香港(変化が激しい)

数日前のブログで、「あまり忙しくない」と書いた途端に忙しくなってしまった。
誰かが見ていて仕事を振っているような変わりようである。
という事で、木曜日は10時半まで残業して、スーパーで生ハムとチーズを買って、家でウィスキーを飲みながら食べて就寝。優雅だか乏しいんだか分からない食事。
金曜日は9時半まで残業して、残業が終わった時に一人でたまに行く(月に一回くらい)日本料理屋で食事。11時には就寝。
その店は、1997年(僕が香港来たての頃)から、銅鑼湾で営業しているが、家賃の更改で大幅値上げ(月の家賃が、HK$ 85千⇒HK$160千と2倍弱の価格提示が有ったらしい)を言われて、移転を決めた模様。
香港景気も、1997年の返還バブル景気が、アジア金融危機で一気に冷え込み、それが最近また好調に転じている。不動産価格も上がっている。とは言え、「不調なときは半額以下に落とし、調子が良くなると倍にする」という香港の価格設定は、ちょっと日本人の常識には馴染まない程のドラスティックさである。ホテルもレストランも然り。
こうなってみると、不況の時が懐かしい!?

最近、中国の商業企業の状況も、変化が慌しい。
この一年、いろいろな情報(時にはデマ・思い込み)が混じるので、その判別が難しいが、この一週間で入ってきた情報は以下のもの。
● 保税区の貿易会社に対する、国内流通権の付与に関する規定が、数週間以内に公布される。
● 7月14日に、外資の保税区企業(外高梁保税区)が、国内流通権を取得した。
● 商業企業の許可を取得するには、取扱商品を税関分類(全22分類)の内、3分類以内に制限せよといっていた商務部が、「制限するのは輸入だけでよい(輸出・国内流通は制限しなくて良い)」と言い出した。
特に、最後の情報に付いては、僕敵には疑問符が付く内容であるが、ともあれ、「近い内に、何らかの変化がありそう」という事は言える様で、状況収集に努めよう。

香港(ちょっとびっくり・人民元切り上げ)

残業していたら、人民元切り上げの発表があった。
いままでも、(大げさに言えば)毎日のように「人民元は切りあがりますか?」という質問を頂き、その都度「政府筋の発言からすると、切り上げはほぼ確実でしょうが、時期とその方法(上げ幅を含め)に付いては分かりません」という発言をしていた。
仕事柄、確信を持てないことは言いたくないので、この様な発言をしていた訳であるが、実は、あるとすれば来年の新年早々(1月1日)か旧正月明けに、5%程度の切り上げがあるのではないかと考えていた。
何故、正月か旧正月かというと、昔、人民元の切り下げを中国で経験したときの記憶から。やはり、今までは、区切りが良い時期に、通貨の調整があった。
何故 + 5%かというと、1994年の通貨改革から現時点まで、切り上げ・切り下げの形を取らずに、管理相場を + 5%程度に微調整してきている。よって、この程度であれば、調整しやすい幅なのではないかと考えたもの。

という事で、この段階での切り上げは、ちょっとびっくり。
但し、現時点では+ 2%程の小幅な調整であるため、切り上げ発表をせず、管理相場制の変動幅を微調整してもよかった様な調整である。
結局、「通貨バスケット制の採用」と合わせ、通貨制度の変更と、「切り上げを実施した」という実績を作りたかった、という事であろう。
つまりは、本格的な切り上げではないので、まだ一波乱ありそう。

しかし、人民元は、現在不思議な状況に陥っている。
というのは、「投機的な人民元の買い圧力が強い」が、実需というか、中国で実際にビジネスをしている企業は、いまだに「人民元の外貨換金+対外送金」の意欲が強い。
勿論、中国の外貨管理制度では、外貨の取得=対外送金可能とはいかないので、これほど簡単に割り切ることはできないが、ともあれ、人民元を必要とする動きと、外貨を必要とする動きの両極に分かれているという事。では、為替を完全自由化したらどうなるのであろうか。
勿論、現段階で自由化すれば、相当の混乱が予想されるため、先ずないとは思うが、実は、中国の発言にある「意表をつく方法」=為替の自由化という可能性もあるのではないかな、とここ数ヶ月はちょっと真剣に考えていた。
さてこれからどうなるか!?

