2019年1月12日は、クライアント様に接待頂く。場所は、虹橋賓館にある「うなしゃぶ近藤」。
うなしゃぶという料理は初めてで、半信半疑であったが、なかなか美味しい料理であった。
この日は、鰻の骨、肝、白焼き、うなしゃぶ、ひつまぶしと鰻尽くし。よく食べた。
僕的には鰻の骨でゆっくり飲むのが当たりという感じだが(鰻の骨は、食べだすと箸が止められない状況であった)。
ビジネス講習会の後はスペイン料理
2019年1月13日は、上海のビジネス講習会。
中国・香港の現状、大湾区構想、会計税務のトピックス、外商投資法などを解説する。
そのトピックスの一つとして解説したのが、会社清算の迅速化。ポイントは、税務機構の統合と抹消手続の変更。会社清算は、通常、1.5年程度かかっていたのだが(債権債務の整理に6ヶ月程度を要すると想定して、それを加算したスケジュール)その中で、6ヶ月程度を占めていたのが税務登記抹消。国税・地税に分かれていたのも理由の一つだが、組織統合された。且つ、「企業税務抹消手続の一層の合理化に関する通知(税総発[2018]149号)」により、税務登記抹消手続が合理化された。結果として、特定要件を満たす企業(納税ランクA、B)は、即時抹消が可能になった。勿論、予備作業は必要であるが、それを含めても1ヶ月。この場合、6ヶ月⇒1ヶ月へと、大きく時間短縮された。本当にできるのかと、公布時には半信半疑だったが、当社が清算を代行している事例でも、華東、華南で実際に即時抹消ができている。ポイントは、事前のデータ審査に重点が置かれる様になったので、清算時に敢えて必死にチェックする形ではなくなってきた事だ。
丸紅時代を含めて、100件以上の清算実務をこなしている自分の立場から言うと、(確かに、時間もかかるし、従業員解雇、税務・税関登記の抹消などで、トラブルが起きる事例もあるのだが)中国での清算の難しさが誇張され流布している感が有り(経験がない人間が、推測で話している傾向がある)、清算は難しいから夜逃げした方が良いなどという結論に結びついたりする。但し、夜逃げをすれば、「外資の非正常撤退による中国関連利益の国際間の追及と訴訟活動の手引(商資字[2008]323号)により、有限責任会社の出資者・董事は、債務弁済責任を負わされると同時に(夜逃げをしなければ、弁済責任は無い)、国際指名手配の対象となる事が定められている。極めて危険な行為なので、絶対にやるべきではない。そんな点も解説した。
講演が終わるとスペイン料理。ずいぶん久しぶりに行く、衡山路の店だ(小紅楼)。
歴史的建造物で外観は幻想的だが、内部は比較的庶民的。料理は美味しい。特に、海老の火の通り方が絶妙で、弾力と鮮度が感じられる。
ステーキ(ミディアム)の火の通り方も、なかなか良い。定番のパエリアも食べて、ワイン一本とビールを飲んで1,300元ほど。オフィスから少々遠く、わざわざ行く感じになるので、頻繁にというのは無理だが、たまに行きたい店である。
上海での講演会で最近の情勢を語る
2019年12月11日は、地銀連合(TUBASAアライアンス)主催の講演会。
僕一人が、休憩などを含めて2.5時間話すことになったので、中国の日系企業の状況、香港の今後、決算時に慌てないための点検ポイントなどを解説した。場所は、国貿ビル。このビルでの講演も随分回数が増えてきた。
講演が終わると紋兵衛で懇親会。乾杯の発声を頼まれていたので、40分ほど滞在して歓談。その後、19時から接待が有るので、静安寺に移動。スペインレストラン、バーと回って、ホテルに着いたのは23時半。これで本来は終わる筈だったが、その日の朝に、「どうしても今日中に人生相談をしてほしい」と丸紅時代の後輩から頼まれたので、かなり疲れていたのだが、1時半まで話を聞く。なかなか過酷な1日であった。
福岡での講演会(2020年1月20日)
