屋台村とタイガーマスクの関係

塩胡椒入れ(顔の部分から塩を出す)

一泊で広州だ。

今回の会食は、兄弟船に行くはずだったが、18時半に中信広場のタクシー乗り場に行くと長蛇の列。
天河は本当にタクシーがつかまらない。
このまま待ってると、30分以上かかりそうなので、今回は兄弟船断念。
歩いて行ける屋台村にした。

屋台村は、前もブログで書いたが、何故かここに行くとタイガーマスクの話題になる。
何故だろうと、しげしげ考えると、原因はこの塩・コショウ入れだ。

昔、タイガーマスクに、ミスターノーというキャラクターが出てきた。
頭の上に鉄球をし込んだ覆面レスラーで、頭突きが強い(鉄球だから当然だ)。

本当の頭は首のところにあって、戦っている最中にそれに気づいたタイガーマスクが首を引きちぎる、というシーンがあった。
皆な、本当に首をもいだと思って顔面蒼白!って、いくらなんでも分かるだろう(首の動きおかしい筈だから)という感じ

かなり無理のあるキャラクターだったが、そのミスターノーが、この塩・コショウ入れにちょっと似ているので、ここで酔っぱらうと、無意識のうちにタイガーマスクの話を始めてしまったわけだ。

しかし、このブログを書こうと、タイガーマスクをインターネット検索して見ると、虎の穴の掟として、ファイトマネーの半額を上納する必要があり、タイガーマスクは、これが滞った(孤児院に寄付した)から、命を執拗に狙われる、という設定であるのが分かった。

なんか、現実性がある様なない様なストーリー設定だ。
小学校の頃は、明らかに理解しないで見ていたが。

人にはそれぞれ才能がある

嫁さんから、「あなたは人の使い方が下手だろう」と言われる。
その趣旨は(おそらく)何でも自分でやってしまって、部下に任せないと思っているのではなかろうか。
丸紅時代も周囲から、コンサルティングは水野が一人でやっていると言われていた。

ただ、それは真実を見ていない。
僕の会社は、社員一人一人の力の集合体だ。
それが、長年一緒に働いた(僕と部下の)阿吽の呼吸で、役割分担されている。

人はそれぞれ異なった才能がある。
「それを業務に当てはめていく事」、「個々人の能力に合わせて、新しい仕事を創り出していく事」に関しては、僕は上手いのではないかとひそかに思っている。

コンサルティング業務開始の時は、僕個人の経験から開始したものだが、それに、部下一人一人の能力を元に、業務を補完したり、新しく創り出していき、業務範囲を拡大していった。
人はかならず、何らかの才能がある。
少なくとも、興味はある。
今までそれでお金をもらった事がない人間でも、上手く仕組みを作ってやれば、ビジネスに転換できる可能性は、沢山あるものだ。
それが上手くいったから、部下が成長した部分も大きいと思う。
勿論、本人達の努力が一番のポイントだが。

まあ、僕を実務者(コンサルタント)としてではなく、経営者・上司としてみた場合、どうか、と問われると、自分でもよくわからない。
経営より実務に興味が向くのは明らかで、その点では、純粋な経営者としての思考回路とはちょっと違う気もする。
今回の起業も、1年で会社を4つ作り、黒字決算を達成したので、経営者としての及第点は取れたであろうが、会社の規模がもう少し大きくなってくると、実務よりも経営そのものに専念する事を要求されたりするのかもしれない。

実務から経営に役割をシフトしていくのは、個人的にはちょっと本意ではないのだが、10年後を見据えると、その対応を考えていかなくてはいけないのは確かだ。
何れにしても、会社はしっかりと育てていかなくてはならない。
まあ僕の性格からして、実務から完全に離れる事は、あと30年くらいはないと思うけど。

当事者意識

先日、とある総合商社の方と酒を飲んでいて、在庫の実地棚卸の話になった。
僕が経理部長をやっていた丸紅香港時代は、実地棚卸は経理の役割ではなかった。
その商社では、実地棚卸は経理の役目という事で、「実地棚卸やらないと、何も分からないじゃないですか!」と言われたが、その通りだと思う。

僕も、自発的に実地棚卸に同行したりしたのだが、そこに行くと思わぬ事態に遭遇する事もある。
夏に数万足の靴を数えて、卒倒しそうになったり(その時は、倉庫の冷房が不備だったのが発覚し、即刻冷房の整備をしてもらった)、思わぬ含み損が表面化したり。

