疲労困憊の一週間で、またもやブログが止まっていた。
とは言え、今週忙しかったというよりは、先週までの移動で蓄積した疲労が、今週爆発したという感じ。
徐々に徐々に体力回復中。
今月の講演会は29日の深圳商工会&ジェトロ広州共催の講演会(最新の税関動向)のみで、レジュメもほぼ作り終えたので、一安心だ。
本当は、これに加えて、7月28、30日にラオス関連セミナー(中国プラスワンの観点から見たラオス市場)、8月7日に会計税務セミナーを予定していたが、延期になって助かった。これが予定通り実施されていたら、体がつぶれそうになっていたところだ。
因みに、ラオスセミナーは、丸紅より協力依頼が有り、当社と共催を予定していたが、ラオス側講演者の事情で仕切り直し(無期延期)となった。
会計税務セミナーは、10月下旬に延期。
そんなこんなの今日この頃。
来週は、広州、韶関、上海と移動を予定。引き続き移動が多い。
今回の日本は四川尽くし
7月5日(日)~12日(日)は日本。
今回は、大阪日帰り出張(面談1件)・企業研究会講演(4時間)の他は、面談5件、宴席2件、書籍(8月末出版予定のステップワン第2作)打ち合わせという、通常よりはゆったり目のスケジュール。
僕は、中国にいる時は日本料理を食べたくなり、日本にいる時は中華料理を食べたくなるという、若干、天邪鬼な傾向が有る。今回は夏でもあり、辛いもので気合を入れるべく、四川料理が食べたくなる。
日本到着初日は、初めての店に飛び込み、豚の耳、辛子鶏、餃子を食べる。カウンター越しに見ると、料理人は中国の方であったが、味は日本人に合わせてか刺激は抑えめ。本場の刺激を出してほしかった。
二日目(6日)は、若手の会計士・弁護士の方と蕎麦屋で会食。近況報告を頂く。
三日目(7日)は、終日横浜オフィスで仕事。8月末出版のステップワン2作目(会計・企業所得税・個人所得税・流通税編)の第一回ゲラ校正と編集打ち合わせをした後に、会議2件。仕事が終わると夜7時近いので、オフィス(横浜ランドマークタワー)の下にある陳健一麻婆豆腐で食事。一人飯(というか、飲みながらの一人飯)には若干落ち着かない雰囲気だが、看板の麻婆豆腐はさすがに美味しい。
四日目(8日)の午前中は飯田橋で打ち合わせ。面談が終わると、横浜に移動する前に、目に留まった西安刀削麺屋で麻辛麺。狭い店で、食べ終わる頃には行列ができていた。まずまずの味だったが、やはり刀削麺より普通の面の方が僕の好みには合う様だ。外に出ると汗が噴き出る。
五日目(9日)は日帰り大阪出張。
11時半に伊丹空港到着し、面談は14時開始だったので若干時間が余る。会議前に、元同僚の谷垣君に昼食に付き合ってもらう。連れて行ってもらったのは、丸紅の大阪社員行きつけという中華料理屋。マーボー麺は無かったが、担々麺はまずまずの味。会議は2時間。1.5時間を想定していたので、飛行機の時間がタイトになり、伊丹空港までタクシーでの移動を余儀なくされた。
そして昨日(7月10日)。
13~17時まで企業研究会主催の、中国外貨管理セミナー。これは、過去5年間(くらい)にわたり、毎年2回定期的に開催しているもの。
僕は講演をする時、立っていないと話せないので、4時間以上の講演会は終わると喉・足腰がちょっときつい。何時もながら、終了時には疲労困憊していたので(講演終了後30分くらい質問を受けていたので、結局、4.5時間立って話しっぱなし)、帰宅前に軽くビールを飲んで、体力回復を図る。
会場が赤坂見附付近だったので、付近のパブでビールを2杯。同じように、帰宅前に(何も食べずに)1~2杯ビールを飲もうという人は結構いる様で、カウンター席の回転は速い。店内は8割方の入りながら、商売っ気が無い様で、詰めれば数名は入れられるのに、何人かの客を断っていた。
そんな感じの日本滞在一週間。
明日香港に戻り、香港⇒深圳⇒上海と移動だ。
本の売れ行き(その2)
本の売れ行き(ステップワンなど)
中国ビジネス担当者マニュアルステップワン(以下、ステップワン)第1作は、5月25日よりAmazonで取扱い開始(勿論、一般書店でも販売していますが)。先週は「海外進出」部門で8位になっていた。ただ、すぐ欠品になってしまうので、そうなると順位が落ちてイライラする。本日はまた欠品になっており、37位に下がってしまった・・・
そんなこんなはあるものの、順調な滑り出しで有りがたい。あとは、出版社の方に、素早い補充をお願いするのみだ。
ここから先は宣伝っぽくて恐縮ですが、増値税の本(中国・増値税の制度と実務)は、7月4日にAmazon取り扱い開始。こちらも宜しくお願いします!
