中華気分の今日この頃

育ったのが横浜で、父親の会社が石川町にあったり、高校が山手にあったりしたので、横浜中華街にはよく行った。
小学校の頃から1~2ヶ月に1回は中華街に行っていたので、小さい時から比較的中国に縁が有ったと言える。

その後、1988年以降、合計すれば14年間中国で住んでいるので、中華料理はよく食べた。
最初の頃、あまりによく食べていたので、香港に赴任して数年経過したら、中華料理を自発的に食べなくなった。
同僚だった谷垣君にも、「水野さんは、中国は好きですけど、中華料理は嫌いですよね」とか言われたが、嫌いではなく食べ飽きたという感じ。

それが最近、また中華料理が食べたくなってきた。
夜寝ていると、坦々麺とチャーハンを思い描いたりしている。
面白いものだ。

坦々麺と僕の好きな螞蟻上樹(光線の加減がわるかったけど本当はもっと美味しそうです)

食事の嗜好にも波があるのか(僕の場合は確かにある)、今三国志を読んでいるので影響されているのか分からないが。

ともあれ、本日のビジネスランチは南北楼。
坦々麺、怪味鶏、螞蟻上樹。
昼食なのでこんな感じ。

さすがに四川料理は本土の方が美味しいが・・・


3月4日上海開業記念講演会迫る!

上海花園ホテル(オークラガーデン)の講演会が近づきました。

当日、質問リストをお配りし、二部のQ&Aで解説しますが、事前質問が以下の通りでています。

(保税開発区関係)
1.保税開発区に、非居住者、他の保税区企業の貨物を保管する事はできますか?
  保管・代金決済に際して、注意する事はありますか?

2.保税開発区の中で貨物の所有権を売買する際の注意点を教えてください。
  価格設定、対外送金、増値税課税など。

3.保税区法人がオフショアで貨物を購入して、在中国企業に売却する(在中国企業が輸入通関、入境備案をする)事は可能ですか?

4.香港代替機能(一日遊機能)は保税区にありますか?
  この様なオペレーションを行う場合の、増値税、外貨送金、その他の注意点を教えてください。

5.保税物流中心B型と物流園区はどう違うのですか?
  また、最近増えている保税港区とはどういう機能を持っているのですか?


(移転価格関係)

1.今年の移転価格調査は厳しいですか?

2・赤字の会社も調査されますか?

3.売上が少額ですが、移転価格上問題が生じますか?

4・担当者への付届けは有効ですか?

5.上局或いは管理委員会など他局からの懐柔作戦はどうでしょうか?

6.移転価格文書はどこまで深彫り(書き込み)すればいいですか?

7.作成義務はないのですが(規模から)文書化対象外なっている
のですが、移転価格文書を作成することに意味はありますか?

8.中国でとられた(更正された)税金を日本で戻せますか?

9.日本と中国と移転価格、どっちが恐いですか?

10.日本の税務調査でも中国の移転価格文書が使われるって本当ですか?


実務上、疑問、悩みがある方は是非ご参加ください。

講演後の無料面談(無料コンサルティング)も実施いたします。

お申込みはこちら!

田野でうどんすきとカレーを食べ満腹になる

日曜日はさすがに疲れたので、朝の11時半までベッドから出られず。
その後、お粥を食べて、2時間ほど仕事。

それからマッサージに。
足マッサージ1時間、全身1時間、耳かき30分で168元。
全身ほぐれて脱力。
マッサージはいまいちだったが、耳かきは上手かった。
以前、深圳で耳かきの人に耳をつつかれ流血した事があった(ご免!今日が初めてなんです!とか言われて参った)が、今回は上手で安心だ。

