広州・焼き魚定食に泣く

上はオフィスの有る中信広場のビル。下は今日の昼食(水野広州の社員との会食)

昨日の夜に広州入り。
今日は朝10時からJETROで面談1件。
そのあと、社内打合せと社員との会食。
それが終わると電車に飛び乗り香港移動と慌ただしいスケジュール。
気温は27度とさほどではなかったが、小雨が降る天気で不快指数は極めて高い。
スーツがぐしょぐしょ。

総経理の麦さんから、何が食べたいかと聞かれたので、「洋食続きで胃が悲鳴を上げているので、日本食にしてほしい」とお願い。近所の日本食屋に行ってみる。品数多い。
麻婆豆腐定食と海老の卵炒め定食に惹かれたが、これでは和食を選んだ意味がないと思い、さんま定食に決定。
6人中、鯖の塩焼き定食3人、牛肉炒め定食2人、さんま定食1名。
牛肉炒めはすぐ来たが、魚を焼くのは時間がかかる様で、それから30分近く待たされる。
鯖が3人分焼けるのにタイムラグが有り、ご飯、味噌汁、おしんこ数枚だけが先に来た。
先月入社した田口さんが、(鯖が出てくるのに時間がかかり)ご飯とみそ汁だけを食べている姿が、そこはかとなくあはれを誘うようで、取りあえず写真に写してみる。

40分後には全員の食事がそろったが、他におかずがなく魚だけ食べるのは物悲しい。
日替わり弁当(同じ値段でおかず3品)にすべきだったと、後悔しながら香港移動。
電車内では、加工貿易関連の制度変更の法律(税関総署令[2014]219号、その他)を読み込み、制度変更の内容を確認。

ここ数日(香港)

今週は香港滞在ながら、今日の夕方から1泊で広州出張。
その中で、宴席をこなし(3日連続で宴席であった)、通常業務をし、日本法人設立(駐在員事務所から法人への転換)準備を行っている。
日本法人設立手続とは言ってもまだ初期段階で、日本領事館に行って、在留証明やサイン証明を取得する手続。
香港の気温は30度。
外を歩くと、すぐに汗だくになるので辛い。


あとから思うと怖かった事

振り返ってみると、その時は何とも思わなかったが、後で考えると怖かった事がいくつかある。

1.中国
中国では、1989年の6・4事件の翌月に中国入りしたが(実務研修)、場所が福建省だった事もあり、のんびりしていて緊張感は無かった。
怖かったのは、もう少し日常的な事。
深圳で自動車専用道を猛スピードで走っている時に、前を走っている巨大なトラックのタイヤが外れ(タイヤは2重)、僕の車をかすめてガードレールに凄まじい音を立てて激突した事がある(タイヤも巨大で、乗用車の屋根ほどの大きさがあった)。
0コンマ何秒くるっていたら、運が良くても大怪我は免れなかっただろう。
あと、2000年に、福州市で昼に接待をした時の事。
白酒を飲みすぎ、客を送ったら意識を失った。目が醒めたら夜で、医者に聴診器を当てられていた(問題は無かった)。
飛行機が飛んでしまったが、どうしても翌朝広州に着いていないといけなかったので、タクシーで10時間かけて広州に向かった。
高速が繋がっていない時の事、電気も無く真っ暗な山の中を走り続けたが(スピードは出せない)、そこは山賊が出るので有名な場所だった。翌朝無事にたどり着いた時はほっとした。

