おみくじとか占いとか

高校3年生の時に、鶴岡八幡宮のおみくじをひいたら凶が出て、翌年浪人して以来、おみくじはひいていない。
別に、凶をひいたから浪人したわけではなく、あきらかに自分の努力不足(高校1~3年の夏まで、全く勉強しなかった)の結果だが、ともあれ、「おみくじに凶なんて入れるな!」と怒りを感じたのが、ひかなくなった理由である。
まあ、入れないと、お祓いで儲ける事ができないのであろうが。

占いもやらない。
信じないというだけではなく、いくら信じていなくても、何かネガティブな事を言われれば心に残り、それが、後の自分の行動を、何らかの形で縛る様になる。
それが嫌だ。

前にブログで、過去の僕の運不運(過去に不運と思えた事が、実は良い選択肢だったという経験)という話を書いたが、人間の運・不運は、運命ではなく自分が決めるものだ。
より正確に言えば、自分の努力が運命を変えるのだ。
ある事象が起こった時、それが不本意な出来事であったとしても、その中で努力をすれば、それが幸運の道に姿を変える。
振り返った時、「あの時は不運を嘆いたけれど、実は、幸運だったんだ!」と言える様になる。
仮に、過去に僕に起こった出来事が反対であったとしても、それがベストの結果につながる様に、僕はもがいていたであろう。

人間誰しも未来は予測できない。
だからこそ、可能性を求めて、ある時は不安と恐怖で努力するものだ。
その努力だけが、未来を創る。
努力しても不安を感じるのであれば、「自分は運が良い」と一日何回も唱えればよい。
10年も唱えていれば、心から信じて、自信が持てるようになる。
占いが(人生相談的な)癒し効果を提供してくれるのであれば、そして、自分に自信を持たせてくれるのであれば、その意義は否定しない。
それが、人を救う事もあるのであろう。

ただ、自分の人生に責任を持てるのは自分しかいない訳だから、偶然(おみくじ)や人の言葉に左右されるのではなく、自分が信じるように戦ってみたい。
少なくとも僕はそう思う。

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