ロックダウン解除後の生活

6月4日の更新から、一週間弱が過ぎてしまいました。やはり、平和になると、そちらの方に目が行ってしまうのか、書くことが少なくなるのか・・・
その中で、以前としてPCR検査は毎日のように受け続けています。というか、僕の場合は、健康コードと場所コードのデータ連結上の問題があり、毎日検査を受けています。
上海市に1万件以上のPCR検査場を瞬時に作っただけあって、現在では、全く並ばなくてもよいので、ストレスは少ないのですが、早く検査が要らない状況になって欲しい。
そんな事を考えながら、ロックダウン動画11(解放後の状況)をアップしています。

健康コードと場所コードの問題も語っていますので、是非、ご覧になって下さい。

明天会更好

ロックダウン解除3日目の昨日(6月3日)は、マンションの庭で縁日のような企画があった。
入り口には公安車両が1台停まって監督中なるも、住民は大盛り上がりで、最後は「明天会更好」を合唱していた。自分の青春の歌でもあるだけに、ちょっとしんみり。ロックダウンの2か月。更には、3月17日から実質的な封鎖が始まっていたので、2か月半にも及ぶ。長い時を抜け出たな、という気分をみんなで共有していたのであろう。
その合唱の様子は、容量の関係で(20秒ちょっとなのに・・・)、ここでは直接ダウンロードでず、
僕のFacebook(こちら)をご参照下さい。

更に、睿拢广场(日本人がオバマ広場と呼んでいる場所)は、店内不可・外飲みオンリーで営業を開始したようだ。日本人でぎっしり。物業管理が定期的に巡回して、結構細かい指導をしている(間隔開けろとか、使い捨てプラスチック容器以外は出すなとか)。ただ、市場監督局の審査が随時行われるので、このままいけるか100%断言はできない模様。

ともあれ、こんな試行錯誤を繰り返しながら、急速に平常化は進んでいくのであろう。

戻ってきた日常(これで常態化したPCR検査さえなくなれば)

好きなものが買え、食べられる生活が戻ってきた。まずは、真木乃(新旧あるが、旧真木乃の方)で鮨と刺身を購入。ロックダウンで一番物資に困っている時に、いろいろ物を分けてもらったお礼代わりに、真っ先に注文した。

日本酒も船中八策があるというので購入。冷やして持ってきてくれたのが有難い。2か月ぶりに飲む日本酒は美味かった。そして、刺身に付いていた海老の頭とアピタで購入した味噌を使って味噌汁を作る。粉末かつおだしを使った簡単なものだが、インスタント味噌汁よりは、だいぶ味が良い。

一夜明けるとPCR検査。月・水・金・日と検査を受ける。受けない自由はあるのだが、そうすると外出が制限される(72時間以内のPCR陰性証明がないと建物に入れないし、乗り物にも乗れない)。昨日の上海市の感染者は8名。無症状感染者も8名。2,500万人で16人ならば、ゼロのようなものだ。嵐の様に降りかかるPCR検査も、もう少しで終わるであろう。

部屋に戻ると麻婆豆腐ラーメン。これも久々に食べた。

2か月ぶりの出社・買い物

上海のロックダウン明けの翌日(6月2日)、2か月ぶりにオフィスに行った。自転車を漕ぎながら行くが、街の緑が目に移り、気分がよい。

オフィスに到着し、久々に部下と軽い近況報告。必要な書類にサインをすると、アピタとダイソーに移動。

ダイソーはロックダウン前の状況と同じ。アピタも平常時程度まで回復(8~9割の回復か)している。ともあれ、空いていて快適であった。

目玉焼き用のフライパン(小さいもの)、ジプロック、オリーブオイル、米、味醂等等。買ったものは当たり前のものばかりだが、なんという充実感か。不便を経験すると、比較的簡単に満足が得られるようになるな(笑)

当たり前の日常の嬉しさを感じながら帰宅。家で仕事を継続。

一夜明けたら元通りだった

2022年6月1日0時にロックダウン解除という事で、おそらく歓声が上がるだろうと、眠さを押さえて起きていたが、シンとして物音ひとつしない。全く以て拍子抜けだったが、朝になったら、元通りの街に戻っていた。