2020年1月20日に、福岡銀行主催で講演会を開きます。
水野コンサルタンシー、明倫法律事務所の他、化粧品・食品輸出に関する中国での登記手続の説明有り、また、アリババのプレゼンありという事で、盛りだくさんで4時間の講演会&1時間の個別相談会です。
無料ですので、ご興味のある方は是非。
上海にて担々麺と台湾ラーメン
厦門から上海へ戻ると、全く酒を飲みたい気分ではなかったので、アピタのバリ馬に行ってみる。食べたのは季節限定担々麺。しばらく前に、昼食でふらっと寄った時は、決して美味しいとは思えなかったのだが、この時は美味しかった。出来てしばらく経って改善したためか、ランチと夜の違いか、はたまた季節限定担々麺だけが旨いのか。その点は、現時点では謎であるが、ともあれ、なかなか美味しく、また行こうと思わせる味であった。
これは、その少し前に、新世紀広場1階の居酒屋で食べた台湾ラーメン。味はまずまず(驚くほどではないが、それなりに美味しい)だが、店員さんたちが明るくて感じが良い。それを理由として、また行くであろう。
台湾ラーメンが名古屋めしというので驚く人もいるが、福州にいるときは、福建チャーハンが無いと言われて、ショックを受ける人も多かった。天津に天津飯が無いように、福建にも福建チャーハンは無い(確か、あれは、香港産だったか?)。
厦門を楽しむ
福州に1泊した後は、高速電車で厦門へ。同じ省内とはいえ2.5時間。広いものだ。福州駅では、永和大王で宫保鸡丁饭を食べるが、まったく期待していなかったので、美味しくて満足する(期待値との比較です)。特に、豆乳は良かった。
厦門では、クライアント様の忘年会に参加。設立からお手伝いしているが、極めて順調に(事業計画を上回る形で)ビジネスが伸びているとの事で、嬉しい限り。
お洒落な中華料理で、味も良い。
ワインを飲みながら、楽しく語った。その後は、日本系のスナックに行く。
ひとしきり歌って散会。
翌日の便で上海に移動。この日の厦門は、強い日差しでさわやかだ。そして、平和を絵に描いたような雰囲気だった。
いつの間にか、福州の方が大都会になってしまった感があるが、この適度な田舎感と緩やかな空気が厦門の魅力だ。
福州の一夜を楽しみ、昔を思い出す
中国、特に、地方都市の変化は早い。3年訪問してなかったら、その地域の知識は語らない方がよいというくらいの変化だ。という訳で、10年前の知識で、中国を語っている方(20年以上前の知識で語っている方は、さすがにいないでしょうが。。。)は、直ちに、現状視察に行かれることをお勧めします。驚くはずです。
今回の宿泊も、インターコンチネンタルホテル。先ずは、チェックインして、旧友と会食に向かう。
今の福州は、何のことない大都会だ。地下鉄も2号線まで開通している。若い頃の僕の滞在が、今の便利な福州だったら、メンタルも安定してただろうし、苦労も少なかっただろうなと思う。ただ、そうだったら、これほど福州が特別な場所ではなかったのは確か。苦労は、過ぎ去ってみれば、甘美な思い出になる。
今の駐在員に、「昔、福州には1軒も日本料理が無かった」と言っても、信じてもらえないだろう。それほど、日本料理はあふれている。友人に連れて行ってもらった、宝龍商城の同じフロアにも、2軒日本料理(日本料理&日本風焼き肉)が有った。焼き肉は評判がいい様で、予約を受け付けていない。順番待ちが多く、1時間以上待たなくてはいけないようなので断念した。
あと、これは、どこの地域でも思うのだが、今の中国の若者は、礼儀正しく、きびきび働く人が多い。これは、豊かになったからという要因が大きく、あとは、競争原理の導入によるものだろう。この点は、世代によって、ずいぶんタイプが異なる。文革で教育が受けられなかった世代、貧く押し合いへし合いしないと物にありつけなかった世代、そして豊かさの中で育った世代。この点、日本のメディアの解説は、的外れ、若しくは、ステレオタイプな場合が多い。
