封鎖準備をしながら思う

昨日、ロックダウンを知ったときには、既に食料・水の備蓄を済ませていたので、改めての買い出しは不要だが、一応、付近のルイビトンビルまで様子を見に行った。

ビル全体には人は少ないが、地下の久光は満員とは言えないが、購入者の行列が長いので、「並ぶのが面倒」と思い、買わずに出てきた。一応、念のため、という事で、付近の小さな個人商店で水を購入。今まで、全く覗いてもみなかった(除く気にもならなかった)小さな店舗が、店の人が親切なのを発見。これが、今回の収穫かな。

その後、念のためウィスキーを2本買い出し。スーパーに行くと、酒と生鮮品のレジが一緒なので買いにくい。酒屋に行こうと自転車を漕いでいく。シーバスを2本。とりあえずロックダウンの4日間は、また禁酒日にして、筋トレをしようと思うので十分すぎる量だが、残しておけばよい。これで封鎖準備は完了だ。
街は、物が買いにくい事を除けば平和なものだ。中国内の報道では、内需の伸び悩み(輸出依存)の状況が危惧されているが、今日だけを見れば「え?購買意欲すごいよ」と、問題を忘れてしまいそうな状況だ。

しかし、35年の社会人経験(というか、1985年の大学の初中国旅行の経験以降)が、今回の様な時のメンタル維持に色々役に立っている。
切っ掛けは、大学3年。まだ糧票が有った時代(豊かになる前)の中国を旅行し、「物が無いときは、売る人の方が買う人よりも偉いんだ」というのを実感した。つまり、物が豊富な時はお客様は神様だが、物がなければお店様が神様だ。
こういった発想の転換をしたことが、自分的には良かったと思っている。これは、今後の日本で、十分有り得る話。自由貿易協定の確実な展開、健全な物価の引上げ、その前提となる雇用の安定をしないと、日本も「お店様」の時代になるよ(つまり、欲しいものが買えない時代が来るよ)、と危機感を持ちながら何時も思うのであるが、この話に共感してくれる方は、まだ少ない。
ともあれ、この備蓄時期にも、なかなか丁寧に対応してくれる今の中国の店舗は、1980年代(外国人がまず最初に覚える中国語は没有だと言われた時代)とは大違い。これは外国人として、感謝しないといけないなと思う。時代は変わった。

 

隔離解放後の上海生活

隔離から解放されても解放されないような微妙な状況が続いている。その上で、今日から浦東地域などがロックダウン(4日間)。その地域の解除後こちら側(浦西)が4日間封鎖という事が決定。まあ、時間的に短いのが救いで、食料備蓄もしてあるし、ともあれこれを乗り切って収束となりますようにと祈りたい気分だ。

今年1月2日に上海を離れた時は、上海で感染するという懸念は全くと言ってよいほどなかった。そんな訳で、駐在員全員、中国での駐在で良かったな(日本での生活だったらこんなに自由に過ごせないな)と言っていたが、状況変化があると、中国は徹底的に対応する。まあ、徹底的にやるから早期収束の希望も出てくる訳だが、感染してはいけないというプレッシャーは、日本とは比較にならないほど大きい。何が正解かは分からない。
昨日の朝には、PCR無料検査キットを配られ自己チェック。その後、夕飯の食材を買い出し。
2月23日の青島隔離から続く不自由な生活は、少々メンタルに堪えるなと思い、パスタを茹でて青島ビールホワイトを飲む。