福岡到着3日目は、開業12周年記念日だった。
一周年から、毎年9月1日(途中から、前日の8月31日も)はシャンパンを飲む日となっており、ドンペリロゼを1本づつ(ついでに、他のシャンパンも)飲んでいたが、今年からはやめにした。
やめた理由は、端的に言えば、お金が勿体ない(2日間でシャンパン代に15万円も使うのは、お守り代わりとしても勿体ない)。
かつて、飲まなかった年に、日本の大震災(2011年)やら、反日運動(2012年)やらが起こったので、完全なジンクスになって、飲まないという選択肢が、自分の中でなくなっていた。ただ、昨年飲んでいても新型肺炎は起こったし、柄にもない験担ぎは、もうやめようと思った次第。暦も一回りした訳だから、過去を振り返らず、前を向いて攻めて行こう。
今年は、新型肺炎に振り回された、散々な年ともいえるが、その反面、色々な事を立ち止まって考えたり、過去の呪縛から解放されたり、両親と長い時間を過ごせたりと、後になって振り返ってみれば、重要な一年だと思える年なのだろうなとも思う。
記念日の会食は、明倫の森弁護士と、福岡銀行の方。双方、提携先であり、気楽に飲める相手。
選んでもらった店は、第8八千代丸という、それなりに有名な店の様だ。ということで、生だこ、ごまサバ、サザエ、天ぷら盛り合わせと食べ進む。
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烏賊も当然食べる。新鮮で美味しいが、昨日の男厨の感動が大きいので、つい比較してしまう。美味しい店が多いというのも善し悪しだ。
ともあれ、昨今の情報を交換し、(全員、上海経験者なので)上海の話題で盛り上がり、日本酒(鍋島)と焼酎(赤兎馬)で、楽しく語ったのであった。
福岡は、住んだこともなければ、拠点もないが、友人はずいぶん出来てきた。居心地の良い街だと、つくづく思う。
博多で会食
福岡到着初日は、元同期(丸紅同期入社ながら、既に退職した友人)と会食であった。大学は違うのだけれど、たまに飲む間柄で、会うのは2年振り。全く気を遣わず、心地よく飲んだ。
その翌日は、丸紅の2年後輩の松園君と。現在、福岡支社勤務。
ということで、2日連続、丸紅系の会食であった。
松園君が連れて行ってくれたのは、男厨という博多駅付近の店。過去に、松園君が選んでくれた店は、ことごとく外していたので心配したが、これは良い店だった。起死回生の大逆転という感じ。時節柄、一人一人の皿に取り分けてくれるので(烏賊は例外)、分量が少なく見えるが、これは一人分です。
烏賊が透明。牛肉旨し。カニクリームコロッケも大変美味しい。
そして最後の土鍋飯が感動ものだ。これは、博多に来たな!という気分。酒は、鍋島(佐賀の日本酒)を飲んで、すぐに焼酎に切り替えた。焼酎を飲むと、頭が痛くなるのだが(あまり体質に合っていない模様)、博多で飲むと、何故か大丈夫。同じ焼酎が美味しく思える。
前日の同期とは、(会うのは数年に1回だが)33年来の付き合い。松園君とも、おそらく18年来の付き合い。だんだん付き合いが長くなり、気心知れて飲めるのは良い事だ。
福岡出張
五泊で福岡出張に行った。今月、香港・上海に戻ったら、暫く日本には帰れないので、提携先との交流(しばしのお別れをする)で、会食に重点を置いた結果、長めの期間と相成った。
因みに、2020年9月1日から、中国のビザの申請方法が少し変わったので(予約方法)、9月初旬にビザを取得できる筈が、一週間先延ばしになった。それ以外の手続(就業許可を取得するための証明書や健康診断など)は終わっているので、早くパスポートを返して欲しいものだが。
ともあれ、新横浜から新幹線に乗る。4時間半座り続けなので、少々腰が痛くなる。ただ、飛行機と違って、好きな時間に移動できるので、気が楽だ。駅で、崎陽軒の焼売と、牛カルビ弁当を買う。牛カルビ弁当は、温かければ美味しいと思うのだが、牛は冷えると重い。食べるのに、少々難儀する。
福岡到着。昔、ハイアットリージェンシ―だったホテルが、経営が変わり、ザ・ベーシックスというホテルになっている。プロモーションのためか、非常に安いので、試しに宿泊することにした。洒落ていて、料金を考えると、かなりお得。その分、サービスは、削ぎ落してある様なので、この価格レベルが維持されるのであれば、長期滞在時には、また泊まりたい。プロモーション期間が終わり、価格が上がるのであれば微妙。尚、掃除担当の青年が、非常に紳士的な物腰であったのが印象的。4泊の滞在で、サービスを感じたのは、この局面だけかな。
