大阪⇒香港(保税区企業に対する流通権・貿易権の付与)

昨日、大阪に移動して、今日は朝の9時45分発便で香港に。
ホテルから空港までのリムジンバスが6時45分発なので、5時半には起床。
リムジンバスでは熟睡したものの、香港に到着しても眠かった。

香港に到着すると、ちらっと会社のE−mailに目を通す。
案の定、日本出張中に、保税区企業に対する「卸売流通権」及び「外貿流通経営権」の付与に関する通知がでたので(正式な公布日は7月13日ながら)、その質問がたくさん入っているし、携帯電話にも、関連のメッセージが数本入っている(今回は、香港の携帯電話を日本番号に転送するのを忘れてしまった)。
そう言えば、昨年、「外商投資商業領域管理弁法」が公布された時も僕は日本出張中で、不在期間に大騒ぎになっていたのを思い出す。

今回の通知にさっと目を通したが、非常に簡単なもので、「正規の認可取得手続を行えば、保税区法人にも国内流通権と外貿流通経営権を与えましょう」という感じの内容。もう少し詳しく説明すると、以下の状況と言える。
● 国内流通権の取得に関しては、「外商投資商業領域管理弁法」に基づく申請・認可取得が必要。つまり、保税区企業でも、商務部認可を取得すれば国内流通権を与えましょうという事が決められた。
● 貿易権に関しては、2004年7月1日に対外貿易法が改正されており、貿易権の付与(外貿流通経営者登録)が、許可制から届出制に変更になっている。

とは言え、保税区企業の様に、国内流通権を持たない企業が、対外貿易経営者登録を行った場合、「輸入商品の国内販売権なし」という但し書きがつけられるため(対外貿易経営者届出管理弁法)、実質的には輸出入はできない。これが、今回の通知により、「国内流通権を取得する事が可能になる訳で、そうすれば、外貿流通経営権も(その延長線として)同時に取得できる」という事。

然しながら、保税区企業は、言うまでもなく保税区内に登記された会社であり、通関手続を前提とすれば、外国に準じる位置にいる企業。これが貿易権を取得し、貿易行為を行う事ができるというのは、状況によって、通関の内側にも外側にもいる事ができるという事になる。

そうなると、保税措置を良い所取り出来るような形になる訳で、当該通知に基づく認可が、本当に取得できるのであれば、常識論から言って、保税区に商業企業を作った方が有利となる。
それ程、うまい話は無いはずなので、何か運用上の問題が出るのではないか(増値税の還付措置などの運用面で)と推測するのであるが、疑い深すぎか・・・

東京(日中投促謝恩会・再会とはじめてのご挨拶)

ホテルオークラの中華料理で、日中投資促進機構機構主催セミナーの謝恩会。
オークラで食事をするのは滅多に無い経験(3回目かな?)なので、興味津々で参加。
上品な中華料理が食べられ美味しかったけど、僕的には、もっと庶民的な中華(ラーメン屋に毛が生えたようなところ)の方が好き。まあ、ラーメン屋で謝恩会をやると、怒り出す講師の方もいるかもしれないが・・・
謝恩会は、講師の方々がたくさん集まり、楽しかった。
トーマツの鈴木さんとは、2年ぶりの再会なので、ちょっと嬉しかった。トレードマークの髭は健在。社会人の中に入ると、少々浮いた感じを与える僕であるが、鈴木さんと一緒だと、それ程違和感が無いと思うのは僕だけであろうか。


あと、キャスト・糸賀の曽我さんとは初対面。
E−mailでは、「一度会いたいですね。香港ですかね、場所は」と言い合っていたのであるが、こんな感じでお会いできたのは良かった。

その他、テーブルが違っていたので、ゆっくりお話する機会は無かったが、前から、一度お会いしたいと思っていた、みずほ総研の桑田良望さんともお話できたし、やはり初対面のキャスト糸賀の大渕愛子さんからは、「私も水野になったんです(同僚の水野さんと、ご結婚されたとの事。誠におめでとうございます)」という、簡にして印象に残るご挨拶を頂いたり。
会食後は、日中投資促進機構の豊田さんと、「講演会も無事に終わったし、気持悪くなるまで飲みますか」と新橋に。
最後は、ガード下の沖縄料理屋で、沖縄そばを食べながら泡盛。
本当に気持悪くなってきたので帰宅。いろいろな意味で満足した一日。

