11月の日本での講演会

日本での講演会のお知らせです。
11月は、日本で、10日(フジサンケイビジネスアイ主催)、14日(みずほ総研主催)、30日(日経新聞主催)と3回の講演会があります。

10日の告知詳細がまだできていないので、まずは、みずほ総研主催外貨管理セミナーと、日経新聞主催のご案内です。
両方とも講演時間は6時間。
みずほ総研主催の講演は、お馴染みになった外貨セミナー。
1日で、中国外貨管理とクロスボーダー人民元の全範囲の法律と運用、更には実務上の注意点を解説します。
日経新聞主催講演は、中国ビジネス実務の基礎知識。
中国担当になりたての方が、「これだけ理解できれば、ビジネススキームが組め、稟議が書ける」という内容を解説します。
内容は、会社組織(設立・撤退・組織再編)、会計税務、外貨管理、国内流通・貿易制度、保税制度等を網羅的に解説した上で、ビジネススキームの立て方も解説します。

<みずほ総研主催>
テーマ:基礎から実践まで!6時間でわかる中国外貨管理のしくみと実務
日 時:2011年11月14日(月) 10:00~17:00
会 場:みずほ総研セミナールーム
聴講料:特別会員 27,300円 普通会員 29,400円 一般 33,600円
    上記価格は昼食代、テキスト代、消費税込。
    1社2名様以上のご参加は、1名様に付き2,100円の割引。

詳細・お申し込みはこちら

<日経新聞主催>
テーマ:1日でわかる・中国ビジネス実務の基礎知識
日 時:2011年11月30日(水) 10:00〜17:00(開場09:30 、昼食休憩12:30〜13:30 )
会 場:丸の内オアゾ丸善3階 日経セミナールーム
東京都千代田区丸の内1-6-4 TEL 03-6256-7352(会場直通)
聴講料:NBS会員 27,300円 一般 32,550円(消費税込)

詳細・お申し込みはこちら

会社の適切な成長とは

一時期、高任和夫という作家が好きで、本はほとんど読んだ。
三井物産の審査マンから作家になった方なので、小説の中の主人公が住んでいる世界が、僕が育った環境と似ていて共感を持ったためだ。

彼の起業前夜という小説を、自分の起業前に何度も読んだ。
面白い小説である。
ただ、自分の会社が安定して、久々に読んでみると、受け取る側(僕)の印象が、随分変わっているのに驚いた。
これは、独立・会社立ち上げ過程で生じた、自分の考え方の変化によるものであろう。

再読時に感じた一番の違和感は、「上場は是。オーナー経営は非」というニュアンスが読み取れる事だ。
これは、主人公が証券会社で上場を担当する部門、という設定からすると、やむを得ない事かも知れない。
ただ、「オーナー経営は是、上場は非」という気はないが、両者の良し悪しを、客観的に扱うべきだと今では思う。
オーナー経営の欠点は、会社の命運がオーナーの能力・姿勢に大きく左右される事で、この部分での脆さを秘めているのは確かだ。
その点で、牽制が働く上場企業の方が、安定性、安心感はある。

ただ、上場企業が必ずしも素晴らしいかというと、一概にはいえなかろう。
金融小説などでは、「会社は誰のもの」と問われると、「出資者のもの(当たり前だというニュアンス)」という会話が出てくるが、今ではその模範解答を目にするといらだちを覚える。
会社は出資者のものであると同時に、社員(使用人)のものであり、顧客のためのものでもある。何より、社会の一部としての存在といる以上、出資者のエゴのみで運営が行われるべきではない。

出資者の目的がキャピタルゲイン、配当収益であれば、会社の基盤、安定成長よりも、短期利益(目先の利益)の極大に走るのは、ある意味必然である。
100億円の純利益があるにも拘らず、それを200億円にするために人員を大幅に削減する。
それに成功すれば、経営者が何億円の報酬を得るというのは、まさにそれを象徴する行動だろう。
これを経営の厳しさと、一言で片づけ称賛するのは、短期利益の極大(=出資者の利益確保)のみを価値基準とした意識操作だ。
利益の拡大は、停滞は衰退を意味する経済界において、会社の維持の為の必然であるのは確かだが、実態を無視した利益拡大欲求は、経済を破綻に導く。

