上海法人設立認可取得

香港法人を立ち上げてからの設立になったので、ちょっと遅れてしまいましたが、やっと上海法人の設立許可を、外高橋保税区政府より取得しました。
Mizuo Consulting Shanghai Ltd。
設立認可は2008年11月10日付です。
オフィスは、外高橋保税区内と、虹橋路の2か所。

今までは上海法人が無いので、上海での活動に支障がありましたが、これでやっと華東地域での活動が本格化できます!

開業記念の講演会も、1月にはやはり花園飯店で実施できる様に頑張ります。



あと、深センセミナーの宣伝をもう一回させて下さい(先日貼り付けた申込用紙が、開けなかったし)。

操業を止めない来料加工廠の独資転換セミナー

告知とお申込みはこちら

今度は開ける筈です。

定員が150名様。

告知1週間経過段階で、お申込みが100名様弱なので、まだ余裕があります。

是非!

水野失踪?

昨日は午前中に香港で打ち合わせをしてから、東ガンに出発。
ここでの打ち合わせを終えると、深センで会食予定であった。

東ガン(長安鎮なので、深センから近いところ)との往来が、思った以上に順調で、会食までに1時間ほど時間が空いた。

くたくたでもあるし、マッサージをしてもらう事に。
携帯を切らないまま、ロッカーにしまっておいたら、マッサージが終わってミスコールが18個も入っている!
「大丈夫か。連絡されたし!」というsmsも何人かから入っている。

どうした事かと思ったら、香港での会食アポを1日間違えていて(13日と思っていたら12日だった)、僕が時間になっても現れないので会食予定の人が心配して電話。

それが1時間も繋がらないので、「過労で倒れたか!」と心配していろいろな所に連絡して大騒ぎになっていたのであった。
知らぬは僕だけ。

マッサージ後は平謝りの連続だった。

いやぁ、久方ぶりの失敗。
ついでにいうと、マッサージ師は能書きは多いがたいそう下手で、最悪であった。


それが昨日の出来事。

今日は香港商工会で講演会。
来料加工の独資転換という、11月26日の講演のネタのさわりを話す。

充実した1日であった。

幸せ?不幸?

開業以降、宴席の無い日は1日15時間働いている、
と言っていたのであるが、最近、もっと忙しくなってきて、17時間働いたりしている。

一昨日は、朝の8時から働いて、仕事が終わったのは、午前1時半。
その間休んだのは、昼食10分(月見うどんを食べた)と、夕食20分(家で食べた)だけだった。

それで、昨日は、朝の6時に起きて深センに。
電車の中で、講演の原稿を読んでいたので寝れなかったし、結局仕事が終わったのは午前2時。
体は辛いといえば辛い。

親には心配され、嫁さんには、「これがあなたのやりたかった事なの?辛くないかい」と心配されでいる訳だけど、答えて言えば、「そう。これが僕のやりたかった事」。
だから、心配はしないで欲しい。
いま、すごく贅沢な時間を過ごしているし、ストレスがないので、体は前よりずっと楽な筈だから。

確かに究極的に忙しいけど、
● 顧客の皆さんが支えてくれる。
● 毎日契約が取れる(信頼してもらっていると感じられる)
● 現場に出て、問題に直面してそれを解決する方法を思案する(自分のコンサルタントとして  の価値を確かめ直せる)。
● 提携先が支えてくれる。
● 素敵な人たちが、一緒に仕事をしたいと誘いかけてくれる。


そんな環境なので、体は辛いけど、夢を見てる。
あと、人の役に立ってると実感できるし(巡回医とかと同じ気持ちかな)、たくさんの人にも支えられてるし、何より好きな事を、誰にも止められずにできる事が有難い。
コンサルティングをやるために独立したのだから、この環境にどっぷりつかりたい。

あと1年、同じ事をやったら体がつぶれるかもしれないけれど、もう数ヶ月したら、信頼している連中も、僕の所にやってくる。
それまでに、魅力のある会社にしておきたい。

まだまだ夢を見て頑張ってます!

