米中対立と通貨

2020年5月29日付の日経新聞電子版に、「米中対立で市場に異変 マネー分断、もろ刃の剣」というタイトルの記事が出ていた。
米中対立、香港に対する優遇廃止が金融に及ぶリスクについてのものだが、これが一番世界に混乱を及ぼすシナリオだろう。

5月27日のブログでも書いたが、中国にとって、香港の資金調達(IPO)機能は重要であり、これは維持する筈。今後、対立が激化すると、米国は、米国証券市場での中国企業の上場を阻害する可能性が出てくる。そうすれば、香港の重要性はさらに増す。
その意味では、物流、観光、不動産、貿易など、ネガティブな見通しが殆どの香港で、これは数少ないポジティブな分野。
ただ、更に、米国が対抗措置を進め、米国企業の香港での金融活動を制限する、更に、中国・香港に対して、基軸通貨である米ドルの取り扱いを制限するなどの措置を取ると、これは極めて深刻な問題となる。中国・香港は当然大きなダメージを受けるが、大きな投資先を失う米国も深刻なダメージは避けられまい。

中国としては、対抗策として、人民元の国際化を断行せねばならぬが、これは、為替の自由化が前提となる。2009年にクロスボーダー人民元決済(人民元の対外決済通貨転換)が開始され、2012年に経常項目に関する規制緩和が実現。国際決済通貨としての取扱量は、全通貨中トップ10に入っているが、それでも、為替の自由化を認めたわけではなく、制限された中での開放であり、国際通貨とは言えない状況にある。
為替の自由化は、計画経済にはマッチしないので、中国はこれを認めないだろう(通貨管理を行ったままでの経済発展を志向するだろう)と僕はずっと言ってきた。ただ、米国からの米ドル取扱い制限を受ければ、中国としても人民元の国際通貨化を早急に実現せねばならず、為替の自由化を否応なく進めざるを得ない。
1~2年以内に、中国の外貨管理政策の大きな転換があるかについて、状況を注視する必要があろう。

ともあれ、通貨の分断が進めば、世界の二極化は加速する。そして、世界的な経済の混乱と、致命的な落ち込みは避けられない。
昨今の米国の行動は、常軌を逸する面があり、昨年12月に、米中貿易戦争を、ぎりぎりで回避した理性が期待できるか不安に思う面もある。この点、世界経済の中の日本としても不安は募る訳で、決裂とはならぬ幕引きを望むばかりである。

米国の対香港優遇撤廃について考える

「米大統領が、香港に対する優遇措置を撤廃するよう政権に指示した。香港の統制強化に向けた中国政府に対抗」という事で、以下の様な報道がされている。昨年も同様の報道が有ったが(米国の香港政策法に基づく動きであるのは分かるが)、いまひとつ、不可解な気持ちを持っていた。

毎日新聞読売新聞とも、制裁措置として、「関税とビザの優遇撤廃」と記載しているが、まず、関税に関していえば、中国原産品を香港インボイススウィッチして米国に輸出したからと言って、原産地が変わる訳ではなく(あくまでも、関税は原産品証明に記載された生産国が課税の原則となる)、香港に対する関税優遇措置がなくなったからと言って、特段の変化はないはずだ。

一応、昨年1月に日経新聞が報道した、米国のファーストセールス制度というものはある。見出しは、「貿易戦争、香港が抜け道 節税目的で企業の利用増」というものであったが、実際には、それほど影響があるものとは思えない。これは、中国から米国に輸出するに際して、香港企業がオフショアで関係した場合、米国での手続を前提として、香港企業の販売価格(インボイススウィッチ価格)ではなく、中国企業の輸出価格を米国での通関価格にできるという制度。よって、香港で付いた付加価値に相当する関税の引き下げ効果はあるが、香港スウィッチで付けられる付加価値は、せいぜい1~2割だろう(半値=原価割れで中国から輸出して、香港企業が正価のインボイスを付けるようなことをすれば、中国での輸出通関時に問題が生じる)。それに対する関税率(香港の付加価値x関税率)分のメリットだから、決定的な裏技(封じられて大きな影響が出る問題)とは思えない。当然、原産地は中国のままだから、報復関税の対象だ(まあ、報復関税が乗るのであれば、メリットは通常より大きくなるが)。

