週末は香港で出版関連作業

昨夜香港に帰任。
高い物価のシンガポールで出費がかさんだので、しばし、財布のひもを引き締めようと考え、今日は、ジャスコで4日分の鍋の材料を購入。
香港での生活パターンが、単調になってきている気もするが・・・
ただ、買い物を繰り返している結果、徐々に買物上手になっている様な気がする。

明日香出版から出す「マンガで解説する香港ガイド」のゲラがやってきたので、来週は、これに手を入れなくてはならない。
ここまで来たら、さほどの手間でもないので、あとは書籍化を待つばかり、という気分。
また、NNAから出版している「中国外貨管理マニュアル」の改訂準備を、数日前から開始した。
週末は、この作業に追われそう。
貨物代金決済改革、直接投資関連の規制緩和、人民元対外決済の急速な状況変化が有るため、かなり大がかりな改定が必要だ。
全文書き直しのQ(全部で100個のQ)が、半分以上になりそうな気がする。
ともあれ、なるべく早い改定作業ができる様に努力しよう。

シンガポールは物価が高い

昨日は、提携先、知人より紹介頂いた方、丸紅アセアン等を訪問し、シンガポールの一般状況をヒアリングする。
特に、丸紅アセアンには、経理部時代の後輩(僕がインストラクターを務めた人物)が駐在しているので、ざっくばらんな話が聞け、参考になった。

シンガポールに2日滞在して、感じたのは物価の高さ。
日本の消費税に相当する付加価値税(GST)が7%(香港は付加価値税無し)である事。
飲食に関しては、シンガポールは酒税・ビールに対する関税が課されるのに対し、香港の場合、アルコール度数30%以下の酒には、酒税が課税されない(関税、付加価値税制度はもとより無いので、ワイン、日本酒などには、一切の流通税が課税されない)。
この点が、影響を与えているのは確かだ。
滞在中、日本料理2件(有名店と、飛び込みで入った焼き鳥屋)、パブ、フードコートで会食したが、価格は、香港の1.2~1.5倍、上海の2~2.5という感じ。
レシートをもらった2件の価格と、香港・上海の想定価格との比較は以下の通り。
勿論、香港・上海の価格は、僕の経験値から推定した物なので、信憑性が不十分な点は、ご注意願いたい。
家賃、平均給与等をはじめとする数値の調査は、これからなのだが、短期滞在の実感からすると、物価全般が、香港と比較しても割高感がある。


① 焼鳥屋 二人分 SG$ 197(14,000円)
感想;味はいまいちで、香港・上海の焼鳥屋の標準値の方が上。
⇒香港であればHK$ 800(8,800円)程度、上海であればRMB400(5,200円)程度

<食事>
鳥皮2串(焼き鳥は小さ目。以下同じ)、もちベーコン2串、ささみ梅2串、ささみわさび2串、ソーセージ2串、つくね2串、ウズラ卵2串、和牛ハラミ2串、和牛わさび2串、焼き鳥丼1個
<飲み物>
生ビール2杯、梅酒ソーダ1杯、西之関1合

② パブ 二人分 SG$ 96(6,700円)
感想:味は香港と同じ。上海よりちょっと美味しい。
⇒ 香港であればHK$ 500(5,500円)程度、上海であればRMB 300(3,900円程度)
<食事>
チーズバーガー1個
<飲み物>
生ビール1杯、サングリアデキャンタ(グラス4杯分)1個

因みに、一昨日乗ったタクシーの運転手さん(3名)は、英語・北京語とも流暢。
昨日乗ったタクシー(5名)は、北京語の方がベターとの事で、北京語で会話をしたが、訛りがきつくて、ちょっと聞き取りにくかった。
日によって、これだけ傾向に差があるのは不思議だが、それでも、総じて話好きで、こちらが旅行者だと分ると、聞かれなくても、いろんな事を親切に教えてくれる。
街中の雰囲気(安全でおっとりしている)もそうだが、こういうところに、豊かさ、ゆとりが感じられる。