純粋な社会主義(競争原理が働かない経済)がうまく機能しない事は、歴史が証明した形になっている。
ただ、特定の参加者のみが行う(利益の極端な集中に導く)資本主義、言い換えれば、歪んだ資本主義が、いま、是非を歴史に問われている気がする。

最近、米国で生じている格差是正のデモは、一部の富める者(力があるもの)の「やりすぎ」が導いたものだ。
この行動が、何かを変えるとは思いにくいが、一つのメッセージとして、真摯に受け止めるべきであろう。
市場経済(上場企業の会社経営を含めて)が、米国流のやり方に引きずられているが、正義の仮面をかぶった損益管理制度、開示制度、コンプライアンス制度が会社を疲弊させており、会社構成員の活力を奪っている気がする。
経済の「適正」な成長と会社のあるべき姿を、今考え直すべきではないか。

横浜で烏賊を食べながら祝杯

祝杯

3泊の日本出張。
短い割に、ぎっしりと予定が詰まった出張だ。
夜は、日本所長兼チェイス社長の杉山君と会食。
子供も生まれたし、日本所長でもあるので、そろそろ亀一から格上げだ。

彼に任せているチェイスがやっと軌道に乗ってきた。
仕事でもよいことがあったので、祝杯を上げる事にした。

前回の出張で、関内をぶらついている時に良さそうな店があったので、今回はそこに飛び込んでみた。
活き烏賊刺身が売り物の店(海鮮料理)だ。

まずは乾杯。
僕はビールの後日本酒。
十四代や〆張鶴があったので頼む。
日本は、良い日本酒が飲めるのでうれしい。

日本酒好きの僕だが、悪い日本酒を飲むのは大変悲しい。


メインは烏賊。そして中トロまき

夜9時開始の遅い会食であったが、店もよく、気分もよく、楽しい会食であった。
僕は生ビールx2と日本酒3合。
杉山君は、生ビールx1と巨峰サワー、蜜緑茶サワー。

一児の父となったものの、海鮮を食べながら甘いサワーを飲むとは、まだまだお子様だ。

短髪も慣れると

髪を切って3週間が経過したので、随分落ち着いてきた。
この3週間、指を指して笑われたり、入出国審査の時ににやりとされたり、銀行窓口で見知らぬ担当者から(身分証明書と見比べられて)随分変わったねぇと言われたり、「どうしてこんな事になっちゃったんだ」と言われたり、まあ、いろいろな事があった。
つまるところは似合っていない。

ただ、慣れてくるに従い、ちょっと気に入ってきたので、(もう少し長くすると思うけど)短い髪はしばらく続けてみようかと思う。
洗髪時の簡単さは何にも代えがたい。

因みに、心配していた、入出国時に止められるという事態はなかった。
思い起こせば1998~1999年。
遠華集団事件の名残で、特に、厦門の税関がピリピリしてた時は、ちょっと髪型を変えると、「本当にお前か!?」と猜疑心丸出しで質問されたりなどしたものだ。
それからすると、税関では、にやりとされることはあっても、眉をしかめられる事も、無礼な対応を受ける事もなかったのは、時の流れを感じる。

中国の税関対応の変化をつくづくと感じる。

経験したことまでは耐えられる

一週間ほど前の話だが、上海から香港に移動した。
その際の写真。
飛行機の待ち時間、シャロンでハイネケン。
この時は、東方航空格安チケット(国際便4回乗って2万円)の最後の1回。
9月の出張時は散々であったが、今回は打って変わって遅れなし。
シート・サービスも良好で、いたく満足。
また乗ろうと思いながらのビールであった。
僕はなかなか懲りない!?