2.中近東
1991年。湾岸戦争直後で、クウェートの油田が燃え盛っている頃、ヨルダン・シリア・サウジ・カタール・バーレーンを2週間かけて回ったが、初めての中近東なので恐怖感は有った。回った地域は、湾岸戦争で駐在員が避難した地域(危険度が比較的高い地域)。
勿論、駐在員は、僕が訪問する1~2週間前に帰任していたが。
そこでは、シリアでパスポートを無くしかけたり、バーレーンのホテルのサウナが実は同性愛者のたまり場になっていて、しつこく口説かれたり、帰りの飛行機が、クウェート空港に寄る事が急に決まっておびえたり等の出来事が有った。
ただ、後から思うと怖かったのは、僕の出張の6年後、ヨルダンで使い込みをしている現地社員がいる事が分った時。それを発見した駐在員が、逆に冤罪で(不正社員の策略)警察に捕まりかけた。僕が発見していたら、同じ事が起こっていたのだろうか(その当時不正をしていたかは定かではないが)。
僕の出張目的は事務所の運営状況の確認で、伝票・帳簿の確認は、形式的なものでよかった(アラビア語が分らず技術的に困難である事と、ヨルダンでの作業時間が半日しかなかった事を考慮しての指示)のが、逆に幸いした。


3.おまけ
2003年に、台北で講演会を開いた後、主催者の方に日本食屋に連れて行って頂いた。
そこに、阪神タイガースにドラフト1位で入団し、台湾の球団に移籍して間が無い中込投手がいた(野球に興味が無い僕は、その時、中込選手を知らなかったが)。日本から取材に来たTV局関係者7~8名と一緒であったが、お互いの主催者が知人だった事から、僕も一緒のテーブルに座る事になった。
僕も若かったので、中込選手(僕より年下)に、「主役なのはわかるけど、先輩選手が酒作ってるんだから、一緒にやった方がいいんじゃない」などと言って(後から思えば大きなお世話の発言だ)、次第に険悪な雰囲気に。その内、一触即発の状況に。
ただ、お互い酔ってくると、不思議に会話が弾むようになり、中込選手は僕の事を真澄ちゃん、真澄ちゃんと連呼する。その内、僕の隣に席を移動。一次会が終わると、真澄ちゃんが行かないと俺も2次会には行かない。と彼らの主催者に宣言したので、結局、僕も2次会に駆り出される事になる。
一次会では「何が起こるか」と、全員緊張した顔で見守っており、2時間程度は、会話をしているのは僕と中込選手だけという状況だったが、最後は和やかに食事を終えた。
ホテルに戻った僕は、インターネット検索をして、「あ、有名な選手だ」と驚いた。
ただ、打ち解けてから(同氏が僕の隣の席に移動してから)、利き腕を触らせてもらったら、一般人の太腿よりも太い腕は、あり得ないほど堅かった。
「喧嘩にならなくてよかった。この腕で殴られたら一発で終わりだ」と、心からほっとした。ドラフト1位で球団に入る人間の体力は、一般人には想像できないものがある事を知った。

仙霞路のオイスターバーで

昨夜、上海から香港へ移動。
上海の住居を引き払ったので、毎回、大きな荷物を運ぶのがちょっと面倒だが、毎月、8~10泊なので、ホテルに宿泊しても、コスト自体は安くなりそうだ。
尚、9日から、先日の講演会のフォローアップの30分無料面談が開始。
毎日かなりの数の面談をこなすのは、体力的には大変だが、初対面の方とお話しできるのは、(仕事の話であっても)楽しい。

オイスターバーの様子と生ガキ

尚、一昨日(日曜日)は、松本顧問と業務打ち合わせを兼ねて会食。
会食中に、「更新を待ってる人もいる訳なので、コメント少しでいいから毎日ブログを更新してくださいよ」と2度力説される。
年長者から言われると弱い。可能な範囲で努力、という事で。

行ったのは、仙霞路のオイスターバー。
前から気になっていたので試してみた。
生ガキを6つ頼み、その内僕が5個食べる。生ガキを食べだすと止まらなくなる。
因みに、店にはフランス、カナダ、ニュージーランド産の生ガキがある。
その他、トルティーヤ、フレンチフライ等を食べながらワインを飲む。

業務の事(最近立てた、会社の5~10年計画)で話す事が多々あり、会食は21時半まで。
個人的には満腹なので、さて帰ろうかと思ったら、「ラーメンが食べたい」と松本顧問が。
餃子1個と空豆を少しつまむ僕の前で、松本顧問は餃子9個とつけ麺を平らげる。
1次会は僕の方が多めに食べたのは確かだが、それでも、「たいしょうけん」の盛りのよい麺を平らげるとは、たいしたものだと感心。
よく食べる人は元気、というのを実感した一夜であった。