耳かきの人から、「最近よく寝てませんね」と言われる。
耳で分かるのかぁ、と感心する。

終わると近くのスターバックスで講演会準備。
フロア中の大部分が日本人で覆い尽くされているので驚く。
夕食は以前の同僚と食事。
ちょっと飲みすぎる。

美味しかった丸干しイワシ

今日はちょっと二日酔いで活動開始。
昼は新聞社の方と鼎泰豊。
ここの鳥スープがどうしても飲みたくなり、我がままを言ってここにして頂いたもの。

そのあと夜7時まで働いて、NERA鈴木さん、NNA三井さん等と田野で来週の講演会の打ち合わせを兼ねた会食。
ここはひさしぶりだ。

丸干しいわし、美味しい。

カレーコロッケを食べたらご飯を入れてカレーライスにしてみる

カレーソースがけのコロッケ。
日本のカレーの味だ。
ルーが多いので、ごはんをもらってカレーライスにしてみる。
すばらしい。

うどんすきは1人前でこの量

そしてうどんすき。
冷たいうどん(ざる、ぶっかけ等)は半盛にできるようなので、うどんすきをちょっと食べて、最後に冷たいうどんの小さいのを食べよう!という選択とあいなった。
が、1人前(220元)を頼んだらこの量。
どう考えても4人前ある。

4人でたべても過剰満腹。
冷たいうどんが食べられなかったのが心残りだ。

次回、この想いを果たそう。

南京の工場で料理をたくさん出して頂く

まず出して頂いた料理

朝9時にホテルを出発して、クライアント企業の工場監査に出発。
前日は0時頃まで二次会であったが、二日酔いにはなっていない。
昨日は昼食を食べる時間がなく、夜の7時半に途中から会食(1次会)に参加。
最初に飲んだ白酒で、ちょっと酔ってしまった(2杯の白酒なので、普通は酔う量ではないが、空腹と疲れのせいだろう)事が却って幸いし、飲んだ量が少なかったからだろう。
何が幸いになるか分からない。

10時前には工場に到着して作業開始。
工場の帳簿を僕自身がチェックするのは久しぶりだ。
休憩時間を含めて作業時間が4時間半の簡易監査なので、作業範囲をしぼって対応。

12時過ぎに、クライアントの方・僕両方が朝食を食べていないというと、工場の方が点心を買ってきてくれるという。
簡単な包子程度と思い、「申し訳有りませんねぇ~」と言っていたら、先ず出てきたのがこんな感じの料理。

もち米シューマイと出して頂いた料理

もち米のシューマイが美味しそう(且つ、大きい)で、野菜もあるので、これで十分だな、と思っていたら、休日出勤してくれている料理番のおじさんが料理を作ってくれる事になり、どんどん料理がでてくる。

スープ、野菜炒め、粽、卵、果物、等など、とても食べ切れない量が出てきて恐縮する。
これだけあると、三分の一食べるとすごく満腹。

工場の門と裏庭で遊ぶ犬

ちょっと時間が余ったので、工場の門の写真を撮ったり、裏の畑で遊んでいる犬を眺めたり。かわいい犬が二匹じゃれている。
ちょっとなごむ。
忙中閑有りだ。


午後2時半に出発。
南京駅到着は3時10分。
3時半の電車に乗って上海に移動。
車中で、金曜日の夕刻までに頂いた質問の回答は、全て準備した。

明日は、3月4日の講演会の準備をしよう。
まだ準備ができていないので、ちょっと焦ってきた・・・

脱兎の如く走って南京行の電車に飛び乗る

今日(金曜)は、午後2時15分発の電車で南京だ。
1時頃にはオフィスを出たかったが、仕事が終わらない。
南京でE-mailを繋げることができるか分からないので(打ち合わせ後に宴席もあるし)、今日中の回答が必要な最低限のメールを、昼食も食べずに、しゃかりきになってこなす。
同じくしゃかりきで働くのが好きな副総経理の胡さんも、「僕のカップ麺食べてもいいですよ」と言いながら、一心不乱に働いている。
何とか区切りがついたのは1時20分。
「タクシーだと渋滞で間に合わない可能性があります」という、胡さんのアドバイスで、二号線の楼山関路駅までタクシー。
それから二号線と一号線を乗り継いで上海駅に行く。