なんて事を書いていたら、帰宅した筈の同僚(財務部長)谷垣君が、パンを抱えて会社に戻ってきた。
どうしたんだ?と聞くと、「人民元が切りあがっちゃったんで、戻ってきました」と悲しげである。
という事で、彼も、近くの席で、黙々と仕事中。
時折、「胡錦涛ってどう書くんでしたっけ?」とか聞いてくる。

香港(意外に忙しくないここ数日)

ここ数日はあまり忙しくない。
月曜日は、来客が数件あり、その内の一組と方々と会食。
九龍側の「カオルーン・ホテル」のレストランで中華を食べる。
北京ダック、蒸し魚(石斑魚)、蒸しえび、スープという、香港接待マニュアルの1ページに書いてある様な料理を食べる。生まれて初めて石斑(ガルーパ)を食べたとき(1989年の頃)は、なんという美味しい魚なんだ!と感動して食べたものであるが、既に数百回食べているので、全然感動がない。
とは言え、久しぶりに食べてみると、こういった、初心者的中華料理も、なるほど美味しいもんだなぁと感心。

火曜日はNNAの方の歓送迎会。
合計6人で、居酒屋で飲むが、話題がサザエさんネタに。
僕は、小学校2年くらいの頃から、サザエさんの本をたくさん買ってもらったので、意外に詳しい。波平は酒乱気味とか、マスオさんは意外に感じが悪い、という点を熱く語る。
面白かったので、翌日ウェブで検索してみたが、結構、いろいろな情報が入ってくる。
(原作とアニメでは若干歳が違っているようであるが)波平さんが54才、船さん48才、マスオさんは2浪で夜学を卒業した28才とか(意外に苦労人)。アナゴさんは27才なので、マスオさんより年下(27才)ながら、浪人していないので、年次が逆転している模様。
しかし、漫画の顔を見ると、とてもそんなに若い人々には見えないが、設定は結構若い家族の様である。
ウェブを見ていると、世の中にはいろいろな事を研究する人間がいるものだというのが分かる。
僕も昔、「磯野家の謎」というのを買って読んだことを思い出したが、あんな感じで本が出せて、更に売れたら、これほど楽しいことはないであろう。


来週(28日)に、日本で講演会講演会を掛け持ちする。
午前は日中投資促進機構主催、午後はライブドア主催。
日中投資促進機構の講演は、早々に定員(150人くらい)になり、申し込みをお断りさせて頂いている状況なのだが、午後のライブドア講演では、閑古鳥が鳴いている。
という事で、早速メルマガで告知(来てください!)。
このまま行くと、僕の講演会史上、最低の人員になりそうなので・・・
どうも、僕とライブドアのミスマッチ(ターゲットの違い)を感じる。
もっとも、それが面白そうなので、講演を受けた訳であるが、無理なものは無理なのか!?

香港(こんな企画もあったなぁ)

