復旧に努めておりますが、暫定的に、
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ふかひれ梅肉
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上海の「こ熊や」で会食をした。
オフィスが虹橋にあるので、花園飯店方面で食事をする事は殆どないのであるが、今回は、谷垣君(元同僚)が浦東に住んでいる関係で、中間点で落ち合った次第。
ここは2回目。
1ヶ月前にここに初めて行き、なかなか良い店ですっかり気に入った。
気に入った一番の理由は、香港の宇津木(只今休業中)で僕が大好きだった、ふかひれ梅肉(この店は、鮫軟骨梅肉という名前だったかな)がある事。
あとは、刺身を食べて、生ハムサラダを食べる。
谷垣君が小食だから、僕の食事も少なめだ。
あと、写真を取り忘れたけど、小さい串カツも頼んだ。
最後はマツタケ炭火焼(中国産ではないかと推測するが、これで100元は安い)を食べ、〆は、冷やしカレーうどんを二人で分ける。
小食な谷垣君も、「冷やしカレーうどんは、一人で全部食べられましたね」と後悔するほどさっぱりした美味しさであった、
こんな状況で、タクシーで高架を走っていると、前方の車が炎上して、車を出していた。
大渋滞。
さすがに暑さで燃えた訳ではなかろうが・・・
ただ、法律以上に実務面での変化が速いのが人民元管理だ。
対外決済試行措置が開始したのが2009年7月。
その後、1年で、対象地域・決済項目の緩和が進み、香港での人民元取り扱いも大幅に自由化された。
とは言え、中国側の対象は、人民元対外決済許可を受けた企業のみに限定されているため、中小企業にとっては、まだまだハードルが高いと考えていた。
ところが、上海・広州で確認すると、僕の会社でもOKという回答。
という事は、申請すれば、殆どの会社で人民元決済が可能になるのではないか。
そんな訳で、まずは、対外決済企業申請を提出し、配当を人民元送金してみる事とした。
本当に、時代の流れが急速だ。
配当実施は、香港・中国本土の租税協定適用申請をしているため(源泉徴収税率5%適用に関する、国税発[2009]124号の事前登記)、まだ、若干時間がかかるが、結果は、追って状況報告する事にしよう。
社員旅行を避けてきたのは、若手の頃は、「休日まで上司に気を使いたくない」という気持ちからだ。
今回は、僕が一番上なので、「さて、どう振舞うか」と考えて、皆とは、そこそこ距離を置く事にして、自由時間を多くした。
というか、公式行事は、着いた晩の宴会だけ。
あとは自由時間(廈門市内観光は希望者のみ参加)。
家族帯同OKという条件。
制限が嫌いな僕が、若手時代の気持を考えて企画したので、そんな感じの旅行になったが、まあ良かったのではないかな、と考える。
気遣いも年長者の義務だ。
若干、話は変わるが、年齢が上がると自制が求められる事も出てくる。
年長になるにつれて、発言も、それなりに影響力が出るようになってくるので、軽い気もちで文句を行ったら、思った以上の反響を呼んでしまい、反省する事もままあった。
最近、そんな事がいくつかあったので、発言を、前より考えるようになってきて、文句は一旦胸にしまう様にしている。
年齢が上がるにつれて、言いたい事が言えない場合も出てくるものだ。
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一国両制の大看板と歩哨所跡
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コロンス島参観の前に、小金門の対岸の海岸に行く。
ここは、中国本土側は、「一国両制統一中国」の大文字が、金門島側には、「三民主義統一中国」の文字が、相手側に向けて掲げてあるので有名。
要塞跡・歩哨所跡も残されており、かつての軍事的な緊張をしのばせる。
僕が台湾で研修生をしていた時代(1988~89年)は、台湾の戒厳令が解かれて間がない時であったし、一般人は、金門島は訪問できなかった。
それが、現在では、廈門からフェリーで金門島まで行けるようになっている。
時代は変わったものだ。
今回の廈門は、久々にのんびりできた。
週末、仕事を忘れられたのは久しぶりだ。
廈門は、気候も良く、人も穏やかで本当にいい街だ。
すぐにでもまた行きたくなる場所。
今回は、僕にとって、生まれて初めての社員旅行であったが、和気あいあいという感じで、社員同士の交流も深まったようで、いいことだ。
今年度も全拠点黒字を実現させて、来年は海南島に行きたいものだ。
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下から見た日光岩と墜落注意の看板