もう少し時間差を置いて、徐々に回復するのでは(1~2週間の間隔で段階的に)と思っていたが、嘘のように元通り。道行く人の表情も、何事もなかったかの様に平常だ。


すごいね。改めて、中国人のたくましさ。生命力を感じた。僕が中国に興味を持ったのは1982年のことだった。文革終結宣言から5年しか経過しておらず、何を聞いても教科書通りの回答しか返ってこないようなイメージがあったが、その実、民衆はしたたかに、力強く生きていて、その生命力に惹かれて興味を持った。それが今に至っている。

中国という国が好きかどうかというのは、難しい問題だ(20代の頃から問い続けてきた)。中国人が好きかどうかというのもしかり。ただ、確実に言えることは、好きな中国人はたくさんいて、彼らの力があったから、今の自分が有る。この自分自身の歴史と、感謝の気持ちは変わらない。

ともあれ、落ち着いたら急に四川料理が食べたくなった。まずは、ロックダウンを脱出した現状に乾杯したい。


ロックダウン解除


昨日午後は、5月29日の上海市政府発表(経済支援と営業再開状況)をクライアント様向けに取りまとめていたが、急遽、6月1日0時にロックダウン解除の発表が有ったので、優先順位を切り替える。今日(昨日の夕方)中に配信せねばと、政府発表を急いで翻訳して配信する。
長かった。「全くつらくない」と言い続けてきたが、政府発表を翻訳している時、少し涙が出た。
2月23日の青島での隔離開始から数えると、98日間続いた隔離生活だ。この環境でないとできない配信が出来た事と、筋トレを続けていたことが成果だろうか。
レストランの店内営業再開には、若干のタイムラグがあるであろうが(6月中旬~下旬か)、不自由ももう少しの我慢だ。引き続き堪えて乗り切ろう。思い出に残る経験が、また一つできた。

ネギが買えた

デリバリーが復活してくると、毎日、なんだかんだ細かい買い物をしてしまう。
ともあれ、数日前に喜んだのは、卵を120個買えたこと。そして昨日はネギだ。購入したのはもっとあるのだが、ネギは嬉しかった。ロックダウン前に購入した2本のネギを、2か月もたせて使っていたが、これが解消される。

当たり前の様に買えたものが、なかなか買えなくなる。これで、物がある事の有難さを再認識した。自分を戒める意味では良かったか。

そして、自己調達品、配給品などを織り交ぜて食事。
最後は、鶏のから揚げのデリバリー。

2回目の外出(出口は近い)

5月27日に2回目の外出許可が出た(1回目は5月20日)。29日に3回目の外出が可能。
デリバリーが復活してきて、欲しいものは買えるし、特に不便も無くなってきた。外出するかちょっと悩んだが、天気も良いし、散歩に出れば気分転換になるだろうと、朝10時に出発した。外出時間は、朝9時以降、自分で決めて良い事になった(一応、3時間以内の制限付きだが、管理しているようには思えない)。

外に出ると、前回と随分感じが違う。歩いている人も多いし、車も多い。この写真を見ていると、ロックダウン前かと思ってしまうほど。まあ、平常時よりははるかに少ないが、それでも、この1週間で外出が増え、街に動きが出てきているのは確か。

住居に一番近い南豊城(但し、ここには行けない)も、行列はできていなかったし、今回買い物をしたコンビニ(前回は10分ほど並んだ)も、一人も並んでいない。デリバリーが回復してきたので、(ロックダウン解除前ではあるが)既に買い物形態が、通常に戻ってきたのであろうか(元々、上海市民は店には行かず、デリバリーアプリで購入する)。

街も明るくなってきたし、ロックダウン解除ももうすぐだ。自分の気分も明るくなる。

何も買い物しないのももったいない(?)ので、コンビニに寄りビール、食料油、ティッシュを購入。不足物資が調達できたのは嬉しい(油が特に)。

卵購入!

ロックダウンが2か月近くなったが、その間、好きな卵をあまり食べられず(在庫に限りが有るので、2~3日に1個の割合)、フラストレーションが溜まっていたが、購入できる状況になってきた。そこで、衝動的に120個を購入。

まずは、3個使って卵焼き。在庫を気にせず卵を使えるというのは、なんと幸せな事か。
因みに、僕の卵に対する思い入れは、こちらをご参照下さい。

そして、前日に、30分以上かけて、必死にした処理した青梗菜の一部を炒めて食べる。この野菜は、塩と大蒜で炒めれば、それなりに美味しくなるので、便利と言えば便利な野菜だ。

中国ビジネスコンサルタント水野真澄のブログ