話変わるが、中国で生活している日本人と話をしていると、サービスが悪いとか、美味しいものが食べられないとかいう不満をよく聞く。

ただ、サービスでは、日本は世界一と言ってもよかろうから、日本を基準にしていると、世界中どこに行っても不満が残るのではないか。
海外に出れば、新しい尺度も必要だ。
こんな風に言えるのも、僕が1989年に一年間の福州滞在経験があるからだろう。

当時何が一番嫌だったかと言うと、インフラでも食事でも通信でもなく(これもずいぶん辛かったが)衛生面である。
取引先に行くと、どの公司ももれなく廊下が痰で埋まっている。
埋まっているというのは比喩ではなくて、本当にどこも一面びっしりと吐き散らかされており、これを避けるためには、爪先立ちで飛んで歩くような状態だった。

また、ちょっと街外れで食事をすると、店はぼろぼろで、食事をしているとハエが何十匹もたかる。
これを誰も気にしない。

これがあまりに辛くて、まだ快適だったホテルの中に閉じこもる事となっていた。
一年後には軽い鬱症状だ。

研修生は研修地を離れることができなかったので、1年間その状態で生活したのが精神面に影響を与えたのは確かであろうが、あの時、一度でも出国していたら、もう戻らなかったかもしれないので、出国不可はその意味では正解だった。

ただ、一度そんな経験をしてしまえば、あとは強い。
一度経験したことまでは人間耐えられる。
中国の状況は年々改善しているので、その頃の経験があれば、今は天国だ。
そんな意味で、あの時の経験が故に、たくましさ、図太さが身に付いたのは確かだ。


因みに、研修から日本に戻ったのが1990年。
その3年後(1993年)にベトナムに出張に行ったが、1989年の福州に耐えられた僕が、1993年のベトナムには耐えられなかった。
長期滞在と、すぐに帰れる出張の、気構えの違いだったのかもしれないが。
その時の印象が残っているせいか、いまだにベトナムはちょっと苦手だ。

IT活用あれこれ

僕のデビュー(?)が上海エクスプローラー、NNAだったので、ITに強そうな印象を持たれがちだが、実は大変苦手だ。
とは言え、ブログは2004年から書いているし、10年前からインターネットを活用した情報配信をし、今では、チェイスチャイナというインターネットでの情報配信会社を持つ様になっている。
それ以前に、僕は字が下手で書くのが遅いから、ワープロがなかったら、仕事全般に苦慮していたであろう。
そんな感じで、苦手にも拘わらず、ITの恩恵を多分に受けている事になる。
これも身の回りにITに強い人々がいるおかげだ。
持つべきものは頼れる仲間だ。

因みに、googleで、「水野真澄」と検索すると9万件程度ヒットする。
これを、「水野真澄の」とすると、170万件のヒットだ。
前はもっと差が顕著だったので、ブログの名前をはじめ、コーナーのタイトルを変えてみたり(調べてみると、2001年から僕が受け持つもののコーナーは、全部、「水野真澄の~」だった)、ITに極めて強い斉藤さん(用語集の共同執筆者)に対応をお願いして、やっとここまできたもの。
ヒット数が同じになればよいのであるが、水野と入れるとまず出てくる水野真紀が120万件程度。
水野真紀の件数を抜かすというのは、常識論からいうと不自然なので、今くらいが自然かなという気はするが。

ただ、ヒット数が上がったり、検索順位が上がるとビジネスにつながるか、というと、個人的にははなはだ疑問だ。
結局、僕の会社と契約して頂く方は、僕の本や講演会で、僕の事を理解してくれている方である。
検索順位が上がった事で、僕を知らない方が、顧客になるとはあまり思えない。
一時期、中国ビジネスという項目で、トップに出てくるような状況があったけれど、その際は、「何々(商品)の代理店になってくれる」とか、「無料で教えてくれ」とか、必然的にお断りせざるを得ない様なE-mailが多かった。

googleが検索ロジックを変えて大騒ぎ、と言う様な記事が最近あったけれど、少なくとも、僕自身は技巧を凝らして検索順位を上げようとは思わないし、あまりビジネス上の効果も期待できない気がする。

