飛行機飛ばず(どっぷり疲れる)

ホテル内のバーとリーガル香港の部屋

昨日は、最終的に夜10時に集められ、当日中の修理が不可能なため、翌日(今日)13時の出発に変更になった事を告げられる。
この種の遅延が有ると、乗客が多いので、すったもんだの大騒ぎだ。
JALより配られたミールクーポンが、2軒立て続けに使用を断られたので、いったいどこで使えたのだろうか(説明書配布されず)、という疑問はあったが、それどころではなさそうなので、忘れる事にした。
機内で飲んだワインの量を考えれば、敢えて聞く話でもない。

その後、家に帰ろうかと思ったが、リーガルエアポートホテル(空港に隣接)を予約してくれたとの事なので、翌日の利便性を考え宿泊する事にした。
係員の誘導に従って、一旦、再入国手続きを取った筈だが、何時しか係員の姿が消え、大勢の人が、どこだどこだ、とうろうろしている。
やはり、外地だとスタッフ数が限られるので、こういう時には苦しいか。
どうすべきかと考えた結果、ホテルに直行する事としたが、結果オーライで、すんなりチェックインできた。
思えば、午後12時半に飛行場に到着したので、10時間程度飛行場にいた事になる。
どっぷり疲れた。

ホテルのバーを探して、軽く数杯。
バーで演奏している歌手が上手くて聞き惚れる。


出発大幅遅延(暴飲暴食要注意)

最初はシャンパン、次は赤ワイン

今日は、15;40香港発のJALで日本移動。
定刻に機内に入ったのは良いのだが、機体故障ということで飛ばない。
まあ、安全第一なので、しっかり点検してほしいものだと思いながら、機内で勧められるままにシャンパン、赤ワインを飲む。
美味い酒が飲めるので、ビジネスクラスにアップグレードした事を感謝する。
出発予定時間が、17時、18時、19時15分と徐々に延長され、機内食が配られたので、こちらも機内映画で「永遠の0」を見ながら、腰を据えて酒と機内食を堪能する。
結局、部品交換が必要という事で、一旦外に出て、21時半に再搭乗。
この時点で、6.5時間のディレイは確定したが、今回は、講演会が無いので余裕だ。
毎回、講演会に絡めて帰国するので、台風、降雪の時期ははらはらものだ。
この数年、綺麗に台風も雪も乗り切って、つつがなく講演会をこなした訳で、こんな余裕のスケジュールの時に遅延になるとは、相変わらず僕は運が良いと思う。

機内食を楽しんだ後に再度外に。搭乗やり直し。

ともあれ、19時半に一旦外に出て、また出直し。
HK$75の食券が配られて、これを使うかどうかは分からないのだが、ラウンジ、クーポン、そして再度機内食が出たひには、すさまじく食事をする事だろう。
本当は、昨夜の宴会で1Kg体重が増えたので、今日は節制しようと思っていたのだが、断念せざるを得ない。
わらしべ長者ならぬ遅延長者という感じで、食事と酒を堪能した半日であった。
さて、これから本当に飛行機は飛ぶことやら。
明日は11時、14時に都内で面談だ。
早朝東京到着して、面談に出かける事になるのであろうか。

あれから3年(ここ数日の生活)

昨夜は、夜9時に香港到着。
一本早い飛行機に変更してもらったのだが(18:20⇒17:30)、結局、50分のディレイで、到着時間は同じになってしまった。
なかなかうまく行かない。
疲れきっていたので、焼酎バー(クマールの店)に直行し食事と酒。
お陰で安眠できた。

今日は、朝10時にクライアントの方と面談。
その後、香港商工会で講演。
講演前の歓談時に、今日は2011年の大震災の日ですね、という話題になり、当時の事を思い出す。
あの日は、永田町の砂防会館で講演中(講演内容は、忘れもしないPE課税)に大地震が起きたが、殆どの方が続行を希望されたため、最後まで講演を継続。
ただ、その後、帰宅できなくなり、赤坂の日中投資促進機構のビルで一夜を明かし、TVで想像を絶する被害状況を見ていた。
当時を思い出し、切ない気分になった。

因みに、明日は、午後の便で日本に移動。
あまりの過密スケジュールで、体が悲鳴を上げている。

そんな中、ちょっと楽しいニュースは、作家谷垣氏に依頼している、半生記のリメイク版の企画書が出てきた事。
非常に面白く、さすが作家と、才能を感じさせる内容だ。
フィクションを全面に押し出しているので、僕の半生記という感はなく、「主人公が水野に似ている面が無くもないな」と思わせる程度。
これは、僕の希望でもある。

