今日の上海

今日は上海で仕事。
明日は5件の面談があるが、今日は面談なし。
部屋に引きこもってE-mail対応。
空気が悪いと谷垣君に漏らしたら、「先週の金曜日はもっとひどかったんですよ。甘いですね」と言われる。

1988年に台湾研修していた頃、自動車の排気ガスで、台北の空が真っ黒だったことを思い出す。
当時、アメリカからの直輸入雑誌を書店で見ていたら、社員の首を切りたければ、台湾赴任を命じればよい、という記事と、空気汚染を表す写真が掲載されていた。
今では、(特に、日本人にとっては)台湾は、世界でももっとも居心地の良い駐在地の一つと言ってよかろうから、この25年の変化は素晴らしいものがある。
日本も、僕が幼稚園の頃は公害がひどく、四日市ぜんそくや水俣病が問題となっていた。
それを踏まえて、ゴジラ物にも、ゴジラ対ヘドラ(ヘドロから生まれた怪獣という設定)が封切られたのは記憶に深く残っている。
幼稚園の時に一回見ただけなのに。バックソングとして流れていた「水銀、コバルト、カドミュウム~」というおどろおどろしい歌は、いまだに頭にこびりついている。

経済成長過程での環境破壊は、避けられない面があるのは確かかもしれないが、国民に直接的な影響があるものであるし、中国の影響力は、世界的にも大きい。
ドラスティックな改善を期待したいものだ。


因みに、大気汚染予防改善行動計画(国発[2013]37号)が2013年9月12日に公布された。
ここでは、京津冀都市圏(北京・天津・河北)、長江デルタ、珠江デルタをはじめ、全国の空気汚染を5年間に総体的に改善することを目指して、具体的な目標と主な行動方向を定めている。
概要は以下の通り。
1.汚染源の総合処理を強化し、汚染物の排出を減少させる。
2.エネルギー消費、汚染度に基づき、工業業種を厳しく管理し、過剰な生産能力を圧縮することなどによって、産業構造を調整し、向上させる。
3.科学技術の研究開発と普及を強化し、全面的にクリーン生産を実行し、持続的経済の発展、省エネのエコ産業を奨励する。
4.エネルギー構造の調整を加速化し、クリーンエネルギーの供給を増加する。
5.省エネ基準の効果をより強化し、産業及び都市のレイアウトを調整する。
6.汚染物の排出量によって、企業の責任・負担を定めるようにする。電気、天然ガスなどの価格、税収政策を改善する。
7.法律法規システムを健全化する。
8.区域協力メカニズムを構築する。
9.監視測定装置応急システムを設立し、高度汚染天気に適切に対応する。
10.政府、企業、社会の責任を明確する。

美味しいコーヒー

今日は午後2時成田発の飛行機で上海移動。
成田からの帰任の際(スカイライナーを使う時)は、JR日暮里駅構内のコーヒーショップで、店長おすすめブレンドを買って、車内で飲むのが恒例。
簡単な座席はあるが、基本的にはテイクアウトでMサイズ500~600円(日によって豆が違うので、値段も変わる)というのは、まあ高めではあるが、如何にも日本人が淹れたコーヒーという美味しさで(ここら辺は、日本の珈琲を飲みなれていないと分かりにくい感覚だが。ともあれ、僕はスタバの珈琲があまり好きではない)、習慣となってしまった。
今日も、学生さんのバイトかな、と思う若者が、上手にお湯を注いでくれるのを見て、つかの間心が和む。
その光景を見て、先日、機内で見た「新しい靴を買わなくちゃ」を思いだす。
向井理が、コーヒーの淹れ方をレクチャーしている場面。
あれもさわやかで良い映画だった。

