コンタクトレンズの点検ですったもんだ

ここ数ヶ月、コンタクトレンズをしていなかった。
理由は、装着感が非常に悪いのと、特に左目の見え方が非常に悪い(書類が読みにくい)という問題があったため。
ともあれ、左の度数があっていないのではないかと考え、検査をしてもらう事にした。
何故、コンタクトにこだわったかというと、僕は眼鏡をかけた姿の写真写りが大変悪い。
誰に撮ってもらっても、写りが悪くなり何度か取材で失敗した(好感度ゼロの姿になってしまう)。
その為、講演会・取材の時は、コンタクトをしていた方がよいだろうと考えたものである。

週末だった事もあり、家の近所のスーパーに入っている眼鏡屋を訪問。
店長(日本人の方)不在の為、香港人の従業員に見てもらうが・・・

僕 :コンタクトレンズの事で相談があるのですが。
店員:弱い度数は在庫があるのですが、強いのは無いので取り寄せになってしまいます。
僕 :良いですよ。(その後、状況説明)
店員:(30秒ほど、申し訳程度に機械でチェックした後)ところで、見えにくいというのは、遠くがですか?近くがですか?
僕 :近くですね。左目です。
店員:近くが見えないのは老眼ですから、コンタクトを変えても駄目です。
僕 :でも、眼鏡の時は問題ないんですよ。コンタクトだけ見えないのもおかしいんじゃないですか?
店員:コンタクトは目に近い分、影響が強くなるんです。だから老眼の影響もでるんです。
僕 :いま、視力をチェックしましたが、両方の度は合ってたという事ですか?
店員:ちゃんと合っていますので、度数を変える必要はありません。



という事で、全くやる気が見られない。

「何も対応できません」という事なので、致し方なく帰ったものの、あまりに適当な検査なので、納得できず。
相手を変えようと、翌日、日本人の店長のアポを取って同じ店に行った。
結果として・・・
左目の度が合ってなかった(強すぎた)事がわかり、度数を変えて一件落着。
装着感の悪さも、タイプを変えて解消。
おまけに、在庫もしっかり有った(嘘つくな!従業員)。

一安心はしたものの、昨日の店員に大変腹を立てる。
「分からないなら、知ったかぶりして対応するなぁ!」と(心の中で)叫ぶ事しきり。
言葉の問題(英語で会話していた)というよりは、やる気の問題だな、と思う。
やはり、何事も、相談する人を選ばないと、ろくな事にならないというよい例。

ともあれ、再びコンタクトレンズが使えるようになって、一件落着であった。

そこで一言。
真剣に仕事やれよ~

2月6日はただの保税区・物流園区セミナーではありません

会場となる花園飯店

2月6日に開催する外高橋保税区・物流園区セミナーは、告知が遅れたものの、告知10日程度で160名の方の申し込みを頂きました。
有難うございます。
ただ、M&C上海主催の講演会と言えば、会場は花園飯店(オークラ・ガーデン)のメインボールルーム。
キャパは210名ですので、まだまだ大丈夫です。
お申し込みはこちら

今回の講演会は、僕として、「こんな事が知りたいな」と思うような内容を徹底的に解明する事を目的にコーディネートしました。
そんな訳で、政策発表だけには終わらず、皆様からの事前質問(Q&A)に1時間半を割いて、保税区関係者が回答(その後、水野が解説)を行います。

例えば、保税区・物流園区がらみのオペレーションで、こんな事はご存知でしたか?


①従来、保税区貿易企業には増値税の輸出還付請求権が認められていなかったが、昨年7月の国家税務総局通達により、貿易権(外貿流通経営資格)を取得した保税区貿易会社に対しては、増値税の輸出還付が開始された。
但し、「一般区の港から貨物が直接輸出される取引に(貿易権を取得した)保税区貿易会社が関与する場合は、輸出還付が実施されているが、保税区経由となる場合は、実務運用上の理由により、依然として輸出還付が実施されていない。

②加工貿易貨物を物流園区経由で中国内に戻す場合(物流園区の香港代替活用)、物流園区で貨物を引き取る企業(例えば、進料加工の契約相手先)としては、「物流園区企業」、「保税区企業」、「外国企業」等が考えられる。
但し、保税区企業が(物流園区で)引取る場合は、加工貿易企業側で輸出とは認められない(加工貿易の輸出義務が果たせなくなる)。よって、引取り企業は、物流園区企業、若しくは、外国企業としてければならない。
(その上で、物流園区内で保税区企業に所有権を移転して、中国内に再搬入する事は可能。