ブログに出たいと言ってくれる人

薗田さん

(これは、10月28日の出来事です)

浦東の陸家嘴(金茂大廈)で面談を終わり、「ちょっと時間が空いたのでどうしようかな」と考えていると、隣に新森ビルが目に付いた。

そういえば、薗田さんがいるぞ。
久しぶりなので呼び出そう。

と考え、電話をかけて久々の面談。
近況報告の後、軽く仕事の話をした。

新森ビルにも入れたし、一石二鳥だ。

僕のブログも開始して4年。
最近は、ちょっと忙しさのあまり更新悪いけど、ともあれ、こつこつ続けてきた。

そんな甲斐有り、ブログに出たい!と言ってくれる人がままいる。
薗田さんもその一人。

堅い仕事の割に乗りはいいのか!?

そんな薗田さん。
上海と香港半分ずつの生活が決まったとの事。

「香港・上海半分ずつの先輩として、どうですか」と聞かれたので、

「辛いです。最初は飛行機乗りすぎて鼻血がでます。毎回同じ機内食が出てくるので、見るのも嫌になります。最初は飛行機内で仕事してたりしますが、その内余裕がなくなってぐったりしてるようになります。あと、生活が不規則になるので、家庭が乱れたりします」
と脅かしておいた。

本当はそれ程でもないけど、それでも、最初のうちは、絶えず顔がむくんで、飛行機から降りたら鼻血が必ずでたのも事実。
あと、エコノミーでの移動は体にきついし、時間のロスになるので、しわ寄せが日頃の業務に出るのも確か。

という訳で、しんどいのはたしかなのですよ・・・

まあ、苦労を語り合える仲間ができてよかった、というところか。

因みに、新森ビルの地下のレストランはおいしそうだったので、今度、食事をしてみよう。

谷垣君学生になる

FESCOの学校があるビルの前で

かつて経験した事がない忙しさの中、全力疾走を続ける毎日。
たまにちょっと立ちくらみが・・・
やはり、20代の様なパワーはでないなぁ。

そんな状態の僕をしり目に、のんびりライフを手に入れた人間が上海にいる。
元香港の同僚谷垣君である。
41歳にして学生。
会社派遣の語学留学生である。

当然、勉強だけしていればよいという環境。
1日5時間勉強すれば、あとは寝ていてもいいという環境(ってことはないか!)。

確かに僕も20年前に経験したのであるが、人が今さらやっているのを見ると、大変うらやましい。

語学研修生は、なかなか友達もできないので、毎日同じ店(新藤亭)で、同じ面子で食事をしているという情報を入手した。
たまたま僕も、同じ時間に近くを歩いていたので、からかい半分に谷垣君にSMSをしたら、本当に同じ店で同じ面子で食事をしていた。
取りあえず合流。
好奇心で彼の学校を見学に行く。

谷垣君学校生活

何やら学校とは思えないような作りであるし、ずい分狭いスペースであるが、僕が勉強した時のTLI(台北)に比べると、ずい分奇麗だ。
恵まれているというべきだろう。

昔からのんきな人間であったが、学生になった事で、更に緊張感がない顔になっていた。

とは言え、環境適応能力がない人間だと、40代で研修に出た事で(会社に近づけずに、言葉もよくわからない中、若者と生活するので)、プチ鬱になってしまう人間も少なくないようだ。
とすれば、こののんきさは天賦の才能というべきか。

そんな谷垣君であるが、学習開始3週間にしては(実は、これは10月28日の出来事)、ずい分語学が上達していて驚いた。
40代にしては上出来だろう。
実は語学の才能があるのかもしれない。

と、取りあえずおだてておこう。

半年後の語学力の向上に期待だ。

来料加工廠の独資転換セミナー

ブログの更新がないまま1週間以上経過してしまいました。
ご心配かけてすみません。

順調です。
毎日複数の契約が取れているので、コンサルティングに加えて、契約書の作成等の事務作業に追われてふらふらしておりました。
有りがたい事です。

さて、Mizuno Consultancy Holdings主催講演会第一回が決定!
「操業を止めない来料加工廠の独資転換」セミナー。
今、広東省で話題のネタを、ピンポイントで分析・解説します。
11月26日(水)・深圳シャングリラホテルです。

今年8月に広東省のガイドライン公布を受けて、独資転換が増えてきましたが、その制度と実務のポイントをフォーメーション構築、会計税務、税関対応の全方位から解説します。

NAC-Myths, EHと共催(NNA協賛)。
深圳市の税関・貿易工業局も参加してもらいます。
Q&Aは、深圳市税関・貿易工業局とディスカッションで、政策と実務を議論します。

ご案内・申し込み用紙はこちら

是非!

