確かに、目を引くニュースではある。
ただ、人民元の対外決済は、昨今、盛んに報道されている様に、活用が全く進んでいない。
では、活用が振るわない(人気が無い)理由は何かと言えば、一般的に言われている様に、「人民元決済は、香港・マカオ・ASEAN地域と、中国本土5都市(上海、広州、深圳、東莞、珠海)に限定した試行措置である事」や、「認可を受けた一部企業のみに認められている事」もあるが、一番重要な理由は、人民元決済をしても、「特段のメリットがないから」であろう。
いきなり、メリットがないと言い切るのも如何なものかとは思われるであろうが、現在の運用であれば、人民元決済をしたらこれが便利だ、という点が思い浮かばない。
これは、現在人民元決済が認められているのは貿易決済だけ(貿易外取引の決済は認められていない)で、更に、人民元建て貿易決済に付いても、外貨決済と同様の制限が加えられている事による。
つまり、外貨ではできない送金が、人民元だからできる、という訳では全くない。
おまけに、人民元決済条件の輸出取引に関する増値税還付の関連規定は、8月25日付けで簡単な通知がやっと公布された(国税函[2009]470号)状況で、それ以前は、増値税輸出還付に関する影響も懸念された。つまり、人民元建て決済であるが故のリスクが存在した訳だ。
現状でも、まだ実務がすぐ追いついてくるかが分かっていない。
結果として、人民元決済によるメリットは、中国企業側の為替リスクのヘッジのみという事になるが、契約通貨を人民元建てにする事は、どちらが為替リスクを負担するか、という力関係で決まるものであり、人民元決済が認められたからと言って、これが選択できるかどうかは別次元の問題だ。
更には、貿易契約の建値を人民元建てにする事自体は、2003年より認められていた(匯発[2003]29号)。
契約建値が同じ人民元で、決済通貨だけの違いであれば(規制・管理状況が同ならば)、「人民元建て外貨決済条件」を採用すれば良いだけの話で、わざわざ実績の少ない人民元決済をする必要もない。
そんな意味で、人民元建て対外決済は、今のところは、話題性だけで、利用者側にメリットは無いという感じがする。
まあ、人民元決済の活用が増え、銀行・税務局側もノウハウが蓄積されてくれば、「どうせ同じなら、換金ステップが省ける人民元決済にしておくか」という感じの活用は出てくるであろうが、まだそのステージには遠い。
ただ、7月から始まっている、人民元対外決済の試行措置は、将来的な人民元のハードカレンシー化の方向性を決める為の感触掴みの面が大きく、政府の対応もかなり慎重だ。
ボクシングで言えば、ゴングが鳴って、リング中央に歩み寄っていくところ(まだジャブも放っていない状況)という感じか。
その意味では、利用が進まない事は、政府側としてもシナリオ通りの事ではないか(敢えて、利用が進まない条件で開始したのではないか)、という気がする。
今後、状況を見ながら、徐々に手綱さばきを調整していくのであろう。
将来的に、香港側の人民元調達マーケットが拡大する(香港側で人民元の為替ポジションをスクェアにできる)という条件が整えば、若しくは、管理面の規制が緩和される等の措置が取られれば、人民元決済が一気に拡大する可能性もある。
当面は話題を作って、あとはじっくり時間をかけて、ゆったりと規制緩和を図っていこうという作戦なのではないかという気がする。