ロビーが売りの様だ(ライブラリーになっている)。ここにある本は、自由に読んで良いとの事。こんな感じで、人手がかからないサービスを志向しているのであろう。
部屋はこんな感じ。快適だが、仕事をする机は無いので、出張時の使用は、お勧めしにくい(今回は、付近のコーヒーショップで仕事をする事に)。
動画配信・オンライン講演会
水野コンサルタンシーのHPで、動画の配信を開始しています。最近のトピックスを、1回20分ほどで無料公開していますので、是非、ご視聴ください。
サイトはこちらです。
昨日、メルマガで告知したところ、一時的にアクセスが集中し、サーバーがダウンしてしまいましたが、現在、復旧しています。
あと、別件ですが、グラントソントンの要請で、オンラインセミナーをやりました(こちら)。2020年10月30日まで無料公開されています。こちらもご興味がある方は、ご視聴ください。セミナー内容は、以下の通りです。
<プログラム>
1.香港の機能と今後 (45分)
講師: Mizuno Consultancy Hodlings 代表 水野真澄氏
2.香港関連税制・中国大湾区の優遇政策 (37分)
講師: 太陽グラントソントン・アドバイザーズ株式会社 中国デスクパートナー 税理士 下岡郁
講師:致同会計師事務所(グラントソントン中国)広州オフィス タックスパートナー AICPA 甘 小月
3.中国大湾区および海南島の最新動向(38分)
講師:致同会計師事務所(グラントソントン中国)広州オフィス タックスパートナー AICPA 甘 小月
講師: Mizuno Consultancy Hodlings 代表 水野真澄氏
東京タワーに登る
エスクリ―バで食事をした後は、東京タワーに登ってみる。
あれだけ近くにあると、登らない訳にはいかない。
展望コーナーは2か所あって、下は1,200円で上は3,000円。ずいぶん値段が違うが、思えば、上の展望台には、まだ行ったことがない。おそらく、料金の違いを見てヘジテイトしてしまうのであろう。という事で、今回は、せっかくだからと上の展望台に上ってみる。非常に小さいスペースなので、ちょっと拍子抜けする感も有ったが、登って良かった。
やはり、下とは、景観がずいぶん違う。
という事で、満足して短い参観を終える。
しかし、東京タワーの魅力は、この鉄骨感だな。
人民元対外決済の拡大
2020年8月18日のThe Daily NNAに、「人民元国際決済20兆元に迫る。国際化を安定推進(人民銀)」という記事が出ていた。
2019 年に中国の銀行が取り扱った人民元のクロスボーダー決済は19 兆6,700 億元(約302兆800 億円)で、過去最高額となったということだ。内訳は、経常項目が6兆400 億元、資本項目が13 兆6,200 億元という事で、資本項目が大きく上回り、その主要因は、証券投資(9兆5,100 億元)となっている。
クロスボーダー人民元決済のテスト措置が開始されたのは2009年で、最初はかなり限定的な内容であった。この規制緩和が急速に進み、2012年には規制緩和完了し、中国と全世界間の国際決済が可能となった。つまり、以前は対外決済が認められなかった人民元が、対外決済通貨になったのは2012年で、その時の決済額は(4兆元)。それと比べると5倍弱に増えたことになる。また、現在の国際通貨基金(IMF)による外貨準備の通貨構成統計では、人民元が世界5位の準備通貨となっている(米ドル、ユーロ、円、ポンド、人民元)。
という事で、平常時であれば、順調な成長はめでたい、という解説になるが、米中関係が緊張している状況だと、それでは終わらなくなってくる。
中国にとっては当然の事ながら、おそらく世界中の国際取引をしている企業とって、最悪のシナリオは、米国が、中国や香港の銀行に対して、米ドルの使用制限をかけてくることだろう。
この点は、5月31日のブログに書いたのだが、世界の二分化につながる最悪のシナリオだ。