いろいろな雑誌に連載を持ったり、コンサルティングの広告を出したりして4年間たった訳であるが、試行錯誤で走っているので、失敗することもあった。
(もうやめてしまったが)一時期、手取り早く部下の知名度を上げるために、企画広告という方法を取っていたことがある。例えば、コンシェルジュの「桑畑のこの人に聞いてみたい」という企画がその代表。
これは、営業課長桑畑君が入社したての頃、「彼の知名度を上げてやれば、営業活動がやりやすくなるはず」と考えて、コンシェルジュ・香港の1ページを3か月分買い、企画広告として出したもの。この企画が出たときに、「コンシェルジュには、何故水野の関係者ばかりが!?」という書き込みもあったようであるが、何のことない、桑畑君のページは広告だった、というのがその真相。
この企画は、桑畑君が、香港の著名な方々にインタビューするというもので、最初、「営業マン桑畑俊哉が聞く!(桑畑に聞く!ではなく、桑畑が聞く!)」というタイトルを考えたが、雑誌社の意見でソフトなタイトルに変更された。
ところが、企画が始まってみると、さっぱり評判にならなかった。3ヶ月続けたにも拘らず、これだけ話題にならなかった企画も珍しい。敗因を分析したが、やはり桑畑君を知的な路線で売りだろうとしたのが間違いだという結論に至る。その反省から、路線を180度変更し、亀一君とのコンビで、アポ無し飛び込み営業を繰り返す姿を、「広州の弥次さん喜多さん。飛び込み営業隊が、行く!」という企画にした(華南地区の他の雑誌)。
これが食いつきよく、桑畑君も知名度が上がりご満悦であったし、飛び込み営業の際に、初対面の方々から「雑誌で見たよ」と言っていただいた模様。
が、、、後で読み直してみると、コンサルティング部のイメージダウンになっている様な気も・・・。
という事で、企画広告は、部下の知名度を上げるには手っ取り早い方法ではあるが、効果の程はCase by case。「なかなか難しいものだ」と思ったのが、やめてしまった理由。
やはり、安易に走らず正攻法で、(原稿料は安くても)こつこつと雑誌・新聞に真面目なビジネス文章を書いていくのが、一番の宣伝になるのかな、というのが今のところの結論。

ところで、このアポ無し飛び込み営業というのは、まだ桑畑君の営業実績が上がっていなかった頃、彼が自発的に始めたもの。
「アポを取っていると、一日で回れる企業の数が限られているので、アポ無しで飛び込んできます!」といって、2004年には、週に2回、珠江デルタの日系企業を、訪問して歩いていた。謂わば、彼が男を上げた企画となっている。心意気はよく、また、いろいろな情報収集には役に立ったが、コンサルティングと飛び込み営業というのは、あまり両立しないもので、営業的には全く役に立たなかった。雑誌の記事(飛び込み営業隊が行く!)では、「2005年も歩くぞ!」と勇ましく誓っているが、そんなこんなで、数ヶ月前にやめさせてしまった。
とはいえ、彼の名誉のために補足すると、飛び込み営業以外の営業では、彼が入って1年間で、会員数は倍になったのであるが・・・
彼の下手な語りで、何故これほど会員が増えたのか!?と不思議であったが、どうも、いかにも人のよさそうな感じが受けるようである。人の持ち味・武器はそれぞれだなと思う次第。

香港(執筆に没頭)

昨日は、立っているだけでも日差しで痛くて体力を消耗する、ハッピーバレーのサッカーグランドで、3時間少年サッカーの練習に参加。大変辛い。
たいしてハードな練習ではなく、眺めているだけの状況が多かったにも拘わらず、最後のミニゲームでは、走れない走れない。
寒さよりは暑さの方が得意なはずだが、いよいよ体力の限界か。
これを除けば、昨日・今日は執筆に没頭。3週間ほど前から書き始めた明日香出版用の原稿が、個人的にはかなり乗っている。
ここ数冊、(辛いながらも)淡々と本を書いてきたので、こんな感じで盛り上がりながら本を書くのは久しぶり。内容はまだ内緒だが、「ここ数年とみにニーズが高くて、僕の得意分野で、且つ、今まで無かった本」というのがヒント(にならないなこれじゃ)。
ともあれ、2冊、タイプの違う本を出すので、ご期待ください。

