ロックダウン前日

浦西地域の封鎖は明日からだ。何やら、子供の頃に、雨戸を閉めて、数日分の食料を用意して、台風を待った気持ちに似ている。
そんな状況下、割烹Makinoの3月31日(ロックダウン前日)限定、特別おせち風弁当到着。日持ちがする食材で作った弁当。

そして、旧真木乃から分けてもらった牛肉。400g。新旧まきの(真木乃とMakino)にロックダウンの食材を助けてもらった。


牛肉は三分の一だけ食べてしまったが、ともあれ、この二種類と米が有れば、封鎖期間の食事は大丈夫だ。調達努力を金で解決した感の申し訳なさはあるが、ここは非力な外国人?だけに勘弁してもらおう。ともあれ、持つべきものは行きつけの場所だ。こういう時に頼りになる。

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上海市ロックダウンの状況と企業対応

日本でも報道されているようですが、どうも日本の報道は極端なもの(随分、バイアスがかかったもの)ばかりに偏っている気がします。幸か不幸か?渦中にいますので、上海市の政策(これは資料提供だけでさらりと流していますが)と、自分の目から見たロックダウンの状況を語っています。

封鎖準備をしながら思う

昨日、ロックダウンを知ったときには、既に食料・水の備蓄を済ませていたので、改めての買い出しは不要だが、一応、付近のルイビトンビルまで様子を見に行った。

ビル全体には人は少ないが、地下の久光は満員とは言えないが、購入者の行列が長いので、「並ぶのが面倒」と思い、買わずに出てきた。一応、念のため、という事で、付近の小さな個人商店で水を購入。今まで、全く覗いてもみなかった(除く気にもならなかった)小さな店舗が、店の人が親切なのを発見。これが、今回の収穫かな。

その後、念のためウィスキーを2本買い出し。スーパーに行くと、酒と生鮮品のレジが一緒なので買いにくい。酒屋に行こうと自転車を漕いでいく。シーバスを2本。とりあえずロックダウンの4日間は、また禁酒日にして、筋トレをしようと思うので十分すぎる量だが、残しておけばよい。これで封鎖準備は完了だ。
街は、物が買いにくい事を除けば平和なものだ。中国内の報道では、内需の伸び悩み(輸出依存)の状況が危惧されているが、今日だけを見れば「え?購買意欲すごいよ」と、問題を忘れてしまいそうな状況だ。

しかし、35年の社会人経験(というか、1985年の大学の初中国旅行の経験以降)が、今回の様な時のメンタル維持に色々役に立っている。
切っ掛けは、大学3年。まだ糧票が有った時代(豊かになる前)の中国を旅行し、「物が無いときは、売る人の方が買う人よりも偉いんだ」というのを実感した。つまり、物が豊富な時はお客様は神様だが、物がなければお店様が神様だ。
こういった発想の転換をしたことが、自分的には良かったと思っている。これは、今後の日本で、十分有り得る話。自由貿易協定の確実な展開、健全な物価の引上げ、その前提となる雇用の安定をしないと、日本も「お店様」の時代になるよ(つまり、欲しいものが買えない時代が来るよ)、と危機感を持ちながら何時も思うのであるが、この話に共感してくれる方は、まだ少ない。
ともあれ、この備蓄時期にも、なかなか丁寧に対応してくれる今の中国の店舗は、1980年代(外国人がまず最初に覚える中国語は没有だと言われた時代)とは大違い。これは外国人として、感謝しないといけないなと思う。時代は変わった。

 

隔離解放後の上海生活

隔離から解放されても解放されないような微妙な状況が続いている。その上で、今日から浦東地域などがロックダウン(4日間)。その地域の解除後こちら側(浦西)が4日間封鎖という事が決定。まあ、時間的に短いのが救いで、食料備蓄もしてあるし、ともあれこれを乗り切って収束となりますようにと祈りたい気分だ。