東京(講演会とDVD撮影)

朝9時にアルカディア市谷(旧私学会館)に到着。
9時20分より講演開始。
僕は、朝は風呂の中で寝ないと目が覚めないので、湯船の中で寝ていたら、思った以上に時間が経過しておりびっくり。慌ててホテルを飛び出すが、なかなかタクシーがつかまらずかなり焦る。運良く通った空車を見つけ、何とか時間通りに到着。
10分間の休憩をはさんで、11時半迄中国進出方法のイロハを解説する。
真面目な聴講者の方が多く、質問も(講演後の名刺交換時も含めれば)たくさん頂いたのであるが、時間の都合で十分な質疑応答が出来なかったのが残念。
後日聞いたアンケート結果では、基本的には満足頂いたようであるが、「時間をもっと長く」、「せっかくの機会なので、もっと突っ込んだ事が聞きたかった」という声を少なからず有ったとの事。
僕も全く同感で、次は、30〜50人の小規模な講演会にして、初級、中級、高難易度、という感じで2〜3種類に分けた様なものをやりたいなぁと思う。


午後は、ライブドアでのDVD作成。
「観客がいないところで、3時間話す」という未知の体験をする。
収録を始める前に、部下の桑畑君に、「反応がないと話しにくいので、分かっても分からなくても、ずっと、うなずいていろ」と指示を出し、収録をスタート。
指示通り、ずっとうなずき続けてくれていた桑畑君であるが、後半部分は眠くなってきた様で、目を血走らせながらうなずいているので、少々怖かった。
作成を担当するNS総研(ライブドアの子会社)の若い女性の方も、気を遣ってうなずいてくれているのが微笑ましい。
ともあれ、無事収録が終わったが、やはりリアクションが無いところで3時間話すのは難しい。
良い経験ではあり、今後続けていきたいが、楽しさから言えば、「講演会の方が、百倍楽しいな」と思う。
という事で、長く、よく話した一日が終わり。
実家に帰ってさっさと寝た。

香港⇒日本(日本到着)

明日の講演会の為に、午後2時半発の飛行機で日本に出張。
午前中の社内会議が長引き、終わったときには12時半。エアポートエクスプレスでは間に合わないので、タクシーに飛び乗り空港へ向かう。
このタクシーの運転手が面白い人で、有名人と写真を撮るのが趣味らしい。以前、この趣味を嫌がった奥さんが、コレクションの写真集を全部捨ててしまったことがある様で、それから、写真は全て車内に保存してある模様。そんな訳で、車内には、テレサテンとか、ジャッキーチェンとか、レスリーチャンとかと一緒に写した写真が張ってある。
これだけ徹底していると、新聞ネタにもなるようで、やはり車内には、英字新聞とか中国語新聞とかに、載ったときの記事も張ってある。
怖い顔をしたおじさんであったが、なかなか楽しい人間であった。

飛行機の中では一心不乱に講演会の準備・・・と思ったが、意外にあっさり準備が終わってしまったので、映画を見ながら機内食をゆっくり食べる。前から見たかった、カンフーハッスルが見られて嬉しかった。なかなか楽しい映画だった。

成田に着くと、リムジンでTCATまで行き、ホテルまでタクシー。今回のホテルも、前回泊まって気に入った、飯田橋のアグネスホテルというところ。
とは言っても、小さなホテルなので、運転手に言ってもわからないだろうと思い、「飯田橋駅の(神楽坂のとこにある)もう一箇所の入り口の所」というと、「わからんなぁ」と言われる。
そこで、「東京理科大の近くなんですよ」というと、「それもわからんあぁ」と情けない応え。「もぐりじゃないか!?」と思いながら、ああでもないこうでもないと言いながら出発。
カーナビが付いてるんだから、「東京理科大と打ち込めば、それで終わりじゃないか」と思うのであるが、インプットする気配を見せない。
「無意味なプライドは捨てろ!?」と思っていたが、意外と順調に到着した。感じは悪くはないのであるが、いまひとつ掴み所のない謎のおじさんであった。