一号線の上海駅に着いたのは、2時5分。すでに10分前だ。
それから地上まで、脱兎の如く走って、構内に駆け込む。
構内に入った時は、2時10分。発車5分前で、電車の検札は既に締切。
次の電車の検札が始まっている。
「初めての南京行きで、こんな感じで電車に乗れなかったんだぁ!」と、1年半前の出来事が頭をよぎる。


機械の検察機でははねられるだろうし、検札の人に「まだ乗れますか?」と聞いたらダメだと言われるのは分り切っているので、一縷の可能性に賭けて素知らぬ顔で切符を出す。
係員の人が、一瞬もの言いたげな顔をしたが、そのまま行けとの身振りで中に入れてくれた。親切な人でよかった。

更に、(買った切符の車両が遠いので)引き続き走りまくって、間一髪で電車に間に合う。
しばらく汗だくで、放心状態。
話をしたら、取組後の関取インタビューの様になっていただろう。

20分ほどした頃に、一息ついて、NNAの連載原稿を書き、会員企業の方から頂いた質問の回答を準備する。
南京までの2時間半は(最初の20分を除いて)ひたすら仕事。
随分はかどった。

水遊城の中

南京に着くと、水遊城に。
日本企業が開発し、運営する商業施設。


南京に、ずい分華やかな商業施設ができたものだと感心。

夜は顧客と宴会。
二次会は、街中を歩いて偶然見つけた火鍋屋で、ビ‐ルを飲んで野菜を火鍋に入れて食べる。
おかまっぽい青年がウェイターで、外国人が珍しいのか、一緒に写真を撮ろうとか言ってくる。
中国の、洒落てない店は、こんな感じの風情があって面白い。

満足して就寝。

物価あれこれ

最近、上海の物価に慣れてきている自分がいる。
上海だと、40元ちょっと払うと、結構よい昼の定食(和食)が食べられたりする。
香港でここ数日、引越しの合間に昼食を買い出しに行くと、海老フライの巻物(寿司)がHK$ 30~40したり、さして高級でない持ち帰り弁当でHK$ 40したりする。
以前はなんとも思わなかったが、上海価格に慣れると、「うわぁ高い」と引いたりする。
日本、香港にいると、さして無駄遣いをしていないつもりなのに、お金が飛んでいくと考えるのは、物価感覚が変わってきているからだろう。

そんな事を考えると、なんだかんだ言っても、中国のコストはまだ安い。
勿論、昔と比べると格段に高いが、80年代の中国に住むのは大変だった訳だから、同じ価格レベルで考える事はできなかろう。


以前、ベトナムに興味を持って視察に行った時、感じたのは、コストとインフラのバランス。
ベトナムと中国のインフラ(交通・施設・通信など各種インフラ)はかなり差があるので、それを反映させるとベトナムの価格にあまり割安感は感じなかった。
ベトナムのインフラが、中国の10~20年前の水準であるとすると、土地、人件費等のコストはもっと安くてもよいのではというのが、印象であった。
ただ、現段階では、純粋なベトナム系の工業団地はクオリティに難があり、外資系のところを選択せざるを得ない。よって、参考にしたのは外資の提供価格である。
これは1980年代の中国にもあった事で、発展段階にある国の特徴的な状況と言っても良いのだろう。
つまり、外国人(外国企業)向け価格が、国内向け価格に比べて極端に高いという状況である。
発展の過程の中で外資の進出が成熟し、また、内資のクオリティが向上し、価格が徐々に均一化してくるものだ。


という文章(中国の物価はまだ安い)を広州白雲空港で書いているのだが、少なくとも空港内のレストランは例外だ!
いま、空港内の比較的安めの店で食べているが、牛肉麺(牛肉あまり入っておらず)57元。
インスタントラーメン45元。中国茶が一杯(壺ではない)50~60元。
これは高い。

と、ここまで書いたら、中国人のおばさんに、いきなり「この店は、牛肉麺は幾ら?炒飯は?」と話しかけられた。
背後から文章を読まれたのだろうか(通路に背を向けて座って文章を打っているので)、と思ったが、その後、何人かの人が店の人に「麺は幾ら?」とか聞いている。
やはり、皆な空港内が高い事を知っている様で、気安く入れないのであろう。
さすがに僕に値段を聞いたのは一人だけだったが・・・


