これは、1月2日~16日の香港滞在の間に撮っておいた写真。
高いビルが、宿泊していたハイアットリージェンシーホテルが入っているK11。香港と言えば高層ビル。その中の一つだ。フィットネスジムが充実していることを前提に選んだホテルだが(この条件だと、1か月単位でないと借りられないサービスアパートメントよりも、ホテルの方が安くなった)、3回使っただけで、香港政府のジム禁止令が出てしまったので、その後は使えずじまい。18時以降の外食禁止は、自分的には影響は無かったが、ジム使用不可は痛かった。
そして裏路地。こういった風景も香港らしい。煌びやかな風景が、一歩路地に入ると一転する。昔、NYK駐在経験者が香港出張に来た時、こうした路地に入るのを極端に怖がっていた。そう考えると、香港の治安は良いのだな。
そして、香港最終日の夜は、一人部屋の中でいろいろな事を考えた。香港を始めて訪問したのは1985年。活気に惹かれて、何時かここで仕事をしたいと思ったことが、現在の僕に繋がっている。そこからすると、香港もずいぶん変わった。そんな話をしたら、1985年から現在というのは、日本の終戦からウォークマン発売開始までの期間とほぼ同じ。変わって当然という話をされた。そう言われれば、確かに歴史というのは、そうして形作られていくんだなというのを実感した。
ただ、三十数年で変わったのは香港か、自分の認識か(双方有るだろう)。若い時は、香港の活気。香港ドリームを手に入れよう(這い上がろう)とする人間たちのバイタリティーに惹かれた。ただ、その一方で、這い上がれないまま、時間に埋もれてしまった人たちも少なからずいる。そんな矛盾をはらみながら、独特の存在感を維持しているのが香港だ。何が正解なのだろうか。そんな事を、窓の景色を見ながら考えた。