語学研修生は暇か

丸紅香港時代の同僚の谷垣君が、10月より語学研修で上海にいる。
40才過ぎての語学研修というのは辛かろうと思うのであるが、語学に対する興味は意外にあるようで、しょっちゅう覚えたての中国語でSMSを打ってくる。
それはそれで感心だ。

だが、「いつも同じ人間と昼も夜も食べている」とか、週末には「前回教えてもらった萬蔵で一人でご飯を食べている」とかいうのばかりで、どうにも暇な生活のようだ。

まあ、確かに、語学ができない状態で海外に放り込まれるし、仕事をしないのでソサエティが広がってかないので、友人もできず暇は暇であろう。

僕も台湾研修生に行きたての頃は、寂しくて仕方がなかったし。

まあ、孤独に打ち勝って語学はうまくなるものなので(本当かな?)、頑張りたまえ!というところか。

山頭火のラーメンと大戸屋

僕の住んでいる太古には、ユニーとジャスコがある。

駅をはさんで両側にあり、僕の家はユニー側なので、どうしてもユニーに行く機会が多い。
そんな感じで、ユニーのお惣菜の話ばかりブログに書いたりする。
ただ、これは家から近いからであって、名古屋生まれだからユニーに肩入れしている訳では無いので念のため。

そんなある日、M&C時代の部下の水嶋さんが、「最近のジャスコは侮れませんよ。山頭火も大戸屋もありますからね」としたりげな顔で言う。

大戸屋というのは、僕が大学時代、懐が苦しい学生の食堂の様になっていた印象が強い。
僕の友人は、江戸紫のボトルキープができるのをいい事に、おかず少しで、ご飯と江戸紫ばかり食べていた(迷惑な客だ)。
一回、週末のお昼に友人と一緒に行ったが、似たような食べ方をしている人たちが多くて驚いた。

その後、大戸屋をいろんなところで見るようになってきたが、何やらすっかり明るい雰囲気で、昔の暗さがすっかりなくなった気がする。
香港、特に、太古にあれば、大戸屋はかなりいけている和食屋の筈だ。


そんな訳で、ジャスコの近況を確かめに昼食にいそいそと出かけて行った。
近くにはモスバーガーもあるし、何を食べるか唸ったが、結局山頭火のラーメンにする。

山頭火は日本で食べた事はないので、どんな味だか分かってなかったのであるが、取り合えず塩ラーメンと餃子をチョイス。
なかなか美味しいラーメンと餃子だった。
かなり満足。
またもや写真を撮るのは忘れたけれど。

因みに、1997年に僕が香港に来た時は、おいしいラーメン屋がなかった。
香港島は、チェーン店の味千ラーメンが美味しいラーメン屋のトップに挙げられていたくらいだ。
九龍側にドモンという札幌ラーメン屋があって、わざわざラーメンを食べるために、タクシーで同僚とドモンに行ったりした。
それも今は昔。
今では美味しいラーメン屋がたくさんある。

因みに、昔ドモンに夜行った時のこと。
そこは香港人の客が多くて、ラーメン屋でビールを飲みながら長居するという、標準的な日本のサラリーマンの行動を理解してくれない。
僕と元同僚の谷垣君が、ビールや日本酒を何本も頼んでいると、「ラーメン屋でこんなに酒飲むとは、なんて変わった人間だ」という奇異の目で見られた事を思い出す。

