早稲田源兵衛でゼミOB会

前日は、かなり遅くまで飲んでいたので朝は眠い。
とは言え、今日も、5件の打合せ(コンサルティング)が待っている。
朝早くから始動。

地下鉄で移動できる場所ばかりなので、バタバタ都内を駆け巡り、昼食は立ち食い蕎麦。
Yシャツもスーツも、汗でびしょ濡れのぼろぼろ。
そんな感じで1日頑張って、たどり着いたのは早稲田の源兵衛。
早稲田卒なら誰でも知っている店だ。
焼鳥屋なのかな?居酒屋なのかな?
分類がちょっと難しい。

ジャンボシューマイや大きな卵焼きが名物で、学生の時は美味しいなぁと思っていたが、社会人になってみると、味自体は特段どうという事はない。
それでも、雰囲気に惹かれて、行ってしまう店である。

今日はゼミの非公式なOB会だ。

何のゼミかと言えば中国経済。
そもそもまとまりのないゼミだったし、僕はもっとマイペースなので、ゼミの仲間と集まるのは卒業後初めてだ。
なにせ、卒論原稿用紙20枚(短い!)、ゼミに入るのに優の数を問わない、ゼミの発表は2年間で1回だけ。という破格の脱力モードに惹かれて入る人間が多いゼミだ。
かく言う僕もその一人だ!

因みに、卒論の書き方を説明する時に、教授が、「何枚書くかは勝手だけど、読む方の身にもなって下さい。あまり長いものは書かない様に。せいぜい20枚程度だねぇ」とくぎを指す。

基本的に生徒の書くものにまったく期待していないし、僕が書いた卒論も、期待には到底値しないものだった。
書いたのは、中国の人口政策(一人っ子政策)。



ゼミに入ったのは1984年であるが、その頃は、改革開放路線が始まりたてで、まだ中国が全然ブームになっていない頃であった(少なくとも、経済的には)。
シルクロードブームとかはあったけど。

ビジネスインフラ的に言うと、経済特区と、沿海開放都市はあるが、沿海開放区はまだできていない(長江デルタ、珠江デルタ等の広域指定がされていない)。
保税区もない。高新技術開発区もない。
浦東は原っぱ状態で、ビルが殆ど建っていない。
そんな時代の中国経済ゼミである。

ゼミ生も、くせがある人間、マイペースな人間、勉強しない人間が結構いた。

マイペースな山田君がフリーライターになっていたのは想定通り。
でも、本も出版して頑張っている。
堅実と思っていた徳永君も、会社を辞めて今では独立。社長だ。

まあ、僕も会社を辞めた一人だから、人の事は言えないけれど、ともあれ、外見はそれなりに変われど、中身は全然変わっていない。

徳永・山田の果てしなく続く議論、というのが、ゼミ後の飲み会時の名物だったが、今回も、スーパードライとサッポロビールに関して、延々と議論を繰り広げている。
20数年前にタイムスリップした様だ。
基本的には、議論するのが目的なので、話題は何でもよさそうだ。

仲の良かった同期はちょい不良中年の様になっていた

飲み終わったら、山田君が、ラーメン食うか、という。
その結果、(僕としては近めの)早稲田駅に行かず、高田馬場まで付いていく。
と、馬場に着くと、「もう疲れちゃったよ。ラーメンやめよ」との発言。
これまた、学生時代のままのマイペースだ!

「馬場まで20分も歩かせた責任取れ!」と言って、無理やり全員を、栄通りのラーメン屋に連れていく。
食べ終わったら、数枚写真撮影。

山田君、徳永君、本当に良いやつなんだけど、外見は堅気じゃない。
夜のラーメン屋でサングラスをかける山田君。
ちょっと恐いぞ。