実際、今回話題になっている香港優遇撤廃で影響を受けるのは、香港原産品であるが、面積の狭い香港では製造業は限定的で、香港のGDPの1.1%を占めるに過ぎないし(香港統計年鑑2017年)、更に、これで困るのは、香港の企業であって、中国本土が影響を受ける訳ではない。また、ビザもしかりで、米国訪問時のビザ発給が制限されるのが香港市民だとすると、これまた困るのは香港市民だけで、中国本土としては痛くもかゆくもないという気がする。
米国は、香港の民権を守るという大義名分を掲げているが、単に、香港の首を絞める手助けをしている様な印象がある。

一応、日経新聞は、もう少し踏み込んでいて、軍事使用可能な半導体を、米国から香港に輸出し(香港企業の輸入にする)、それが中国に転売される場合の制限の可能性を記載しており、そうした事があれば、影響はあるのであろうが、軍事関係物品の輸出管理は、そんなに甘いのであろうか(すぐに転売できてしまう様な管理なのだろうか)。ここは、実態を調べてみねばならない。

ともあれ、米国側が選挙を前に強い姿勢を見せたい気持ちの表れという気がするが、これが激化すれば、世界的な混乱を招く懸念がある。
2018~2019年の米中報復関税合戦は、2019年12月に一次合意が実現し、スマホ・ノートパソコンなどに対する報復関税を見送り、一旦、15%をかけた、スマートウオッチ、デジタル家電、アパレルに対する報復関税を7.5%に引き下げた。
これらは、消費者の生活に密接する物品で、また、世界における中国での生産シェアは、スマホ65%、ノートパソコン・タブレット86%を占めているため、中国以外の国からの代替輸入は難しい。これに報復関税をかければ、米国の小売価格に影響なしとはいえないので(支持者獲得に悪影響があるので)、やりたくなかったというのが本音ではないか。
結局、どちらの国からも不満が出たような結果、つまり痛み分けに終わり、混乱と不満が残った。米国での新型肺炎蔓延の深刻化により政権への不満が募れば、外に眼をそらすために戦いをしかけるというのは、過去にも類似の例が、米国はもとより世界各国である。
貿易摩擦において、米国と中国とどちらが勝つか、とか、どちらが有利か、という論評が、いたるところで目に付くが、貿易戦争は、完全な勝者は通常存在せず、どちらも傷つく。それだけでなく、他国も巻き添えを食う。

何れにしても、争いをしかけているのは米国であるが、中国は、歴史的に外圧を嫌うので、戦いを挑まれれば買うであろうし、今後の展開に関して綿密なシュミレーションを行い、多数の対応シナリオを書いているであろう。何れにしても、経済のグローバル化が進む現在では、世界中に影響を及ぼす結果になるのは自明であり、適切な落ち着きどころを両国が探っているのを願うばかりだ。

香港経済の今後

昨日書いた通り、香港では、コロナが治まればデモが始まるという状況で、(これは、前からだが)今後の香港はどうなるか、というご質問をよく受ける。それに対して、僕が出している見解を下記したい。
まず、香港経済に占める産業割合は、香港統計年鑑(2017年)では、以下の通りとなっている。第三次産業が92.4%で、製造は1.1%に過ぎない。
・販売 21.5% ・金融保険18.9%  ・不動産関連21.1%
・物流6%
これを見ても、サービスで成り立つ地域だという事が良く分かる。正確さには欠けるが、分かりやすくするために、敢えて感触的な数字に置き換えると、貿易2割、金融2割、不動産2割、物流+観光・飲食2割という感じか。
香港の2020年第1四半期のGDP成長は、▲8.9%であり、香港政府は、2020年の年間予想を▲4~9%としている。新型肺炎の影響は、収束すれば回復するであろうが、収束すればデモが開始される。新型肺炎蔓延前の2019年第4四半期で、既に▲2.9%となっていたが、これは主としてデモの影響。状況的には更なる悪化も想定されるため、今年の成長は政府予想よりも悪い数字となる懸念もある。
香港経済の今後に関し、GDP貢献が大きい項目に関してコメントすると、以下の通りか。