勿論、これをやれば、世界に甚大な影響を及ぼす。中国企業だけではない。米国企業にとっても、彼らの中国からの製品購入、中国の現地法人からの利益や資産の回収などに著しい支障が生じ、また、世界のサプライチェーンはずたずたになる。
8月19日のブログで、米国における、香港原産品の中国産表示義務付けというというのは、効果に乏しい、単なる強気姿勢のポーズだと書いたが、それとは全く次元が違う。
あまり、国際貿易に接していない方には、イメージがわかないようだが、今の国際経済は密接に関連しており、一つの製品を作るには、多くの国が関与している。国際社会が二分化した場合、今のサプライチェーンを再構築しようとすると、気が遠くなるような、資金、コスト、労力、時間が必要となるし、物資の安定供給も、一時期途絶えかねない。
日本とても、当然例外ではなく、深刻な供給不足に襲われかねない(物資が手に入らない状況が、かつて経験した事もないほど深刻になろう)。
この様な問題の深刻さから、最悪の事態が生じる可能性は、極めて低いとは思うが(さすがに、米国も、そこまではやれまい)、中国としては、可能性が有るのであれば、それを織り込み、対応策を進める必要がある。
人民元対外決済量の増加も、その対応のための準備的な位置付けが有るのかもしれない。
ただ、中国が米ドルへのアクセスを制限される様な事になれば、人民元の国際化を、もっとドラスティックに推進する必要が出てくる。そこで必要となるのは、人民元の自由兌換だ。人民元が、世界TOP5通貨に入ったとは言っても、現時点では、米ドルとは圧倒的な差が有る。この差を詰めていくためには、自由兌換の推進が必要だ。
中国の外貨管理制度は、過去数十年で、大きく自由化が進んでいるが、それでも、為替は管理された状況にあり、外貨管理手法は、欧米諸国とは異なっている。
それは、「実体のある取引(貨物であれ、サービスであれ、投資であれ)に伴う外貨決済のみを認め、決済・兌換に際して、検証ステップ(真実確認ステップ)を守る」という姿勢である。
これを維持する限りにおいては、国際的な影響力は拡大できない。一方、自由兌換に踏み切れば、資本の流出などの懸念が有る。極めて判断が難しい問題であるが、どう舵を取っていくのだろうか。
東京タワーを見ながらシャンパンを飲む
上海市政府から招聘状が出たので(8月早々)、9月下旬に香港に行き(隔離され)、その後、10月に上海に移動すべく(再度、隔離)準備中。永久居民証を持っている香港は良いが、上海は、居住許可を申請しなければならず、卒業証明やら、無犯罪証明やら、やらねばいけない事が色々有り、それなりに大変だ。
そんな日々を慌ただしく送っていると、不意に東京タワーが見たくなった。なぜ、東京タワーかというと、一つは、センチメンタリズム。子供の時に何度か行ったし(目的は蝋人形館)、新入社員の時にも登った。更に、丸紅を辞めようかと思い悩んでいた時には、何度も見に行った。特に、その内一回は、コンビニで缶ビールを買って、夜の11時頃に、タクシーで真下まで行って、タワーを見上げながらビールを飲んだ記憶が有る。寒い日で、震えながら。それが懐かしくなったから。
更には、「微熱少年」を先週読んだため。これは、同世代の誰に言っても分かってもらえないのが寂しいのだが、新入社員時代に見た、個人的な思い入れの強い映画。貸しビデオ屋で何度も借りて、残業帰りの寮の部屋で一人見ていたのが懐かしい。あまりの懐かしさに、先週、(映画は手に入らないので)原作の本を買って読んだら、映画を思い出し、東京タワーを見たくなった。残念ながら、最後の大勝負は、原作では、「勝鬨橋を車で飛び越える(まだ、橋が、上に跳ね上がっていた時代)」で、映画で記憶に残っている「東京タワーにバルーンをかける」ではないのだが。
東京タワーを見るために行ったのが、エスクリ―バという隠れ家的な店。分かりにくい場所にあり、看板もまったく出ていない。GPSが無ければ、絶対にたどり着けなかった。何しろ、小さな雑居ビルの7階で、看板類は全く無い。入り口の郵便受けに店名が小さく書いてあるので、やっと分かった。更に、エスカレーターは6階までしかなく、階段で上に登らないとたどり着けない。
人気店の様だが、時節柄客は少ない。外のテラスに4組ほどいたが、店内は自分達だけ。