結局、会計基準で、測定・減損等を論じるのも経理の一部だし、現場でそれを実際に確認するのも経理だ。
営業と経理が共同で在庫の管理体制に責任を負うのがあるべき姿だと思うし、その一環に実地棚卸もある。

ここらの業務の線引きが変われば、仕事の立ち位置も変わる。
この線引きは、会社によって色々違う。
どちらがいいか、というのは、今まで尽きない議論が交わされてきたのであろうから、ここでとやかく言わないが、僕は、理論と実務が一体化して、初めて知識は完成されるという考えの持ち主だ。
現場を知らない経理にはなりたくなかった。

管理部門、職能部門、若しくは、その他の英文名等、名称を変えて、管理部門の官僚的な雰囲気を変えようという試みは、どの会社でもあるようだ。
ただ、それでは小手先だ。
名称変更では人のマインドは変わらない。
当事者意識を変える事。
それは、業務の線引きを変える事。

それが、業務改善の一番の手法だろう。

前川寿司で刺身を堪能する

国慶節前は極度に忙しく、ブログの更新がまた滞ってしまった。
と言う訳で、またバックデート更新なのだけど・・・

先週木曜は、久々に強面kazuさんと会食をした。
数か月ぶりだ。

久々に寿司が食べたくなったので、前川寿司に。
ここは、半年ほど前に、創英の金さんから教えてもらった場所だけど、大変気に入っている。
上海のすし屋をそれほど知っている訳ではないけれど、上海で寿司を食べて初めて満足した店だ。

僕は、タコ、イカが好きで、マグロはトロより赤身が好き。
握りより細巻きが好き。
という感じで、あまりお金にならない客である。
まあ、香港だと、カウンターに座ったら、自動的に(食べても食べなくても)一人HK$ 1,500以上取られる店も少なからずあるので、そんな場合は割り勘(?)負けになるのだが。

話は飛んだけど、そんな感じで、特別ではないネタが(ネタでも)美味しい店がよい。

いつもの様に、最初は、赤身、タコ。
あと、頼んだ本日のお勧めのイカが、大変おいしかったのだけど、これまた夢中になって食べていたら、写真を取り忘れたのは痛恨。

写真映えのする、あさりの酒蒸しも取り忘れたし・・・

ぶりかまとカズさん

Kazuさんは、僕のブログの読者なので、食事中、いろいろコメントがでる。

「だいたい、兄貴(僕の事)は、タクシー代浮かせるために歩いたとかバスに乗ったとか書いてますけど、いいもの食べ歩いてるから矛盾してますよねぇ」とか言われる。
そう言われるとその通りなのだが。

まあ、昔から、服とか装飾品とかにはあまり頓着しないが、食費はかける。

昨年の起業早々、食費を削らなくてはいけなかったのは(寿司食べたいけど、吉野家の牛丼食べたりとか)、如何に辛かったか分かってもらえるであろう。

そんな訳で、また普通の食事ができるようになったのに感謝して、美味しく食事をして、酒を飲んだ。

満足。

写真を変えねば

今、著書や連載に使っている写真は3種類。

①は、このブログのプロフィール写真(2006年の春に撮影したもの)。
②は、2005年1月に撮影したもので、これは、コンシェルジュで2枚使っている写真の一枚。
③は、時事通信の連絡で使っている写真(2007年1月撮影)。

③は、実はバックに、旧M&Cのロゴが大きく入っているので、使えなくなってしまった(時事通信さんは、加工して消してくれているのでOKながら、僕自身では消す技術がない)。
②は、さすがに4年半前で顔が変わってきたし、なんとも髪の毛が茶色いので、そろそろ変えねばいけない
もう、やんちゃでうる年齢でもないし、これからは落ち着きで勝負だ。

そんな訳で、新しい写真を撮らねばならないので、ちょっと食事節制を開始。
1ヶ月後くらいに撮影可能かな。

子供のころは、食も細かったし、太れないのがコンプレックスになっていた。
これが、高校の時に筋トレをしたのが切っ掛けで食が太くなり、さらに、大学で酒を飲みだしたら、絶えずダイエットをしないといけなくなってしまった。