ホテルに到着すると9時半。
渋谷で桑畑君の母親が、スナックを経営しているという事で、挨拶をしに顔を出す。12時半まで飲んでホテルに。

香港(明日から日本出張)

明日の夜着の便で日本出張。
明日の夜8時に成田に到着し、明後日の朝9時より「日中投資促進機構」主催の講演会。
午後2時から、ライブドアが販売するDVDの収録。ライブドアのDVDは、本来は講演会の収録予定であったが、集客不振で、講演会を中止し、DVD撮影だけに切り替えたもの。
この4年間で、100回以上講演会をやってきて、集客不振で中止にした様な事態は初めてだし(日本の講演は、無料なら200−300人以上、5万円の聴講料でも50−100人位は集まっていた)、午前の講演会が、早々に定員になり、申込をお断りしていた状況なのでギャップが激しい。
そういった意味では、ライブドアのユーザー層と僕のビジネス方法のギャップが、思った以上に大きいことを再確認した次第。
ライブドアのユーザーには、「一発金儲け!」、「今日から起業」みたいな話の方が響くのであろうか。
ただ、もともとギャップがある事は承知の上で、この企画にゴーサインを出したわけなので、そういう意味では、この結果を、どう次の実績につなげていくか。ということだと思う。
あと、一般的なイメージはさておいて、会社の中で仕事をしている同社の若者たち(若者しかいない会社だけど)は、意外に真面目で、よく頑張っているのが判ったのも良い収穫であった。
ともあれ、集客結果にはがっかりはしたが、講演会DVDの販売は、興味がある企画。上海エクスプロラ等の協力も受けながら、販売を行ったら面白いのではないか。
前向きに対策を練りながら頑張ろう。

香港(サッカーで軽い怪我)

土曜日は少年サッカー。
5・6年チームと試合をやり、調子に乗ってドリブルで攻め込んだら、あっさり足の筋を痛めてしまう。あ〜、情けない。
という事で、土・日は、足を引きずって歩く状態。
そのせいもあってか、何事ものらない。
執筆もいまひとつ盛り上がりが感じられず。新しい本の原稿は、5千字ほど書いて終わり。
やはり、普通にしていても、気分・体調の波というのはあるもの。
今日は谷底、という状態だな。

香港(変化が激しい)

数日前のブログで、「あまり忙しくない」と書いた途端に忙しくなってしまった。
誰かが見ていて仕事を振っているような変わりようである。
という事で、木曜日は10時半まで残業して、スーパーで生ハムとチーズを買って、家でウィスキーを飲みながら食べて就寝。優雅だか乏しいんだか分からない食事。
金曜日は9時半まで残業して、残業が終わった時に一人でたまに行く(月に一回くらい)日本料理屋で食事。11時には就寝。
その店は、1997年(僕が香港来たての頃)から、銅鑼湾で営業しているが、家賃の更改で大幅値上げ(月の家賃が、HK$ 85千⇒HK$160千と2倍弱の価格提示が有ったらしい)を言われて、移転を決めた模様。
香港景気も、1997年の返還バブル景気が、アジア金融危機で一気に冷え込み、それが最近また好調に転じている。不動産価格も上がっている。とは言え、「不調なときは半額以下に落とし、調子が良くなると倍にする」という香港の価格設定は、ちょっと日本人の常識には馴染まない程のドラスティックさである。ホテルもレストランも然り。
こうなってみると、不況の時が懐かしい!?

最近、中国の商業企業の状況も、変化が慌しい。
この一年、いろいろな情報(時にはデマ・思い込み)が混じるので、その判別が難しいが、この一週間で入ってきた情報は以下のもの。
● 保税区の貿易会社に対する、国内流通権の付与に関する規定が、数週間以内に公布される。
● 7月14日に、外資の保税区企業(外高梁保税区)が、国内流通権を取得した。
● 商業企業の許可を取得するには、取扱商品を税関分類(全22分類)の内、3分類以内に制限せよといっていた商務部が、「制限するのは輸入だけでよい(輸出・国内流通は制限しなくて良い)」と言い出した。
特に、最後の情報に付いては、僕敵には疑問符が付く内容であるが、ともあれ、「近い内に、何らかの変化がありそう」という事は言える様で、状況収集に努めよう。

