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香港(マイペースという人がいる)

やっとの事で疲れが抜ける。体調万全とまではいかないが、悪くない感じ。仕事もかなり片付き気分も徐々に盛り上がってきた。思えば長いトンネルであった
話し変わって・・・
1ヶ月ほど前に、日中投資促進機構さんより依頼があり、7月末に東京で講演を行う事となっていた。元々のスケジュールは26日の分担なので、他の会社主催の講演会と合わせて、25・26日と続けて講演をやる予定としていた。が、いきなり本社から7月26日締め切りの仕事依頼があり、このスケジュールでの出張が難しくなった。
本社に腹を立てながら、あせりつつ、日中投資促進機構の担当の方に日程変更をお願いし、何とか、28日担当の方と交代して頂ける事で一件落着。
講演会の案内E-mailを直前でとめて対応頂いた、ご担当の方、担当を交代して頂いたトーマツの高橋様、有難うございました!
もう一件の講演会の日程は、現在主催者と再調整中。28日の午後か29日を候補としている。こちらの講演会は、DVDにして販売する予定らしいので。ちょっと楽しみ。

夜の8時頃まで仕事をして、外に出ると大雨。
若干たじろいだが、ちょっと酒が飲みたい気分だったので、サンドウィッチを買って、行きつけのバーへ。時間が早いので客は一人。カウンターでチーズとサンドウィッチをかじりながら、ウィスキーを飲む。1時間半ほどで、雨も上がったので帰宅。
最近、僕をマイペースという人が少なからずおり、(少なくとも仕事では)たくさん気を遣っているつもりの僕としては、少々不本意。ただ、オフィスに残っていた単身赴任の(夕食が無い)人々を無視して、そそくさとオフィスを出、一人で酒を飲むのを選ぶというのは、マイペースのなせる業か!?

余談ながら、写真がないとさびしいので・・・
香港は真夏。毎日スコールのような雨が降り、暑くて湿度が高くて不快。
写真は、昨年のクリスマスの頃に、HK$ 99(約1400円)で買ったスヌーピーのぬいぐるみ。部に空き机がなくなり、置き場所がないのと季節外れなので、机の脇に置いてある。
小学校の頃からのスヌーピー(というよりピーナツコミック)のファンとしては、少々心苦しいが・・・

広州⇒香港(同期と商談)

この週末(11・12日)は、原稿は3本書いたものの(合計5千字程度)、それ以外はひたすら寝た。土曜日は、夕方の5時まで寝て、夜は11時に就寝。日曜日も昼まで寝て、夜の11時には就寝。
おかげで、徐々に体調は戻ってくる。昨日は、昼の便で広州出張。4月22日のブログで書いた、「会員になってくれた良い同期(但し、大酒のみ)」が出張で広州に来たので、一緒に客先に行き商談。夜は、彼の部下を含めて3人で酒を飲む。3人でビール+日本酒4合+焼酎4合+ウィスキー2/3本。
一応、同期と一緒の写真を撮り、ブログに載せる事にしたのであるが、改めて見直してみると、酒を飲んでから撮ったこともあり、お互い顔がむくんでおり、あまりに見苦しい。よって、今回の写真掲載は見送り。


今日は、昼の電車で香港帰任。電車の中で、またもや熟睡する。ともあれ、先週の土曜日からの睡眠が功を奏し、やっと体調が完全に戻った感じ。
夜は、良く行く焼き鳥屋(卯佐木)に行き、食事だけして帰宅。この店も、今月末で閉店との事。一人で食事をするには大変重宝していたのであるが、残念な限りである。

香港(今週は出張できず)

ここ暫くのてんてこ舞いで、体力も弱っており、出張すると事態の悪化を招くことが明らかなため、今週は出張断念。
月〜水は、7時間の睡眠を確保したので、何とか体力も回復基調、業務も片付いてきた。やれやれ。
昨日は、日航ホテルで、小規模な講演。最新とトピックスを、という事で、「商業企業」、「貿易権という概念は今はどうなっているか」、「外資企業に対する借入制限」、「物流園区」、「香港・マカオの状況」という5点を解説した。質問も頂いたので、全体で90分程度。楽しい講演会であった。

香港(なんとか仕事が片付いてくる)

昨日(月曜日)は、夜10時迄残業。
近くのスーパーで夕食を買ったが、お腹が空いていたので、海老天・とんかつ・コロッケ・いなり寿司という、揚げ物ばかり買ってしまった。
半分食べて寝たが、朝起きると激しい胸焼け。胃薬を飲んで出社。
同じものが続くのもなんではあるが、半分残っていて、残すのはもったいないので、今日の昼食も昨日の残り。
野菜が欲しいところであるが、これは我慢して、これだけで夕食を済ませる。
そのまま、夜の9時まで仕事して、行きつけの焼き鳥屋で夕飯を食べた。肉は食べずに、豆腐ものとサラダだけ。ささっと食べて、そのまま帰宅。
おかげで、なんとか仕事が片付いてきた。