そんな訳で、(飲む時は変わらず飲むが)酒を飲まない日が増えてきたいまは、比較的ダイエットのチャンスだ。

1ヶ月後の撮影を目指して頑張ろう。
3Kg減が目標だ。

誕生日はブルームーンカクテルで

バーYuzenとブルームーンカクテル

21日は会食。
焼き肉を食べさせて頂き、楽しく飲む。

時間が経過して0時過ぎ。
誕生日になったら、一人でバーYuzenに行く。

思い起こせば、去年の9月19日、ここでNNA連載300回記念 & 開業記念 & 誕生日パーティーを開催した。

それを思い出し、今年の誕生日は、まずここで迎えよう(僕の好きなブルームーンカクテルで迎えよう)と思ったもの。
会社も無事軌道にのり、縁起の良い店、思い出に残る店が一軒増えた。

結局、物事うまく進めば、好きな店、縁起の良い店が、どんどん増えていくものだな。
と実感。


誕生日カクテルを作っていただいた

誕生日の記念カクテルも作って頂いた。

今年も頑張ろう。

校正作業は本当につらい

本を初めて書いたのは2002年4月。
それから、12冊本を出した。
中国ビジネス投資Q&Aは、2002年、2003年、2004年、2006年版があるから、それらを1冊と数えると15冊出した事になる。

これだけ出すと、以下の通りの影響がある。
本を書くのが早くなる
⇒ 最初の本は、毎日書いて8カ月くらいかかったが、今では、日曜日だけで半年あれば書ける。最初の本の執筆時は、毎日、仕事が終わったら家に直行して、家でコツコツと書き続けたものだ。

本を出した感動が薄れる。
⇒ 最初の2冊は、本が出来たら嬉しくてしかたがなくて、いつも持って歩いていたが、今では、本が出来てもそれほどの感慨はなくなる。
ただ、最低、年に1冊は本を出さないと、というプレッシャーはあるので、出さない事に対する焦りはある。

ただ、今も昔も辛いのは、書いてる時よりゲラ校正。
文章を何度も読み返すのは、本当にしんどい。

ここ数日は、一次のゲラ校正に没頭したが、この段階だと、結構修正事項がある。
数百ページを根詰めて、赤ペンで修正していくのは大変しんどい。
執筆している時の方が、よっぽどましだ(辛くない)。

日曜日は、朝からずっとやっていたら、夜10時くらいから胸が痛み出した。
それを我慢して作業。
今日も、校正作業を始めたら痛み出した。

終わると直る。
仕事をしても大丈夫。

とすると、このゲラ校正の作業というのは、よっぽどプレッシャーがある(やりたくない)作業なんだろうなぁ、というのを改めて感じた。
なにしろ、仕事だと痛まない胸が痛む訳だから。


あと、2回ほどこの作業をやらなくてはいけない。

9月末までに終わらせて印刷。
かなりタイトだ。

10月末に書籍(中国ビジネス投資Q&A大改訂版)完成予定。

今回は、大変な仕事の合間を縫っての(体に鞭打っての)執筆、校正作業だったので、久しぶりに、完成時に感動があるのではないかと思う。

もう一息。

台湾と本土のビジネス

久しぶりの台湾だった。
僕が台湾研修をしていた1988年は、戒厳令が解かれて間がない頃だった。

オリンピック放送等で本土の選手が写ると、そこが黒塗りになっていた頃だし、翌年、福建省に実務研修で住んでいた時も、台湾と本土では気軽に電話はできない状況。
その後、徐々に規制は緩和されたが、僕がコンサルティングを始めた頃(2001年)ですら、台湾と中国本土の直接決済が認められていなかった。

そんな過去を考えると、両地域で直行便が頻繁に飛び、外国人でも廈門から金門島に渡れる様になった今は、隔世の感がある。
僕が研修していた当時は、金門島は、台湾側からでも(一般人は)訪問できなった。

時代は、思った以上の速度で動いている。
そして、政権交代により大きく加速した。

本土で、台湾企業が現法を設立し、生産・サービス方面で活動する様になって久しいが、その為の政治的なインフラが未整備で、リスクを企業が背負込む形になっていた。
両地域間で租税協定が無い事から、二重課税が発生しても、その調整ができないのは典型的なリスクだ。
また、数年前までは、直接送金ができない(対外送金規制)、直行便が無い(物流制限)等の理湯で、無駄な時間・コストを余儀なくされていた。