あの映画を見てから、自分でも家で何回か試してみたのだが、さっぱり上手く淹れられない。
豆が安物なのと、技術が無いのの両方だろう。
何事も練習が肝心。

自炊が健康に良い訳でもない

昨日(土曜日)は、12時~19時まで、ほぼ休みなく仕事をしていた。
12月18日のみずほ総研セミナーのレジュメの作成、NNA連載原稿、先週金曜日の会議の報告書の3つは、昨日中に終わらせなければいけなかったのだけれど、何とかノルマ達成。
目はちかちかするが、すがすがしい気分だ。

みずほ総研セミナーのレジュメは、80ページの分量となった。
6時間とはいえ、これだけ話すのはなかなか大変。
NNA原稿は、先週に引き続き、この1年間中国各地で多発する税務調査において、中国税務局より指摘が多かった項目の解説。
先週の原稿(2回連続の第1回)はなかなか反響があり、特にその中に含まれる、「中国に対するユーザンス輸出に関する金利部分の源泉徴収課税」に付いては、銀行、リース会社からのご質問が多かった。

話変わって。
一人暮らしも長くなってくると、好む好まざるとに拘わらず、料理ができる様になってくる。
先月、杉山君が僕の家に泊まった折、6品ほど料理を作ったところ、すごいもんですねえ、と感心していた。
まあ、たいして美味い料理でもなく、冷凍食品の解凍に毛が生えたような内容であったが、その様な点はさておくと、何らかできる様になるものだ。
ただ、夜は自炊(自宅で食事)というと、健康にそうに聞こえるのだがさにあらず。
一人で黙々と食べていると、手持無沙汰で無意識に酒が進んでしまう。
今年は自炊が多かったので、結果として飲酒量が増えてしまった感がある。
ちょっと反省。
やはり、バーであろうがレストランであろうが、人との会話という要素がないと、健康が損なわれる危険性があるなと実感した。


炭焼き忘年会

野菜とキノコ焼き

昨日の続き。
カップヌードルミュージアム参観後は、馬車道の炭火焼きレストランに。
最初は、北欧料理のスカンディアにしようと思ったが、予算の関係で店を変更。
それは残念だったが、代替案で決まった店は、人気の繁盛店。
何しろ、炭火焼きグリルというのがしゃれている。

肉ミックスとチーズグラタン

ともあれ、今年も無事終了(目標達成)という事で、シャンパンで乾杯。
その後、生ガキ、サラミ、キノコ焼き、野菜を経て、チーズグラタン、肉ミックス、ステーキと食べ続けていく。
ステーキが若干期待はずれなのと、肉ミックスの三枚肉のグリルが僕的には脂肪が多くて食べられなかった(杉山君は、美味しい美味しいと食べていたが)のを除けば、全般的に味もよく、大変良い店であった。
因みに、僕は、好き嫌いは少ない方だと思うが、はまち・かんぱちの刺身が食べられない。
肉は、霜降り肉やロース肉(油っぽい肉)は嫌いで、赤身の固い肉が好き。
はまち・かんぱちの刺身が食べられないのも、油っぽさが原因なので、つまるところは、あっさりしたものが好き、という事だろう。
対極にある、鳥のささ身やタコ・烏賊の刺身は大好きだ。

因みに、チーズグラタンは大変おいしい。
ダイエット中でなければ貪り食いたい味だったが、2口食べただけで断念。
この油っぽさは、(好み的に)問題ないのは、我ながらちょっと不思議。

ステーキとアップルパイ

最後に、杉山君が、どうしてもアップルパイが食べたいと言い注文。
「凄まじく美味しい!」と大絶賛しつつ食べていた。

2時間で散会。
あっさりした会食であったが、平和で楽しかった。
来年は、オフィスを横浜ランドマークに移転。
それが発展の基礎となるように頑張ろう。

カップヌードルミュージアムで忘年会

昨日は、面談2件。
日本事務所の忘年会だったので、業務が終了すると、現在のオフィスの真ん前にあるカップヌードルミュージアムに直行。
来年2月にオフィス移転するので、その前に記念に行っておこう、と僕が発案したもの。
門を入ると、まずは杉山君と記念写真。

