香港⇒深セン⇒上海(またもや深セン経由で上海)

朝6時半に家を出て深センに。
今日は、深センのクライアントのオフィスで打ち合わせをしてから、上海に移動する事になっている。
朝、家を出た時は、まだ道路が空いていたので、6時50分にはホンハム駅に到着した。
おなかがすいたので、マクドナルドで朝食を取り、電車で深センに。
まだ通関も空いていたので、8時ちょっと過ぎには、シャングリラホテルに到着した。
そこから、深セン会社の車で、大工業区(輸出加工区)まで移動するが、現地到着は9時半頃。家を出てから3時間後の到着。
深セン特区にたどり着くだけなら近いが、実際に工場がある場所までは遠いものだ。
深センではクライアントの方+日本からの出張者の方との打ち合わせを2時間弱。
日本からの出張者の方より、僕の本にサインが欲しいというリクエストを頂いたのでサイン。
サインをすると、「座右の銘があれば添えてください」と言われ、焦る。
理由としては、「字が下手なので、あまり長い文章を書くとぼろが出る」、「座右の銘は無い」ため。
昔、社内報のインタビューを受けた時に、好きな言葉と言われて、「究極超人あ〜る」に出てくる、「人間負けたら負けだ」という言葉を言ったら、本当に載ってしまった事がある。
これはこれで面白くてよいのであるが、さすがに、座右の銘として書くのは問題があるな。

その後、深セン空港より上海に移動。
深セン経由の上海移動は、先週の水曜日に引き続き2週連続。
今まで、深セン空港を使った事がなかったが、使ってみると、綺麗でなかなか良い空港である。
レストラン・コーヒーショップの数が少ないのが難点ではあるが。
ともあれ、搭乗手続きを済ますと、ケンタッキーで昼食。


上海に到着すると、大変寒い。
ゲートにそのままつかない(車で移動)ので、外の寒さにいきなりさらされる。
同じ機内に載っていた、おなかが出ている洋服を着ている女性が、外の寒さに「うひゃ〜」と言っている。
上海で打ち合わせを終え、ホテルに到着すると夜の7時半。
あまりの寒さに遠出をする気がしないので、隣のホテルで一人で食事。
少しの間でも外にいるのが大変辛い。
E−mail整理をして、10時半には就寝。

香港(普通の休日)

先週後半のブログが途切れていたが、上海からは、木曜日に帰任。
木曜日は、オフィスに着いたのが夕方6時。
仕事を少しこなしてから、金杜弁護士事務所パートナーの劉さんとランカイフォンで会食(イタリアン)をする。
金曜日は、コンシェルジュの方々(副社長の方+香港の編集長)と食事。
副社長の方とは、初対面であるが、早稲田の野球部出身という事で、このブログにも数回名前が出てきた「佐野元彦」という歌手の様な名前の同期や、以前、香港に駐在していた鈴木君という同僚と仲が良い模様。
共通の話題で盛り上がる事ができて楽しかった。
また、会食場所も、グランドハイアットのグリッシーニ(大変高級なイタリアン)でご招待に頂いたので、大変気分が良かった。
窓の外に広がる夜景も素晴らしかったし、またまたドンペリも飲ませて頂いたし。
ただ、話題が、ついつい早稲田の安い居酒屋の話になってしまうのはいつもの事。
豪華な場所でも育ちは隠せないという事か!
ともあれ、週に4食イタリア料理を食べるという特殊な週であったが、つかの間のバブルめいた週であった。
来週から通常の生活。
つまり、ドンペリではなくビール。イタリアンではなく出前一丁。という感じか(さすがにもう少し良いものを食べよう)。
ともあれ、いきなりバブルが弾けてしまうのは寂しいが、贅沢な食生活が続くのも体が大変。
何事も、ほどほどが良いという事で。


因みに、今日は、フジサンケイの連載2回分+コンシェルジュ北京・上海版の原稿を書き、オピニオンを一本作成。
昨年末から、原稿がなかなか書けない状態が続いていたが、暫く休んだり、鍼を打ったりしていたら、なんとか精神面が回復して、書く気力がでてきた。
とは言え、今の連載を継続するのは少々無理があるので(ただでさえ、中国ビジネス解説の原稿がなかなか書けていない)、読売新聞衛生版の連載を、隔週から月一回に変更する事とした。

香港⇒深セン⇒上海(塩田物流園区を訪問)

