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香港(TDCプレスツアーでレクチャーをする)

TDC(香港貿易発展局)が、日本の報道関係者を招待して、香港・華南の状況をプレゼンテーションする「プレスツアー」を今年も企画したので、そこで1時間半ほどレクチャーを行う。
昨年・一昨年も依頼されたので、恐らく3回目だと思う(色んなところで話をしているので、既に記憶が定かでなくなってしまっているが・・・)。
先週まで、体調崩したり、日本駆け足帰国をしていたりしていたので、準備不十分で少々反省したが、まあ、そつなくこなしたとは思う(自分で言うなと言われそうである)。

帰ってくると、華南シフトの原稿の微調整を求められる。
桑畑君との対談で、「しかし、この1年は、君は一回も華南シフトの取材に同行してないんだねぇ。振り返ってみれば。一部には、君が僕を避けていると言う噂もあるけど」という受け狙いのコメントを入れたら、「自分のイメージを悪くする様なコメントを入れるのも如何なものか」と削除を勧められたもの。
その話を、桑畑君にすると、「その通りですよ。僕は大変傷つきましたよ!そもそもですねぇ、僕は好きで水野さんと別行動を取っているわけではないんですよ(以下、文句)」と彼からもこっぴどく叱られる。
冗談なのに

夜は同僚の歓送迎会。
何の気なしに参加OKし、その場になって参加者(全部で6人)を知ったら、うちの会社を代表する酒癖が悪い人間ばかりで、しまった!と思う。
一次会の居酒屋では、(2週間の禁酒直後で、酒をセーブしていた僕以外は)全員酔っ払いの集団と化しており、うるさい事限りなし。
2次会は、潰しあいの様相を呈してきて、いたるところで乾杯が繰り返されている。
自ら散々乾杯した新任者は、前任者を送る意味も有ってか、カラオケで「いい日旅立ち」を歌い出すが、当然の様に誰も聞いていない。
その後、歌い終わってから、何故かその人間が床を這い出したので、注目を引く為の新手の芸かと思っていたら、単に酔っ払って足にきていたようで、そのまま自分が床の上で旅立ってしまったのは可哀想ながら自業自得。
そんな感じで、皆な早々に出来上がってしまったので、0時前に終了してよかった。
僕は、うまく立ち回れたので、酔いつぶれる事なく帰宅。
やはり、中国での宴会参加経験がものを言う。
つまり、必要のない時は酒を飲まず、印象的な時だけ、回数を絞って乾杯すると言う事。
乾杯をするときも、いろいろと能書きを言って、乾杯するまでの時間を稼ぐ事。
漫然と酒を飲みつづけて、ひどい目に有った事が過去に何回もあるもので・・・

香港(連載原稿を何とかこなしひとまず安心)

何とか今週早々に体調が回復。週の中・後半は、たまってた業務や、容赦なく迫ってくる連載の締め切りと格闘する事態となった。
火曜日に2本書き上げ(読売新聞+コンシェルジュ北京・上海版)たので、本当は、日本への旅先で残りの2つ(華南シフト+NNA)を書き上げるつもりであったが、旅先では全くその気にならず。
空港ではマッサージをし、機内ではトリビアの泉を見て大笑いしたりしていたので、2つの原稿はそのまま昨日・今日に持ち越されてしまった。
両方とも今週中に書かないと、落としてしまうので、まさに締め切りぎりぎり。
と言うわけで、昨日は、華南シフト。
一応、華南原料城の写真と資料があるので、これを書くのもひとつかなぁと思いながらも、時間と体力の制限があるので、桑畑君を使って対談する事とした。
対談だと早く原稿がかけるので、「困ったときの対談形式」という感じだが、あまりやりすぎると怒られそう。
一応、連載3年で、4年目に突入するタイミングなので、昔を振り返った対談にしても、許してもらえるであろう。一応、言いたい事を素直に語っておいた。
ポイントは、「華南の開発区の移り変わりは速い」、「開発区は多様化(多機能化)してきている」、「マカオちょっと力を入れたが全然商売になっていない(まだ1ドルも稼いでいない!)」と言う感じ。