脈絡はないが、先日の日本出張で食べたラーメン。
日本にいる時が一番忙しい。
今回も昼食は、立ち食いソバかラーメンであった。

これは花月のラーメン。

そして渋谷駅前で食べたつけ麺。
あわただしい出張の、あわただしい食事であった。

また明日から日本。
それでも日本出張はちょっと嬉しい。

やればできるもんだ

中国PE課税の本を書きだしたところで、共同執筆本の依頼があった。
2~3万字で期限が1ヶ月。
これはつらいなぁと思っていたが、国慶節休みに根詰めて書いたら、3日で完成した。
2.5万字。
人間やればできる。

10月には中国PE課税のDVDが発売開始。
11月には中国外貨管理のDVDを発売。

年内に6回の講演会が決まっており、DVDも講演会もブログで告知したいところであるが、告知文を考える時間がなく、そのままになっている。
ろそろ文章取りまとめてお知らせします(数日後)。

ともあれ、今年は、部屋にこもって執筆に没頭している国慶節であったが、それなりに充実していた。

社内研修と懇親会で古巣に12時間

会議室からの景色

丸紅で中国外貨管理研修の講師をした。
外貨管理のDVDをチェイスで制作して販売しようと計画しているのだが、会議室に亀一と籠って収録するのもなんだよなぁ(やはり、聴衆がいないと話しにくい)と思っていたら、丸紅社内で研修講師をして、それを録画するという事で話がまとまったもの。
そんな訳で、主に管理部門の若手に参加してもらい研修。

講義が朝9時半開始だったので、9時には出社(?)。
研修は昼休みを挟んで合計4時(9時半~15時で、1時間半休憩)で、夜の懇親会も社内の来客食堂だったので、合計12時間丸紅本社ビルにいた。
懇親会までの2時間半の空き時間は、ビル内を数歩歩くたびに、色々な人から声をかけられ、簡易打ち合わせが始まるので、自然に時間が潰せてしまった。
こんな長い時間ビル内にいたのは、14年ぶりではないか。
本社経理部の頃は、外出の機会がほとんどなかったので、12時間以上ビル内にいるのは当たり前だった。
それを思い出すと懐かしい。
因みに、窓のないシャビーな会議室を想像していたら、窓付きの大変立派な場所だった。
窓からは皇居が見える。

懇親会で若手にTシャツ贈呈

夜は、来客食堂で懇親会。
丸紅研究所と市場業務部の関係者。
若手写真にスナフキンTシャツを贈呈。

〆の乾杯

懇親会が終わると、悪代官松園君と二次会。
〆にラーメン屋でビールとつけ麺。
何やら(気持的に)温かい1日であった。
そんな話を松園君にしたら、「いやぁ、ずっと社内にいると厳しいですよ」との事だが(それは、当たり前か)、やめてからも仲間として受け止めてくれるというのは、温かく良い会社だなと、改めて思う。

早稲田界隈を歩き回る

神田川の風景

ただ今日本。
今日は疲れた
ぐったりだ。
海外生活が長いと、東京の通勤、電車での移動が本当に辛い。
それだけ、いつも贅沢な(ストレスの少ない)生活をしているという事なのだろうが。
そんな中、ちょっと心が安らいだのは、早稲田近辺で打ち合わせた時の、神田川の風景。
思わず写真を撮ってしまった。

打ち合わせ後、久々に、というか、20年ぶりに、えぞ菊に行く。
僕が学生時代の時は、えぞ菊と言えば、早稲田界隈で一番のラーメン屋という位置付けで(メルシーではないか、という人はいようが、まあ双璧だ)、何曜日の何時に行っても、長時間並ばないと食べられない店だった。
ここ数年、何度か前を通りかかったが、いつも空いている。
今日も、12時過ぎなのに空席があったので(僕は並ぶのが大嫌い)、懐かしさから入ってみた。
(写真は撮り忘れた)