シンガポールは安全で豊かだが高い、というのが、今回の滞在の印象で、ここをビジネス拠点とするには、物価をどの様に考慮に入れるかが判断の分かれ目になりそうだ。

シンガポール到着

10年ぶりにシンガポール到着。
10年前は、ホテルにこもりきりの状態だったので(講演会場のホテルに宿泊した事もあり)、今回は、短いながらも積極的に歩き回ろうと思う。
香港とシンガポールの環境は、ある程度頭の中でイメージができているのだが、法律や統計で分かる事と、街に出てみないと分からない事の双方があるので、これを肌で感じでみたいと考えての事。
両地域とも、中国、東南アジアに対するビジネス拠点(地域統括会社)の受け入れという意味で、制度を研究し尽くしており、外貨管理、会社登記管理、税法など、十分な優遇制度を提供している。
税務メリットに関して言えば、法人税率が香港16.5%とシンガポール17%という若干の差があるが(更に、オフショア所得の認定方式をはじめとした違いがあるが)、総論として投資環境を語る場合、この様な差は、殆ど意味をなさず、既に、双方、十分の税務メリットがあるという一言で括れてしまう。

昨夜、カジノを視察し、街中を歩き(バー、フードコート等)、タクシーの運転手と会話した感想としては、人々の言語能力が高いのが印象に残った。
どの運転手も、店員も、英語と北京語の双方に対応できたのは、大したものだと思う。
香港は、ホテル、公共機関、中級以上のレストラン等の場では、英語が問題なく使用できるが(北京語の理解度は英語よりも落ちる気がする)、タクシーや大衆食堂(茶餐庁や火鍋屋等)では、人による面があるので。
一方、カジノは、マカオと比べると、規模が小さく期待倒れの感あり。
今日は、ビジネスマン・専門家に、投資環境をヒアリング。

鍋三昧

土曜日に買い込んだ材料で、3日連続鍋を作った。
すさまじい量の野菜を食べたが、それなりに満足できたし、少し痩せたような気がする。
この写真は昨日食べた、とんこつ醤油味の鍋スープを使った鍋。
キノコや白菜、キャベツで山盛りだ。
一番期待していた鍋スープだったが、失敗して若干焦がしまったのが残念。
あと残ったのは、大きな白菜四分の三と、豚肉薄切り3枚。
これで何をつくろうかというのが、当座の悩みだ。
忙中閑あり。

今後の講演会予定

昨年末は講演会続きで、今年の講演数は減らそうと思っていたけれど、ありがたい事に、講演のご依頼は継続的に入っており、現在、以下の講演が決まっている。
昨年は、時節柄、撤退関係のセミナーが随分開かれていたようだが(僕も何度かやったが)、トレンドに便乗したネガティブな内容を話す事には、少々うんざりしている。
聴講頂く方の為になる、前向きなものにしていきたいと思う。
僕も、過去にはおびただしい数の撤退案件をお受けし、身の危険を感じた事もあるので、その体験談は、確かに臨場感があって、話せば受けが良い。
ただ、どの様に利益を確保し、極大化するかが、企業に普遍的に求められている訳で、仮に、撤退を取り上げるにしても、「撤退は難しいです」、「撤退の注意点はここです」だけではなくて、撤退、縮小をするにせよ、利益を喪失しないためには、どの様な代替案を取れるのか、という提案ができるような内容にしていきたいと思う。
今年の講演会で、既に決まっているものは、以下の通り。

① 1月22日(火)・東京
企業研究会主催の外貨管理セミナー
定例となった外貨管理講座です。
中国の外貨管理を全般的に解説しますが、前回の講演より、資本項目の規制緩和、貨物代金決済改革、クロスボーダー人民元決済の規制緩和等の大きな変化がありましたので、これも踏まえて、4時間でアップデートします。

② 2月13日(水)・東京 日中投資促進機構主催
内容未定。

③ 3月1日(金)、4日(月)・東京 ジェトロ主催セミナー
詳細未定ながら、JETROが中国関連のEラーニングの販売を開始したので、この記念講演会になる予定です。

④ 3月7日(木)・上海 商工中金主催セミナー

⑤ 5月中旬(日程近日決定)・東京
日経新聞主催セミナー(中国市場対策)

⑥ 6月(日程近日決定)・東京
みずほ総研主催セミナー(外貨管理)