1.貿易
香港の貿易取引は、輸出は54.33%、輸入は46.59%が中国本土関係だ(香港統計年鑑)。
これは、基本的にはインボイススウィッチ取引であるため、今後、大きなビジネスモデル変更は少なかろう。懸念されるのは、米中摩擦の悪化であり、それによるマイナス影響は受けるであろう。つまり、2018年をピークとして、漸減という推移をたどるのではないか。

2.金融
香港は、中国企業のIPO(資金調達)拠点、オフショア人民元の一大マーケットとしての機能を持っており、中国依存度が大きい。デモの影響でIPOが停滞した折、アリババの上場で、IPO調達額ランク世界1位を、かろうじて維持したことからも分かる(アリババの調達額US$129億は、2019年の香港IPO調達額の35%を占める)。
この機能は、中国にとっても重要であるため(米中摩擦で、米国でのIPOに政治的な問題が生じると、更に、重要性が増す)、中国としては活用を維持するであろう。香港経済にとっては、数少ないポジティブな分野と言える。ネガティブな要素は、中国経済が減速すれば、その影響を受けるという事。

3.不動産
不動産は、2019年9月から相場の下落を生じており、オフィス賃貸物件は、10~15%程度の下落が生じている(Frontier Real Estate Ltd提供資料)。香港の不動産相場は、2004年のCEPA発効以降急騰しており、2004年1月と2019年1月を比較すると、3.5~5倍という異常な数字となっている。これは、中国資本流入の影響が大きいが、デモを嫌気して取引は減速、価格は下落していくのではないかと思う。とはいえ、これは、加熱状況の鎮静化という見方もできる。経済貢献はともかくとして、香港で実体ある活動を行う場合には有難い事だ(香港の不動産価格は、安定したビジネスの大きな障害になっている)。

4.物流・観光・飲食
今後の影響として、一番悲観的なのはこの分野であろう。
① 物流
デモ隊の空港占拠、道路封鎖などの影響で、香港の交通インフラに対する信用が毀損した。10年以上前から、価格が高い香港の倉庫・港湾利用を、広東省(深圳など)にシフトする動きが有ったが、それでも香港活用が継続していたのは、迅速性・確実性への信頼によるものだ。これが、香港を利用すると、却って適時に出荷ができない懸念が出てきたため(中国本土よりも出荷が遅れる危険性の発生)、昨年、再度の広東省シフトの動きが有った。この様にして流失したビジネスは、元には戻らないであろう。
② 観光
2018年の計数では、香港訪問客は年間5,103万人であり、そのうち、中国本土からの訪問者が78.3%を占めている。
中国本土からの訪問客は、日帰り、若しくは、1泊滞在も多かろうから、人口と比較するのは意味がないかもしれないが、748万人の人口の地域に対して、6.8倍の訪問客が来るというのは、すごい状況である。
日本は、1.2億人の人口に対して、訪問客が3,200万人。中国本土と陸続きの香港とは、訪問客の滞在日数が違うだろうから、単純比較はできないが、人口の6.8倍と言えば8億人(今の25倍)。日本訪問客が、昨年の10倍以上となったら、さすがにトラブルが多発するであろう。香港の状況は、そういう事だ。
とはいえ、香港の観光業・経済は、それを前提として成立している。デモの影響で、2019年第3四半期の訪問客数は前年同期比で37%減。ホテル稼働率28%減は、香港経済にとっては、痛い数字だ。
中国からの訪問客は、バイヤーがかなり存在するため、その様な訪問者は、新型肺炎収束により戻るだろうが、それでも、デモの継続により、2018年度と比較して、2~4割の減となるのは避けられなかろう。

以上を踏まえると、1(貿易)と3(不動産)は、2018年をピークとして減速が継続する。2(金融)はプラス(米国などからのシフト)とマイナス(中国経済の原則)の双方が有り現状維持。4(物流・観光)は大きく落ち込むというイメージ。クラッシュはしないものの、香港経済は力を無くしていくというのが、僕の観測。

結局、香港は中国本土に依存する事で、経済が成立している。これは、統計からみても明確である。ただ、市民がこれを受け入れない。つまり、経済とイデオロギーの対立だ。
そうなれば、経済成立の前提が脅かされる訳で、維持、発展は、当然の事として望めないという帰結になる。