今年1月2日に上海を離れた時は、上海で感染するという懸念は全くと言ってよいほどなかった。そんな訳で、駐在員全員、中国での駐在で良かったな(日本での生活だったらこんなに自由に過ごせないな)と言っていたが、状況変化があると、中国は徹底的に対応する。まあ、徹底的にやるから早期収束の希望も出てくる訳だが、感染してはいけないというプレッシャーは、日本とは比較にならないほど大きい。何が正解かは分からない。
昨日の朝には、PCR無料検査キットを配られ自己チェック。その後、夕飯の食材を買い出し。
2月23日の青島隔離から続く不自由な生活は、少々メンタルに堪えるなと思い、パスタを茹でて青島ビールホワイトを飲む。

割烹Makinoの期間限定弁当で春を感じる

昨日は天候も良く、久々に平和を感じる1日であった。外で弁当を食べているグループも複数いたり。
まあ、人の出は少ないと言えば少ないのだが、レストランがやっていないし、まだマンション封鎖されている人もいるので、これは致し方ない。


今日は一転して雨と強い風。こんな状況が続いていると、天候が大きくメンタルに影響を与える。今一つ気力がわかない今日だ。そんな中、数日前に予約してあった、割烹Makinoの期間限定弁当が届いた。有難い。

寿司、天ぷら、筍ご飯など等。昼夜2食は最低この弁当で十分だ。一人で黙々と食べるのは寂しいが、ちょっと気持ちは春めいた。

封鎖解除後

マンション封鎖はあっさり解除されたが、これはかなり幸運なケースであるようで、なかなか解除されないマンションが多い。
そうなると、自分は外出できても、友人には会えないし、レストランも開いていない。必然的に一人家にこもって自炊し、食べる日々が続くので、海外の孤独を味わっている。
上海は便利なので、平常時はこんな気持ちを味わうことは無かったが、特別な状態だなと実感する。
ちなみに、近所で買った牛肉(写真)が凄まじく硬くて噛み切れない。これには参った。翌日アピタに行って買いなおし。

出かける時に、門にこんな張り紙がしてあるのが目に入った。16~18日(封鎖時)にPCR検査を受けていない人は、別の場所でやれという案内。

実際、上海では、3月16日以降のPCR検査証明(健康コードから読める)を見せないと、入れないビルが増えてきた。当社の入っているビルもそうだ。もう少ししたら、検査証明がないと、生活に支障をきたすことになりかねない。
青島から戻った直後にマンション封鎖されたのは、運が良かったのか悪かったのかと思っていたが、結果からすると大正解だった(一番良いタイミングだった)という事になりそうだ。

ほぼ平穏無事だが隔離ボケ?

3月16日の上海到着直後にマンションが封鎖された。家に着いたのは、17日の深夜2時頃だったので、4時間後の封鎖であった。
PCR実施と検査結果確認後の封鎖解除となるので、最低48時間は解けない筈だったが、昨日(18日)16時、1.5日であっさり封鎖が解除された。
付近では、PCR検査だけで封鎖が免除されるマンションも多く、穏やかな運用が取られている感じだ。やはり、市民生活に支障をきたすわけにはいかず、その点の配慮がされているのであろう。
17日にPCR検査はしたが、それ以外は、隔離疲れがどっと出て、横たわっていたら自由の身になってしまったので、何やら不思議な感じだ。
また、何分、長期不在後の帰宅で食料の備蓄が無く、5回デリバリーを頼んだが、全てオンタイム(1時間程度)に到着したので、個人的には、何も困ったことは無かった。
部下から、「隔離解除おめでとうございます。外に出てはどうですか?」というメッセージがあったが、疲れに疲れて(メンタル疲れ)、それどころではなく、家で食事をして寝てしまった。

一夜明けて、朝はそうめん。昼食はこんな感じ。当たり前の生活を楽しむ。
その後、NNAの連載原稿。いまだに隔離ダメージで頭がぼーっとしており筆が進まないが書き上げる。
まだ疲れが残っており、外に出たくはないが、封鎖解除後の状況を確認せねばなるまいと、近所のスーパーに行くが、人が少ないを除けば平常の品揃え。即席麺が少ないかなという程度。取り合えず、ネギ、シャンプー、牛乳を購入して帰宅。

