悲しい顔と嬉しいニュース

何故か物悲しい顔に写った写真

昨日慕情の後、SEEDで軽く酒を飲んだ。
ふと気が向いて自分の写真を撮たら、妙に物悲しい顔で映っていて驚いた。
気分は全然悲しくなかったのだが。
考えていたのは、会社も3年で軌道に乗ったし、真面目で良く働く部下ばかりだし、クライアントは良い方ばかりだし、自由にやりたい仕事ができるし、幸せだなあ、などと、のんきな事だったのだが。
不思議なものだ。
顔と気分は必ずしも一致していないのか!?
1人のバーは、人をさびしい顔(物思いにふけった顔)にしてしまうのか。

シティスーパーで買った日本の卵

話変わって、一昨日シティスーパーに行ったら日本の卵が有った。
昨日ジャスコに行ったら、更に、豊富な種類が揃っていた。
今年早々は鳥インフルエンザ。それから原発関係でずっと日本の卵が入手できず困っていた。
そばやチキンラーメンに入れるのは、やはり日本の卵でないと美味しくない。
そんな訳で、日本の卵が変えて大喜びだ。
この数カ月の嬉しいニュースTOP10に入るくらい嬉しい。

慕情でちょっと健康的な食事

竹輪ポテトサラダとかぼちゃの煮物

今週一週間は香港だ。
ここしばらく運動不足になっていたので、ボクシングのレッスンを3回入れ、走り込みもしっかりする予定。

昨日はさっそくボクシングのレッスン。
5ラウンドでへとへとになった。
運動不足が堪える。

ジムからマッサージに直行。
すさまじく痛い(下手な痛さではないのでよかった)マッサージに悲鳴を上げた後、体に良いものを食べようと慕情に行く。

竹輪のポテトサラダ包み揚げとかぼちゃの煮物。
ほうれん草のおひたしがなかったので、カボチャに。
かぼちゃの煮物なんで、30代の頃までは自分で注文するなんて考えもしなかった食べ物だ。
野菜を食べようという意識が出てきたのはこの数年の事。
食べてみれば美味しい。

サバ塩、軟骨、ご飯

そしてサバの塩焼き、軟骨串あげにご飯。
何となく、健康的な食事という感じになった。

その後、Bar Seedに寄って就寝。

シャロンのうどん

シャロンの鍋焼きカレーうどん

上海から香港に移動する際、虹橋空港を使ったので、シャロンで鍋焼きカレーうどんを食べた。
空港にあるシャロンの味には意見がある人もあろうが(料理の味自体を取れば、確かに決して美味しいとは言えないかもしれないが)、虹橋空港、浦東第一空港を使う時は、シャロンのカレーかうどんを必ず食べてしまう。
空港にある、というのが重要なのであろうと思う。
そして、1980年代にもあったというところが凄い。

1989年に、台湾の語学研修から福州の実務研修に切り替わった時、上海虹橋空港に入り、福州行き便に乗り換えた。
当時、台湾の学校の先生や、周りの人たちからは、中国に行ったら何もないぞ、覚悟しろと脅され(彼ら自身中国行った事がなかった筈なので、単なる思い込みと脅しだ)、暗い気持ちで虹橋空港に到着した時、シャロンがあってどれだけほっとした事か。
その後(1990年代)も、上海出張し、空港で「手打ち風うどん」という赤ちょうちんを見ると、ついほっとして食べてしまったものだ。
まだ、中国出張のハードシップが高くて、上海でも日本料理が少なかった頃だ。

20年以上が経過し、時代は変わったが、そんな思い出が強く残っているので、シャロンを見ると「食べねばいかん」という気持になるのであろう。

今回食べた鍋焼きカレーうどんは、味はいつもの通り。
美味しさを云々するのではなく、僕にとっては思い出の味なのであろう。
1980年代・1990年代前半を知らない人にとっては、どうでも良い話かもしれないけれど。

因みに、日本行き便数本の搭乗前だった事もあり、シャロンは空き席がない程の満員であった。

年齢当てクイズは嫌いだ

宴席の折、特に二次会ネタとして、「水野さんって何歳だと思う」というネタ振りが頻繁にある。
これが大の苦手だ。

まあ、年齢よりは若く見られるので、善意で言って頂いているのだと思うけれど、我ながら、47歳(来月48歳)という年齢は、最近実感せざるを得ない。
意地を張って言わないけれど、小さい文字が見えなくなったり、肌のつやが無くなったり、(染めないと)髪が白かったりとか、変化を痛感する今日この頃だ。

