香港(昔の教科書)

家の書棚が収拾つかない状態になってきたので、整理をしていたら、昔の中国語の教科書がでてきた。
これは、1988年〜89年迄、台湾で北京語の勉強をしていた時に使ったもの。
何冊か出てきたが、思いで深いのは、Picture Storiesというもの(通っていたTLIという語学学校が作成)で、確か3冊目の教科書。
これは、絵だけの本と、文章だけの本の2冊1セットで、習熟してきたら絵だけを見て、文章を空で言おうというコンセプト。
最初は、朝起きて風呂に入ったりとか(痛痛快快的洗個澡!とかいって、喜んで風呂に入る)、うがいをしたりとか、普通の状況であるが、だんだんと不思議な話が多くなってくる。例えば・・・
● ある日、張さんは、奥さんと一緒に街を歩いていたら、正面からきれいな女性が歩いてきたので目がくぎ付けになりました。
●それを見て、張夫人は立腹し、張さんを殴りつけました。
●目を晴らした張さんは怒り心頭し、弁護士を探して奥さんを告訴する事にしました。
●(以下、裁判の様子)
とか、
強盗に入ったらつかまって、死刑になったりする話とか。
(途中で、銃撃戦になったり、脱獄しようとしたり、獄中で自殺未遂をしたり、悪夢と妄想におびえたり、という光景有り)。
こんな感じの教科書なので、如何にも教科書らしくなかったが、普通の初中級の教科書には、なかなか出てこない語彙が憶えられて良かった。
特に、(北京語吹き替えの)香港映画を見る時など。
「把風」と言ったら「見張りの」事だ!とか、北京語を習い始めて3ヶ月目で憶えられたのは良かった。


しかし、台湾研修時代は、入社2年目だったので、若かったし、語学習得意欲に燃えていたし、良く勉強したものであった。
月〜金は、毎日11時間の授業を取っていたし、土曜日は、自分で授業をしてくれる学校を探して、北京語・英語を習ったりとか。
あれから何年もたったので、北京語は随分下手になってしまった(特に語彙が少なくなってしまった)。
語学習得意欲も落ちてきて、広東語は数年前に1年間習ったものの、殆ど習得できなかった。
今から思うと、1年間、ストイックに語学を勉強していた若い頃の自分が、他人の様な気がする。


ところで、半年間の北京での語学研修を終え、最近、北京駐在員に切り替わったS君より、挨拶のE−mailがあった。
そこで、「北京語は上達しましたか?これから駐在員として頑張ってください」というE−mailを打ったら、「有難うございます。普通語は何とか分かるようになりましたが、北京語はまだまだです」という返事が返ってきた。
愛の鞭で苦言を呈そう。

S君、半年しか語学を学んでいない君に、微妙な方言の習得など期待していないぞ。
普通の会話で、北京語といったら、それは、普通語の事を聞いているんだ。
ここらの、聞き手の真意を汲み取る事が出来ねば、一人前のビジネスマンにはなれないので、それを肝に銘じて頑張りたまえ!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です