短髪も慣れると

髪を切って3週間が経過したので、随分落ち着いてきた。
この3週間、指を指して笑われたり、入出国審査の時ににやりとされたり、銀行窓口で見知らぬ担当者から(身分証明書と見比べられて)随分変わったねぇと言われたり、「どうしてこんな事になっちゃったんだ」と言われたり、まあ、いろいろな事があった。
つまるところは似合っていない。

ただ、慣れてくるに従い、ちょっと気に入ってきたので、(もう少し長くすると思うけど)短い髪はしばらく続けてみようかと思う。
洗髪時の簡単さは何にも代えがたい。

因みに、心配していた、入出国時に止められるという事態はなかった。
思い起こせば1998~1999年。
遠華集団事件の名残で、特に、厦門の税関がピリピリしてた時は、ちょっと髪型を変えると、「本当にお前か!?」と猜疑心丸出しで質問されたりなどしたものだ。
それからすると、税関では、にやりとされることはあっても、眉をしかめられる事も、無礼な対応を受ける事もなかったのは、時の流れを感じる。

中国の税関対応の変化をつくづくと感じる。

経験したことまでは耐えられる

一週間ほど前の話だが、上海から香港に移動した。
その際の写真。
飛行機の待ち時間、シャロンでハイネケン。
この時は、東方航空格安チケット(国際便4回乗って2万円)の最後の1回。
9月の出張時は散々であったが、今回は打って変わって遅れなし。
シート・サービスも良好で、いたく満足。
また乗ろうと思いながらのビールであった。
僕はなかなか懲りない!?


話変わるが、中国で生活している日本人と話をしていると、サービスが悪いとか、美味しいものが食べられないとかいう不満をよく聞く。

ただ、サービスでは、日本は世界一と言ってもよかろうから、日本を基準にしていると、世界中どこに行っても不満が残るのではないか。
海外に出れば、新しい尺度も必要だ。
こんな風に言えるのも、僕が1989年に一年間の福州滞在経験があるからだろう。

当時何が一番嫌だったかと言うと、インフラでも食事でも通信でもなく(これもずいぶん辛かったが)衛生面である。
取引先に行くと、どの公司ももれなく廊下が痰で埋まっている。
埋まっているというのは比喩ではなくて、本当にどこも一面びっしりと吐き散らかされており、これを避けるためには、爪先立ちで飛んで歩くような状態だった。

また、ちょっと街外れで食事をすると、店はぼろぼろで、食事をしているとハエが何十匹もたかる。
これを誰も気にしない。

これがあまりに辛くて、まだ快適だったホテルの中に閉じこもる事となっていた。
一年後には軽い鬱症状だ。

研修生は研修地を離れることができなかったので、1年間その状態で生活したのが精神面に影響を与えたのは確かであろうが、あの時、一度でも出国していたら、もう戻らなかったかもしれないので、出国不可はその意味では正解だった。

ただ、一度そんな経験をしてしまえば、あとは強い。
一度経験したことまでは人間耐えられる。
中国の状況は年々改善しているので、その頃の経験があれば、今は天国だ。
そんな意味で、あの時の経験が故に、たくましさ、図太さが身に付いたのは確かだ。


因みに、研修から日本に戻ったのが1990年。
その3年後(1993年)にベトナムに出張に行ったが、1989年の福州に耐えられた僕が、1993年のベトナムには耐えられなかった。
長期滞在と、すぐに帰れる出張の、気構えの違いだったのかもしれないが。
その時の印象が残っているせいか、いまだにベトナムはちょっと苦手だ。