まだ増えていくと思いますが、適宜、アップします。

中国・アジアビジネス環境の今後

久々にボクシングのトレーニングをしてフラフラだ。
昨年の春くらいまでは、週5回程度、6~8Km走っていたが、夏に軽い手術をした事や、その後、講演会続きのハードスケジュールだったため、なかなか運動できなくなり、体重も増えてしまった。
昨年末から運動を再開したが、5Km走るのに骨が折れる状況だ。
何事も継続が必要だと身に染みた。

話変わって、前回、2007年にベトナムでのコンサルティングを計画して、一旦サスペンドした話を書いたが、その時の状況をもう少し詳しく書いてみる。
まず、何故、ベトナムかという点であるが、香港から飛行機で50分程度(ハノイの場合)と地理的に近いのと、優遇税制や通関管理制度が、中国を参考にしている面が多々あり、中国でのコンサルティング経験が参考にできると考えたためだ。
では、何故サスペンドしたかというと、確かに、前回書いた、ベトナム語が読めず、法律の英訳もオンタイムに出ない状況下、法律体系の把握に困難を感じたのが理由の一つ(提携するにしても、こちらの知識がない状況では、抑えが利かない)。
それ以外にも、以下の理由で、ベトナムの投資環境に、僕個人としては魅力を感じなかったためである(以下は、2007年当時の状況)。
① インフラが中国と比較して悪い。
現地資本の工業団地の整備状況が悪く、外資が運営している工業団地でないと、選択肢になりにくいが、外資工業団地は限られており、地価も中国より高い。
道路、港湾のインフラ未整備によりスムーズな物流が困難。
② コストがさほど安くない。
当時の状況で、人件費が中国沿海部の7割程度。
インフラ状況を勘案すれば、コストが半分以下であれば魅力が出てくるが、7割程度というのは、割高感を感じた。
その他、市場が無い(中国と違い販売市場・調達市場が無い)、企業所得税の優遇は豊富だが、個人所得税が高い(これは中国も同様であった)等の理由。

その際は、中国の反日リスク等の問題は念頭になかったので、コスト面が要因になるのであれば、(ベトナムを通り越して)カンボジアあたりに移った方が良いかもしれないし、さもなくば、中国で製造する事で、調達・販売市場を有効活用した方が、却って企業利益につながるのではないかと思った次第。

その後の5年間で、中国・ASEANのFTA発効、中国における来料加工廠形式の規制、中国の企業所得税法の改定、その他多くの環境変化があった。
特に、中国の沿海部が、世界の「工場」と言うよりは、「市場」としての位置付けを強めてきた事や、ASEANとのFTAの発効は重要な変化で、場合によっては、中国市場を狙うにしても、敢えてASEAN等で生産し、FTAのゼロ関税を利用して中国に販売した方が、競争力が出る場合も想定される(この場合は、ASEANに工場を作る、若しくは、委託加工を行い、中国に販売会社を作るというオペレーションになる)。
この様に、中国の購買力の変化、各国物価のバランスの変化等により、販売・製造のチェーンが、中国・ASEANでより広域化すると思われる。
日本、韓国もFTA戦略を推進しているが、韓国がより積極的な展開をしている感がある。
FTAは、業界毎の利害関係も絡むし、日本が結ばなくても、海外現地法人がこれを活用すればよい、という議論もあろうが、少なくとも、販売・製造のチェーンから外れる事により、日本における雇用の喪失と、それによる経済面でのネガティブな影響が生じ得るのは確かだ。
日本は世界の中にある(メンバーの一員)、という事実を踏まえ、世界経済の流れに乗り遅れ、存在感を低下させる事は無いようにしたい。

今週はシンガポール出張

昨日はジャスコで買った材料で鍋を作る。
野菜を大量に買った経験がないので、適量が分からずどうやら買い過ぎた。
3日連続自宅で鍋という気がする。
飽きないか若干心配。