個人の換金(外貨⇒人民元現金)の運用状況を調べてみた

外貨⇒人民元の換金状況がどうであるか、運用を調べてみようと思い立つ。
そんな事で、部下を銀行に走らせたり、自分も銀行に行ったりして、実地調査を行ってみる。
ポイントは、外貨から人民元現金の換金がどういう状況か。

まず香港。
香港での人民元への換金は、昔は、両替ショップでしかできないに近い状態であったが、CEPAの施行とほぼ同時に、中国人民銀行公告[2003]第16号が公布され、以下の通りの規定となった(個人の換金)。
● 現金の換金については、一人一回 RMB 6,000以内
● 銀行口座を通した換金については、一人一日 RMB 20,000以内

さて、香港の中国銀行に行ってみる。
僕:人民元現金に両替を。
銀:中国に中国銀行の口座はありますか。
僕:ありますよ(と言って香港ドル現金を出す)。
  因みに、換金制限は幾らですか?
銀:一日2万元です。

お~、法律に近い(銀行口座通してないけど・・・)。
とは言え、身分証明書の提示を全く求められなかったので、実際には足を運べば何回でも換えられそうな・・・

さて、上海、広州、深圳。
上海、広州は、1日の換金制限 US$ 5,000相当。
年間 US$ 5万。
まず、「個人外貨管理弁法(中国人民銀行令[2006]第3号)」、及び、「個人外貨管理規則実施細則(国家外貨管理局・匯発[2007]第1号)」通りの対応だ。

深圳の銀行に僕が行ってみると、
僕:1日の換金制限は?
銀:ありません。幾らでもOK

お~、自由だ。

という事で、まあ、銀行ごと、支店ごとの違いがあるかもしれないけど、まあ、法律と運用のバランスが、こんな形で取られているのがわかって興味深かった。

忙中の中落ち丼定食

中落ち丼定食

朝一番で、午前中回答希望のメールに返信して、面談に飛び出す。
今日は5件面談。
合間に事務作業もある。

さすがに睡眠不足なので、お客様の会社訪問前にコーヒーを2杯買う。
さすがに、自分だけ飲むのは気が引けるので、1杯はお土産(!?)という事で。

午後5時まで面談続きで、これまた娯楽がなさそうな1日なので、ランチミーティングはちょっと良いものを食べる事にした。

宇津木の中落ち丼定食。

中落ちがどっさり乗っている割にはあっさりしてて美味しかった。
睡眠不足の体でも、すんなりたべられて満足。

1ランク上の中落ち丼

もう1ランク上のものになると、こんな感じの中落ち丼になるらしい。
中トロ(大トロ?)のあぶりが乗っている模様。

美味しく食べて、ちょっと元気になったので、午後の仕事を開始!

ハードな一日だったよ(最後はビール)

朝起きたら仕事で、午後2時までメール対応と電話に追われに追われる。
終わるとタクシーに飛び乗りホンハム駅に。

タクシーの運転手がどうもHK20程高く料金を請求している様なので、「九龍タクシーなのに何で帰りのトンネル代請求するんだ+α」という交渉をし始めた。
が、これ以上続けると会議に遅れる!と焦って交渉を途中で切り上げる。
慌てているとろくな事がない。

お腹は空いているので、駅構内のセブンイレブンでパンを1個買い、かじりながら電車に乗り深センまで。
会議が終わったのは夜7時近くで、途中にあったケンタッキーでハンバーガーを食べて香港に戻る。
電車の中ではずっと仕事。

家に着いてもずっと仕事で、終わったのは深夜2時。
明日(火曜日)の午前中に回答が欲しいと電話で頼まれたメールが入っておらず。
ミッシングの様だ。

明日は朝9時に家を出て、終日面談。
果たして午前中に回答できるのか。

考えても仕方がないので、取りあえず、再送願いのメールを打っておく。
時差があるので(日本)、朝8時には届いているはずだ。
1時間あれば、対応できるだろうと考え、割り切りで今日の仕事は切り上げる。