シャンパン(というか、スパークリングワイン)を二本頼んだが、値段の割には、久々に印象に残る美味しさ。良い店だ。
ともあれ、東京タワーを堪能した。次回、日本に戻るのは来年だろうが、その時にはまた行きたい。その時は、満席であるのを期待するやら、空いててほしいやら、不思議な気持ちだ。
天ぷらを食べて大学に行く
中国に戻る事が決まると、手続がたくさんあって、それなりに大変だ。この日は、大学に卒業証明を取りに行く。
その前に、丸紅の元同僚と東京駅大丸にある「つな八」で昼食。
海老が美味しい。穴子も美味しいのだが、個人的には、たいして穴子は思い入れがない。しかし、天ぷら屋の天ぷらは、あっさりして美味しい。
そして、一番旨かったのは、〆の天丼。これは旨い。天茶も選べたが、天丼にしてよかった。天茶の方が、あっさりしているかなとは思ったが、「どうせカロリーは同じだ」と天丼を選んだ選択は正解だった。
そして大学に。昼食が、13~14時だったので、大学到着は14時半過ぎ。この日は、受付が15時までなので、ぎりぎり間に合って良かった。
手続自体は、10分ほどで終了。しかし暑い。校内に学生が全くいない。これだけ人の少ない早稲田は、今までで初めてだと思う。
ともあれ、手続は順調に終わり帰宅。
暫くの生活
今年の3月末から横浜の実家に引きこもり、二階の部屋で、こんな感じに仕事をしている。高校・大学生の時に使っていた部屋で、特に、大学受験勉強の時は、ここに引きこもって一心不乱に勉強したので懐かしい。
仕事をするのは当然として、小説を一本書いた。2~3年前だろうか。友人の金鋭さんと酒を飲んだ時、「趣味を持つのはいいですよ。僕も趣味でカメラを始めました」と言われ(今や、彼のカメラはセミプロ状態)、「じゃあ、小説書きましょう。趣味だから、書いてコンテストに応募するだけで、結果は求めない」と答えたのがきっかけ。
ただ、その後、本職のビジネス書の執筆、出版が忙しく、というか、それを優先させてしまうので、ビジネス書籍は何冊も出したが、小説は1作も書けなかった。
コロナ籠りという特殊な環境で、こういう時にしかできないもの。過ぎ去ってから、この時の思い出になるようなものを作ってみようと思い、書き始めたのが3か月前。「ビジネス書と違って、小説は才能ないなあ、自分は」と、何度も断念しかかったが、やっと書き上げ、いま推敲中。
これで、コンテストに応募すれば(趣味なので、結果は問わない)、金さんとの約束は果たしたことになる。
ともあれ、特殊な環境だからこそできたことだ。
香港製造原産表示
2020年8月13日付、Daily NNAに「香港製品は「中国製」と表示、米が義務付け」という記事が出ている。これは、他のメディアでも取り上げられているが、その効果はどうだろう。
香港統計処の発表(のJETRO短信による集計)では、2019年の香港の輸出総額は約4兆香港ドルで、対米輸出は、全体の7.6%を占めている(3千億香港ドル)。とはいえ、その大部分は、中国原産品のインボイススウィッチ取引で、既に、報復関税の対象となっていた。つまり、報復関税を適用するか否かは、原産地証明をベースに判断するので、香港の対米輸出の大部分を占める中国本土原産品は、たとえ、香港企業が米国に販売しようが、報復関税をかけられる。
では、今回影響を受ける香港原産品は、どの程度の金額かというと、対米輸出額は37億香港ドル(約4.7億米ドル)。一企業の数字としてなら、それなりだが、国(地域)としては微々たるもので、香港の輸出に占める割合の0.1%に過ぎない。
これに、報復関税をかけることで、どの程度の効果が有るのだろうか。結局、報道から受ける印象に見合う制裁効果はなく、米国の単なるアピールという気がする。そして、困るのは、(プロパガンダとは異なり)香港の製造企業だ。香港企業・香港人としては、「話が違うよ」という気にもなるのではないか(注)。
(注)
その後の米国税関の発表では、2020年9月26日以降米国で輸入される香港原産品に付いては、Mide in Chinaと表示しなくてはいけないが、関税に付いては引き続き不変(報復関税の対象外)となる模様で、妥当と言えば妥当な対応だが、何をやっているんだろうという感じは、更に増す。