そして、ステップワンの第2作(会計、企業所得税、個人所得税、流通税編)を鋭意作成中。現在、イラスト編集・ゲラ校正中。こちらは、8月末の出版予定ですので、よろしくお願いします。ややこしい会計事項(例えば、減損会計、税効果会計、無形資産評価 ETC.)を、企業会計制度・新会計準則・企業所得税法の規定を相対比較しながら、平易に、且つ、実務的にずばりと解説しています。あと、個人所得税、企業所得税、増値税、営業税、消費税、付加税についても、「稟議を書くためには最低限これだけは知っていたい!」と思う事項は解説しました。
結構な自信作です。
こんな感じで、今年は本3冊出版。
これが終われば、ちょっと一息つけます。
福州二日目(高級火鍋)
(6月26日の出来事です)
6月26日は、32度の気温の中、ホテルの部屋の冷房が止まる(というか、生暖かい風しか出てこなくなる)という事態が発生したものの、ともあれ、14時にクライアント企業の方に迎えの車をご手配頂き、開発区まで移動(約1時間)。面談は1.5時間ながら、往復に2時間かかるので、福州の街中に戻ってきた時には、既に17時半と終業時間。中国での仕事はロスタイムが多い。
若干、ホテルの部屋で体制を整え(部屋が異様に暑いので整えきれない面が有ったが)、会食場所に。
いま福州で人気が有るスポットに連れて行っていただく。
古い建物を今風に改装してレストランにしてある通りで、確かに洒落ている。
ご招待頂いたのは火鍋屋。
個々人のの鍋が別になっている一人鍋(火鍋やとはいっても、なかなか高級感あふれる店)。
料理もおいしく、雰囲気も良く、色々な面で堪能したが、冷房の効きが悪い場所で、如何せん暑すぎた。
この日は、暑さにたたられた1日であった・・・
福州宴会初日
福州いま昔
(6月25日の出来事です)
廈門から福州に到着。車で約4時間。
以前丸紅廈門の運転手をしていた呉君にお願いしたのだが、彼も年齢とともに慎重になった様で、以前ほどスピードを出さなくなっていた。
前の彼なら、3時間で到着していたはずだ。この程度の運転の方が安心できる。
福州に到着すると風が違う。廈門の優しい風に比べて重さを感じる風。 僕の半生記エッセイに、「福州の空気は、老酒の様に長い時間ここに沈殿している重さが有る」という様な事を書いた。今の雰囲気は随分違うが、それでも廈門の爽やかさ、優しさを感じる風とは随分違う。
ここが、僕が1989年に住んでいた温泉大飯店(旧温泉大廈)があった五四路。
高層ビルが立ち並び、すっかり都会になっている。昔の面影は全くない。
昔の五四路は、道の真ん中にトロリーバス。その横が車。三輪車。自転車。場合によっては牛。そして人という感じで、交通が何層にもなっていて、1年経過しても、怖くて道が渡れなかった。そして、昔から有ったのが、下の写真の外貿中心ビルと温泉大廈。昔は、五四路のはるか遠くから、外貿中心ビルと15階建ての温泉大廈がそびえたっている様に見えたものだ。いまは、近づかなければ分からない。
そして、今回宿泊した外貿中心ホテル。
1999年に僕が福州所長になった時、旧丸紅福州事務所はここにオフィスが有った。
福州に久々に到着して思うのは、「1989年の僕の生活は何だったんだろう」というものだ。あれだけ不便で、ノイローゼになりそうな生活だったのだが、今の福州しか知らない人には、どれだけ説明しても分かってもらえないだろう。なんか損をしたような気もするが、あの辛さが単なる思い出になってしまった今では、当時が懐かしい気持ちもある。