昨日の酔いと睡眠不足を抱えながら6時に起床。
朝、7時半に家を出発して深センにある塩田物流園区に。
ここは、昨年に批准された新しい物流園区(全国8箇所)である。
昨年の夏、ここを視察(華南シフトの取材)した時に、「まだ時期が早くてオペレーションが始まっていない。10月にもう一度来てくれ」と言われたので、余裕を見て年が明けてからの訪問としたもの。
余裕を見て正解だったのは、国家の正式稼動許可の取得が、2005年12月30日(8箇所の物流園区の中で一番遅い)となったという事。
正式稼動は3月末を目標としているという事で、3月中旬に誘致商談会を香港で開催する模様。
ただ、土地の販売(60万平米が売却可能面積)を2つの組織が担当する為、譲渡価格がまだ決まっておらず、説明資料も配布できない状況らしい。
よって、実際のオペレーション開始は、もう少し遅れるのではないか。


とは言え、塩田物流園区は、塩田保税区をそのまま物流園区に切り替えている。
よって、インフラ自体は既に出来ている(保税区を転換する為)実際のオペレーション開始というのは、物流園区としての政策(区内搬入に伴う増値税輸出還付の実施、特別許可を取得した場合の集中通関制度の採用等)の開始を言う。
これに加えて、若干の拡張を行っている(北区と呼ばれる地域)が、この場所(北区)は、前回の訪問時には小山であった。
山を切り崩している状況(2005年5月の状況)は、5月30日のブログ参照。
これが、既に切り崩され、整備されているのを実際に見ると、凄い開発速度だと実感する。

因みに、現在、塩田物流園区に施設を有している物流会社は6社(日系では日通)。
区内に登記している貿易会社は17社との事。
また、区内管理上、貿易会社と物流会社の兼業は禁止されている(これは、深セン福田保税区も同じだった筈で、深センの管理の特徴か)。
尚、現時点では、塩田は保税区は無い事になるが、一応、保税区は継続する方針という事で、新しい用地を開発して、そこに保税区を新設(移転?)する予定との事である。

視察が終わると、昼食(四川料理)をして、深セン空港に。
ここから上海行きの飛行機に乗って、上海に移動。
上海到着は夕方5時半。
今日は、酒を飲まずに、ホテルでのんびり本を読んでから寝た。

香港(鍼を試す)

7ヶ月悩まされつづけている、口・喉の痺れ・痛み・違和感が、ストレス・凝りからきているのではないかと、当たりをつけたのが少し前の事。
その後、頻繁にマッサージを繰り返し、少しは良くなるのであるが、完全な解消には至らない。あれこれ考えて、昨日、鍼を試してみる事にした。
鍼をするのは3回目。
前回は、十数年前で、肩凝りが病的なほどひどくて試してみた(この時は、最終的には、カイロプラクティクで治癒した)。
一回目は、幼稚園の時の様な気がする。
鍼氏の方に、家まで来てもらったのであるが、この時、何故鍼をしたのかは定かでない。
さて、香港では初めての鍼。
頭のてっぺん、こめかみ、喉、方、手、足にぶすぶす打たれるので、針山のような気分である(痛くは無い)。
一時間ほど鍼をして、漢方薬をもらって終り。
一日明けたら、あれだけ悩まされた喉の痛みや違和感が9割方消えている。
久しぶりに喉が詰まっていない感じで大変嬉しい。
あと、2〜3回で、完治しそうである。
あれだけ胸が苦しくなったり(胸のレントゲン取ってみたりした)、息苦しかったり、喉が痛くて9月には寝込んでしまったりしたのに。
ストレスというのは怖いものだと実感。

夜は、谷垣君・水本君とお祝い(何のお祝いかは、まだ言えないので1〜2ヵ月後に)。
「今日はドンペリしか飲まないぞ!」と意気込んではみたが、いざ実際に買う段になってみると、ドンペリは高い(HK$1千/本)。
思い起こせば、以前飲んだのは9年前(赴任の前)で、これも、日本のディスカウントショップで、9千円くらいで買ったもの。
とても一晩分のドンペリは買えない事が改めて分かったので、ドンペリ1本+モエ2本を買い込んだ。
あと、友人が1本ドンペリを差し入れてくれたので、合計4本を懇意の店に持ち込み祝賀会となる。
差し入れをしてくれた友人が、「メロンをくりぬいたものにドンペリを入れて飲むのがお祝い向きだ」と言っていた。
メロンに入れてしまうと、ドンペリでも普通のスパークリングワインでも同じ味になってしまいそうな気がしたが、まあ、こんな飲み方をする事は、この先もまずないだろうと思い、謹んで実践。
高級フルーツポンチという感じかな?
一瞬、金持ちになった気分がした!?
ともあれ、おめでたい気分に浸って、一晩は過ぎていった。
明朝から、またしゃかりきになって仕事。

