通信状況

昨夜、上海から香港に。
上海が10度、香港が25度と、温度差が辛い季節になってきた。

ここしばらく、上海では、E-mailの送受信状況が悪く、ちょっとストレスが溜まった。
(Googleは開くが)Gmailが開かない。
outlookも、書類を添付したものは送受信が遅く、連載原稿提出に手間取った。
この点、香港に移動すると、通信状況が良くほっとする。

僕が初めてemailを使ったのが、17年ほど前なので、遠い昔というほどではないが、既に、emailやインターネットがない生活は、想像もできなくなった。
便利さには、本当に早く慣れてしまうものである。
因みに、僕が最初にemailを使ったのは、前職の社内メール。
送信してしまえば、時差関係なしで仕事(個人対個人のコミュニケーション)ができるというのが驚きだったし、作業した文章や図を添付して送れば、相手に編集してもらえるというのも、当時としては驚異の出来事だった。

商社では、テレックス信仰が強かったので、email導入が比較的遅かった。
他業種の友人より、「まだテレックス使ってるとは、遅れてるな」と言われたが、そうではない。
戦乱時の中近東、アフリカ等で、電話線が使えなくなった時も、テレックス専用線は通じて、命綱となった、という実績を踏まえてのもの。
過酷な環境(戦乱の発生)が前提となっていたため、テレックスからE-mailへの切り替えが遅れた訳である。
そのため、1990年代中盤まで、新入社員には、テレックス用の略語集が配られた。
数えたことはないが、1千以上の略語はあったのではないか。
FYI(For Your Information)、PCI(Please Confirm Immediately)などは分かりやすいが、AAR(Anxiously Awaiting For Your Reply)とか、良く分からない略語の方が多かった。
通信費を節約するための略語なので、専用回線を持ってしまえば関係ないはずだが、みんな習慣的に略語を使っていたので、最初は、意味がさっぱりつかめず手間取った。、
今では、テレックスは廃止されてしまったが、当時の略語だらけのテレックスが、たまに懐かしくなる。勿論、あの略語だらけの交信を、もう一度やりたいとは思わないが・・・

因みに、1989年の福州研修生時代、通信手段が電話・ファックスしかなく(インターネットは当然なし)、料金は、今と比べると、信じられないほど高かった。
何しろ、一時期、個人で月15~20時間の電話をしたら、国際電話代を30万円請求された。
そのため、電話もかけられず、1年経過後は、孤独のあまり、日本との窓口であるテレックスが、友達の様に思えて、深夜・休日に、つい前に座り込んで、画面をのぞきこんでいた(インターネットではないので、当然、画面は真っ白で、何も見えない)。
あれは、絶望的な孤独だったが、当時、ハードシップが高い駐在員一人店(スーダン、リビア、シリアetc.)では、同じような事をしていた駐在員が、少なからずいたのだろうな。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です