今日はNNAの中国ビジネス講座執筆。
午後3時に家を出て少年サッカーに参加するが、その前に書いて提出しないと間に合わない(来週月曜の掲載分なので)。読んだところ、あまり面白くないながらも、書きやすいネタ(個人所得税管理弁法)が有ったので1時間かけて執筆。
これは、10月1日より施行された規定で、国家税務総局が、「本腰を入れて、しっかりと徴税しよう!」と意思表明をしているような規定。
よって、実際に、どの程度効力を発揮するかは、今後の状況を見ないと分からないが、内容はかなり詳細に規定されている。
個人データの整備の仕方とか、重点管理対象者の分類とか、(公安などと連携を取って)未納税者の出国を阻止する方針とか。
少なくとも、暫くは徴税管理が強化されるのは確かであろう。

東京⇒香港(ご当地キティちゃんを楽しむ)

今回の帰国は有給休暇なので、横浜の実家で朝11時までのんびり。
それから、2時間かけて本社に出社。打ち合わせ2件。
ちょっと、個人的に重要な打ち合わせ(半年後の展開を見据えた内容)であった。
打ち合わせ後、成田エクスプレスの時間まで間があったので、八重洲のクイックマッサージに飛び込む。
50分もんで貰ったが、相変わらず、ゴリゴリと背中が音を立てるので、マッサージの人が「これは凄いですねぇ」と驚いていた。
「そうでしょう」とおお威張り。
マッサージ後、予定通り成田へ。

意外と時間がタイトになったので、そそくさと出国手続をして、ゲートに行くが、飛行機が1時間半弱ディレイの模様。
暇なので、書店・売店を見て回る。
書店では、目に付いた本を10冊ほど購入。
その内の1冊が、「ブログではじめる起業法」といった感じの本。
1時間で読める内容だし、まあ、誰にでもかけそうな内容とも言えるのであるが、ビジネスの参考になる様な事がいくつか書いてある。
これを読んで、営業・企画課長の桑畑君にやってもらいたい事が、2〜3閃いた。
早速、明日桑畑君に読ませて、(種明かしをせずに)何をやるべきか考え、対策を練ってもらうことにしよう(また意地悪だと言われるかな)。


あとは、ご当地キティちゃんキーホルダーを探す。
最近、出張でいろいろな所に行くので、良く先々でご当地キティちゃんをみるのがちょっと楽しみになっている。
横浜のシューマイキティちゃん(頭がシューマイになっているような感じ)とか、大阪のお好み焼き(を焼いてる)キティちゃんとか。
売店に置いてあったのは、柴又キティちゃん(フーテンの寅さんの格好をしている)、御徒町キティちゃん(バナナの叩き売りの格好をしている)で、これは技有り!と感服して早速購入。

そんな感じで時間を潰していると、出発のお詫びで、弁当と飲みものを配りだした。
1時間半しか遅れないのに食事を配ると言うのはたいしたものだ。
中国の国内便でやったら、毎回の様に弁当を配る事になってしまうであろう。
ただ、ダイエット中なので、我慢してもらわず。
香港到着は夜11時半。
家に帰ったら午前一時で、明日は早朝ミーティング。
あ〜疲れた。

香港⇒東京(早稲田大学の夜間コースで講義をする)

午後6時半〜8時半に、早稲田大学のビジネスコースで中国ビジネス制度の講義を行う。
と言う事で、朝9時半香港発の飛行機で日本へ。
受講者数も多くないし、報酬も少ないので、完全に逆ざや(報酬<コスト)の為、有給休暇を取っての帰国。
ただ、大学時代、怠け者で全然勉強しなかった事が、未だにコンプレックスになっているので、大学での講義依頼というのが大変嬉しく、個人的には大喜びで参加。