そんな状況下の年齢あてクイズは、当てられても気まずいし、外れても「実は50歳前」という回答をせざるを得ないし、その後、しばし雰囲気に乗れなくなってしまう。。
また、20代の人間にとっては40歳越えれば皆同じだろから、「そんな事私に聞かれても、30代でも40代でも、同じ事だよ、と思ってるだろうなぁ」と考えると、「頼むから早くこの話題を終わらせてくれ」という居心地の悪さを感じる。

そんな訳で、僕に限らず、他人の年齢あてクイズは、対象となった人が内心うろたえている事が多いので、やめた方がよいと思う。
僕個人としては、切にやめて頂きたいと思っているし。

という訳で、いっそ観念して開き直るか。
髪もバッサリ切って、年齢相応を目指そうか、と考え始めている最近の僕である。

夏バテ中の食事

シラスおろし、冷ややっこ、サラダ

暑い。
取り合えず、講演会等の一連のイベントはひと段落付いたので、精神的には随分楽になったが、暑さゆえの夏バテは避けられない。
そんな中で、谷垣君と会食した。

夏バテなので軽いものが良いから、田野(讃岐うどん)か紅とんぼが良いという僕。
体を引き締める週間なので、たくさん食べられないんです、という谷垣君。
結局、紅とんぼに行く事にする。

因みに、谷垣君は、「トレーニングと減量で、腹筋がすさまじく割れた綺麗な体を作っている最中です」と言うので、「それは良いが、40代半ばでそういう事をすると、顔が皺くちゃになるぞ」と脅しておいた。

ハムエッグとタコさんウィンナー

紅とんぼに来る目的な、ハムエッグとタコさんウィンナーだ。
これを食べなくては始まらない。
夏バテの中にはちょっと重いメニューだが、それでも食べる。

先日、深夜食堂を見て、卵焼きとタコさんウィンナーに心惹かれてから、更に食べたくなった。

牛タン、梅きゅう、焼きおにぎり茶漬け

そして〆は焼きおにぎり茶漬け。
写真うつりは悪いが美味しかった。

ただ、去年あったそうめんがなくなっているのが悲しい。
復活してほしいものだ。

皆な恰好良い人

最初に中国語を習ったのは、大学の第二外国語だ。
当時の教科書では、「あなた」=「同志」であった。
同志という言葉が日常で使われなくなって久しく、更には、同性愛者を表す隠語にまでなるとは、当時は予想だにしなかった。

まあ、僕が初めて中国に行った1985年当時は、既に、同志という言葉はあまり使われなくなっており、僕自身は使った事がない。
ずっと「先生」だ。

更に、2000年代になると、若者用語ではあるが、帥哥、美女が普及した。
相手が実際に恰好良かろうが悪かろうが、誰でも帥哥、美女だ。
何やら大安売りという感じ。

昨日クライアント様との会食で二次会に行った。
先生と呼ばれていたら、店の人から、「あなたは先生ですか?」と聞かれたので、面倒で、「いや、中国の先生(~さん)ですよ」と答えた。
そうすると、店の人から「あ~、中国語で言う恰好良いさんですね(如何にも飲み屋の日本語だが)」と言われた。
若者用語だと、「先生(あなた)=帥哥(恰好良い人)」という関係が成り立つ訳だ。

同志と呼び合っていた時を考えれば、隔世の感があるな。
ともあれ、中国で恰好良いと言われても、単純に喜ぶな、という事は言える。

本好きな男

十年程前に、僕が丸紅広州の管理部長を兼務していた頃、中国人社員で、業務時間中に何時も本を読んでいる男がいた。
本と言っても実務書ではなく、文学書を何時も読んでいたので、たいそうオフィスでは浮いていたが、背筋を伸ばして、随分堂々とした風情であった。
当時の主管者が、その社員の上司(部長)に、「みっともないから本を読むのはやめさせなさい。言う事聞かないなら辞めさせるように」と指示したが、上司の部長は、「いや、彼はひらめきが有るんです。良い社員なんです」と、随分評価していた。
そんな訳で、その後も彼は、本を読み続けていたが、2003年、僕の本の中国版が出版されて、暫く経って広州に行ったら、彼が僕の本(翻訳版)を読んでいた。