香港(ちょっとびっくり・人民元切り上げ)

残業していたら、人民元切り上げの発表があった。
いままでも、(大げさに言えば)毎日のように「人民元は切りあがりますか?」という質問を頂き、その都度「政府筋の発言からすると、切り上げはほぼ確実でしょうが、時期とその方法(上げ幅を含め)に付いては分かりません」という発言をしていた。
仕事柄、確信を持てないことは言いたくないので、この様な発言をしていた訳であるが、実は、あるとすれば来年の新年早々(1月1日)か旧正月明けに、5%程度の切り上げがあるのではないかと考えていた。
何故、正月か旧正月かというと、昔、人民元の切り下げを中国で経験したときの記憶から。やはり、今までは、区切りが良い時期に、通貨の調整があった。
何故 + 5%かというと、1994年の通貨改革から現時点まで、切り上げ・切り下げの形を取らずに、管理相場を + 5%程度に微調整してきている。よって、この程度であれば、調整しやすい幅なのではないかと考えたもの。

という事で、この段階での切り上げは、ちょっとびっくり。
但し、現時点では+ 2%程の小幅な調整であるため、切り上げ発表をせず、管理相場制の変動幅を微調整してもよかった様な調整である。
結局、「通貨バスケット制の採用」と合わせ、通貨制度の変更と、「切り上げを実施した」という実績を作りたかった、という事であろう。
つまりは、本格的な切り上げではないので、まだ一波乱ありそう。

しかし、人民元は、現在不思議な状況に陥っている。
というのは、「投機的な人民元の買い圧力が強い」が、実需というか、中国で実際にビジネスをしている企業は、いまだに「人民元の外貨換金+対外送金」の意欲が強い。
勿論、中国の外貨管理制度では、外貨の取得=対外送金可能とはいかないので、これほど簡単に割り切ることはできないが、ともあれ、人民元を必要とする動きと、外貨を必要とする動きの両極に分かれているという事。では、為替を完全自由化したらどうなるのであろうか。
勿論、現段階で自由化すれば、相当の混乱が予想されるため、先ずないとは思うが、実は、中国の発言にある「意表をつく方法」=為替の自由化という可能性もあるのではないかな、とここ数ヶ月はちょっと真剣に考えていた。
さてこれからどうなるか!?

なんて事を書いていたら、帰宅した筈の同僚(財務部長)谷垣君が、パンを抱えて会社に戻ってきた。
どうしたんだ?と聞くと、「人民元が切りあがっちゃったんで、戻ってきました」と悲しげである。
という事で、彼も、近くの席で、黙々と仕事中。
時折、「胡錦涛ってどう書くんでしたっけ?」とか聞いてくる。

香港(意外に忙しくないここ数日)

ここ数日はあまり忙しくない。
月曜日は、来客が数件あり、その内の一組と方々と会食。
九龍側の「カオルーン・ホテル」のレストランで中華を食べる。
北京ダック、蒸し魚(石斑魚)、蒸しえび、スープという、香港接待マニュアルの1ページに書いてある様な料理を食べる。生まれて初めて石斑(ガルーパ)を食べたとき(1989年の頃)は、なんという美味しい魚なんだ!と感動して食べたものであるが、既に数百回食べているので、全然感動がない。
とは言え、久しぶりに食べてみると、こういった、初心者的中華料理も、なるほど美味しいもんだなぁと感心。

火曜日はNNAの方の歓送迎会。
合計6人で、居酒屋で飲むが、話題がサザエさんネタに。
僕は、小学校2年くらいの頃から、サザエさんの本をたくさん買ってもらったので、意外に詳しい。波平は酒乱気味とか、マスオさんは意外に感じが悪い、という点を熱く語る。
面白かったので、翌日ウェブで検索してみたが、結構、いろいろな情報が入ってくる。
(原作とアニメでは若干歳が違っているようであるが)波平さんが54才、船さん48才、マスオさんは2浪で夜学を卒業した28才とか(意外に苦労人)。アナゴさんは27才なので、マスオさんより年下(27才)ながら、浪人していないので、年次が逆転している模様。
しかし、漫画の顔を見ると、とてもそんなに若い人々には見えないが、設定は結構若い家族の様である。
ウェブを見ていると、世の中にはいろいろな事を研究する人間がいるものだというのが分かる。
僕も昔、「磯野家の謎」というのを買って読んだことを思い出したが、あんな感じで本が出せて、更に売れたら、これほど楽しいことはないであろう。