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2日目は廈門観光をした。
これまた丸紅廈門時代の部下だった呉君が、今では車のレンタル業をしているので、2台借りて半日ガイドをお願いする事となった。
観光場所は、海辺(小金門島の対岸)を車で流し、その後コロンス島。
コロンス島には何度も行ったが、全て出張者のアテンド(スーツを着た状態)で、日光岩に登った事がない。
今回は、是非、ここに登ろうと決めていた。
日光岩を下から眺めるとこんな感じ。
登るだけで60元というのは高いが、観光地であり致し方ない。
急な階段で、至る所に墜落注意の看板が掛けてある。
そりゃあ注意するわなあ、という感じだ。
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日光岩の上から
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岩に登ると廈門島が良く見渡せる。
上に登ると思ったより高く、風が強くてちょっと怖かった。
岩の至る所に人がいる。
転がり落ちそうな錯覚を覚えるのでちょっと怖い。
ともあれ、初めての日光岩観光は、思ったより楽しかった。
小一時間もあれば観光できるので、一度は価値がある。
そう何度も行く場所でもないが・・・
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ホテルの部屋と窓からの夜景(コロンス島が見える)
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福州から再度電車に乗って廈門到着。
廈門駅周辺はタクシーがつかまりにくい。
結構歩き回って、やっとつかまえる。
何やら真面目そうなタクシーの運転手で、黙々と運転をしていたのであるが、突然、振り返りもせず、「請問」という。
何を聞かれるのかと思うと、「上着を着ていると暑くありませんか?」という事であった。
「いやいや、携帯電話3個と名刺入れが入ってるんで、上着を着ないと不便なんですよ」と回答。
廈門のホテルはウィンダムホテル。
1年ほど前にできた5星ホテルだ。
従業員のサービスは、まだ不慣れな感があるが、設備は立派だ。
部屋はこんな感じ。
夜は海鮮。
上海からの飛行機が遅れて(香港、広州からの便は遅れず到着)、開始が8時半からになってしまったが、ともあれ、シャコ、ロブスター、ガルーパ等を堪能する。
そんな感じで集合写真。
今回は亀一をはじめ、日本勢は不参加。
代わりに(?)丸紅廈門時代の部下の陳君が駆けつけてくれた。
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福州駅と温泉大飯店の部屋
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香港から1時間の飛行で廈門到着。
すぐに廈門駅までタクシーで行き、電車で福州に移動。
廈門・福州間の快速は、数か月前に開通したとの事で、2時間弱で福州に到着する。
研修時代(1990年)は、車で6時間かけて移動していた訳だから、便利になったものだ。
宿泊は、研修時代住んでいた温泉大飯店。
部屋はほぼ昔通り。
僕は、昔住んでいた思い入れがあるので、喜んで泊るのであるが、普通に見れば、五星ホテルにしては、古びた感じで期待外れという事になるのだろうか。
思い出というのはすごいものだ。
これは、エレベーターの前にある服務台。
今は人がいないが、当時は、常時ここに服務員がいて、見張っていた(?)ものだ。
とは言え、皆な、同年代(20代)の女性だったので、娯楽が全くなかった当時の僕は、毎晩、ここで2~3時間、服務員と立ち話をしていた。
それが唯一の娯楽だった。
孤独は癒えるし、語学の勉強にもなるし、一石二鳥。
話は変わるが、移動中に、小学生時代の事を考えた。
小学校時代の僕は内気で、小学校に入学した時、最初、トイレの場所が分からず(人に聞けず)3日間ほどトイレに行けなかった。
入学数日後に校内を歩いていて、トイレを見つけた時は嬉しかったものだ。
こんな内気な人間だったのに、今では平気で海外に行き、交渉もすればプレゼンもする。
人間、経験で性格も変わるものだ。
廈門は初めての社員旅行だ。
社員が4か所(日本、上海、広州、香港)に散らばっていて、お互い顔を見た事がない、という部下たちがいるので企画した社員旅行。
公式行事は金曜の夕食だけで、あとは自由行動というゆるいスケジュールなので、海鮮を食べてのんびり過ごそう。
という事で、また、福建省から交信します。