先週1週間体調を崩しており、執筆も業務も進んでいなかった為、昨夜は夜11時まで残業となった。そんな訳で、今日7時に家を出るのはちょっと辛かったし、何より激しい肩こりで頭痛がする。道路が空いており、空港に早めに到着したので、思わず空港のマッサージ(仙足)に飛び込む。
2ヶ月前にここで揉んでもらったときは、「高いのでもう行く事はないであろう」と思ったのだが、背に腹は代えられず。20分揉んで貰ったが、筋が自分の体ではないように、ゴリゴリと音を立てる。チップも入れてHK$ 260(3600円)。
今回は、「相場より高いけど、苦しさから開放されるなら良いや」と肯定的に評価する。


成田到着は午後3時。
成田エクスプレスに乗って、新宿経由、高田馬場に到着したのは午後5時という微妙な時間。
タクシーに乗って早めに早稲田に行き、コーヒーでも飲もうか、クイックマッサージでもしてもらおうかと考えたが、思えば9年ぶりの早稲田界隈なので、誘惑に勝てずに、重い荷物を抱えて、小雨の中を早稲田まで30分かけて歩き、懐かしい場所を見て回る。
(ローカルネタですが・・・)源兵衛、寿司安、ニュー浅草、大学時代夜通し飲んで、始発を待つ時に行った吉野屋など、懐かしい場所がたくさん残っている。
やはり学生街は、移り変わりが少ない。
一番驚いたのは、これは今の時代には受け入れられないだろう、と思っていた「三品」という店がまだ健在だった事。
ここは、牛(牛丼の頭)、カツ、カレーの三品を組み合わせた料理だけを置いてある店で、量が半端でなく多い。
大学時代で、合気道をやっていた時(食欲が旺盛な時)大カツ牛(大盛りのご飯に、トンカツと牛がのっている)を頼んだら、8割食べたら過剰満腹で気持が悪くなって、体育館のベンチで30分横になっていた事があるくらい。
今なら半分も食べられないと思うけど、次回の訪問時には食べてみたい。


そんな感じで、一時間歩き回っていたので、服がびしょぬれ。
持っていたジョルダーノのTシャツに着替えて講義(大学を舐めてるのか!とか言われそうな格好であった)。
ともあれ2時間、質問も(受講者数の割には)たくさん頂き、満足して終了。
2時間ちょっとかけて、横浜の実家へ。
移動続きの一日であった。
本当は、合気道時代の友人(独立して不動産鑑定士事務所を開業すべく現在準備中)と、久しぶりに大学近辺で飲みたかったのであるが、あまりの慌しいスケジュールで、今回はそれが適わなかったのだけが心残り。

香港(先週の火鍋の話+明日から日本)

思ったより回復が遅れ、今日になって9割がたの回復というところ。
昨日まで、食事はできないし、喉は痛いし辛かった・・・
おまけに今週中に書かなくてはいけない連載原稿が4本。もう、この世をはかなみたくなる様な昨晩であった。
ともあれ、本日から食事もそこそこ出来るようになり(一瞬だけ、酒が飲みたいと言う気分が蘇った)、なんとか執筆可能な状態に復帰。
ただ今、会社の近くの店で買った、イチゴ+ブルーベリーミルクを飲みながら残業中。
これは、見てくれは悪いながら、大変美味しく、最近のお気に入り。タピオカ入りマンゴージュースもあるので、今度試してみよう、
明日から、1泊2日で日本なので、これで体調をまた壊さないようにしたい!


アップするのが大変遅くなってしまったが、先週の火鍋の会の報告。
NNA主催の講演会(9月16日)の打ち上げ+懇親会ということで、NNAの方が会食を企画してくれたので、亀一(脇役)と一緒に参加。
ただ、結果として、僕の体調が絶不調で、飲めず・食べれず・声が出ず、という状態なので、結果的にご迷惑をおかけしてしまった感じ。申し訳ない。
火鍋は僕が選んだ寧記火鍋。
具はあまりよくないけれど、台湾風の辛味スープが好きなので、たまに行く店。
ただ、考えてみると、喉が腫れてて辛いものが食べられない状態なので、この店を選んだのは失敗であった。
鍋が二つ(清湯と台湾辛味スープ)に分かれたので、亀一を辛いスープ側に座らせる。