今年になり、中国から台湾への直接投資が遂に認められたし、租税協定も俎上に上っている。
政治的には色々な判断があろうが、この様な動きは、経済実態が牽引しているもので、台湾企業にとっては、生産・活動に絡むコストの削減、税務リスクの軽減を実現する有難いものであろう。

今後数年で、両地域間の商流は、大きく変化するであろう。
商流、中華経済圏が、今後どの様に変容していくか興味深い。
そして、それが香港にどの様な影響を与えるかも。

香港到着いきなり海鮮(竹園)

谷垣君が好きなガーリック蝦蛄

香港に到着したのは午後4時半。

今日は、上海駐在の谷垣君が、夏休みで香港に来ているので会食をする。
よって、空港からハッピーバレーに直行。

何が食べたいの?
というと、「竹園で食べたいです」という。
台湾で食べすぎた感があるし、午後2時に食べた牛肉麺が、まだ腹にたまっている感じで、ちょっと中華海鮮を食べたい気分ではなかったが、ここは、旅行者の意見を優先。

竹園は、チーズロブスターとか、ガーリック蝦蛄とかが有名。
客の日本人比率も高くて、「しゃこ」とか、「伊勢海老」とか日本語で言っても、分かってもらえるので便利だ。

僕はあまり行かなかったが、谷垣君は接待でよく使っていた様だ。
ガーリック蝦蛄とガルーパが食べたいと言う。

チーズロブスター(下はフランスパンと一緒に)

そんな訳で、「ガルーパ」、「ガーリック蝦蛄」、「チーズロブスター」の3品を頼む。
思い返せば、12年前に僕が香港赴任した際、丸紅香港管理部門の歓迎会は、竹園だった。
この時は、あまりに威勢よく使用されるガーリックにまだ慣れておらず、翌日、臭くないかとひやひやして出社したものだ。

ここでチーズロブスターを食べると、パンが出てくる(頼めばだけど)。
パンにチーズを絡めて食べると、なんとも美味しい。
この料理を邪道と言う人もいるが、侮れない美味しさであるのも事実だ。

ガーリックシャコも、この炒めニンニクをご飯にかけると美味しい。
全体的に、主食(ご飯、パン)をもりもり食べたくなる店という感じがする。

最近、週に3~4日の休肝日を作るようになったら、宴会が続くとちょっと辛くなってきた。
それまでは、連日連夜の宴会でも平気だったのが、慣れとはすごいものだ。
そんな訳で、台湾で2夜連続酒を飲んだので、ちょっとしんどく感じてしまい、コーラとビールを交互に飲む。

久々に、好きな料理を食べられた谷垣君は、至極ご満悦であった。

今回も、チーズロブスターは、半分食べてから写真撮影をしなくてはいけない事に気づき、ガルーパは忘れた。
「しまったぁ!」
と叫ぶと、
「いいじゃないですか。別にグルメブログじゃないんだから」というのが谷垣君のコメント。

台湾滞在3杯めの牛肉麺

第二空港のレストランの牛肉麺

2泊3日の台湾出張終わり。
午後3時の飛行機で香港に。

1時半に空港に到着したので、ちょっと時間あり。
今回の滞在では、既に2杯牛肉麺を食べているが、最後の一杯を食べようと、空港の食堂に入る。
牛肉麺NT$250(750円程度)は空港価格だ。
ただ、食器も綺麗で、何となく上品。

しかし、大きくて印象的なドンブリだ。
茶卵、高菜等の付け合わせもある。
他の人が食べてるのを見て、何か特別な麺を食べているのかと驚いたが、麺は一律このどんぶりのようだ。
なかなか面白い演出だ。

ドンブリは横から見ると大きさが分かる。小籠包はちょっと期待外れ。

汁を飲んでいると、量が多くて、お腹がたぷたぷになる。
あと、小籠包もNT$250。
小籠包は、ちょっとがっかりの味であったが、牛肉麺のインパクトで不満を感じる事も忘れた。
今度は、鼎泰豊に行きたいものだ。
僕が行った語学学校(TLI信義路校)の隣にある本店の方がいいな。

ともあれ、牛肉麺もたくさん食べたし、満足のいく台湾出張であった。