味噌ラーメン750円。
ランチタイムはご飯が無料で付くようだ。
僕は、味噌ラーメンと餃子3個のセットを頼む。
セット価格は900円

注文の際、
店員:大盛りにしますか?
僕 ;いえ、いいです。
店員:えっ!同じ料金ですよ(悲しそうな顔)
僕 :いえ、大丈夫です。

ラーメンを持ってくるとき。
店員:ご飯無料ですが、どうしますか?
僕 :いえ、いいです。
店員:はい(またも悲しそうな顔)

という事で、周りの人が注文する時も見ていたが、大盛りにしないと、店員さんが悲しい顔をするのが印象的だった。
ただ、並でもかなりのボリュームで、ラーメン上の、もやしとメンマを食べた段階でおなかが膨れ、餃子を頼んだ事を後悔した。
ただ、残すと悲しい顔をされそうなので、懸命に食べ続け、実際、美味しかったので、完食した。

昔と変わらぬ美味しいラーメンだ。
昔の様に行列ができていないのはなぜだろう。
学生の嗜好の変化か、周りにラーメン屋が立ち並んだからか。
ちょっと興味深い

飲み癖・酔い癖

僕は、酒を飲む時、仕事の話はしない。
議論もしない。

仕事の話はしらふですると決めている。
会社の人間、業務提携先と酒を飲む時は、先に仕事の話を済ませて、清々しい気持で飲む事にしている。
僕の経験上、飲んで仕事の話をした事で、弊害はあれど、有益だった事(酒を飲んで話たが故に、よかった事)はほとんどない。
酔って仕事の話をする場合、
・ 些細な事に感動(名案だと錯覚)して、間違った方向に議論を進める。
・ 感情的になり、時には喧嘩に発展する。
・ 同じ議論を繰り返し、会話が進展しない。
という事態になる。
そして、翌日、何を話したか忘れてしまう。若しくは、翌日あんなに感動したアイデアが、全く見当違いであった事に気づく。
それなら、宴席では仕事の話は持ち出さず、楽しく、笑いながら飲んだ方が良い。
そこで意気投合すれば、その後の仕事はもっとうまくいく筈だ。

ちょっと話は変わるが、人の酔い癖はそれぞれだ。
怒る人、絡む人、寝る人、脱ぐ人。。。
大学時代は、ほとんど合気道かゼミの関係者としか飲まなかったので、大変真面目でおとなしい飲み会であった(量は飲んだが、関節のひねり方を延々と議論するような飲み会)。
社会人になって、酔うと脱ぐ人間が多いのに驚いた。
僕自身は、今まで酔って裸になった事は一度もないので、何故脱ぎたくなるのか理解できない。
ただ、脱ぎ癖のある人は、本当に脱がなくてはいられなくなるらしい。
24年前、入社直後の集合研修期間(3週間)に、ビール工場見学があった。
その数日前に、同じ寮の同期が、「水野どうしよう。毎年ビール見学の時に脱いで(見学後に軽いビールパーティーがある)、地方に行かされる人間がいるらしいけど、俺、酒飲んだら絶対脱ぐと思うんだ。彼女がいるから、東京離れたくないよ」と悲壮な顔で語っていた。
そこまで分かっていて、何で脱ぐんだ!?と理解不能であったが、ともかく、少しでも酒が入ると、体が自然に動くようだ。

幸か不幸か、彼は、工場見学の前日に飲みすぎ、当日激しい二日酔いだった。
ビール工場の匂いをかいだだけでしゃがみ込んでしまい、中に入れない状況だったので、パーティでは一滴も飲めずに難を免れた(?)。
その代り、別の人間がズボンを下ろして、人事部からこっぴどく叱られていたが。

ともあれ、酔って裸になっている人を見て、「仕事でストレスが相当溜まっているのではないか」と心配する人がいるけれど、あれは、単なる酔い癖で、ストレスがあってもなくても脱ぐんだろうなと思う。

まあ、外国ではあまりやらない方がよいと思うが。

中国ビジネスコンサルタント水野真澄のブログ