過去の売り出された日清の麺の展示や安藤百福氏の実験小屋の再現など、意外に面白くてあっという間に時間が過ぎる。
30分経過した段階で、マイカップヌードル作りの時間がやってきたので(入館時に予約する)、カップヌードル作成。
カップに自分でデザインし、麺+4種類の具を自由にトッピングして、自分だけのカップヌードルを作るという企画。
僕は、標準スープ(カップヌードルスープ)+ガーリック、炭火チキン、ネギ、キムチ。
最初は、カレー+チーズを基準に攻めようと考えていたのだが、瞬時の決定であっさり系になった。
これは、昼を食べ過ぎた事によるものか。
(偶然入った桜木町駅構内の立ち食いそば屋で、麺の量がかなり多めだったのだが、担当者が親切なおばさん数名で、残すのが申し訳なく感じ、ついつい残さず食べてしまったため)。
ともあれ、とっさに考えたゆるきゃらを書いておく。

これが終わると、近所の炭火焼きレストランで会食。
続く。

ワインを飲みながら羽田到着

香港から日本に移動。
JALがプロモーションをやっており、5,000マイルで片道アップグレードできたので、ビジネスクラスで移動。
今日は和食だ!と意気込んだのだが、9列目に来るまでに和食が切れてしまったようで、洋食のみ。
がっかりしたが、洋食は予想以上に美味しく、シャンパン・ワインと共に楽しんであっさり羽田に到着した。
明日は日本事務所の忘年会(参加者は4名だけだが)。
年の瀬で忘年会が多いのは良い事だが、体重管理が大変だ。

年の瀬のアタフタ

年の瀬、という気分になってきた。
今年早々~9月まで仕事を飛ばし過ぎて、目標達成した反動で、11月末までスランプに悩んでいたのだが(文章を書くのが非常につらく感じる状況)、やっと元に戻り、仕事をするぞ!という気分が満ち満ちてきた。
まずやらなければいけないのは、
2013年12月18日(水)のみずほ総研主催講演会のレジュメ作り。
中国ビジネス34のトラブル事例と問題解決・予防の具体策という事で、トラブル事例を分析して、どうすれば問題が発生しなかったか。どうすれば解決できるかを解説するという企画。
今までの講演会より聞きやすい(具体例なので分りやすい)と思いますので、ご興味ある方は是非。
6時間の講演会なので、レジュメも60~70ページとなるため作成がなかなか大変。
考えてみると、34個のテーマを10分ごと話して丁度時間一杯という感じ。
もう少し減らした方がよかったかもしれないけれど、講演テーマに34と入れてしまったからには減らせない・・・
それが終わると、、12月20日チェイスチャイナ主催のインドネシアセミナーの準備。
僕は、FTA活用とアジア投資拠点の活用という事で、応援講演。
そして、国貿促から依頼された書籍の原稿書き(12月末〆)、

因みに、今日は丸紅香港の社長以下と会食。
久々に、元職場付近(金鐘)付近での会食なので、懐かしい。

怒らない怒らない

子供の頃は短気な面もあり、すぐむっとしたりもしたが、時の経過とともに、あまり怒らなくなってきた。
その理由は、今まで生きている中で、人の情けを知った事や、いろんな経験をしてだんだん相手の立場を考える様になってきたためだ。
また、怒ると、かなりの確率で、その後後悔する。
明らかに相手が、僕に攻撃を仕掛けてきた場合はさておいて、言葉遣いは悪かったが(誤解が生じるものであったが)本心はそうでない事に後で気づいた場合とか、お互いの誤解とか、そんな状況で怒ってしまった場合、その後数日間は、激しい自己嫌悪と自己否定に苦しむ事になる。
その苦しみは、人から無礼な行為をされて、腹を立てた時よりも更にひどい。
これは、街中で出会った、名前も知らない人の場合でも同じである。
そんな訳で、反省を繰り返した結果、徐々に腹を立てなくなってきた様な気もするし、今の自分は、標準と比べても、腹を立てない方だと思う。
とは言え、全く怒らないかと言えばそうでもない。
不徳の致すところで、もっと人格を磨きたい。
人間、死ぬ直前まで反省と学習の繰り返し、という事か。