今では、純日本のサラリーマン的な過ごし方ができるラーメン屋も出てきた。
随分進歩したものだ。
ラーメン好きの僕としてはありがたい限り。

あと、全然関係ないけれど、前日のブログに書いた、近藤義雄さんの「中国投資の実務」を読んだのは、1994年の事だった(not 1992)。
確かに、流通税の大改革(工商統一税の廃止と増値税・営業税・消費税の施行)が行われた年で、それについて研究したかったのが購入の動機になっていた筈なので、1994年の筈だ。

という訳で、「こんな本を書きたいなと思ってから10年、最初の本を書いたのではなく、8年という事になる」。

ここに修正いたします。

日本から香港に(またもや慌ただしい出張だった)

今日は面談の予定を入れず、横浜の実家でe-mailチェックをして成田に向かう。
よく寝れて、疲れがどっと出た。
ちょっと寝坊。

朝・昼兼用の御飯を食べ、13時半に家を出て、YCAT経由成田に。
これで成田到着が15時半で、17時の飛行機にピッタリの時間。
香港到着は20時半。家到着は22時。
そう考えると距離を感じる。

家を出る時から、ともかくラーメンが食べたくて仕方がなかったので、成田空港でみそラーメンセットを食べる。

食べておいてよかった。
機内食外れだったので・・・



昨日は、東京で近藤義雄さんと面談・会食。
その後、日中投資促進機構さん、中小企業基盤整備機構さんと面談。

近藤さんと会うのは3~4年ぶり。
仕事の関係は今のところほとんど無いのだけれど、僕がまだ20代の時に、近藤さんの書かれた「中国投資の実務」を読んで、「いつかこんな本を書けるようになりたいな」と思ったのが、僕の1冊目の本(中国ビジネス・投資Q&A)執筆の動機の一部になっている気がする。
まだ、理論的な中国解説書が少なかった1990年代前半に、理論と実務の双方から解説する「中国投資の実務」は画期的な本だった。

確か、その本を最初に読んだのが1992年。
僕が1冊目の本を書いたのが2002年だから、10年がかりで夢を実現した事になる。
まあ、1冊目の本は、今見ると未熟な部分があって恥ずかしいので、実現と言い切ってしまって良いのかはわからないけど、10年がかりで夢に近づく重要な一歩を踏み出したのは確か。

その意味では、僕が影響を受けた中国コンサルタント(CPA・弁護士含む)を一人上げよと言われたら、近藤さんになるのだろうなと思う。
そんな訳で、独立を機に久々のご挨拶に行ったもの。
仕事の話は殆どなしで、世間話をして、食事をごちそうになった感じだけれど。

ともあれ、20代の頃に、本を読んで勉強した方と、対等に(と言ってよいかどうか分からないけど)話せるようになったというのは嬉しくもあり、不思議な気もし、という感じ。

大阪での講演会を終わらせ東京に移動

朝7時半から仕事開始。

早起きする前提で、昨夜は早く寝たのであるが、結局寝付けなかったので眠い。
が、e-mailチェックができていなかったのでやむを得ない。
必死で対応。

朝10時半からは丸紅大阪。
支社長と面談、その他の打ち合わせをし、昼食もご馳走になる。
有難うございました。

午後1時半に大阪商工会に移動して、2時から講演会。
思えば、この数ヶ月(4月から8日月末まで)講演会のサスペンドを余儀なくされていたので、(9月に香港商工会で1時間の講演をやったけれど)2時間以上の講演は半年振りだ。

この数年で、200回くらいは講演をやった筈であるが、半年時間が空くと緊張する。
体力・時間の配分もいまいち不安。
そんな感じで臨んだが、とりあえず無事こなす。
ただ、時間配分をちょっと間違え、充分な解説が出来ない部分があった。
この点反省。
次回お声を掛けて頂く際には完全にしよう。
大阪商工会様、今回の講演会の受け入れ有難うございました。


講演が終わり、名刺交換などを済ませると4時半。
新大阪に直行して東京に移動。

東京駅に着くと、元経理部(丸紅経理部)の同僚が開いてくれる送別会第一弾(二回に分けて開催頂けるとの事)に直行。
昔話に花が咲く。

夜11時まで飲んで、横浜の実家に。
家に到着すると0時半。

明日は朝から仕事なので、倒れこむように寝る。

中国ビジネスコンサルタント水野真澄のブログ