亀一と香港で会食するのは初めてであるが、ここで分かったのは、「亀一は香港に来ると元気になる」という事。
無表情な顔で、ピッチャーのビールを注いで歩いたり、何度も何度も料理を追加したり。
殆ど食べられない僕に、「肉頼んでいいですか」、「もう一回頼んでいいですか」、「鶏肉頼んでいいですか」、「ご飯食べていいですか」と矢継ぎ早に質問して店の衆を呼び止める亀一。
香港で夕食をするのが楽しかったのか、NNAの方との会食が嬉しかったのか、ただ飯が嬉しかったのか、ともあれ、この日の亀一は絶好調。
彼女の写真を見せたり、「水野さん。申し訳ないんですけど、ういろの本家は山口(亀一の生まれ故郷)で名古屋(一応、僕の生まれ故郷)じゃないんですよ」と僕を挑発したりで楽しそうであった。

ともあれ、今回は僕の体調悪くて盛り上がりを欠いてしまい、反省する事しきり。
体調を万全にして、埋め合わせをしよう。

香港(もう一息で完全復活)

ここ暫く体調を崩し、最後にダウン。
色々な方にご心配頂きましたが、ほぼ回復です。
腰痛も内臓から来ていた様で、回復と共に痛みが消えました。
ご心配かけ失礼しました+有難うございました。
あと1〜2日で、完全に回復すると思います。
その代わり、週末は執筆も仕事も出来ないと思いますが・・・
でも、よく寝たし、1週間酒断ちもしたし(あと一週間くらい継続する予定)、ベッドに転がりながら、軽い本もたくさん読んだし、それなりの収穫はありました。
ただ、寝てばかりいたせいか、食事は「お粥」か「素うどん」しか食べてない割に、全然痩せないのが困りものです。

香港(腰痛でダウン)

早朝から腰痛を感じダウン。
朝に出社したがあまりの苦痛に帰宅。
午後に再度で直したが、やはり耐え切れずに病院に直行。
2時間ほど検査を受けて、鎮痛剤を貰って、夜にやっと痛みが引いてきた。
一応一安心。
ブログの更新が遅れてますが、先週末から体調壊してますので、ご容赦ください。

ブログのシステム上の問題で、既にアップした20日(恵州デジタル工業)+21日(深セン華南原料城)が削除されてしまってますが、システム修正をして頂いたので、明日、改めて掲載します。

香港(満身創痍というほどでもないが・・・)

この一週間ほど、ブログの更新状況が大変悪く、夏休みの日記を書かない学生の様な気分である。
勿論、9月20日の分は、書いたけどアップしたら消えてしまったのであるが・・・
最初に25日を書いて、その後バックデートで20日+21日せたのがいけなかったのだろうか。バックデートは1日分しかかけないとか。
それはさておき。
ここ暫く体調が悪い。
元々、1ヶ月ほど喉の調子が悪かったのであるが、あまりに直らないので、先週末に医者に行った。
それ程シリアスではないと言われ、薬を貰ったのであるが、どうやら薬が強いようで、今度は胃が痛くなってしまった。3日続きで、喉の痛みと胃の痛みに苦しみ、おまけに週末ずっとベッドに居たら、腰まで痛くなってきて、まさに七転八倒という状態。
こんな事なら、喉が痛くなり始めたときに、酒を控えたり、歌うのを控えたり、馬鹿みたいに唐辛子をばら撒いたような料理を食べるのを控えれば良かった(かかってなくても自分でかけたし)・・・と反省することしきり。
ともあれ、4日間酒も辛いものも控えたので、やっと痛みが取れてきた。もう少しの我慢。
こんな感じで、今日は面白いネタが全然なくて残念。
明日に期待。少なくとも、明後日(29日)に、亀一が香港出張に来るので、何かネタを残していってくれるであろう。

香港(中国コンサルタントが出来るまで掲載開始!)