大変だったよ今日も~

最後に楽しい事なきゃな。
と考えて、最後にビール2缶に生ハム。

疲れたので、単純に幸せ。

ともあれ、起業というのは、爆発的な体力がないとできないというのがよく分かった。
だから、若くないとできないというのだろうけど、これはきっと、年齢の問題じゃなくて性格の違いなんだろうなぁ、と思う。
できるかどうかというのは。

ともあれ、1日最後の束の間幸せ。
琥珀エビスも美味しかったし。

起業してから学んだこと

今月末で、起業半年が経過する事になる。
香港、上海に続いて、広州法人も準備が進んでいるし、日本拠点の開設準備も開始。
日本拠点は亀一に立ち上げの基礎作りを託した(6月までには立ち上がる予定)。
どんな仕組みが出来上がるかは乞うご期待。

そんな感じで、まずまず順調な起業であるが、それ以上に、この半年「勉強になった」というのが実感。
これは、仕事に対する取り組み方(自分自身の動き方)を、白紙に戻って振り返る事ができたからで、今まで(M&C時代)のやり方の幾つかは、大いに反省した。


たとえば。
起業以来、お客様の所には、積極的に訪問した。
東莞でも深圳でも、上海の開発区でも一人で行った。
そこで感じた事として、お客様は、僕に色々な思い入れを持ってくれている(有難いことです)。
ご挨拶するなり、「水野さんの意見を聞きたいから、会費を払うんです」と言ってくれる。
それなのに、以前は、部下に任せて、直接ご挨拶に出向く事が少なかった。
これには、自分の努力不足を反省する事しきり。

勿論、このやり方は、僕と部下の役割分担であったり、部下の皆と一緒に考えて作った戦略だったりするのだが。
つまり、営業が先に訪問し、仕事のご依頼があった段階でコンサルタントが現地に行く。
それで、解決できない場合は、僕自身が行くというのが、役割分担であった。
そして、これはある意味、箔をつけるために勿体を付けていた部分もある。
ただ、白紙に戻って試した結果、この戦略は間違いだったと言わざるを得ない。
やはり、医者が患者に触れずして診察ができないように、コンサルタントが現場に行かずして問題は解決できない。

また、現場で問題が認識されていない段階で、僕が現場に行けば、初期(軽傷)段階で問題を見つける事もできるし、解決策をその場で提案することもできる。
今までは、僕が出向くのは最後の最後だったから、これができていなかった。
だから、起業して以来、個別案件のご依頼は、以前の3倍以上に増えている。
そして、今までよりきめ細かく対応もしているつもりだ。



コンサルティング会社の営業は、コンサルティングノウハウがなければ務まらない。
その意味で、コンサルタント=営業であり、無理に営業とコンサルタントを分けるのは、(部下の希望を汲んだ部分もあるのだが)結論付ければ間違いだった。

起業以来、コンサルタントとしての本能のまま仕事をしている。
コンサルタントの本能とは、「知りたい」、「問題を解決したい」という欲求だ。
それが満たされているし、自分を大きく見せようという気負いも抜けた。

MCHグループ(Mizuno Consultancy Holdings, 水野商務諮詢上海有限公司、水野商務諮詢広州有限公司)会員の皆様にお約束しているのだけれど、困った時、疑問に思った時、すぐ対応できる様に、香港・本土の携帯電話は両方、何時も開けておくようにした。
電話は、オフィスよりも携帯電話に掛けて頂く様にしている。
相談時間は1年365日(正月、旧正月でも対応)。
営業時間外でも、(酒に酔っている時以外は!?)夜でも喜んで対応。

こんな事が約束できる様になったのは、僕がこの半年、反省もし、色々勉強したからだと思う。
あとは、一番苦しい時に支えてくれたMCHグループの会員企業様に対する感謝。
この感謝の気持ちは、今後絶対に忘れません。