近況報告

日本滞在4ヶ月。在宅勤務2ヶ月が経過。
昨今の状況としては、以下の通り。
1.クライアント様に無償配布するためのマスクを中国より1.5万枚輸入し送付した。
沢山の方からお礼をEmailを頂き嬉しい。やはり、Emailでもお互いの意思疎通があるというのは、励みになる。
こちらが励まされた気分。

2.上海、広州、香港の仕事は平常通り。
日本はまだ在宅勤務が続くが、中国、香港は平常勤務で、特に問題なく業務が遂行できている。部下、組織を育てた結果が出てきており、自分は、Emailと電話で遠隔操作すれば業務が回る様になった。また、移動が無く、時間に余裕があるので、部下たちのEmailにも比較的よく目が通せているのは良い事だ。一方で、(これは想定していた事だが)コロナが治まれば、香港ではデモが始まる。これから更に激化するだろう。香港の組織の在り方を、真剣に考えなければいけない状況になりかねない。

3.読書、執筆
歴史、政治、宗教の本を1~2日に1冊読んでいたが、江戸川乱歩全集を購入してしまったら、そちらに手が伸び、なかなか読めなくなってしまった。江戸川乱歩は不思議な魅力がある。仕事の本としては、税理士法人山田&パートナーズとの共著(中国個人所得税の制度と実務)は、7月末に完成予定。企業所得税の執筆にかかっている。
一方、趣味半分で書き始めた経済小説は、ビジネス書ほど興が乗らず進行が遅いが、一応、3.5万字になった。まだまだ頑張らねば。

という様な状況。これは、両親との食事。僕が、ムール貝のワイン蒸しと、海老のアヒージョを作った時のもの。一種の合宿状態かなという感じ。

子会社チェイスの社名変更

子会社のチェイス・チャイナを、2020年5月1日付で、チェイス・ネクストに社名変更しました。URLなどは変更ありません。引き続き、宜しくお願い致します。
チェイスネクストのサイトはこちらです。

ちなみに、チェイスチャイナというのは、2008年に起業独立する時、社長を任せる事になった杉山君が決めた社名。その時は、昼飯に、蕎麦屋かどこかで食事をしていたら、彼が思いついて、「こんなのはどうでしょう」と言い、そのまま決めたもの。
ただ、その後、国際状況は大きく変わり、チェイスのコンテンツも、ASEANを加え、日本を加え、そして、今後は欧米も視野に入れようという話になってくると、地名を付けた社名は、単なるいたちごっこになってしまって良くない。
そんなこんなで、社名を変えるか、という事になった。
そこまでは良いが、さて、どういう社名にしようか。
しっくりくるものがない中で、Amazon primeを見てたら、仮面ライダーネクストが目に留まったので、見終わると、そのまま勢いで社名を決めてしまった。
まあ、世の中、こんなものです。

過去の丸紅の社内報(2003年)

母親がファイルしてくれていた丸紅社内報その2
2003年の時に、2ページ特集で自分を紹介してくれたもの。まだ、丸紅香港法人の経理部としてコンサルティングをやっていた時のもので、まだ苦労がなさそうな表情。
2002年は、本を出せば売れるし(香港の旭屋書店年間売上ランクで1位と4位)、NHKには連続で出るし、会員制サービスを始めればすぐに契約を取れるしで、やることなす事上手くいった年だった。それが、2003年になった途端、暗雲が垂れ込めた。それがSARS(2003年)。それが解消すれば、予算決算のプレッシャーで不眠になり(2004年)、人間関係で不眠がひどくなると共にリンパが腫れる(2005年)。そこから、起業独立(2008年)に突き進んでいく。

自分が一番苦しんだのは、42~45才なので、厄年ですねと言われるし(ある意味正しいとも言えるのだが)、今でも、厄年に差し掛かった後輩達からアドバイスを求められるのだが、自分の厄年に付いての考え方は、必ずしも年齢には厳密に連動していない。男の厄年である40代半ばは、今まで期待されていた役回りより、一段上のものを要求される年齢だ。会社の中で、担当から中間管理職になったり、社会の中での位置付けも重くなる。その軋轢でもがき苦しむのが、所謂厄年。つまり、脱皮の試練という意味。という事で、今年で厄が終わるとか、今年で後厄が終わるとか言っても意味はない。占いに頼るなら、自分で精進すべきだと思うし、それを克服したら、一回り大きな自分になっている。
厄を抜けた今は、そう思う。