広州1泊

一昨日は広州一泊。
元同僚と会食。
天河南一路に新しくできた、「紅葉」というバーに行く。
ボトルの値付けが良心的(山崎、白州等サントリーのボトルがいろいろ)。
いい感じに放っておいてもらえるのでくつろげる。


移動続き(ここ数日の生活)

急に広州出張が決まったので、ただ今広州移動中。
明朝の便で香港に戻り、その後、香港空港から上海へ。
相変わらず移動続きの生活。
ただ、体力的な負担が自分でもはっきりと感じられる様になってきているため、今月より、飛行機搭乗回数を毎月5回以内に抑える事に決めた。
やはり、毎月8~10回飛行機に乗る生活は、体力的に負担が大きい。
ブログも、週2~3回に更新頻度を落とす事を検討中。
若干、ゆとりを持つ事を、考えざるを得なくなってきた。

ともあれ、先週は疲労困憊で、精神的にも体力的にも辛い状況であったが、5月初旬に日本・中国本土・香港の3ヶ所で連休が集中し、休養できた。
昨日から、ジムで走る気力が出てきたのは有りがたい。


では、ここ数日の生活。

先週末(日曜日)に、日本から香港へ移動。
仕事は飛行機搭乗前に終わらせ、機内では映画を見てくつろぐ。
機内食はハンバーグ。
見た映画はピンポン。

昨日の夜は、10年来の友人である、金杜法律事務所(King&Wood)の劉新宇パートナー弁護士と、コンラッドホテルのバーで面談。
お互い、丸紅時代に知り合ったので、話は自然と古巣の事になる。
ビジネス上のつながりもあるが、取りあえず、ざっくばらんに最近の状況を報告し合い、気楽に酒を飲んだ。

セミナーの状況報告

セミナー会場

開催から一週間が経過してしまったが、忘れないように28日の上海セミナーの状況報告。
会場はこの様に横長の部屋(手前一列は写っていない)。
これで定員200名ちょっと。
400名収容の部屋を借りる事も考えたのだが、その場合、ホテルのメインボールルームになり、舞台の上から話す形になる。
昔は、こんな感じで、大きな会場で話す事に達成感を覚えた事もあったが(花園飯店のメインボールルームには、以前は強いこだわりが有った)、今はそうは思わない。
大会場、特に、舞台の上から話す方法は、聴講の方との一体感が損なわれる(質問も出ないし、講演会後の連絡もあまり頂けなくなる)為、なるべく、物理的に同じ目線になるような会場を使用している。
その意味では、横長という、微妙な使い勝手の悪さを除けば今回の会場は良かった。
中国でセミナー会場を探すと、どうしても横長設計の部屋が多く、これは致し方ない事かもしれない。
因みに、今回使用したTKP上海南京西路カンファレンスセンターは、今まで使用した事が無く、新沼さんが飛び込みで探してきてくれた場所だが、使い勝手もスタッフの方の対応も非常に良かった。
次回のセミナーでも使用すると思う。

打ち上げの状況

当日は、7時半に家を出て、会場には8時半に到着。
朝の部の受け付けは9時半。開演は10時。
前日は0時頃寝たのだが、気が昂ぶって朝4時過ぎに目が覚めた。その後寝付けなかったので、4時間睡眠。午前の部は眠さとの戦い。
緊張感が有るので乗り切れるのだが、13時に午前の部を終えて、控室(空いている会議室)で弁当を口に押し込んだら、椅子に座ったまま一瞬で意識を無くし眠り込む。
後で、新沼さんが、「寝ている姿が地蔵の様だったので、声を掛けませんでした」と言っていた。
午後の部は14時から受け付け開始。開演は14時半。
喉は辛いが、1時間の睡眠で、体力は少し回復しており、問題なく乗り切れた。

