにあるレストランで生ハムを食べる。ただ、特定の物が食べたいときは、美味しい生ハムでも、まったく満足できない。少々ショックを引きづりながら講演開始。

香港日本人クラブの会場の最大キャパが60名しかないので、告知早々(即日に近い)に満席となり、申し込まれた方全員に参加頂いた。ノーショーがいないというのは、長い間講演会をやっているが初めてだ。
香港の今後に対する関心の高さを思わせる。

香港・谷川にて会食(2回目)

広州のビジネス講習会の翌日、香港の谷川で食事をする。
2回目の会食だ。

繊細な料理で良い。
刺身は、肝をすりおろした醤油と、納豆をすりおろした醤油の2種類を用意してくれたが、納豆醤油のインパクトがすごい。肝醤油と食べ比べてみるが、存在感で納豆に軍配があがる。
吸い物はクエ。

松茸に豆苗を併せた料理が面白い。豆苗が松茸を引き立てている。こういう食べ方は初めてだ。もう一品はアワビ。

そして牛肉と、〆のウニご飯。
以前、紹介した時、HK$ 1,800とHK$ 1,500のお任せのみと書いたが(香港経済新聞の記事に基づく)、現時点では、HK$ 1,700に統一されている模様。この場を借りて修正します。

初回のインパクトがあまりに強かったのだが、2回目も上品で安定した食事を楽しめた。
重要な接待の折には、先日アップした鮨琥珀と併せて活用しよう。
因みに、部下の水嶋さんから、「水野さんのブログは、グルメブログになってますね」と言われる。そういう気はないのだが、言われても致し方ない気はする。

広州での講演会後、夜便で香港に

9月10日は広州でビジネス講習会。終了が17時で、今までは、18時半の電車で香港に戻れたが、便数が減らされ19時半にならないと電車がない。昨今のご時世もあるし、香港(オースチン)・広州南駅の高速鉄道ができたため、乗客がかなり減っていたので、やむを得ない。

ともあれ、講演後はオフィスでちょっと時間をつぶし、広州東駅に到着したのは18時半。まだ1時間あるので、構内で牛肉麺を食べて時間をつぶす。

そして、19時に検札が始まったかと思うと、1時間ディレイと口頭で言われる。ここにきて、更に1時間はきついが、他に選択肢がなく、いたし方ない。待合場所でぐったりとして過ごす。

20時半にやっと発車。その直前の待合室の写真がこちら。
香港に行く人が激減しており、待合室はガラガラだ。22年間、直通車に乗り続けているが(出張時を含めると、1990年から乗っている)こんなに人が少ない直通車の待合室は初めて見た。
香港返還、アジア金融危機、SARSと、ずっと香港で見続けてきたが、2003年のSARSの時、観光・外食産業が致命的なダメージを受け、失業率は7.92%にまで落ち込んだ。これを救ったのが、CEPA(Closer Economic Partnarship Arrangement)の一環で実施された、中国本土の香港個人旅行の段階的な解禁だ。
現在の状況は、あの時とは異なるが、外国客、中国本土客の足が遠ざかっているのは確かであり、これが続けば、香港は、内側から、経済から崩壊していく。
過去の歴史を踏まえて、冷静に考えれば、香港を鎮めるのに軍隊はいらない。経済的なサポートをしないまま、黙ってみていれば、失業率は過去最高になり、不動産価格・株価の下落から経済はマヒしていく。こうならない様、香港市民が、香港をしっかりと(理性を持って)守っていくべきだ。
空港、MTRなど、公共機関の信頼回復は必須。この点に気づいてほしい。

中国ビジネスコンサルタント水野真澄のブログ