ところで、最近、外資企業の借入規制が厳しい。
これは、外資企業の借入可能額(短期借入金残高+中長期借入金累積額)を、定款に記載されている、「総投資」から「登録資本金」を控除した差額に制限しようと言うもの。
もとから、この概念(総投資−資本金=借入金)はあったが、以前は、殆ど借入制限は行われておらず、設備の免税輸入用の規制(総投資の範囲内で免税輸入する設備金額の制限)として、機能してきた面がある。
これが、2003年より外貨借入制限に使われだし、今年に入って、海外よりの保証つき人民元借入にも適用範囲が広がったもの。
最近公布された細則では、保証だけでなく、コンフォート・レター等も規制対象になる事が規定されており、なかなか厳しい内容である。
どこの国にも、過小資本金規制の様な制度はあるものであるが、借入を強制的に押さえ込んでしまうと言うのは、ちょっとやりすぎの感がある。
更に、最低資本金比率は、総投資金額によっても変わってくるが、中国では、総投資がUS$ 3百万以下の場合は、70%以上の資本金比率が要請されており、これは常識的に見ても、Too Muchな比率。
困ったことには、以前は、この様な借入制限が行われていなかったため、少なからぬ外資企業(設立当初、借入予定がない企業)が、定款に総投資=資本金という同額を書き込んでおり、これが厳格に運用されると、大騒ぎになってしまうという点。
少なくとも、最低資本金比率の見直しや、総投資と資本金の差額が極端に小さい場合は、定款の書き換えに応じるなど、適切な措置をとった上で、この様な規制をすべきであると思うのであるが。
いつもながら、極端から極端に行く対応であり、困ったもの。

香港(休憩しながら原稿書き)

昨日は、ラッキーな事に昼頃から雨になり、少年サッカーの練習が流れた。昨日中に、6日(月)掲載のNNA中国ビジネス講座の原稿を提出しなくてはいけなかったので、まさに恵みの雨。とは言え、体が疲れているので、一度おきてから、夕方6時まで倒れこむように昼寝。その後、近所の麺屋に行き、坦坦麺と小籠包を食べる。
夜の8時からようやく原稿書き始める。うなりながら、2時間で1200字の原稿を書き上げる。内容は、「輸出加工区企業に対する区外転廠(深加工結転)の許可に関連する通達」。前からテーマを決めていたわりに2時間もかかるとは、どうも、ペースが遅い。
その後、E−mailで会員の方からの質問に数本回答し、1AMに就寝。

本日は起きたら朝の11時。
まだ疲れている。とは言え、シャワーを浴び、昨日買ったパンを食べ、直ぐに執筆開始。
NNA用の原稿を2本、フジサンケイ・ビジネスアイの原稿を1本書き上げる。この段階で夜の7時。編集の方に提出しようとE−mailを開けると、金曜の夜以降来たE−mailがかなり溜まっている。今日・明日中に回答しなくてはならないものを分類したら約30本。とは言え、今日中に、コンシェルジュ香港版の華南シフトの原稿を書かなくてはならない。
あ〜、もう駄目。
ちょっと、今日は精神的に追われているなぁ、とか考え、20分で夕食を食べ、夜の8時に執筆を開始する。夜になると、なんとなく調子が出てくる。夜の11時にはかなりハイ。何やら意味も無く精神が高揚してきて、受験勉強の頃を思い出してきた。
昔から夜型だったし。
しかし、こんなだから、毎週日曜日は夜寝れないのかな。

中山⇒マカオ⇒香港(ちょっとおかしい)

朝、政府の車で中山を出発。珠海の渡暇村酒店のコーヒーショップで、以前、仕事で関係した方と面談。それからマカオに出発するが、そこで鞄・Yれそうになる。この2週間、財布・携帯・鞄と明らかにおかしい。
一緒にいた総代表(以前、香港会社社長で、直接の上司であった)に、「いつもの水野と違う。明らかに疲れすぎ。ちょっと休んだ方が良いぞ」と言われる。
確かに、昨日も、数日前も、歩いていてふらつく事があったし、どうも、疲労が蓄積しているようだ。運勢の悪さというより、どうやら、疲労が溜まっているのが原因という気がする。ちょっと、宴席を控えて、睡眠時間をなるべく長く取るようにしよう。