これらは、規定を読んでも分からない、実務運用上の問題です。
また、フォーメーションの組み立てを変えれば、損失が回避できる内容です。
まさに、知らなければ損をするという実例です。

そんなノウハウを、今回のセミナーでご紹介します。

現在、寄せられているご質問は以下の通りです(会場でご回答します)。
他のご質問が有る方は、是非、お申し込み(&ご質問)下さい!


<現時点で頂いている質問>
● 保税区の貿易会社は、外商投資商業領域管理弁法に基づく国内流通権を取得しなくてはいけないのか。未取得のまま、今後も、国内販売を継続する事はできるのか。
● 国内流通権を取得していない保税区企業は、区外に非営業性分公司を作らなくてはならないのか。開設が要請される場合、時期的な制限はあるか。
● 国内流通権を取得した保税区貿易会社が、区外に営業性分公司を開設した場合、ここは増値税の一般納税義務者登録ができるか。
● 国内流通権を取得した保税区貿易会社が、区外に営業性分公司を開設した場合、企業所得税の納税方法はどうなるのか。
本支店で税率が違う場合は、どう税金計算・納税を行うのか。
● 保税区貿易会社が区外分公司を開いた場合、個人所得税の納税地はどこになるか。
営業性分公司、非営業性分公司という形態によって、納税方法は異なるのか。
営業税はどうか。
● 保税区貿易会社でも、国内流通権を取得した場合は、増値税の輸出還付が適用されるという通達が国家税務総局より出ている(2006年7月。青島税務局宛て)が、これは機能しているか。実務運用を教えて欲しい。
● 2002年に改定された、「保税区外貨管理弁法」では、保税区企業は、(配当などの一部の例を除いて)外貨の取得が出来ないと規定されている。
但し、「国内流通権・貿易権を取得した保税区企業」は、銀行で外貨の取得が出来る(輸入代金の支払いの場合など)ようになったという話を聞いたが本当か。
法的根拠はあるか。

● 保税区の生産型企業が、国内流通権を取っても、他社商品取り扱いに関する増値税還付は受けられないと聞いたが本当か。
これでは、生産型企業が国内流通権を取得する事に困難が生じる事となる。
● 保税区内の生産型企業に付いては、増値税課税政策上、「免税・控除・還付」方式が適用されると理解している。国内部材を使用した場合、この増値税は還付の対象となるのか。
● 企業所得税の統合(内外資)が検討されている。この制度変更が、保税区企業に与える影響はどうか。
● 物流園区の香港代替(一日遊)の活用状況はどうか。
税関は、この様な活用を必ずしも支持していないとも聞くが、実際にはどうか。
● 物流園区の活用の場合、「国内⇒物流園区⇒国内」という形で戻す場合、価格差をつけてもよいか。
● 営業許可の期限が切れた保税区企業の区外出張所(弁事処)は、抹消登記が必要か。
そのままにしてはいけないのか。
● 保税区外生産型企業が保税区内企業(貿易会社も含む)に対して販売した場合、増値税は課税されるか?(地方の一部では販売金額の13%課税されたという話を聞いた)。
● 保税区企業が他の保税区に保税在庫をもてるのか。
● 生産型企業が国内販売権を取得した場合、企業所得税の税率はどうなりますか(30%基準と50%基準の何れが採用されるか)。
● 昨年11月末の香港の新聞に、プラスチック原料の加工貿易について、禁止になる方向であると記載されていた。加工貿易の禁止品目について、具体的な情報があれば伺いたい。

香港(見切り発車)

たいへんな2週間でした。
ただ、何とか前向きな気持ちが戻ってきた気がします。
このまま、ブログ再開⇒継続といけるかどうかは微妙なところですが、見切り発車で再開します。

また、色々な方から、E-mailでの励ましを頂きました。
心の余裕が無かったので、十分なお返事もできずすみませんでした。

ただ、こんな経験をすると、インターネットの発達は、功罪あれど、優しさに繋がる部分もあるんだな、というのを実感しました。

有難うございます。

上海(経過報告とオフィス移転)