東京・横浜(日本での仕事を終える)

午前中は、新聞社の方と打ち合わせ。
その後、香港貿易発展局(TDC)・東京事務所、日本香港協会の方々と打ち合わせ、及び会食。
TDC・日本香港協会の方々とは、既に数年間の付き合いになり、日本各地での講演会などにも、何回も参加させて頂いている。
という事で、気心知れた間柄でもあり、和やかに打ち合わせを行った。
これにて、今回の日本出張は全工程を終了。
横浜の実家に戻る前に、日本で最後のマッサージを1時間。
マッサージ師の方が、あまりの凝りに驚いていた。
明日は、家を朝の6時過ぎに出発して帰任。

大阪⇒東京(出版記念宴会!)

昨夜の酔いに耐えつつ大阪から東京に移動。
駅で飲み物を買おうと売店に入ると、「タコむす」というものが売っている。
さては、名古屋の「天むす」に対抗して、タコのから揚げをおむすびに入れたのか、と思ってよく見ると、なんと、たこ焼きをおむすびに入れてあるらしい。
あまりの発想に感動。
通常であれば迷わず購入するところであるが、二日酔いで胸焼けがするので、今回は泣く泣く断念。
次回は是非食べよう。


新聞社の方の取材を数件、社内打ち合わせを数件こなす。
夕方6時前に業務終了すると、ホテルにチェックインして、折り返しで銀座まで。
夜は、明日香出版の方々と、「中国ビジネス組織変更・撤退完全マニュアル」の出版記念を兼ねた宴会。
編集をご担当頂いた藤田さんには、事前に「明るくて、酒が飲めて、酒の席で仕事の話をしない方」の選定を頼んであった。
こちらでは、コンシェルジュの大西社長(酒は飲めないが、テンションとパワーは、他を凌駕する人材)、佐々木君(飲み会の人数合わせの切り札として僕が重宝する若者)を人選して、5人で宴会開始。
通常は、飲む量にばらつきが出るものであるが、人選に成功して、重い雰囲気になる事が一度も無く、楽しく意味の無い話で盛り上がり、且つ、全員(大西社長を除く)横一線で酒を飲みつづける。
どれだけ飲んだかは記録していないが、各位、生ビール3杯と、焼酎のロックを十杯程度飲んだ。
会場となった店が、レトロな日本の雰囲気をかもし出す店で、ちゃぶ台、古いたんす等と、凝った装飾。
メニューも、「お母さんのお弁当」というものがあり、数十年前の幼稚園児用と思しき弁当箱で、たこさんウィンナー、から揚げなどを出したり、なつかしムードを演出する。
そんな訳で、学校給食の話題で盛り上がる。
例えば、僕が小学校低学年の頃は冬に脱脂粉乳が出てきた。とか、バナナが食べられない子供だったので(今も好きではない)、出されたバナナが食べられずにランドセルに入れて帰ったら(残すと先生に怒られたので)、ランドセルの中でぐちゃぐちゃに潰れて大変な事になってしまった。とか、ソフト麺は不味いが、あの頃の一番の人気メニューがカレーうどんだったので、これが出る時は皆な大騒ぎだった、とか・・・


ともあれ、酒を飲まず、ウーロン茶3杯だけで過ごした大西社長には申し訳なかったが、ともあれ、楽しく宴会終了。
最後は、佐々木君と2人で、カウンターバーで水割り二杯。
ちょっとだけ真面目な話をして、解散。

横浜⇒名古屋⇒大阪(お祝いで飲みすぎ)