話変わって、今週は、今週はシンガポール出張。
シンガポールは、2002年に講演会出張をして以来なので、10年ぶり2回目。
前回はホテルに缶詰めに近い状態だったので、街中をまったく見ていない。
今回は、街の雰囲気を含めて見てこようと思っており、ちょっと楽しみだ。
2005年頃から、コンサルティングのフィールドは、将来的に中国だけではなくアジアに拡大すると言っていた。今回は、その流れの出張だが、新規分野の対応はなかなか難しい。
コンサルティングという仕事は、クライアント様より、よく知っていて(法律、実務経験等)、初めてできる仕事。
2007年にベトナム出張に行った時、法律が自分の目で読めない状況下、如何にコンサルティングをするのかと悩み、結局は実行をサスペンドした。
普通に考えれば業務提携しかないのだが、僕の性格からして、自分で管理・判断ができない状況(品質管理がしにくい状況)で仕事をする事に抵抗があり、二律背反が生じている。
ただ、ちょっとしたアイデアがあり、これを3~5年スパンで実行したいと考えており、そのキックオフという意味合いで、出張する事にした次第。
新規分野だけに、3年後の実現でも、今年からしっかりと仕組みづくりをしていかなければならない。
とは言え、今後も中国をコア業務にする事には変わらない。
製造・販売の広域化(中国とアジアの一体化)が進むであろうと考え、その対応を立てるのが、広域化の目的。

香港到着ジャスコで買い出し

昨夜香港到着。
正月3日間完全休息したのは、思えば、ここ10年で初めてかもしれない。
おかげで完全復活。
また全力で働ける。
最近、日本、香港、上海のどこに着いても、「戻ってきた」という気がする。
僕の生活は、1か月の内、一週間が日本。残りの三週間を、香港と上海で分ける生活なので、どこでもそれなりの生活基盤があるからだろう。
ただ、今の時期は温度差が激しいので移動が辛い。
香港と日本・上海では、約10度の差がある。
移動が続くと体調を崩したり、コートをなくしたりしがちだ(この5年で上着を3着なくした)。
この季節、温かい香港は過ごしやすいのだが、多くの住居にはヒーターがないので、夜寝る時は結構寒い(厚着を着て寝る必要がある)。
家の中では、南方は寒く、北方は温かいこの季節。

今日は、E-mailで仕事をこなす傍ら、ジャスコに生活用品を買い出しに。
ホンハムに引っ越して3年弱。
ジャスコがない生活が考えられなくなってきた。
自分で自炊をするようになってみると、さして住みやすいとは思えない太古城(アピタがある)に、あれだけたくさんの日本人・韓国人が住んでいる理由が分かる気がする。
大型スーパーが、居住環境に大きな影響を与えるのを、身を持って感じる今日この頃。
以前は、自炊とはいっても、ご飯を炊いて肉を焼いて(冷凍食品を温めて)という程度だったが、ホットプレート購入をきっかけに、色々試してみたくなってきた。
今までじっくり見たことがなかった野菜コーナーに、日本の野菜がかなりあるのに感激。
春菊、ほうれん草、舞茸、シメジ、エノキ、白菜、キャベツ等、大量買いする。
その他、九州産の豚肉、タスマニア産の牛肉等を買い、HK$700消費。
4~5日はこれで楽しめそうだ。
因みに、ジャスコのスーパーの店員さんは、年配で一見強面の女性が多いのだが、話しかけてみると、総じて丁寧で親切だ。
こんな感じでモラルが守られているというのは、企業管理がうまくいっているんだろうな、等と、買い物をしながら考える。

新年だ

(1日経過したが)新年だ。
実は、ここ10年程、元旦が憂鬱であった。
何故かと言えば、1年間必死に頑張り年間目標を達成し、ほっとした気分で大みそかを迎えても、一夜明ければ新しい年で、現実に引き戻されるからだ。
前日までの平和な達成感は、元旦になると吹き飛び、強烈な不安とプレッシャーに襲われる。
昔は違った。
誰からも期待されていなかった2000~2002年は、のんびり正月を送っていた。
一応、2002年の正月は、休みも取らずに初めての本を書いていたが、義務付けられたものではなく、自分の希望で書いただけなので、気楽と言えば気楽であった。
2002年は、ある意味転機となった1年で、2冊続けて本が出て、幾つかの雑誌の連載、TVの連続出演(NHK経済最前線)が叶ったが、この年末までは、よく頑張ったものだと満悦し、平和に年を越した。
苦しくなってきたのはそれからで、コンサルティング業務が軌道に乗ってきた2004年頃から、逆に不安が大きくなり、大みそかの夜は眠れなくなった。
電気を消して眠れなくなったのもこの頃で(今は大丈夫)、プレッシャーの中、悶々と一夜を過ごし、夜が明けると同時に、新年の業務計画を、同僚や部下にE-mailして発破をかけていた。