ブログを1週間お休み頂いていました。
あと、2002年1月から5年間に渡り、1回も落とさずに毎週連載を続けてきたNNAの「中国ビジネス講座」も、2週間お休み頂いています。
読者の方にはご迷惑おかけしており、申し訳ありません。

実は、ここ暫く、精神的にも体力的にも辛い時期が続いており、文章を書く事が出来ない状況にあります。
気力が充実するのを待つ日々ではありますが、過去に無かった様な状況で、執筆再開の目処が確定できません。
それでも、なんとか、最悪期は脱出できた様な気がします。
僕を支えてくれる方に感謝しています。

あと数日で復帰します。
もう少しだけ時間を下さい。

3月には「コンサルタントができるまで」。
4月にはNNAから出版の書籍を出版する予定ですので、一刻も早くキャッチアップします。

M&C上海

一つご報告ですが、M&C上海のオフィス移転しました。
オフィスが広くなったので、やっと一息つきました。
人員も、2ヶ月以内に、僕を含めて上海は10名・華南は8名となります。
ご支援下さい!


日本(ハードボイルド)

一週間お休みのはずですが・・・

僕のキャラとはぜんぜん違っているけれど、(というか、違っているからこそかな?)大学の頃からハードボイルドが好き。

ハードボイルドといっても、拳銃を振り回したりするのではなくて、精神的なもの。
僕流の定義で言えば、「やせ我慢」・「動じない態度」という感じかな。

好きなのは、新野剛司の小説に出てくる主人公。
教師(もう君を探さない)とか元コメディアン(8月のマルクス)とかが、やせ我慢をしながら、筋の通った生き方をしているのが格好良い。
こんな感じに、筋の通った生き方をしたいものだと考える。

考えるだけでできていない。
筋の通った生き方だな。これからの課題は。

上海(台湾にいた方。MTVとK書を知っていますか)

M&C上海が引越しを完了。
僕の机とか、一部の家具が入っていないけれど、執務室は準備が整った。
とは言え、シンナーのにおいで頭ふらふら目はちかちか。
1週間位は辛いような気がする。
日本出張でよかった。


全然、脈絡がないけれど、昔台湾にMTVというのがたくさんあったのをふと思い出した。
これは、今は死語だろうなぁ。
1988年に台湾留学した時、貸しビデオは僕の大変良いお友達だった。
男たちの挽歌は100回くらい見て、セリフを暗証できるくらい。
これで北京語を憶えた部分が少なくない。
だから、僕の北京語ボキャブラリーには、「くそ野郎!叩き殺してやる」という感じの物騒なものが多いわけ。

ただ、友達と街をぶらついていて、やる事がない時は、MTVに入る事も多かった。
MTVというのは、個室で見るビデオで、「下の階でビデオを借りて、部屋に案内されてビデオを見る」仕組み。
カオラケ・ボックスのビデオ版。


それから、MTVのカラオケ版が出てきて、これがKTVと名づけられた。
つまり、カラオケボックス。
KTVが出てきたのは、正式には知らないけれど、僕が台湾留学していた1988~1989年の頃(少なくともたくさん出来たのは)だった様な気がする。
その時、日本でカラオケボックスというのが有ったかどうか分からない。
僕の記憶の中では、KTVの方が早かったような気もするけど、何分、僕は2年以上日本を離れていたし、大学・新入社員の頃は、娯楽には縁遠い生活を送っていたので(男だけで安居酒屋で酒、というのが唯一の娯楽だった)。
少なくとも、似たようなタイミングで出てきたような気がするが、勘違いかもしれないので、これは今度調べてみよう。

他に、死語になってしまったもの(在台湾)として、「K書」というのが有った。
何かというと、学習喫茶で、K書は、中国語の「看書」のおしゃれな言葉(だったんだろうな。あの頃は)。
机とライトが置いてあって、ちょっと高めの飲み物代を払うと、そこでずっと勉強できた。
家が狭かったり、家族が多かったりで、家でゆっくり勉強できない人向けの喫茶店で、これも街中にたくさん有った。

時代と共にこれも消え去ってしまったが・・・
大変懐かしい。

香港(イライラし通しの週末)