「う~ん、文学書から僕の本まで。本なら何でもいいのかな」と、妙に感心した。
大の本好きという感じか。

しかし、他人の本を読んでいる時は、「怪しからん奴だ」と思っていたが、僕の本を読んでいると、「よしよし、なかなか勉強家だ」と思ってしまった。

金は使わないが気は遣う元上司

以前書いたが新入社員の時の課長代理は、金は使わないが気は遣うというのを信条にしていた。

毎日、(朝一番出社が義務付けられていた新人の僕を除けば)部で一番に出社するので、すごいなと思っていたが、最寄りの駅から上司とタクシーを相乗りして出社するので、それに合わせている。更に、タクシーを捉まえて待っているという事だった。
タクシーといっても1~2メーターの距離だし、地下鉄駅前の行列ができる場所。更には、バブルの頃で、苦労がありそうな役割だ。
たまに、ならいいが、1日も欠かさずにそれを続けていた訳だから恐れ入る。
当時僕は新入社員だったので、随分年配に見えたが、今から思えば40才前後だったのではあるまいか(まだ飲み会に繰り出し、深酒をする事もある年齢だ)。
どこの駅だかわすれたが、何れにしても大手町付近で、朝早くにタクシーを捉まえるべく待機している。
それを、数年間、1日も欠かさず続けた訳だから、この忍耐力はすごい。
僕には真似できない。

また、実家が造り酒屋という事で、年に一回、酒粕を取り寄せて、部門内の部課長席以上に配っていた。
もらった方は、嬉しくもないと思うのだが。
酒粕を均等に切って袋詰めする為に、課員が会議室にこもって、残業時間(18時以降)に作業をする訳だが、「不公平が無い様に!」という指示で(誰も気にしないと思うが)、秤で二度計りしてから袋詰めするので、2~3時間がかりの作業であった。
作業のお礼は酒粕だ。
因みに、僕は帰りに駅のごみ箱に捨てた。

まあ、そんな感じの上司であったが、僕が研修に出る時は、研修経験者にアポを取って、一緒に食事をしつつ話を聞いてくれたり(社員食堂で割り勘だが)、丸紅台湾の知人にテレックスを打って、僕の世話を頼んだりとか、親切なところもあって、その意味では感謝している。

変わり者であったが、あれだけ極めれば真似できない。
そうなれば、一つの才能だ。

因みに、研修が決まった時の昼休み、課長代理と二人で会議室に入って話をしている時に、僕が居眠りをしてしまった事がある。
課長代理は僕の事を、大物、と読んでいたが、彼の眼には僕が変わりものに見えたことだろう。

またコピーが

数年前に、子会社のチェイスチャイナに載せた法令の邦訳見直しをしているところ。
若干、気になるところがあり、原文を探そうとインターネット検索していたら、百度に、全く同じ翻訳が出てきた。
会社名は当然抜いてある。

過去にも、提携先の外高橋保税区関連企業(新発展)、深圳のEH社から、邦訳があると思ってみてみたら、水野さんのところの訳がパクラれてるよと言われたが、そんな感じ。
コピーが多いなぁ。

まあ、日本のサイトでも、僕が書いた文章がさりげなく挟まっているケースも少なからずあり、必ずしも中国ばかりの事情とは言えないのだけれど。


中国での権限移譲

先週は、中小企業機構でアドバイスをした。

中国の現地法人の運営に関する権限を中国人社員に任せる場合の注意点。更には、不正防止の方法に関しての質問を受ける。
このテーマは、かなり頻繁に質問を頂く。
これに回答するならば、移譲する権限の明確化と、どの様に牽制するかという、管理方式の設定を当初から行う事が肝要だと思う。

仕事柄、内部監査の代行などの様な依頼も頂くが、特定の人間を標的にした監査は、必ず恨みを買うし、かなりの確率でその人間は辞める。
そして辞める際に、息のかかった部下の引き抜きや、会社の日常業務の妨害などの妨害行為が行われるのケースが多く、この様な例は多々見てきた。
結局、不信感を持つという状況が、お互いを不幸にする訳だ。

よって、職務権限規定の明確化と、定期的な(1年数回の)検査を当初よりルール化する事が肝要だと思う。
ルールを作り、公平に検査を行えば、相互不信は避けられる。
そして、不幸な結果は回避できる可能性が高い。

信頼関係を構築するには時間がかかる。
知りあって間が無い、一緒に仕事をした事がない様な状況で、無理やり信頼すべきではない。
信頼は、自然な感情である筈だからだ。
それは、長い時間をかけて生まれ、そして少しづつ強くなっていく(若しくは、一瞬にして失う)。
相手に対する信頼の程度を冷静に判断し、それに応じたポジションと権限を与え、定期的にそれを検証していくことだ。

会社運営は、信頼関係からしか生まれない。
信頼にも検証が必要で、それが監査のステップなのであろう。
ただ、監査・社内ルール作りは、人を陥れる為でなく、信頼する為のステップという気持を持つべきで、それなくして健全な会社の発展は期待できない。

中国ビジネスコンサルタント水野真澄のブログ