これとは、うって変わって、ブログはまだ本調子ではない感じ。
とは言え、好きな事(人によっては、どうでもいいといわれそうな事)だけ書いているような日記で、好調も不調も無いだろうと言われそうだが、やはり、それでも違いが出る。
乗っていないときは、「僕がなに食べようが、どこに行こうが、どうでもいいと思われそうだよなぁ」とか考えて、いまひとつ書くのをためらってしまう。一方、調子が良いときは、「こんなに面白かったんだから、人が読んでも楽しい筈だ」とか思うわけで、この差は大きい。
なんだかんだ言って、ブログというのは、(極論すれば)比較的どうでもいい事を書いている訳で、それなりに思い込みの強い人間じゃないと書けないのではないかなと思う。でも、図太くなるには丁度良いかも。
僕の親しい人の中でも、ブログを始めようと考えている人が3人いる。
忙しくて、なかなかE−mailを交換できなくても、元気なのを確かめられるのはよい事なのだと思う。僕は根っからの不精者で、香港に来た8年前から年賀状も一切出していないし・・・

広州⇒南沙⇒香港(名古屋デー)

名古屋からの視察ミッション(60名弱)が、一昨日から珠江デルタに入っており、広州会社の面々がアテンドをしている。朝一番でミッションと合流し、車で南沙に行く。ミッションは大型バス2台で移動しているが、僕と亀一君は、会社の車で移動。
道中、亀一君が、「大型ミッションのアテンドは大変です」と言う。これ程大型のミッションアテンドは無いが、僕も若い頃は、空港で迎えから始まって、いろいろと出張団のアテンドをしたものである。
ちょっと懐かしい。
山口出身の亀一君は、名古屋弁が良く聞き取れないようで、(横浜出身という事にしているが)実は名古屋生まれの僕が、名古屋弁のレクチャーをする。
曰く、名古屋弁っぽく話すには、「語尾の調子を上げる」、語尾に、「ねー」、「よー」、「だがや(場合によっては、だぎゃー)」をつける。
あと、「本当に〜だよ」と言いたい時は、「〜でかんわ」という。
例、ここの飯はうみゃあでかんわ(ここの食事は本当に美味しいです)。
週末までミッションに同行する亀一君であるが、これで、彼も名古屋弁に対応できるであろう。

10時から、南沙開発区、平謙工業団地の説明会。引き続いて僕の講演30分(短い!)。昨夜が白菜とジャガイモばかりだったので、腹に力が入らない。
講演が終わると、一団と会食。会食時に、加工貿易の手続、日本への利益送金の制度などについて質問を受け、これに回答する。
会場となったホテル(南沙大酒店)は出来立てのホテルで、綺麗だし、食事もまずまず。
カフェからは、珠江デルタを横切り東莞に繋がる「虎門大橋」が見渡せる。

講演が終わると、ミッションと別れ、南沙からフェリーで帰任。新しいフェリー乗り場(ホテルの真横)が新しくなっていた。しかし、3年ちょっと前に来たときは、道路を鶏が走っており、「悪くなさそうな場所だが、まだ5年以上は早いなぁ」と思っていた南沙も、短い間にきれいな場所になったものである。中国の変化は激しい。

写真は、講演会場の一番後ろでぶっちょう面をして聞く亀一。不機嫌なのではなく、感情を表情に出すことができない人間らしい。
彼はハルピンで語学を勉強したので、ロシア人の知り合い(留学生仲間)が多いらしい。ロシア人の友達と、「いくら」は何語かというので言い争った事があるという。
「あれは、ロシアから来た外来語だぜ」と教えてあげると驚いていた。

香港⇒広州(広州でロシア料理)

午後の電車で広州出張。
明日の午前中に、南沙で講演をしなくてはならないので、その準備を兼ねて一日前に出張するもの。
夕食はロシア料理を食べる。南の広州でロシア料理が食べれるようになるとは、中国も変わったものである。
初めて行く店であるが、なかなか洒落た造り。他の客は西洋人ばかりで、店内のビリヤードに興じたりしている。