ただ、年齢のためか、経営のプレッシャーに慣れたのか、今年は、大晦日も平和に熟睡し、清々しい気分で元旦を迎えた
久しぶりだ。

ともあれ、コンサルティングを始めて12年が経過した。
振り返ると、12年間連続して、立てた年間目標をクリアして今年に到っている。
企業・仕事は、伸ばすつもりで頑張って、やっと現状維持。
苦しくなるくらいに努力して、やっと健全な成長。
楽して儲けようとしたり、方向性を間違った拡大をしたりすると、ダメージを負う。
だから、今年も、実直に頑張っていく。
今年は何をやろうか。
そんな事を、考える正月である。

35年の中国投資環境の推移

2012年も今日まで。
明日から、新しい気持ちで走り出さなければいけない。
僕が中国を初めて訪問してから、既に、27年が経過し、環境が随分変化した。
随分、というより、外国と呼んだ方が良いような環境変化だ。
来年からの行動を整理する意味で、過去30数年の中国の投資環境の変化を、10年毎に簡単に整理してみた。
トレンドを踏まえると、これからの道筋が見えてくる気がする。
中国は工場から市場に転換を始めており、日本企業の製造・販売戦略も、広域化が必然となっている。
今年の年越しは、僕がこれからどう動くかを考えながら、という事になるであろう。

① 1980年代
中国の改革開放路線が1978年末に決定されたので、1980年代は、中国が外資誘致に本腰を入れ始めた時期と言える。
80年代の中国は、市場は無くインフラも未整備であったため、外資生産型企業(特に輸出型)はもれなく歓迎という時代。
誘致の為に、外資生産型企業には、もれなく設備・原材料の免税輸入権(総投資の枠内)、企業所得税のタックスホリデー、優遇税率が提供されていた。
その分、投資環境・制度は未整備であったため、加工賃の受払いだけで外貨操作が完結する来料加工は、外国側・中国側双方に有利な制度であった。

② 1990年代
1990年代になると、中国が徐々に外資企業を選別する様になってきた。
90年代中盤には、三来一補を歓迎しないという発言が政府機関から聞かれ、免税輸入制度は1996年に打ち切られた。
ただ、これは当時の中国政府の読み違い(自信過多)とも言え、外資誘致が急速に落ち込んだため、免税輸入制度廃止は撤回された(1998年に復活)が、免税対象を、全ての外資企業から奨励分類(当時の分類では、奨励分類と制限乙類)のみに限定するなどの調整が行われた。


③ 2000年代
2000年早々、中国は世界の工場と呼ばれ進出ラッシュが起こった。
同時に、WTO加盟を契機に、各種の外資規制も緩和された(国内流通権・貿易権の開放など)。
一方、超内国民待遇の解消も進められている(企業所得税法の内外資統合など)。
つまり、良い意味でも悪い意味でも、内外資の待遇均等化が進められた10年間と言える。
また、2000年代の10年で、最低賃金は約2倍になるなどのコスト上昇が生じ、後半には、世界の工場から市場に転換する傾向を示した。
実際、2007年頃には、政府機関も「既に輸出奨励ではなく輸入奨励」と発言する様になり、外貨獲得よりも、国民に対する物資供給に重きが置かれる様になった。
それを背景として、金融・外貨管理制度も、景気過熱政策にウェイトが置かれる様になった。

④ 2010年代
2010年代に入っても、2000年代後半のトレンドに変化はない。
中国の企業選別の傾向も強まっているし、逆に、企業側でも、反日リスクに対する警戒感を典型例として、進出地の選別が慎重に行われている。
今後の中国展開は、中国の市場(販売・調達双方の市場)をターゲットとしているか、加工モデルかで色合いが大きく変わる。
また、中国進出に付いては、一層の規制緩和を前提とした、インターネット・医療などの参入が、トレンドとなる。つまり、工場から市場への位置付けの転換が強まろう。
製造関連は、中国・ASEANのFTAも踏まえながら、中国・ASEAN一体となった戦略が必要となると思われる。

中国ビジネスコンサルタント水野真澄のブログ