朝横浜を出発すると、新幹線で名古屋へ。
名古屋では支社と打ち合わせ。
広州への自動車産業進出をにらみ、2年程前から、名古屋で講演会を数回開いたり、誘致活動を行ったりしているが、そのフォローアップという位置付け。
名古屋の支社長は、前の上司(香港会社社長)なので、気心知れている分、やり易いと言えばやり易い。
名古屋到着は、打ち合わせの1時間ちょっと前。
昼食を食べようか、マッサージをしてもらおうかと迷った挙句、駅前で30分間のクイックマッサージをしてもらう。
ともあれ、数日前に、あまりの凝りのひどさに耐えかねて、マッサージに金と時間を惜しむのは止めよう(程度の問題はあるが)と決心したので、それを忠実に実行した形。
マッサージをしてくれたのは、かなりか細い女性で、力も殆ど感じられず。
無駄だったか!?と思ったが、終わった時にはそれなりに肩が軽くなっている。
これも一つの芸であろうか。
マッサージをしてもらっていたら、食事をする暇がなくなったので、駅の構内で、テイクアウトの寿司を買い、(オフィス到着後)会議前に細巻を3〜4個食べて昼食は終り。
約2時間の打ち合わせを支社と行う。


打ち合わせには、広州から駆けつけた亀一も参加。
彼は、数日間名古屋に張り付きになる事となっている。
会議中、亀一は何も語らず。
鋭い(?)目つきと、いつものへの字に曲げた口で、話を聞いている。
僕が、「そうだな亀一?」と言うと、(表情は変えないが)「はい!」と力強く頷くようになったのが、丸紅広州会社入社以来1年半の進歩である。
なにしろ、最初は、僕と話をしていても、表情も変わらず、頷きもしないので、内容が分かっているのかどうか不安になる状態であった。
そんな訳で、桑畑君を通して、「人の話を聞いているときは、はい、とか、いいえ、とか言うように」という、かなりプリミティブな指示を出したくらいである。
後で聞いたところによると、その指示を出された亀一は、「そうですかねぇ。僕の表情は変わりませんかねぇ」と、とぼけた事を言っていたようである。
ともあれ、改善されてきたのは良いのであるが、あまり表情豊かになると、却って面白みがなくなる(彼のキャラが立たなくなる)のが痛し痒しというところ。


打ち合わせが終わると、亀一を名古屋に残し、水本君と大阪に移動。
大阪支社で、西田理事と面談+営業部と商談。
実りの多い内容で満足すると共に、各位の僕に対する思いやりに大変感謝する。
最後は、何時もお世話になっている広報の方と宴会。
何時ものお礼に、食事をご馳走するはずが、逆におごって頂き大変恐縮する。
嬉しい事も有ったので、気持ちよく飲んでいたら、あっけなく酔いつぶれてしまった。

東京・横浜(バレンタインをかけらも感じさせない一日)

今日はバレンタインデーだが、そんな雰囲気とは全く関係の無い一日。
あちらこちらと商談、コンサルティング、提携話をこなす。
お昼は、チャイナワークの孫社長・遠藤専務と会食。
優雅な食事をご馳走になり感謝。
席上で、5月頃の講演会のお誘いを頂いたので、ありがたくお受けする。
共同講演で、「撤退」をテーマにしたものになる模様。
僕が丁度、組織変更・撤退マニュアルを出したので丁度良いテーマでもある。
講演会の趣旨として、「前向きな撤退講座」という事のようで、「進出に当たって考慮しておかなくてはならない撤退時の話」、「組織変更に絡んでの旧組織の清算」等がテーマとなる予定とか。

一日中、重い荷物を抱えて、あちこち動き回り、最後は横浜の実家へ。
明日は、名古屋・大阪出張。

因みに、今回の出張前に、髪を黒く染め戻す事にした。
ただ、時間が無いので、染髪料を買って、自分で染めたのがいけなかったようで、つける分量を間違え、殆ど効果がでていない。
色々な方から、「いつもより明るいですねぇ」と言われてしまう。
旧正月のセブ焼けで、色も黒いので、「南方系の感じですね」と言われたのは、誉め言葉かそうでないのか(おそらくそうでないのであろう)。

東京(講演会2本)

朝の9時半から日中投資促進機構主催のセミナーなので、9時に会場(市谷)入りをする。
飯田橋からは電車で移動。
東京理科大学、法政大学の入学試験があるようで、受験生で駅は溢れている。
受験生を見ていると、何となく自分の高校・浪人生時代を思い出す。
「あの時は辛かったなぁ」、とか「浪人が決定した時は、ショックのあまり、出前でカツ丼と天麩羅そばを頼んで、それを食べてから2日間寝込んでしまったなぁ」とか、辛かった過去が走馬灯の様に蘇る。
ともあれ、受験生には大変ではあろうが、頑張って欲しいものである。