過去の丸紅社内報(2006年)

母親がファイルしてくれていた切り抜きの中にあったもの。過去の丸紅社内報で、これは、もうないと思っていたので、こんな感じで発見できたのは嬉しい。

これは、2006年に、丸紅100%出資のM&Cというコンサルティング会社を作ってもらった時の、新トップ紹介。
苦手な事に、「窮屈な飲み会、愚痴を語る人との付き合い」と書いてあり(はっきり言ったものだ)、社員にひと言という部分には、「ベンチャーマインドを持って頑張ろう。」と書いてある。
やはり、社内ベンチャーとして立ち上げたという意識が強かったのが分かる。
あと、5年以内(2011年前)に日本に拠点を造り、10年以内(2016年以前)に、中国、アジアでトップレベルのコンサルティング会社になると書いてある。この会社は、2年後の2008年に閉鎖が決まってしまい、振り出しに戻って独立起業を余儀なくされたのだが、2011年に日本事務所を作り、2015年9月にベトナムに進出してASEANコンサルティングを始めた訳なので、その意味では、想定通りの動きをしているのが分かる。
当時(丸紅時代)、2007年にベトナムでのコンサルティング展開を画策したものの、そんな理由で白紙になり、8年間進出が遅れてしまった。あの時、お家騒動が無ければどうなっていただろうと、たまに思う事がある。

ちなみに、信条として、「コミットする事。コミットした事は必ず実現する事」と書いてある。その信条に基づきやってきたつもりだが、思えば、ここ数年、明確なコミットをしていないのを反省した。やはり、ベトナムを軌道に乗せるまでが苦しく(資金面での問題)、同じ思いを繰り返す事が怖くなったためだろう。
その中、昨年に、次の目標を米国と決め、米国の弁護士事務所との提携に動いていた。米中貿易摩擦は、今後も続くであろうから、双方の貿易・投資政策の提供や、コンサルティング提供が今後重要になると思ってのことだ。初期合意ができて、本格始動に入ろうか!(告知しようか)というところにこの騒ぎで、動けなくなってしまったのが残念だが、コロナ騒ぎが収束すれば、元に戻って進めていこう。

この1~2週間

長期間の日本滞在&自宅勤務となっているため、通常業務だけでなく、何か違う事をやろうと、小説を書きだした。
これは、出版を目的にするのではなく、「懸賞にでも応募するか」という軽い気持ち。2年ほど前に、何か趣味を探さねばと思い、少年時代から憧れていた小説を書こうと思い立った。ただ、その方面の才能(ストーリーの構築や感情描写)があるかどうか分からないので、飽くまでも趣味として書いて、懸賞に応募するのを目標にする(入賞ではなく、応募が目標)という事でいこうと思っていたのだが、ビジネス書の執筆を優先した結果、全く手がつかず、これを機会にやっと書き出したもの。
ただ、遅々として進まない。数週間経って、やっと2万字だ。いつ完成するのやら。本当に完成するのか、とすら思う。ビジネス書とはずいぶん勝手が違う・・・

あと、この一週間は、日本も中国も休みなので、政治、民族、宗教、地政学の本を、毎日1~2冊読んでいる。こういう機会が無かったら、これほどまとめて読む事はできなかったであろうから、これは瓢箪から駒だ。
色々気づく事がある。

納戸から出てきたもの

実家に居続けているので、ヒマつぶしのため納戸整理をしていたら、香港特別行政区政府という記念品が出てきた。何だったかな?と思い返してみると、おそらく、2002年に、帝国ホテルでの講演会(広州市政府と香港政府の共同誘致セミナー)に参加した時にもらったものだ。

結構、注目されたセミナーで、1,000人程度人が集まった記憶がある。政府主催の講演は、スピーカーが多いので、自分が話した時間は、15~20分程度ではなかったかと思うのだが。
講演が終わり、香港政府の人間と懇親の酒盛りを開いたのを思い出す。
1997年の香港返還後、徐々に香港と広東省政府の共同イベントが増えていったが、その第一弾に近いような企画であった。今から思うと、明るい時代であったものだ。