イメージ的には、みんな冷静だったなあと感心。買い急ぎもなく、封鎖も平然と受け止めており、大した混乱は無かった。これも慣れかな。

マンションの中で

3月16日夜10時半に浦東空港到着。11時半にタクシーに乗る。
良く行く日本料理屋から、「長寧区の飲食店は明日(17日)から営業停止になって暫く会えない。店に来れるなら(閉店後だが)店員3名待っている」と言われたので、店に直行して約1時間ワインを飲み語らう。
そして、今日起きたらマンションが封鎖されていた。何にせよ上海の全てのマンションを封鎖し、全員PCR検査をするので(注:翌日の補足。検査は全てながら封鎖は免除されるマンション区域が出てきました)、何時やるか違いだが、帰ってくるのを狙いすました様なタイミングだ。
運が良いと思うか間が悪いと思うかは両方当てはまるが、ちょっと時間がズレていたら家に戻れなかったので、まあ、運が良かったと言っておこう。封鎖とはいっても、マンションの中は歩けるし、デリバリーも注文できるので、特別困ったことがある訳ではない。隔離の疲れがどっと出て、動くのも億劫なので、封鎖されていてもいなくても、あまり変わりない状況だ。

ただ、「隔離飯を3週間食べた後だから、美味い飯を楽しみにしていたのに」と、この点ではがっかり。
すると、これまた懇意の料理店(別の店)が、「営業停止中で店は閉まっているが、作って門のところまで持っていってあげよう」と言ってくれ、鮨にありつけることになった。これで満足。

やることが徹底しているが、これだけやるから抑え込みもできるのであろう。周りに人たちも、「仕方ないな」という感じで、特段の抵抗感はないようだ。やはり、感染状況を長引かせるのと、徹底的にやって早く治めるのと、どちらがいいかという点に付いては、以前の経験で、「一時の我慢で良いならば、早く収まって自由に生活した方がよい」と考える人が多いのであろう。
ともあれ、最低限必要な食料は確保した。のんびり過ごそう。

青島から上海へ

隔離最終日。飛行機が17:15出発から20:50に変更となった。
それも有って、ホテルからの出発が13時から14時に。それでも15時には空港到着するので、5時間以上待つことになるが、まあ、気は心という感じだろう。

みんなでバスに乗り込み、お世話になったホテルを出る。ちょっとジーンと来る。
空港到着するが、通常時とは違う。空港内店舗は全て閉鎖されているし、表示されている便は3便だけ。北京、大連、上海が各一便だ。フライトはほぼほぼキャンセルされ、上海行は20:50以外には選択肢がなかったわけである。隔離ホテルのグループチャットを見ていると、各位が手配した飛行機がどんどんキャンセルされていくので、「こんなに頻繁にフライトキャンセルされるものか?」と不思議に思っていたが、こういう事かと合点がいった。
ホテルからの人間は、この部屋でずっと待たされる。結構長い待ち時間だが、3週間の孤独の後だけに、周りに人がいるだけで嬉しく、あまりつらさを感じない。

18時くらいには、お腹がすいてきたなと思っていると、驚く事に弁当が配られる。助かった。そして、意外に美味しいので、ほぼ食べきってしまう。

そして、20時ちょっと前、係員に先導されて全員で搭乗口に。

ほぼ定刻に上海に向けて出発した。
3週間という期間は長いものの、青島のホテルは(隔離施設にすれば)快適だった。では、次回の隔離があるとして、青島か上海かというのは、少々考えどころだ。4回の隔離経験で、隔離される能力(?)レベルは上がってきて、上海のホテルでも2週間程度なら何とかなるのではないかと思えてきた。その状況で、2週間で、もう少し良いホテルに変わることが出来(隔離中の環境変化は極めて大切で、メンタル改善に役立つ)、そこで1週間滞在すれば上海の隔離は終了する。飛行機移動の手間も無い。
青島は3週間と長い(更に、青島自体の隔離期間は4週間と長い)し、飛行機手配と移動の手間がある。まあ、通常時なら飛行機の手配はもっと楽なのであろうが、最後の移動はそれなりに面倒ではある。まあ、出来ればもう隔離は容赦して欲しいところ。暫く考えるのはやめよう。