幸福な大晦日と恐怖の新年

12月だ。
昨日、Bar SEEDで飲んでいる時、「あと少しで新年ですね」と言われたのだが、ここ10年程、新年になるのが怖い。
これは、今の会社も前職も、決算期が12月である事に関係するのだが。
1年間必死に頑張って利益目標を達成し、大晦日を幸せな気分で過ごして一夜明けると、全てリセットされて1から開始となってしまう。
僕は財経出身なので、予算と言えば、元は他人の予算を集計するものだった。
それが、2001年にコンサルティングを開始して以来、予算が自分の努力目標を示すようになった。
自分の努力目標としての予算と10数年向き合ってきたが、有難い事に、予算未達となった事は一度もなく(前職を退職したのは2008年8月だが、その年の半期決算までは、達成して退社した)、それが故に、大晦日は最高の1日、振り出しに戻ってしまう新年は恐怖の1日、という感覚が、知らず知らずのうちに体に染みついてしまった。
勿論、会計年度と言うものは人為的なもので、時間の一部を単位分けしたにすぎない。
1月になったからと言って、世界が変わる訳でない。
ましてや今は自分の会社で、上場している訳でもないから、予算未達を誰に責められる訳でもない。
分ってはいるが、新年になると追い詰められた気分になる。
まあ、それが走り出すモチベーションになる訳なので、悪い事ではないかもしれないが。
これも一種の経理のマジック、というところか。

亀一改め杉山氏

日本所長の杉山君は、僕と10年間一緒に働いている。
最初は、亀一と呼んでいたが(竜一の竜の字が中国になく、亀一と間違えられたという逸話からあだ名が出来た。本名が杉山亀一だと思っている人もいる様だがそうではない)、2年ほど前から、杉山所長とブログに書いているので、「どうしてですか」とたまに聞かれる。
亀一と書き始めたのは、彼が20代の頃だったが、いまでは当社の日本所長でもあるので、さすがに亀一では会社の信用にもよくなかろうと思って、記載を変えたものだ。
ただ、ブログで亀一と書き始めたら、随分、彼の認知度が上がったので、それなりに効果はあったと思うのだが、彼曰く、「亀一は、水野さんが作り出した架空人格で、僕ではありません」という事らしい。
彼は、仕事では僕に随分気を遣っているが、仕事を離れると結構つっこみを入れてくる。
たとえば、半年ほど前、独立起業時の事を雑談していた時。
「あの上司(退職時に対立した上司)はひどかったよね」というと、「そうですね。でも、僕が水野さんくらい自由に本書いたりTV出たり講演したりしたら、水野さんも僕の事生意気だと思うでしょ」とさらっと返したりする。
とは言え、腹が立たないのが彼のキャラと言うべきか、長年一緒に仕事をしているからか。
まあ、僕の会社の中で、一番長く一緒に働いているのは、広州総経理の麦さんで16年半。
次が杉山さんの10年で、その次が、上海総経理の胡さんの7年半。
長ければよいというものでもないけれど、長い事で、仕事がやり易くなるのも確かである。
僕は、最低でもあと20年は仕事をするつもりだが(会社はそれ以上存続させるつもりだ)、その時になっても、総経理クラスのみならず、今いる社員全員と一緒に仕事ができていたらよいなと思う。
会社規模を大きくしていかないと(収入を拡大していかないと)、平均年齢が上がってしまうので、その意味でも努力が必要だが。

蛇足ながら、検索していたら、2007年の頃の杉山君の写真が
今と随分違う。
僕も違うが。

中国ビジネスコンサルタント水野真澄のブログ