すべて終了したのは18時。
一旦、ホテルに戻ってから打ち上げ。
場所は天山路のころり。
5年ぶりくらいの訪問(てとて、おぶうにはたまに行っているのだが)。
皆疲れ切っているので、そそくさと終わってしまったが、セミナーの無事終了をお祝い。

翌日は腰が痛く、終日唸っていた。
6時間のセミナーは、過去に何度もこなしているので、自信を持って臨んだのだが、この程度で体調に支障をきたすとは。昨今の運動不足を反省するばかり。

回復基調

年初より、自分に負担をかけながら仕事をしてきたが、その疲労が蓄積し、先週の講演会(28日)終了後は、精神的・体力的に、疲弊しきっていた。
その後の数日間は、睡眠確保を優先し、意識的に目先の仕事だけをこなすようにしたため、回復基調に転じた気がする。
長い間、自分を追い詰めながら仕事をしてきた疲れの蓄積はあるのであろう。
この10年を振り返ってみると、一番苦しかったのは間違いなく独立起業時だが、それに次いで、苦しい状況かもしれない(起業時の苦しさは、今とは全く比較にならないものであったが)。
この2日間、今の辛さはどこから来ているかと考えていたが、次の目標が定まっていない事が、大きな理由ではないかと思い当った。
独立企業して5年半。思えば、起業時に思い描いていたイメージ(具体的な目標)は、全て実現した。それは有りがたい事だけれども、次の目標が定まっていない事で、自分はまだ伸びていくんだ、という強い気持ちが薄れ、閉塞感に繋がっている気がする。
それに思い当たると、同時に次の目標が胸に浮かんだ。
おそらく5~10年がかりとなるであろうが、頑張れば達成できる。

起業時に僕に付いてきてくれた部下たちは、この5年半で随分成長して、総経理らしくなってきた。起業後に採用した社員の何人かは、中堅社員として独り立ち寸前だ。
会計税務の資格・知識がある社員が参加した事で、上海・深圳に財務諮詢公司も作れたし、松本顧問の様な市場戦略経験が豊富な方も参加して、業務に幅が持てる様になった。
次のステップに入るべき時だ。
そう思うと、目の前が開けてきた気分になった。
まだ、次の目標のイメージが湧いてきただけなのであるが。

講演会御礼・疲労困憊

まずは、お礼から。
28日(月)の上海講演会は、400名様のお申し込みを頂きました。
会場収容人員いっぱいでしたので、若干窮屈で申し訳ありませんでしたが、ご清聴誠に有難うございました。
今後も、定期的な講演会を開催し、オンタイムな情報提供を心がけます。

その後の状況。
28日の講演会が2コマだった事から、実質6時間、立ちっぱなしの状況。
過去に6時間の講演会は、何度も経験しているため、自信満々で臨んだが、同じ内容を二回というのは、通しでやるのとは異なる大変さがある事を知る。
翌29日は全力を使い果たした感あり、また、腰が痛くうめいていた。
最近の忙しさで、運動不足になっているようだ。
30日に日本に移動し、本日は朝より横浜・都内で面談合計4時間。
疲労困憊という状況。
講演会の正式な報告は、また後日という事で。


住所移転手続のため深圳に

一昨日、日帰りで深圳に。
深圳会社の住所移転と一回目のクロスボーダー人民元決済時に、法定代表人である僕のパスポートが必要となったため。
パスポート原本があれば良いので、僕自身が行かなくてもよいと言えばよいのだが、政府機関での手続時に自分で足を運ぶと、新しい発見をする事が有る。
何事も、犬も歩けば棒にあたるだ。

住所移転に関しては、最初は羅湖区に会社登記をしたが、活動実態のある南山区に登記移転する事にしたもの。
税務所管が異なるので、通常区を跨ぐ移転は難しいが、まだほとんど活動を開始していなかった事が幸いし、問題なく手続ができそう。

手続が終わると、いつもながらの酒菜屋で会食。
ワンカップ大関が有ったので、興味を惹かれて飲んでみる。
庶民的な酒だが、場合によっては、缶入りの菊水辛口やワンカップ大関が飲みたくなる事がある。

中国ビジネスコンサルタント水野真澄のブログ