写真で解説・保税物流園区遊

なくしたと思っていた、写真のメモリーディスクを偶然発見した。
2007~2008年頃の写真で、保税開発区などの写真もたくさん出てきたので、ちょっと、いくつかの事項を写真で解説してみようと考えた。
幾つかの事項とは、「保税物流園区遊とは」、「最近話題になっている上海自由貿易区構想とは」、「ボーダーを跨ぐ工業園区とはどうやって管理しているのか」、「保税開発区政策の方向性と、香港の関係」、「保税開発区内の関税・増値税はどう扱われるのか」、「10年以上前によく話題になった、保税区貿易会社とは」という内容。
先ずは、保税物流園区遊。
最初の保税物流園区(上海外高橋保税物流園区)が認可されたのが、2003年の事。
何故、この保税開発区ができたかという理由は、1990年代にさかのぼる。
最初の保税開発区である保税区が、過去の経緯から、増値税還付機能をはく奪されてしまったので、それを補完するためである。
中国内貨物を保税区に搬入しても、増値税還付が受けられない(一方、その次にできた輸出加工区以降の保税開発区は、増値税輸出還付機能を持っている)が、これは、1990年代に国家税務総局が出した文書(財税字[1995]92号)が根拠。
これがまったく改定されないので、保税区に、違う機能を持った保税開発区(増値税輸出還付機能を持つ保税開発区)を増設して、保税区の機能を補完しようという考えられた。
これが、保税物流園区だという事である。
そのため、保税物流園区は、狭い(どこも1平方キロ未満)、機能が限定されている(物流機能に限定)、保税区に隣接・内蔵されている、という特徴を持っている。
これは、2008年の厦門保税物流園区。
今はもっと整備されているのではないかと思うのだが(その後訪問していない)、ゲートに空地と申し訳程度の倉庫があるだけで、これを見ると、イメージがつかみやすいと思う。

保税物流園区は、「物流機能に特化」し、「増値税の輸出還付機能を持つ」という特徴により、当初から、香港代替機能が期待されていた。
これは何かというと、加工貿易製品を、一旦、香港に輸出し、再輸入するオペレーション(香港遊と呼ばれる)を、保税物流園区で行うというもの。
加工貿易貨物は、製品の輸出を前提に原材料を保税輸入している訳なので、製品は輸出が原則。
ただ、その製品を購入したい会社が中国内で有る場合、広東省では、製品をトラックに積んで香港に出て(輸出)、再度、中国本土に引き返す(輸入)オペレーションを行っていた。
ただ、広東省以外で同じことをやりたい場合、物流が不便(時間がかかる)なので、各地にこの様な機能を持った施設を作る事が検討され、保税物流園区の形で実現したという事。
加工貿易貨物ではなく、非保税貨物でこのオペレーションが行われる事があるが、これは、外国企業(非居住者)が中国内の商流に絡みたい、というニーズが主流。

この写真では、ゲートにトラックが入ってゆき、数時間中で停車すると出ていく。
何故停車するかというと、通関処理を行っているため。
ただ、この停車している状態の間に、所有権が、複数の外国企業間で移転している場合がある。
トラックが外に出ていくと、再輸入完了、という訳である。
因みに、保税物流園区に入区・出区する場合、入出境備案という、貨物の入出区報告が必要だが、これは、区内企業でないと対応できない。
よって、外国企業は倉庫会社を起用して、この作業を委託する。
また、区内で外国企業間で売買を行う時は、倉庫会社が所有権移転証明を発行する。
そんな訳で、この当時の厦門保税物園区には、まだ倉庫と呼べるような設備は無かったが、倉庫会社の登記はあって、ここがその手続をしていた筈である。