マカオでは、新しいカジノ・コンベンションセンター等の開発現場を視察。その後、マカオ政府の方々と会食。2時に宴会が終わると、そのままフェリーで香港に帰任。夜の8時頃迄業務に追われる。
8時から、コンシェルジュの社長・新聞社の方と会食。3人とも、同年齢(1963年生まれ)なので、気楽に盛り上がる。1963年生まれの会(単なる飲み会)というのを作ろうか、という雲行きになってきたが、誰か参加する人いるかな。
宴席で、新聞社の方より、香港ポスト連載中の「中国コンサルタントができるまで」は、いつも読んでいますと言われ喜ぶ。このエッセイの評判がなかなか良い。とはいっても、本人に向かってつまらないと言う人間はあまりいないであろうから、話半分以下に聞かなくてはならないが、「このエッセイで始めて水野さんの文章を読みました」、とか、「これだけは読んでいます」という声も意外に聞く。
まあ、本業がビジネス文章なので、これらは仕事で関係ある方にしか読んでもらえない。このエッセイも、このブログも、このへんを変えるのが目的。そういった意味では、目的が適って、ちょっと嬉しいといったところ。

その後、3人で僕が良く行くバーに。新聞社の方の得意な手品を見せてもらう。酔っているのに、手元も狂わず手品ができるというのはさすが。2〜3種類披露してもらったが、トリックがさっぱり分からない。こういうのを見ると、「手品ができると人気者になれるだろうなぁ」と思い、ちょっと羨ましい。

尚、バーに偶然、僕の弟子の様な駐在員(財務課長)が、出張者(女性)を連れて飲んでいたのでJoinし、全員で記念撮影。財務課長の谷垣君は、すっかり酔って、顔にしまりがない。勿論、いつも顔がしまっていない人間ではあるが・・・。

そういえば、彼は、3年程前に、チムサッツイにあるロシア料理の取材でコンシェルジュに載った事がある。この店は、店内に、−18℃になるガラス張りのスペースがあり、ここに店が用意した毛皮のコートと帽子を被って入り、ウォッカを飲むという場所。ロシアの屋外で飲んでいる気分が味わえるというのが売り。
彼が載った直後に、面白いので早速宴会に使った事がある。本当に寒くて、ウォッカをぐいぐい飲めてしまう。それ以来行っていないが、久しぶりに行きたくなってきた。あの店はまだ有るのかな?

香港⇒中山(中国総代表に同行・副市長と面談)

北京の中国総代表が華南出張に来るため、僕も中山に出張。
昨年オープンした、シャングリラホテルで落ち合うこととし、僕はフェリーで中山に向かう。
久しぶりに中山のフェリー乗り場を使ったが、改装されて綺麗になっている。心なしか、税関の対応も丁寧になったような気がする。前は、非常に融通が利かないイメージがあっただけに、進歩があってよかったなぁと思っていると、タクシーが不便。不便と言うか、正規の(白タクでない)タクシーの運転手が群がってきて、シャングリラなら行かないとか、50元なら行くとか行ってくる。こういうところはまだまだ田舎。

チェックインすると直ぐに人民政府に。副市長と面談。
中山は、1994年に代物弁済を受けた大きな土地を、転売しようと躍起になり、1999年にやっとのことで転売したことがある。その過程で、中山政府にいろいろとお願いし、次第に良好な関係も出来てきたもの。
災い転じて福となるという感じで、定期的な交流を持っており、今回もその一環。

その後、ハイテク産業開発区の方々と会食し、夜の9時には終了。酒は殆ど飲まない宴会であった。
帰りに中山の商店街を歩く。以前、所長をやっていた廈門の街に良く似た風景で、なんとなく懐かしくなる。
10時頃にはホテルに戻る。TVでトップガンをやっていたので、懐かしく見る。確か新入社員の頃の映画であるが、それでも18年程度前の映画である。そんなことを考えると、ちょっとげっそり。
TVが終わると、そのまま就寝。

香港(今度は携帯)

暫く前に財布をなくしたと思ったら、今度は携帯電話を落として壊してしまう。相次ぐ災難で、まさに厄年恐るべしと言うところ。
しかし、これだけ悪いことが短期間にあると、なにか神様の意思でも働いているのではないかと、ガラにもない事を考えてしまう。6月になれば変わればいいのであるが。
という事で、がっかりしたり腹が立ったりするので、今日の日記はこのくらい・・・。

香港⇒深セン⇒香港(塩田物流園区)

午前中は香港で仕事+面談を1件こなし、お昼に深センに出発。
日曜の夜は、いつも不眠に悩まされるので、昨晩は前回の日本出張のときに買ってきたドリエル(睡眠薬ではなく、睡眠改善剤というらしい)を適量の半分飲んでベッドに入った。が、半分にしたのがよくなかったのか、体は寝ているのに、脳が起きているような状態が朝まで続き、今日の朝は大変眠い。
とはいえ、ばたばたと業務をこなす。