ただ、当時は、Email、インターネット、携帯電話等は望むべくもない(日本にも無かった。香港で、トランシーバーの様な大きさの携帯電話がそれなりに普及していたのが珍しかった程度)。国際電話も1時間2万円以上したのではないか。日本語恋しさのあまり、毎週数回日本に国際電話をかけていたら、最後の月の電話代は、40万円くらいだった記憶が有る。研修生なので1年間は帰国も叶わず、日本語もろくに話せない環境。日本料理屋は福建省に1軒も無く、夢にまで現れた。あの時の、福州に幽閉された様な孤独感は、もう味わいたくはないが。まあ、今の通信手段の発達は、そんな孤独を無縁にしてくれている(新しい孤独が生まれた面もあるが)。
そんな事を考えて翌日に。
朝食バイキングがまずそうなので、街中に出たが、まともなレストランが見当たらない。朝食は我慢して、昼に麺を軽く食べようとしたら、ホテルの洋食レストランはビュッフェしかないという。唯一アラカルトが有る中華に行くと、スープ麺はこんな巨大なものしかない。見ただけで食欲がなくなった。部屋に戻ると、冷房が全く効かなくなっており、生暖かい風が吹く始末。サウナの様な暑さで修理を頼んだら、30分程一生懸命やってくれたが「申し訳ない。修理には限界がある」と謝られて終わりになった。それからすぐ外出(夜まで)なので、部屋の交換をしてもらうのが面倒くさく、そのままにしてしまったが。
そんなこんなで、器は大都会になったのだが、ソフト面はまだまだ不便だ。そんな福州の不便さに、昔が少し残っている様な気がして、少しホッとしてしまった僕であった。
廈門にて
(6月24日の出来事です)
廈門到着。
宿泊ホテルはマルコポーロ。廈門もここ数年、良いホテルがたくさんできているが、昔懐かしいため、ついマルコポーロホテルを予約してしまう。僕が丸紅廈門所長を務めていた時は、何時もマルコポーロに宿泊していた。
そして、廈門で必ず利用するのが、マルコポーロの向かい側にある、マアミアというイタリア料理店。
ホテルチェックインすると、既に夕方5時半だったので、クライアントの方とビールを飲みながら打ち合わせ。
ビールを飲みながら時間をつぶしていると、以前部下だった陳君、呉君が迎えに来てくれる。海鮮料理で宴会だ。
宴席は6人。日本人3名と中国人3名。僕以外の日本人(2名の方)は、大学で水産を専攻された方であり、出てくる魚の名前を、当たり前の様に当てている。僕にとっては魔術の様だ。
取りあえず、和気あいあいと宴会は進行。
面白い話もたくさん聞けた。
一夜明けて、朝9時半にクライアント訪問。会議を終えると、一旦、廈門の街中に戻り、福州移動前に鹿港小鎮で会食。
鹿港小鎮は、何処に行っても有るので、わざわざ廈門に来て食べる事はないのではないか(上海、広州で食べればよいのではないか)という気もするが、味が安定しているので使いやすい。
僕が注文すると、だいたいいつもこんな感じ(辛い料理が主体で、海老と野菜がある、という感じ)。
さすが鹿港小鎮。驚きはないが、安定して美味しい料理であった。
福州移動前に、廈門の街並みを眺める。
毎回思うのだが、廈門の風は、柔らかくて優しい。
福建省の出張から戻って(25年間を振り返る)
福建省3日間(先週)を、順次アップしていきます。順序は後先になるのですが、先ずは最終日(香港到着時)の出来事から。
先週、3泊(廈門1泊・福州2泊)のスケジュールで福建省を訪問した。仕事量からすると2泊でもよかったのだが、久しぶりに会いたい方々を思い浮かべ、会食回数から割り出して3泊とした。起業7周年を迎え、会社はすっかり軌道に乗ったが、それと共に仕事が年々増えてきている。僕以上に忙殺され、深夜・休日を問わず働いている部下も多く、彼らには若干申し訳ない気はしたが、懐かしい気持ちが先に立った。