何を食べようかと考えて、はたと困る。ロシア料理自体をあまり知らないし、メニューがロシア語・英語・中国語なので、イメージがつかめない(ロシア語はさっぱり読めない)。
よく、日本で中華料理屋に行くと、連れの人から「水野さんは注文するとき、日本語を読むんですか、中国語を読むんですか?」と聞かれる。「中国語ですよ」と言うと、「凄いですね」と言われるが、そうではなくて、例えば、「麻婆豆腐」という字を見れば直ぐに分かるが、日本語で「豆腐とひき肉の辛味あんかけ風」とか書いてあってもピンとこない。結果的に、料理名を知っているのであれば、中国語を読んだ方が早いという事。
ところが、ここはロシア料理。メニューのどの言葉を読んでもピンと来ない。ピロシキが食べたいと思っても、どれがピロシキなのか分からない。
直感でいろいろ注文するが、水餃子やらピロシキ風のものやら、皆な中が白菜かジャガイモである。鶏肉を頼めば、やたらと骨ばかりの料理が来る。腹に力が入らない事おびただしい。
レストランの問題なのか、ロシア料理自体の問題なのか、僕の注文が悪いのか。ともあれ、料理には満足できず。ただ、ウォッカは美味しかった。

今日は、2人でワイン一本と、ウォッカをミニグラスに8杯(一人4杯)。まずまずコントロールした量であった。ホテルに戻り、11時半には就寝。
因みに写真は、ピロシキかな?と思う料理。大変硬く、フォークを、エイっと突き刺さないと割れないもの。
なかはジャガイモをすりつぶしただけのものなので、ちょっと寂しい。

香港(何も書くことがなく悩む)

前回ブログに書き込んだのが8日(金)なので、そろそろ何か書かないと怒られる頃であるが、何も書くことがない。
中間決算をやっていて何も目新しいことがなかったり、最近悩みがなくなってしまったので、心が変に安らかになってしまったりしている事が原因と思われる。
ここ数日間で印象に残ったことといえば、明日香出版から出版予定の本を、週末に2万字ほど書いた事であるが、完成したわけではなく、これを書いても「それがどうした」といわれそうである。いやぁ、困った困った。
取りあえず、無理やり面白くないものを書いても仕方がないので、(仕事も忙しくなかったので)切り上げて髪を切りに行く。髪の毛がすごく長かったので、思い切って切ったら、頭が軽くなった。
その後、近くの蘭州麺屋に行って、刀削麺の四川坦々麺を食べる。全然辛くない(香港の四川料理は、往々にして辛さが足りず、まったく物足りない)ので、テーブルに置いてあったラー油をレンゲ1杯入れたら、スープが真っ赤になって、お腹が痛くなるほどの辛さになる。ちょっと、入れすぎたと反省しながら全部食べる。
その後、家に帰って10時に就寝。う〜ん、なにもドラマのない一日だ・・・

香港(Watch on your step)

7月4日に紹介した五十嵐さんと会食することになる。
同氏の部下の女性2名が、偶然香港旅行に来たようで、本来は、彼らプラス同じ部門の駐在員2名で会食する予定だったらしいのであるが、僕もメンバーに加わることが急遽決まったもの。
合計6名で会食。

チムサッツイで食事をした後に、ペニンシュラホテルのFelix Barに行く。
ここは、チムサッツイで食事をする時には良く使うバーで、雰囲気が面白いので気に入っている。ここで、Watch on your stepという、如何にも強そうなカクテルを2杯飲む。
これは、Felix Barに行くと必ず頼むカクテルであるが、これを飲んだ後は、確かに酔っ払う。
これを最初に飲んだのは、4年ほど前で、谷垣君と一緒の時。
二人で、このカクテルを何杯も飲んで、酔っ払って帰ろうとすると、ウェイターが谷垣君を呼び止める。どうしたことかと思えば、彼の靴のかかとが外れており、それを持ってきてくれたもの。
かかとが外れても気がつかないほど酔っていた、というのもすごいが、二人とも酔っていたので、「まさに、watch on your stepだ!」と大笑い。
その時の印象が強いので、Felix ではいつもこのカクテル。

因みに、写真はFelix の光景。
男性陣が写真から逃げてしまったので、旅行者+僕。
旅行者の方は、すっかりリラックスムード。

中国ビジネスコンサルタント水野真澄のブログ