広州で開業記念式典参加

(10月22日の出来事です)
午前11時半に広州到着。

広州東駅から水野広州のオフィスがある中信広場を臨む。
広州東駅から水野広州のオフィスがある中信広場を臨む。

コンビニのカレーフィッシュボール8個だけで昼食を済ませ、講習会に。増値税の応用編(ちょっと前に出版した、「中国増値税の制度と実務」の解説)。日本、上海、広州で講習会を続けているが、広州が一番規模が小さいので(今回は40名様弱)会場は何時も市長大廈。
こじんまりしているが、なかなか使い勝手が良い。僕の宿泊も毎回同じホテルだし。

講演会場は市長大廈。
講演会場は市長大廈。

講習会看板2

2時間半の講習を終えると、立ちっぱなしの講演直後で腰が辛いのを我慢して、開発区近くの日航ホテルに移動。市街地から随分離れている(広州東駅から車で30分。渋滞すれば小一時間掛かる)ので客がいるのかと心配したが、結構にぎわっている。大したものだ。モダンな内装の豪華なホテル。
日航ホテル日航ホテル2

訪問の目的は、進出をお手伝いしたクライアント企業様の開業記念式典参加。とは言え、ビジネスモデルの関係で(中国の代理店網を起用して拡大するビジネスモデル)、ご招待頂いたのは、銀行関係・商社関係・そして当社と比較的小規模。ただ、雰囲気よく、やる気にも満ち溢れた式で、その場所にいて楽しかった。
こんな風に、進出をお手伝いした企業様からご招待を頂くのは嬉しい事である。
また、来年1月には、10年前に深圳で現地法人化をお手伝いさせて頂いた企業様の10周年記念式典での講演を依頼されている。(日本では有名な会社ながら)深圳で小規模なオフィスを作るお手伝いをしたのだが、この10年間で、オフィス規模・拠点・人員等、当時、想像しなかったほどの規模となっている。
この仕事をしていると、クライアント企業様の発展が本当に嬉しいし、節目に声をかけて頂けるのは、自分がやってきた事(クライアント企業様との関わり)の証でもあるので、光栄なことだと考えている。

今回、スピーチをお願いされて僕が話した事だが・・・
僕が若い頃(29歳の頃)、丸紅の中国拠点の現地法人化を担当した。中国で保税区貿易会社の制度が出来たての頃だ(1992年)。組織変更前の駐在員事務所の商量を考えると、現地法人化しても採算が合わないのではと考えた僕は、長い助走期間をかけた移管を主張した。ただ、数年後、一気に完全現地法人化を実現したその会社は、僕が想像できないほどの利益を生む様になった。
その時僕が思ったことは、「自分の今の見識では、経済成長率に商品特性を考慮した成長(数%単位の成長)しか想像できない。ただ、営業マンのバイタリティーは、それを5倍、10倍、100倍に変えていく」という事だ。それが強い印象となった(同時に、反省した)ため、自分の見識を深めたいと思い、また、自分で収益を生んでみたいと思うようになった。
それが、今のコンサルティングビジネス(管理部門時代のノウハウは活用するものの、社外にアクセスする仕事)を始めた動機の一つにもなっている。経理時代の名刺交換枚数は、1年間で50枚程度(準身内と交換する枚数を含め)だったが、今では年間1,000~2,000枚となっている。会う方の数、一緒に仕事をする方の数・業種の多様化は、今でも多くを学ばせてくれる。
クライアント企業様の発展を心から願っているし、僕も一緒に成長していきたいと考えている。
それは20年前も今も同じだ。

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