福建省は、生まれて初めて住んだ外国なので、僕はよく第2の故郷と言っている。実際に、思い出がたくさん詰まった場所である。
最初は25才の時。
入社3年目(その内1年強は語学研修のみなので、実質財務の仕事1年しかしていなかった)で仕事が分からず、先輩駐在員や本社から怒られ途方に暮れる事も多かった。辛い事、悔しい事、寂しい事が多々あったが、たくさんの福建省の人達が助けてくれた。その方々の助けが無かったら、今の僕は無い。これは確かな事だ。
次は36才の時。
香港駐在2年半が経過して、丸紅廈門社長、福州所長に就任した。福建省の拠点は商量が小さい事から、僕の赴任時(33歳)から組織改廃の議論が絶えなかったが、「福建省に一番思い入れが有る水野に判断させよう」という、当時の丸紅香港社長の温情で、30代半ばと若造の僕が主管者になったものだ。就任後、必死に考えたが、廈門は駐在員事務所に改組(駐在員事務所の新設と現地法人閉鎖)、福州事務所は閉鎖という決断をせざるを得なかった。36才で撤退の責任者になりるのは辛かった。おまけに、僕が仕事を憶えた組織であり、その当時一緒に働いた同僚を解雇せざるを得なかったからなおさらだ。丸紅香港の営業部長に頭を下げて、大部分の部下はエージェントとして継続使用してもらう事ができたのは救いだったが。
その2年後には、廈門では、右腕であった所長代理が社有車で事故死した。精神的に辛い中、廈門事務所の同僚と一緒に遺族と折衝し、また、事務所の経営を乗り切った。この時も、部下たちの理解と協力が有ったからこそ乗り越えられた。
そんな事を思い出しながら、福州空港から香港空港に到着した。
飛行機からの眺めが、僕の研修終了時(1990年)とそっくりで、思わず昔を思い出した。
僕の半生記エッセイ(修業時代の思い出)に、以下の様に書いたが、それと同じ様な景色が飛行機の窓の外に有った。
思えば、25年前の香港到着も、今回と同じような時期(6月末)だ。
飛行機がカイタック空港に到着し、タラップに降り立った僕に、さっと海風が吹き付けた。
福州にはない、なんとも爽やかな海風である。
その時、僕は軽い眩暈を覚えた。足から力が抜けていくのを感じながら、「2年間の研修が、いま終わった」と考えていた。
今日からまた、日本での生活が始まる。
2年間で僕はどれだけ成長できたのだろうか。
あれから25年が経過した。
その間に得たもの(知識・経験)もあれば、失ったもの(若さ・人生の選択肢)も有る。
その中で、この25年間で、僕はどれだけ成長できたのだろうか、とつい考えた。
一つ確かな事は、あの時の福建省の研修が、僕の人生に確実に大きな影響を与えている事。更には、20代の頃から、ずっと成長したいと思い、自分が走り続けてきた事だ。
増値税書籍完成
ブログが一週間以上止まっているため、ご心配をおかけいたしました。申し訳ありません。
業務に追われており、更新する余裕がなかったという理由で、元気ですのでご安心ください。
先週、福建省に3泊出張し、現在、上海にいます。追って更新していきますが、今日は簡単に書籍のご案内を・・・
「中国・増値税の制度と実務(キョーハンブックス)」完成しました。 日本では数日後に販売開始の予定です。
尚、今月早々に販売を開始した、「中国ビジネス担当者マニュアル・ステップワン(第1作)」は、売上が伸びたため、Amazonで一時的に欠品となっている様ですが、近々、出版社より補充がされる予定の様です。
こちらの方も、宜しくお願い致します。ステップワンの第2作(会計・税務編)は、8月末に販売予定です。