来週(28日)に、日本で講演会講演会を掛け持ちする。
午前は日中投資促進機構主催、午後はライブドア主催。
日中投資促進機構の講演は、早々に定員(150人くらい)になり、申し込みをお断りさせて頂いている状況なのだが、午後のライブドア講演では、閑古鳥が鳴いている。
という事で、早速メルマガで告知(来てください!)。
このまま行くと、僕の講演会史上、最低の人員になりそうなので・・・
どうも、僕とライブドアのミスマッチ(ターゲットの違い)を感じる。
もっとも、それが面白そうなので、講演を受けた訳であるが、無理なものは無理なのか!?

香港(こんな企画もあったなぁ)

いろいろな雑誌に連載を持ったり、コンサルティングの広告を出したりして4年間たった訳であるが、試行錯誤で走っているので、失敗することもあった。
(もうやめてしまったが)一時期、手取り早く部下の知名度を上げるために、企画広告という方法を取っていたことがある。例えば、コンシェルジュの「桑畑のこの人に聞いてみたい」という企画がその代表。
これは、営業課長桑畑君が入社したての頃、「彼の知名度を上げてやれば、営業活動がやりやすくなるはず」と考えて、コンシェルジュ・香港の1ページを3か月分買い、企画広告として出したもの。この企画が出たときに、「コンシェルジュには、何故水野の関係者ばかりが!?」という書き込みもあったようであるが、何のことない、桑畑君のページは広告だった、というのがその真相。
この企画は、桑畑君が、香港の著名な方々にインタビューするというもので、最初、「営業マン桑畑俊哉が聞く!(桑畑に聞く!ではなく、桑畑が聞く!)」というタイトルを考えたが、雑誌社の意見でソフトなタイトルに変更された。
ところが、企画が始まってみると、さっぱり評判にならなかった。3ヶ月続けたにも拘らず、これだけ話題にならなかった企画も珍しい。敗因を分析したが、やはり桑畑君を知的な路線で売りだろうとしたのが間違いだという結論に至る。その反省から、路線を180度変更し、亀一君とのコンビで、アポ無し飛び込み営業を繰り返す姿を、「広州の弥次さん喜多さん。飛び込み営業隊が、行く!」という企画にした(華南地区の他の雑誌)。
これが食いつきよく、桑畑君も知名度が上がりご満悦であったし、飛び込み営業の際に、初対面の方々から「雑誌で見たよ」と言っていただいた模様。
が、、、後で読み直してみると、コンサルティング部のイメージダウンになっている様な気も・・・。
という事で、企画広告は、部下の知名度を上げるには手っ取り早い方法ではあるが、効果の程はCase by case。「なかなか難しいものだ」と思ったのが、やめてしまった理由。
やはり、安易に走らず正攻法で、(原稿料は安くても)こつこつと雑誌・新聞に真面目なビジネス文章を書いていくのが、一番の宣伝になるのかな、というのが今のところの結論。

ところで、このアポ無し飛び込み営業というのは、まだ桑畑君の営業実績が上がっていなかった頃、彼が自発的に始めたもの。
「アポを取っていると、一日で回れる企業の数が限られているので、アポ無しで飛び込んできます!」といって、2004年には、週に2回、珠江デルタの日系企業を、訪問して歩いていた。謂わば、彼が男を上げた企画となっている。心意気はよく、また、いろいろな情報収集には役に立ったが、コンサルティングと飛び込み営業というのは、あまり両立しないもので、営業的には全く役に立たなかった。雑誌の記事(飛び込み営業隊が行く!)では、「2005年も歩くぞ!」と勇ましく誓っているが、そんなこんなで、数ヶ月前にやめさせてしまった。
とはいえ、彼の名誉のために補足すると、飛び込み営業以外の営業では、彼が入って1年間で、会員数は倍になったのであるが・・・
彼の下手な語りで、何故これほど会員が増えたのか!?と不思議であったが、どうも、いかにも人のよさそうな感じが受けるようである。人の持ち味・武器はそれぞれだなと思う次第。