先週は、20〜21日にかけて恵州(デジタル工業園)・広州・深セン(華南城)を訪問したので、この事を先に書かなければならないのであるが、全くブログを更新する時間がなくドタバタしていた。
最近の亀一人気に不安を覚える谷垣君は、「亀一の写真がトップになるように、わざと更新しないんじゃないですか!?」とか聞いて来るが、それは考えすぎ。
出歩きすぎて(出張しすぎて)業務を処理する時間がなくなってしまったというのが正解。
今週は出張を控えよう。
恵州・深セン、特に華南城の状況は、明日バックデートでアップする事として、今日はちょっと宣伝。


(トップページの下の方・「春風得意」の上に有るので、実は僕も暫く気付いていなかったのであるが)僕の半生記エッセイ「中国コンサルタントの出来るまで」の掲載が、既に始まっています!
毎日更新です。無料閲覧できるのは10日分らしいのでお見逃しなく!
ビジネス会員・携帯会員(携帯会員何ぞやを僕は理解していないのであるが)は、全部のバックナンバーが見られる模様。
因みに、このエッセイは、以下の様な内容。
第一章:福州実務研修編
1989年〜90年にかけて福建省・福州で実務研修をした時の思い出。
まだ不便だった頃の福州でひどい目にあったり、水産関係の仕事で悪戦苦闘したり、同僚や取引先の人たちに助けられたりといった、忘れられない福州時代の記録。

第二章:大学時代の旅行・台湾語学研修編
最初の中国訪問は1985年。言葉も出来ない状態で、1ヶ月の珍道中。
7KG痩せて帰った、大変な旅行の思い出と語学研修時代。

第三章〜第五章:経理部に配属されて帰国。その後、香港に赴任し、コンサルティング業務を始めるまでの記録。

このエッセイは、現在、香港ポストに連載中(第二章が始まったところ)なので、この連載を追い抜かないように、インターバルを置いて掲載する予定。

広州⇒深セン⇒香港(華南原料城)

今日は、午前中は広州会社で勤務。
会計の西村君と、今期の決算見通しに関して打ちあわせ。
あと、亀一が、高田延彦・西島洋介山等と一緒に取ったと言う写真を見せてくれた。
先週土曜日に彼らが広州にきたようで、一緒に写真が取れる!という食事会があったらしい。
西島洋介山は、色々よく話してくれました、と喜んでいた。
よくしゃべる洋介山というのは、ちょっとイメージが違うな。
西村君と早めの昼食(味噌ラーメン+炒飯)を取ると、12時半に広州東駅に行き、12時40分発の深セン行きの電車に乗る。
東駅ではなく、広州駅発の電車なので、既に電車は満員でかなりすさんだ状況。
あちらこちらで席がないと騒ぎが起きている。
運良く僕の席は占領されていなかったが、便所の近くであまり良い席ではない。
3人がけの席の隣では、20歳そこそこのカップルが、弁当を食べたり、くっついたりと慌しい。


深センにつくと、シャングリラに行き、そこで同僚の開発部長(香港人)と待ち合わせて平湖にある華南城を訪問。
華南城は、昨年開業した開発区で、保税倉庫(年末完成予定)・ホテル・商談会場を備える交易施設。
開業以来、随分香港・華南のメディアで紹介されたが、一体、どの様なコンセプトの開発区か分からず、興味を持っていたが、やっと訪問の機会を持てた。


ここの展示場スペースは、5つの区域(金属・皮革・合成樹脂・紡織・印刷用紙)に分かれており、各区域には3階建ての店舗がずらりと並んでいる。
このスペースを貸し出し(若しくは売却し)、訪問客(バイヤー)を呼び込み、一大交易会場にしようというのがここのコンセプト。
不動産収入+物流・ホテル・B to B等の手数料(これらは全て華南城の子会社が運営している)で収入を確保しようという狙い。


開業間がなく、立地が若干悪い(深センの市街地から車で40〜50分)割には、見たところ5〜6割の占有率と、まずまず健闘している。
スペースが完全に埋まり、店舗に常に人が居るような状況になれば、ここも活気が出てくるはずで、更なる発展が期待できるであろう。
あと、1〜2年が正念場と言う事か。視察後は香港に戻り、10時迄残業。
卯佐木の跡地?で会食して帰宅。