金曜日は朝早くから出勤して、がむしゃらに仕事をしていたが、途中で嫌な事があったので仕事が手に付かず。
すっかりペースが狂い、処理速度がた落ちのまま夜8時半まで仕事をして、「精神状態回復の為のビール」を飲みに、(部下)水本君・夏栗君を誘って飲みに行く。

この付けが回って、土曜は11時頃から夜の7時まで出勤。
まだ前日の事が頭からはなれず、イライラして夜眠れず。

今日は観念して、ただただ松本清張を読み続け、仕事外の事に気を向けようとする。
青い描点を読み終わる。

心安らかな日というのがずっと続くわけではないもんだ。

社長業も大変。

上海のオフィス引越し

古い(引越し前)のオフィスは箱庭のよう。ピンクのセーターを着ているのが僕。

週末にオフィスを引っ越す事になった。
引越しとは言っても、同じビルの4階から2階に引っ越すだけ。
でも、面積は3倍弱になるので、結構、成り上がった気分がしてよい。
面積3倍弱とは言っても、現在のオフィスの面積は、建築面積で60㎡程度(使用面積は40数平米?)の箱庭の様なオフィスなので、別に、巨大な場所に移るわけではないのだが

これは別の角度から。奥に見えるのが僕の席(たったこれだけの面積)

上海に会社を作る時、次の様に考えた。
● 稼げるようになってから広い所・綺麗な所に引っ越そう。
● コンサルティング会社は、オフィスも信用(良い場所に入らなければならない)という人が多いけど、僕の顧客は全て日系企業。
● そうであれば、僕の信用で商売を取る。オフィスは小さくてもぼろくてもいいんだ!

まあ、ある意味では(逆の意味での)気負いだけれど、そんな訳(意地)で、敢えて小さい場所を選んだ。
開設早々順調に商売が伸びているおかげで、あと1ヶ月程度で上海の社員が10人(出張者・受け入れ社員を含めると12名)になる。
今のオフィスでは、机が6個しか置けないので入るスペースがない。
それで思い切って、引越しをする事にした次第。
先日のブログで、僕が家を引っ越す(6500元⇒3500元の家賃)と書いたけど、これは、オフィス家賃上昇の補填の様な意味。
まあ、家には殆どいないので、オフィスが綺麗な方がよほど良いと考えた訳。

僕も偏屈者ではないので、良いオフィスが欲しいし、良い家に住みたいし、車も欲しいけど、もっと頑張らないとそこまで行き着かない。
早く稼ぎをのばして、人もうらやむ生活をしたいものだ!

僕の会社は、花園ホテル(オークラガーデン)の敷地内。
6階建ての小さなビル(ワタベウェディングの広告が屋上に乗っている)。

ここがオフィスビルだと気付いていない人が多いけれど、意外な掘り出し物であった。

上海(アイヌランドに行ってきた)

林さん&大輔君と

先週末に久方ぶりに、(香港で行きつけの日本料理屋の)宇津木に行った。
その時、宇津木さんが、上海で日本料理店を経営しているというのをはじめて聞いた。
アイヌランド(愛奴蘭)という店で、店の名前だけは前から聞いていたが、宇津木さん系列とはびっくり。
二番手で料理をしていた香港人の方(林さん)が張り付いているというので、早速顔を出す。場所は衡山路の地下鉄駅の直ぐ近く(永嘉路)。
2月から僕は、衡山路に引っ越すが(家賃が6500元から3500元に)、偶然その直ぐ近く。
大変おしゃれな店で、酒を飲んでくだを巻く店ではない。
雰囲気がよいので、接待かデート用だな。

あんこうなべを前に鍋奉行と化しているところ

店に顔を出すと、林さんが、「焼き油揚げ」を直ぐにサービスしてくれた。
僕はこの油揚げの炙ったのが大好きで、宇津木では、「水野さんの好きなやつ」というと、これが出てくるという品。
10年間の付き合いというのは、こんな感じで便利だ(ありがたい)なぁと考える。
店の作りは創作っぽいが、刺身・寿司のネタも良くて美味しかったし、牛タンはこれだ!という味だったし、久しぶりに食べたあんこうなべも美味しかった。
一人の時の食事には便利そう。
家から近いし、これから使おう。
男一人だと雰囲気に馴染むかな?と少々気がかりだが。

昨日・一昨日と続いた激しい宴会で、かなりしんどかったので、軽く飲んで就寝。