お昼(12時過ぎ)にオフィスを出て、深センに出発。
目的は華南シフト用「塩田物流園区」の取材。
現地には、午後2時半に到着。管理委員会の主任が説明してくれたが、「現段階はまだ出来上がっていないので、取材は10月迄待ってほしい」とのこと。
「現段階では、整地も十分完成していないので、見てくれ悪く写真を取ると逆効果」と頼まれるとさすがに逆らえず、10月以降に再度取材をすることにした。
前回のマカオ取材といい、華南シフト取材の苦難が続く。
ただ、いろいろ面白い話が聞けたのは収穫。
● 今年の7月1日より、深セン・廈門の輸出管監倉庫で、搬入時に輸出増値税還付が適用される事となっているが、実務対応が遅れているとか。
● 深セン(塩田)物流園区は、0.96平方キロが認可されているが、実際には、現在の塩田保税区(0.85平方キロ)に、0.11平方キロを拡張して物流園区に転換。一方、現在の塩田保税区域を一層拡張し、別に塩田保税区の場所を確保する計画とか。
● 現在の塩田港の輸出比率が90%以上(どうも、極端に高すぎるような気がするが、本当かな?)だが、税収面から見ると、輸入が多い方が地域としては得なので、塩田物流園区の目標は、輸入60% ・輸出40%の比率とするとか。
確かに、2004年より、増値税の輸出還付は、25%地方が負担することとなったので、輸入が多い方が、税収面ではメリットがある。物流園区は、加工貿易貨物の国内再販売の経由地(香港の代替)としての機能を期待されている。この機能がうまく果たせれば、塩田での輸入通関(増値税・関税の徴税)が実現できるため、目的は達成できる事になる。勿論、上海外高橋物流園区とは違い、香港に近い塩田で、どの程度同様の機能・特殊性を発揮できるか(つまり、香港輸出するのに比べてのコスト・スピード面の比較)が、塩田物流園区の課題となっていくであろう。
しかし、局地的な話とはいえ、輸出より輸入!と言い切るところに、中国の変化を感じた。

尚、最後に現在拡張・整地中の土地を見せてもらった。物流園区は、高架(南北片区高架橋)をはさんで、南北に分かれる予定で、それが見渡せる自動車道の真ん中に車を止めて説明を受けたもの。
車の脇を、貨物車が橋を揺らしながら走っていくので、大変怖かった。

写真は現在拡張中の区画。山を崩し、整地している途中のこと。10月には作業が終わると言うことなので、なんともスピーディ。

取材が終わると急いで香港に戻り、仕事+面談1件。
あたふたした一日であった。ともあれ、眠くて、暑くてへばった一日。

香港(一週間を振り返り)

何やら慌しい一週間であった。
日本出張に出ると、ろくにE-mailを見る暇が無いので、その皺寄せが帰任後にでる。更に、財布を無くして、ID・カード再発行など、余計な手続でバタバタしており、てんてこ舞いという言葉そのものの一週間であった。
週末でなんとかもとの状態に戻ったが、こうなると、日本出張がちょっと怖くなる。やはり、僕が動くとビジネスに繋がる(動かないと取りにくい)、但し、纏まった期間出張に出ると、日常業務に支障が出るというジレンマがある。
このビジネスを始めて4年経ったので、部下も随分育ってくれているが、やはり、人材の育成にはそれなりの時間がかかる。僕が完全に安心して出張にいけるようになるには、まだ暫く時間がかかりそうだ。
業務提携などを含めた対応策を、早いうちに検討する必要があるかもしれない。

全然話は違うが、先週、本社に出張した際には、僕の風貌が随分会社員離れしている(単刀直入に言えば怪しげ!?)ので、打ち合わせに行く先々で、大体、1〜2名は、若手社員が興味深げな顔をしてこちらを見ていた。国籍・年齢不詳の人間が、いきなり部長席や役員席に行って、なれなれしく話し出すので、何者だと思った事であろう。やはり、会社に入って20年弱経つと、自分が若手社員だった頃、話しやすい中堅社員だった人たちが部長や役員になったりしており、時の流れを感じる。と共に、日本を離れて長いことより、ちょっと異邦人になった様な感覚もある。では、それがどうなのか、という点はさておき、いろいろな違和感を楽しんだ本社との打ち合わせであった。一応、気持の余裕が出てきたので、そんな事を思い出して笑ってしまった。

今週末は、それなりに執筆作業がはかどった。
やっとの事で、増値税輸出還付税率の整理を完了させたし、HPのコンテンツの準備、NNAの原稿も書き上げた。増値税の輸出還付率の整理は、関税率表をにらみながらの作業となったので、思った以上に苦労し、こんな複雑な制度にした国家税務局を恨めしく思ったが、ともあれ、一両日中に、会員の方々に配信できる。

今週は、またまたイベントの多い週で大変そう。
深セン物流園区の視察、中山市長との会食、マカオ政府との面談など盛りだくさん。どんな1週間になるのか、日常業務が無事にこなせるのか、いまからちょっと不安である。