北京商工会で講演会を依頼されたもの。
寒さが苦手な僕は、冬に北京に行くの初めてだ。
最低温度はー10度程度の様だが、寒いのは嫌だな、と気が重い。
せめてもの楽しみという事で、マイレージでビジネスクラスにアップグレード。
仕事があるので、機内では休めなさそうだが、ひと段落着いたらシャンパンを飲もう。
昨日は、飛行機で上海から香港に移動。
機内で1時間以上待たされた(合計約3時間半機内)ので、半生記を書いていた。
まだ2万字弱だが。
書いていると、今まで忘れていた事を思い出すし、漠然とした気持ちが一つの形になってくる。
何より、自分はこれだけたくさんの元上司や元同僚に、温かく接してもらったんだ。支えられてきたんだという事を、今更ながらに認識し、感謝の気持ちでいっぱいになった。
勿論、クライアントの方や提携先の方も同様だ。
こんな事を再認識したのが、穏やかな気持ちの一因かもしれない。
書上げてどうするかはまだ決めていないが、感謝の気持ちを忘れないためにも、自分の半生を文章にしてみるのはいい事かもしれないと改めて思った。
自分の悪かった部分も見えてくるし。
年末の宴会続きで、ちょっと体重が増えたので、昨日は、酒抜き、夕食軽めでコントロール。
今日は、前職の先輩と会食。
昨年、深圳に財務管理公司(記帳代行、申告代理の営業許可がある会社)を設立したが、現在、上海に新しい財務管理公司を設立中。
水野財務諮詢(上海)有限公司で、既に、社名登記、資本金口座開設は完了。
来年早々の営業開始を目指しているところ。
クライアント企業様の回答は基本的には終わらせたし、連載原稿、書籍の原稿も執筆したので、年末年始は半生記の第2弾を執筆する予定。
現在、1.5万字程度なので、4分の1程度の仕上がり。
これは、自分の満足のために書いているので、公開するか、書籍化するかは未定。
1冊目は、僕が20~30代の事を書いたので、のんきで明るいトーンだが、2作目は40才以降の話なので、ビジネスの話に終始してしまい、他の方が読んでもあまり面白くないのでは、と考えて思案しているもの。
ただ、海外で新規事業を開始する事、大企業の中の意思決定プロセス、退職・独立起業というエッセンスが入っており、経験談としては参考になるのではないかな、と考えている。
何しろ、誰でもやる事ではないので、一度やれば経験者だ。
新規事業開始マニュアル、起業マニュアルのような感じに仕上げる方向で書き続けていこうと思う。
尚、執筆の関係で、昔(2004年以降)のブログを読み直しているが懐かしい。
ブログ開始前は、日記も書いた事が無かった僕だが、こうして記録ができているというのは便利なものだな、と改めて思う。
あと2日すると新年。
1からスタートする気分でちょっと辛いが、今の調子を持続して飛ばしていこう。
1月は、北京と東京で講演会だ。
という会話をした。
という訳で、食事の話。
昨日は、16時半浦東着。
JALは今月、サファイアのステータスを獲得した。
それまでは、マルコポーロ(キャセイ)のゴールド(年間40回搭乗)ステイタスだけだったが、年間50~60回乗っても全くアップグレードしてくれない。
マルコポーロはシルバーに降格してでも、JALのステイタスを取った方がよいのではないか、と考えたもの。
そんな絡みもあるのか、ビジネスにアップグレードしてもらい、ゆったりと到着。
到着すると、最近よく行く「いり」に直行。
一人鍋で塩ちゃんこ。
そして、牛タンの炭火焼き。
いつものメニューでくつろぐ。
昨日は、都内で2件面談を終わらしてから横浜のオフィスで夜7時まで仕事。
外に出たら、クリスマスでもあり、恋人同士で夜景を楽しむ若者たちでいっぱいだった。
平和だなあ、という実感。
僕が幼い時(まだ幼稚園にも行っていない頃か?)、戦争を知らない子供たちという歌がはやっていた。
あの頃は、終戦20年以上経っているとはいえ、戦争がまだ人々の意識の中で後遺症の様に残っていたのであろう。
僕が社会に出て25年経ったのだから、20年前なんて今から思えば歴史ではなく体験だ。
僕の親の世代の方々にとっては、戦争とは、確かに、命を懸けて過ごした人生の記憶だ。
最近の若者は平和ボケしていると言われる。
平和の有りがたさを認識するのは大切な事だが、平和ボケにさせたのは、政治家の勲章ではないか。
平和は絶対的な善だ。
これを守るために、命を削った人たちがいる。
まずは、これを守るために、全力を尽くすべきではないか。
平和というのは楽な事じゃない。
命を懸ける努力で、はじめて得られるものだ。
そんな思いがあるので、どこの国であろうが、戦争を挑発するような政治家の言動や、国を守るという大義名分で国民を駆り立てる言動は、僕個人としては絶対に許せない。
そんな事を思いながら、上海に移動。
いまJALラウンジで、ボウモアを頼んだところ。
5日ぶりの酒なので美味しい。
これから年末のひと働きだ!
今日も禁酒なので4日連続。
明日は成田のラウンジで、スパークリングワインでも飲んで、ゆったり上海に移動しよう。
数日間でも禁酒をすると、酒を飲むのが楽しみになる。
この点は、ちょっと得した気分だ。
上が20代のころ住んでいた場所。下が、中華料理屋に変わった元ラーメン屋。
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午前中、仕事の関係で高田馬場近くに行った。
そこで、1991年のクリスマスイブを思い出した。
当時、一応、バブルは終焉していたとはいえ(日経平均株価は25千円程度)、その余韻を人々は忘れられず、イヴと言えば、用事が無くても無理やり作って残業せずに帰っていたものだ。
ところが、僕は全く用事が無く、夜11時まで残業していた。
その頃早稲田に住んでいたので、夏目坂の途中にあったスーパーサントクで、弁当・お惣菜を買って帰ろうとしたら、総菜コーナーにあるのはパーティーセット(陽気な盛り付けのチキンバスケット、ウィンナー、ポテト等)の売れ残りだけ。
弁当類は一切なく、空しくなって、住居の裏に有ったラーメン屋(客観的に見れば、当時の住居の方が裏側という感じだったが)に行く事に。
そこで麻婆ラーメンを食べていたら、親父さんに、「ダメだよ、こんな日にラーメン食ってちゃ!」ととどめを刺され、そこはかとなく寂しかった記憶が、突然、昨日の事の様に思い出された。
場所も時間も良いので、昔の住居に行ってみようと思い立つ。
25~28才の時に住んでいた建物がまだあった。
当時は、これで8万円くらいの家賃だった記憶がある。
そこから歩いて、当時のラーメン屋を探したが、ちょっとしゃれた中華料理屋になっていた。
ラーメン屋で22年ぶりのイヴ麻婆麺というのが、心の中で既定路線になっていたので、ここに入るのはやめておく。
麻婆麺を探して歩いていると、夏目坂の大衆料理屋に麻婆麺のサンプルが。
全部で10個くらいの陳列しかないのに、麻婆麺があるというのは大変珍しい。
何やら運命的なものを感じて入る。
家族でやっている様なこじんまりした店で感じよい。
昔懐かしいな、という感じ。
本格的ではないが、この如何にもラーメン屋の麻婆麺というのが、今日の気分にぴったりだ。
そんな感じで、22年ぶりに、クリスマスイヴに麻婆麺を食べた。
改めて、バブル直後、若い時代の自分を思い出した。
たまには、こんなつかの間のノスタルジーが心地よい。