「米大統領が、香港に対する優遇措置を撤廃するよう政権に指示した。香港の統制強化に向けた中国政府に対抗」という事で、以下の様な報道がされている。昨年も同様の報道が有ったが(米国の香港政策法に基づく動きであるのは分かるが)、いまひとつ、不可解な気持ちを持っていた。
毎日新聞、読売新聞とも、制裁措置として、「関税とビザの優遇撤廃」と記載しているが、まず、関税に関していえば、中国原産品を香港インボイススウィッチして米国に輸出したからと言って、原産地が変わる訳ではなく(あくまでも、関税は原産品証明に記載された生産国が課税の原則となる)、香港に対する関税優遇措置がなくなったからと言って、特段の変化はないはずだ。
一応、昨年1月に日経新聞が報道した、米国のファーストセールス制度というものはある。見出しは、「貿易戦争、香港が抜け道 節税目的で企業の利用増」というものであったが、実際には、それほど影響があるものとは思えない。これは、中国から米国に輸出するに際して、香港企業がオフショアで関係した場合、米国での手続を前提として、香港企業の販売価格(インボイススウィッチ価格)ではなく、中国企業の輸出価格を米国での通関価格にできるという制度。よって、香港で付いた付加価値に相当する関税の引き下げ効果はあるが、香港スウィッチで付けられる付加価値は、せいぜい1~2割だろう(半値=原価割れで中国から輸出して、香港企業が正価のインボイスを付けるようなことをすれば、中国での輸出通関時に問題が生じる)。それに対する関税率(香港の付加価値x関税率)分のメリットだから、決定的な裏技(封じられて大きな影響が出る問題)とは思えない。当然、原産地は中国のままだから、報復関税の対象だ(まあ、報復関税が乗るのであれば、メリットは通常より大きくなるが)。
実際、今回話題になっている香港優遇撤廃で影響を受けるのは、香港原産品であるが、面積の狭い香港では製造業は限定的で、香港のGDPの1.1%を占めるに過ぎないし(香港統計年鑑2017年)、更に、これで困るのは、香港の企業であって、中国本土が影響を受ける訳ではない。また、ビザもしかりで、米国訪問時のビザ発給が制限されるのが香港市民だとすると、これまた困るのは香港市民だけで、中国本土としては痛くもかゆくもないという気がする。
米国は、香港の民権を守るという大義名分を掲げているが、単に、香港の首を絞める手助けをしている様な印象がある。
一応、日経新聞は、もう少し踏み込んでいて、軍事使用可能な半導体を、米国から香港に輸出し(香港企業の輸入にする)、それが中国に転売される場合の制限の可能性を記載しており、そうした事があれば、影響はあるのであろうが、軍事関係物品の輸出管理は、そんなに甘いのであろうか(すぐに転売できてしまう様な管理なのだろうか)。ここは、実態を調べてみねばならない。
ともあれ、米国側が選挙を前に強い姿勢を見せたい気持ちの表れという気がするが、これが激化すれば、世界的な混乱を招く懸念がある。
2018~2019年の米中報復関税合戦は、2019年12月に一次合意が実現し、スマホ・ノートパソコンなどに対する報復関税を見送り、一旦、15%をかけた、スマートウオッチ、デジタル家電、アパレルに対する報復関税を7.5%に引き下げた。
これらは、消費者の生活に密接する物品で、また、世界における中国での生産シェアは、スマホ65%、ノートパソコン・タブレット86%を占めているため、中国以外の国からの代替輸入は難しい。これに報復関税をかければ、米国の小売価格に影響なしとはいえないので(支持者獲得に悪影響があるので)、やりたくなかったというのが本音ではないか。
結局、どちらの国からも不満が出たような結果、つまり痛み分けに終わり、混乱と不満が残った。米国での新型肺炎蔓延の深刻化により政権への不満が募れば、外に眼をそらすために戦いをしかけるというのは、過去にも類似の例が、米国はもとより世界各国である。
貿易摩擦において、米国と中国とどちらが勝つか、とか、どちらが有利か、という論評が、いたるところで目に付くが、貿易戦争は、完全な勝者は通常存在せず、どちらも傷つく。それだけでなく、他国も巻き添えを食う。
何れにしても、争いをしかけているのは米国であるが、中国は、歴史的に外圧を嫌うので、戦いを挑まれれば買うであろうし、今後の展開に関して綿密なシュミレーションを行い、多数の対応シナリオを書いているであろう。何れにしても、経済のグローバル化が進む現在では、世界中に影響を及ぼす結果になるのは自明であり、適切な落ち着きどころを両国が探っているのを願うばかりだ。