そして、三房七巷を散策。ライトアップは、ちょっと作りすぎの部分もあるが、なかなか良い観光地だ。
上海虹橋駅から福州に
2019年12月8日(日)の高速鉄道で、上海虹橋駅から福州駅へ移動。虹橋駅へは朝10時の到着。いつ来てもでかい駅だ。
1985年(34年前)の上海駅がこんな感じであったのだが、とても同じ国の駅とは思えない変わりよう。
いま感じるのは、圧倒的な豊かさだ。この発展は、30年前を知るものとしては、素直にすごいと思う。
昼食は、すき家の牛丼を食べる。日本で牛丼屋に行く事はまずないが(食事は、ある程度時間をかけたい方なので)、虹橋駅に来ると、かなり高い確率で、すき家の牛丼を食べている気がする。
席が商務席(ビジネスクラス)なので、かなりゆったりしており、完全に横になって眠れる。服務員のサービスも良い。
上海から福州までは、こんな感じで300Km/hで飛ばして5時間なので、それなりに体力が消耗する(飛行機よりは良いが)。商務席は、ちょっとした贅沢だが、5時間乗って1,100元(1.7万円)程度は悪くない。物価は、既に、中国の方が日本より高いものも多いが、交通費が安いのは有難い(というか、日本が高すぎか?)。
そんなこんなで、午後5時過ぎに福州駅に到着。
冬の上海を散歩する
上海は冬だ。寒い。ただ、平和で、散歩も気持ちが良い。
というか、15時に浦東で面談が終わったので、上海総経理の胡さんと人民広場で分かれ、夕食会場である花園飯店まで歩いていく事にしたときのこと。人民広場から花園飯店は、30分ちょっとで歩けるので、適度な散歩だ。
歩く途中に、2006年、上海で初めて部屋を借りた場所を通りかかる。淮海路と雁荡路の交差点。
当時は、6,500元だったが、今は倍出しても住めないだろう。家賃の高騰は辛いものだ。
そして、当時の会社(花園飯店の中に、最初のオフィスを作った)までの通勤ルートを歩く。懐かしい思い出がよみがえる。
引っ越し初日に、「キャベツの新生活(有吉玉青)」を読んだら、まだ住居になれていない事と、本の内容の相乗効果で、寂しさで耐えられなくなった事とか。これは、この本んを読んだことがある方は分かると思いますが・・・
因みに、当時の部屋の中は、こんな感じ。芸術的な老房子。
(当時の)水野の新生活。懐かしい。
広州ヒルトン滞在で疲れを取る
午後1時に広州東駅到着。
そこから広州ヒルトンに。日本のホテルは、14時、若しくは、15時のチェックイン時間にならないと、絶対に入れてくれないが、中国のホテルは、部屋が準備さえできていれば、11時でも12時でも、柔軟に入れてくれるのが有難い。因みに、広州天河のヒルトンは、宿泊は初めてだが(講演会で使用した事はある)、サービスが良いホテル。部屋はウェスティンの方が良いが、サービスは、こちらの方が上だ。次回もヒルトンに宿泊しよう。
この日は人と会う約束が1件だけなので、ホテルのカフェであう。
夕方5時にはひとりになったので、ホテルの1階のカフェで、ビールを飲んで夕食(ピザ1個)を食べる。巨大だ。これを食べたら、他にはもう何もいらない。
一人飯は、終わるのも早い。18時半には部屋に戻るが、何故か疲労困憊。移動が多いというのもあるのだが、やはり、いまの香港にいると、精神的なストレスがたまるので、それが疲労感に繋がるのか。という事で、夜7時には就寝。
0時に起きたので、午前3時まで本を読んだが、また朝まで眠る。合計11時間の睡眠か。昨今の新記録だ。
おかげで疲れはずいぶん取れた。ホテルの部屋で、講演会(14~16時)のレジュメを読み込み、昼食もホテル内でタイカレーを食べ、会場の市長大廈に向かう。
そんな感じで、準備を整え出発だ。
講演後は、夜7時発の飛行機で、上海に出発。