最終日前日バタバタしたのは

無事上海到着。上海への移動に付いては、その後書きますが、まずは最終日の前日にドタバタした理由です。
あと、到着後、マンションが封鎖されたので48時間外に出られません。これは上海が全居住区民のPCR検査実施を義務付けたためで、遅かれ早かれくることなのでやむを得ないかなという感じ。この状況も追ってアップします。

さて、最終日前日にドタバタした理由ですが・・・
3月16日(水)12時の隔離ホテル解放後、青島の受入れ会社の車で、青島ホリディインホテル(香港中路)に移動して2泊。同社訪問、16日・17日夜の会食も予定していた。
ついでに開発区訪問も。
3月14日(月)夜、「青島では、3週間隔離+1週間の健康観察になっているいのでは」という疑問が湧き、確認しようと思うが、その日は夜遅く、翌朝にする。
3月15日(火)朝9時に、ホリディインのある香港中路の社区(自治体規模の政府的なもの)と交信し、「隔離はされない。派手に動かなければ良い」という回答をもらい一安心。
ただ、健康観察であることは確かなので、仕事をしてよいのかという疑問が同時に湧く。
その直後(9時半)、受入れ会社から、「今日から、青島市内の飲食店は一斉閉鎖になりました!」という連絡を受け驚く。
何処で食事しようかと受入れ会社と相談するが、駐在員の住居かホテル内しかだめだろう(ただ、ホテルはルームサービスのみ)という話になる。
更に、管理が強化されている状況下、17日の仕事(開発区訪問)は断念する事に。
この状況では、1泊で十分だろう(2泊する必要は無かろう)と話し、飛行機便の手配(18日から17日)と、PCR検査(搭乗前48時間のPCRが無いと上海に入れない)のスケジュールを練り直す。
一応、隔離ホテルで15日朝に検査をしているが、これだと17日の飛行機に乗れない。
「受入れ会社より、車で隔離ホテルに迎えに行くので、そこから病院に直行しましょう」と提案を受ける。だとすると、15時くらいの検査。その日の内に検査報告書はもらえるかな?と不安に思い(便が極端に限られているので、朝8時便になる可能性あり)、病院に確認してもらう。これが、10時過ぎ。
11時に、受入れ会社から慌てた連絡。
「大変です。外国人は、入国28日経過しないとPCR検査できないと言われました。確認不足ですみません!」と謝られる。
これは大問題で、一度隔離ホテルを出たら、最低一週間はPCR検査が受けられなくなる。結果、上海に戻ることができなくなるが、上海・青島の感染状況が悪くなっており、ロックダウンも噂されている。一週間経過すると、帰れる(便があるという)保証がない。
「まずい!」と焦り、隔離ホテルの担当者に、16日に他の人間と一緒に上海に行ってよいかを相談。同時に16日のフライト探し。
やいのやいのの時間が過ぎて、全て調整がついたのが13時。
隔離が12時までなので、16時以降の飛行機でないと乗れないと言われていたが、17時頃のチケット購入に成功。
ほっと一息ついて仕事をしていると、17時頃に上海の知人から連絡。
「水野の上海のマンションが封鎖された!」という。となると帰れない。
あたふたして確認するが、同じマンション群だが、封鎖されたのは違う号棟で、自分のビルはOKと分かり一件落着。これで上海に戻れる。
その直後(18時頃)、香港中路の社区から連絡あり、「今日から青島は4週間隔離になった。ホリデイインホテルは泊まれない」と連絡。幸い、スケジュール変更手配はできていたので、「直接上海戻る事にしたので大丈夫」と伝えると、彼は安心した様子であった。
そんなこんなで、3月15日はドタバタの一日。
ただ、結果オーライで、もし、元の予定を変更していなかったら、隔離ホテルを出て、ホリディインにも泊まれず、PCR検査もできずと、大変な事になっていた。
更に、16日に青島空港に着くと、機能を半分停止しているような状況で(中の店は全て閉店)、その日の国内便は、北京、大連、上海の便が一本ずつ(合計3本)という状況であった。交通を制限している状況が分かる。
更に、青島が4週間隔離になったことで、それまで緑だった健康コードが黄色になっていた。これでは行動が制限される。土壇場でピンチを切り抜けた感じだ。
ともあれ、非常時は、他人と違った行動はしない方が良いという教訓ですね。