新聞記事の検証

2020年7月4日の日本経済新聞に、次の様な記事があった。
「香港を拠点とした加工貿易の税務メリットは今後薄くなりそうと分析する。香港で製造管理や原材料・部品調達をして中国本土内で製造・加工することで、米国に輸出された製品を追加関税対象から除外申請できる制度がある。中国から米国に輸出する製品について米中貿易摩擦のあおりを防ぐために、日本企業にも導入例が多い」

これを読んで疑問に思った。昨今、この様な話は聞いたことがない。念のため、香港貿易発展局・東京事務所と、在香港で米国関連業務実績がある総合商社に聞いてみたが、やはり聞いたことがないとの回答。
米国側はどうだろうと、協力関係ができたワシントンDCの弁護士の方に聞いたが、「香港を個別に取扱う制度は心当たりがない」との回答。
という事で、日経新聞の懇意の方経由、この記事の背景を確認願ったが、「日本企業が香港企業に部材を提供して、香港企業が中国企業に、極めて付加価値が低い来料加工を委託する。その場合、米国側で日本原産品(香港原産品という話ではない)として扱われる可能性があり、その場合、301条の報復関税の適用除外となる事もある」との回答であった。

理屈として、日本で殆ど完成させて、その後、中国で極めて単純な加工(例えば、パソコンを日本で作って、箱入れとねじ締めだけ中国でやるようなイメージ)をすれば、中国で付加価値が付かないので、日本原産品と認定される可能性はある。ただ、この様な単純な加工をするために、わざわざ輸送費をかけて中国まで持っていくのは、経済合理性に合わず、それほど事例があるとは思えない(香港貿易発展局も、「有ったとしても、極めてレアケース」との回答)。また、この説明通りだとすると、別に、日本企業が、直接中国企業に来料加工を委託すればよい訳で(やるとすればだが)、香港を絡ませる必要性はない。
ともあれ、1980年代の様に、中国の物価が安ければ、よほど大量に数をこなせば採算が合ったかもしれないが、現在の中国の物価では間尺に合わない。また、広東流来料加工が盛んな頃は、検品・分類のみ。箱詰めのみというような極めて低付加価値の来料も有ったが、2008年の広東省における来料加工廠制度禁止(2012年までの経過措置付き)後は、加工に一定の付加価値が要求される様になっており(進料転換の義務付け)、この様なビジネスモデルは成立しなくなっている。

以上の結果、「香港企業が中国で加工貿易を行う事で、米国側で優遇を受ける制度があるという内容は間違い(香港であるがゆえの問題ではない)」。中国での加工を、極めて単純な内容に限定する事で、原産地はを変えない(日本のままにする)という事例はあるかもしれないが、現在ではレアケースで、香港の根本的な機能の低下をもたらすようなものではない、と言ってよかろうと思う。

僕自身にも金融機関の方から質問が有ったし、香港貿易発展局にも、メガバンクから質問があったと言っていた。この様な形で、香港に注目している方にとっては、気になる記事の様なので、ここで、調査結果を踏まえて解説する事にしておく。