世界の中の日本

昨夜、日本に到着し、オフィスで執務中。
日本の平和さ、穏やかさをつくづく感じる。
ただ、いつもは嬉しい平和な雰囲気も、自然と、これからの日本経済の行方、四方から迫る外圧に、思いが飛んでしまう。

前にも書いたが、僕自身は、外国で仕事をする事が必ずしも素晴らしいとか、国内のみで働くよりも意義があるとかは思っていない。
日本の中で頑張るのも、同じように大切な事だ。
ただ、海外で長く仕事をしていると、世界の中の日本、という、当たり前の現実を肌で感じるが、この経験がないと、そんな当たり前のことを忘れがちになる。
忘れがちになるというより、現実感を持てない。
それだけ日本が住みやすい国だ(日本の中だけで完結したくなる)、という事であろうが、現実を踏まえれば、海外との調和は避けて通れない道だ。
海外を常に意識できなければ、国内バランスのみにとらわれ、国際バランスを無視しがちになる。
中国で、反日で騒いでいる連中の多くは、国際社会の経験などなかろう。
日本人もまた然り。
見る事、経験する事で、初めて分る事もある。

僕は、大学に入るまで、一人旅をした事もなければ、飛行機にも乗った事がなかった。
それでも、商社に入り、数えきれないほど海外出張をした。
商社マンとしては、たいした危険には遭遇していない方かもしれないが、湾岸戦争直後で油田が燃え盛る最中に、ヨルダン・シリア・カタール・サウジを訪問したり、(1989年の)6・4事件の数週間後に中国に赴任したりもした。また、刻一刻と死者が増えていく(TVに感染者・死者の数が表示され、分単位でその数字が増えていく)SARS下の香港で生活もした。
バーレーンからヨルダン行きの飛行機の中、自分がたった一人の東洋人である事を肌で感じ、異民族国家にいる事を実感し緊張した。
そして、中国、香港、その他の国で、現地の人達と張り合い、協力し、そして助けてもらった。
危険に身をさらす事が偉いとは思わないが、そんな感じの緊張を経験した事で、感じた事、学んだことが有る気がするし、それが、今の僕の世界観・人間観に影響を与えている。
その意味では、若いうちに海外に出て、異国・異文化を肌で感じ、海外の若者と張り合う事を、日本の若者たちにも勧めたい。
その過程で、排他ではなく、自信を持って他国の価値観を受け入れる実力を身に着けてほしい。