講演会は、(珍しく間があいたので)2ヶ月半ぶり。
これだけ間があくと、少々調子が掴めない。
おまけに、レジュメに内容を詰め込みすぎた為、時間配分を完全に間違える。
久々に外した講演会になってしまった・・・
講演で上手く話せないときは、ステージで音程を外した歌手の様な気分になるもの(歌手になった事は無いが、そんな感じだろうと思う)。
あ〜自己嫌悪。


落ち込みながら新橋に移動。
昼食は、ラーメンで済ます。豆乳味噌ラーメンとか凝ったラーメンがいろいろ有る店に飛び込みで入る。
味はまずまず美味しいが、シンプルなラーメンが食べたい気分だったのと、焼き餃子が食べたかった(午後1時からしか焼き餃子を出さないようだ)ので、これも外した形で、泣きっ面に蜂(ちょっと大げさ)。
午後は2時からNNA主催の講演会。
午後のセミナーは、2週間ちょっと前に、僕がふと思いついてNNAさんに企画・主催してもらったもの。
その為、告知期間が極端に短いのと、会費を取る(1万円)ので、それ程集まらないだろうと思い、30人の会場を用意したが、ありがたいことに思った以上の申し込みを頂いた。
ただ、入るだけの方を詰め込んだ形になってしまったので、参加いただいた方には、狭くて少々申し訳なかった。
汚名挽回だ!と気合を入れて講演スタートしたが、一応、午前の講演で調子が戻っていたので、問題なく2時間半をこなす。
それでも時間が足りず、十分に質問が受けられなかったのが残念な限り。


講演会終了後は、日中経済協会⇒日中投資促進機構と回り、赤坂プリンスで、(日中投資促進機構に主催頂いた)懇親会。
講演会が終わった安心感で、紹興酒をそこそこ飲む。

香港⇒東京(日本の寒さはシャレにならん)

朝の便で日本出張。
搭乗は10時から開始であるが、9時に飛行場に到着したので、朝食を食べようかマッサージをしようか「う〜ん」と考え、結果としてマッサージをしてもらう事とする。
いつも行く(とうか、数回行った事がある)、仙足という場所以外に、クイックマッサージの店がある事を前回発見したので、そこを試してみる。
結果として、こちらの方が当たりであった。
たまたまマッサージ師の人が良かっただけかもしれないので、次回、もう一度試して結果を出そう。
30分のマッサージでHK$250という値段は、香港相場では高い(中国内地の相場と比べると、べらぼうに高い)が、日本と比べると、それほど気にならない感じかな。
マッサージ後は、かなり軽くなった感じがするので嬉しかったが、重い鞄を持ち歩いているので、暫くすると、直ぐ肩が凝ってしまう。
荷物の多さを何とかしなくてはならない。
持ち運ぶ書類の多さは致し方が無いとしても、せめてもう少し軽いPCが欲しい!

飛行機では、一心不乱に講演会の準備と資料整理。
これだけ、直前まで追い詰められるのは珍しい。
離陸ぎりぎりでやっと準備が完了する。
因みに、機内食のシーフードカレーが大変不味かった。


日本に到着すると、ともかく寒い。
暑い香港に慣れきっている身としては、悲鳴を出したいくらいの寒さである。
成田エクスプレス⇒東京駅からタクシーで、何時も宿泊する飯田橋のホテルに到着すると、既に夕方6時。
軽く荷物を準備すると、大学時代の友人(釜口君)と早稲田で会食。
彼は、最近独立して、不動産鑑定士事務所を開業したので、久しぶりに会って、早稲田で飲もう(開業祝いをしよう)という事になったもの。
ところが、早稲田は入学試験中(春休み?中)という事で、店がどこもやっていない。
暫く歩いて探そうとするが、あまりの寒さに辛くて、早稲田で飲むのは断念する。
結果として、また飯田橋に引き返して、神楽坂で飛び込みの店に入る。
料理は可も無く不可も無く、という感じであまり感動はなかったが、酒はいろいろ揃っていた。
田酒(日本酒)、魔王(焼酎)等を飲むが、明日の講演が気になり、量は飲めず。
店を出て、宿泊のアグネスホテルのバーで軽く飲んで解散。
気心知れた中なので、ゆったりと飲めた。
彼は、個人向けに、不動産鑑定のポイントを解説した資料を作成中との事。
今後の発展を期待。