知らないうちに変わっていく

今でこそ台湾は、お洒落な街で、人々は親切と、皆口をそろえて言うが(僕自身もそう思うが)、1988年に僕が暮らし始めた時(戒厳令が解かれて1年経過した時)、街は暗く、雲助タクシーが多かった。
着任早々華西街(スネークアレイ)に連れて行かれ、あまりの事(衛生面や蛇をその場で殺して食べさせている風景)に気分が悪くなった。
人のあたりもきつく、僕はいつも腹を立てて喧嘩していた。
当時の台湾滞在1年間で、一生分怒ったから温和になった、とよく人に言ったが、半分本気だった。
今の台湾とあの頃とは、全く違う。

香港も、僕が赴任したころは、エスカレーターに乗り遅れそうになっても、誰も「開」を押してくれず、却って、「閉」を皆押していた。
なんて不親切な人たちだと思ったが、今ではちゃんと開けてくれる。
また、以前は、車内の携帯電話の大音量(呼び出し音)や大声の会話に悩まされたが、ここ1~2年で、急に状況が変わり、礼儀正しくなった。
これも、人が変わったなと思うし、そこに時の流れを感じる。

日本も随分変わった筈だ。
衛生面の話だが、今では当たり前のウォシュレットも、僕が高校生の時(だったと思う)に初めて売り出され、最初は、「誰が買うんだろう」と皆言っていた。
忘れられないのは、新入社員時代、渋谷の道玄坂の寿司屋に入ってカウンターで食べていたら、カウンダ―(寿司を置く場所)に、小型のゴキブリが走り回っていた事がある。
今では大騒ぎになるであろうが、その時、周りの常連(と思しき人たち)は、「お友達が来た」とお笑って、悠然と食事を続けている。
僕も気にせず食事を継続してしまった。
今では、自分自身という意味でも、社会という意味でもあり得なさそうな出来事だ。

こんな感じで、人々の常識、感性、街・人の有り方は、知らないうちに変わっていく。
去る者日々に疎しで、現在を知らない人間は、10年前の知識を、現在の事の様に語ってはいけない、という事だ。
人々は、良い様にも悪い様にも変わっていく。
良いように変われるよう、自分は努力すべきであるし、人も、よい様に変わっていくと信じたいものだ。