思い起こせば、最初の本を出したのは2002年。
それから、改訂版(大幅なアップデート作業をしたもの)を含めれば、約25冊の本を出版した。
中国翻訳版(台湾・香港販売用)、韓国語版(韓国販売用)も出た。
有り難い事ではあるけれど、こうなると、本を出すことに関する嬉しさがなくなってしまい、忘れられないために、毎年数冊は出す「義務」という気持ちになってしまっている。
最初の本が出た時の感動と喜びは、すっかり失われてしまた(売れれば、別の喜びが有るのであろうが、対して売れないビジネス書では、その喜びも無い)。
ただ、今回の様な、ちょっとひねった企画(僕が執筆した本ではなく、企画しただけだが)は、久々のワクワク感がある。

上海から香港

今日は上海で3件面談をすませ、18:20浦東発の便で香港に移動の予定であったが、16:50に空港に到着すると、一本前の飛行機に変更してくれた。
空港到着10分後の搭乗となり慌ただしいが、これだと、20時には到着できるので、香港で食事ができありがたい。
(が、ディレイの様で、つかの間空港の座席でブログのアップ)
今日は上海の空気が悪く、少々辛かったので、香港移動が有り難い気がする。

ここまで書いたところで、搭乗のアナウンス。
本日は、簡単ながらこのへんで。

立花聡氏への回答と挨拶

立花さんより、僕のブログの記事に関する異論(というか、違う目線のコメント)を頂いた。
言いたいことは、昨日のブログでいい尽くしたので、補足する事はあまりなく、同氏のブログのコメント欄に回答しておこうと思ったが、丁度ブログネタがなく困っていたので、記事にする事にした。
同氏とは親しい間柄でもあるので、あまりブログで意見を戦わせるのは、水臭い(アクセスは増えるかもしれないが)。
ここから先は、emailか酒でも飲みながら、お互いに議論する事にするとして、まずは回答まで。

<質問部分>
夜逃げの話について、「専門家の誇張、商売獲得目当て」という論点だが、夜逃げを企業がした場合、いわゆる専門家がどこで稼げるか、ぜひ、知りたいものだ。
<回答>
夜逃げを推奨するのがビジネスに役立つ、という意味ではない。
撤退作業の困難さを誇張することで、撤退作業の代行を誘導する様なアプローチが多いという趣旨。
それはそれで営業の一環であるので、致し方ない面があるのだが、それが「夜逃げをせざるを得ない」という曲解を産み、実行に移す人が出てくると問題になる。
株主有限責任制の原則が有るとはいえ、過去の経営の違法性を問われ、取締役個人が訴訟の対象となる事も、状況によってはあり得る。

<質問>
夜逃げをしても、香港あたりで再度別名の法人を立ち上げて中国に進出する事例はないものか。正直者がバカを見るというのは今の中国ではないだろうか。
企業の品格は法と同じレベルで語るものではない。私が日常的に担当している大手企業では破産などの事例は皆無といっていいだろうが、中小や零細企業の場合、経営体力が不足して、それこそ破産も一つの選択肢ではないだろうか。
<回答>
これは昨日の記載通り、出資者の状況にもよる。
出資者自身が存続もままならない状況であれば、やむを得ない局面もあろうが、出資者が隆々としているにも拘らず子会社を破産させ、債務不履行を起こしたとなれば、人はその会社、人物を信用しなかろう。
例えば、計画倒産を一度でもした人物と、取引したいと人は思うであろうか。
計画倒産は極論で、ミスリードを生む可能性がある。法律に基づいた破産手続であれば、妥当性は見いだせるであろう。
株主有限責任制に基づく(債権者側の)債権放棄というのは、平たく言えば、「信じたあなたの脇が甘かった」という事だから。
但し、信じた人間を裏切る事には変わらない。そして、裏切られた人間の痛みは、恨みになって胸に残る。
ビジネスとは、信用の積み重ねであり、人の判断・行動は、常に社会から問いかけられているものだと僕は思う。


<質問>
ついでに氏は財務面の話をしているだけであるが、清算撤退に関して、労働者のリストラにどれだけのコストがかかるかご存じだろうか。それを現実問題として聞きたいくらいだ。
<回答>
当然、撤退・組織再編のご依頼があれば、それに付随して、経済補償金の算定をする事になるし、数百人単位の解雇代行を受けた事も何度も有る。
監禁事例は5件経験し、公安に掛けあって救出した事もある(双方に憎悪渦巻く中に身を投じた事があるという趣旨)。それを踏まえての意見である。
撤退に際して、コストが発生するのは確かであるが、これは、(追徴課税や罰則等の不足の自体を除けば)算定可能なものであり、事前に予測できるものである。
その意味では、会社の経営コストとして、運営の際に織り込んで置くべきものであり、高いから払わない、という理屈にはならないと思う。
ただ、今回の議論を離れて言えば、税関調査、税務調査などで、理論上疑義がある追徴額を請求される事例に、日常的に遭遇しており、腹立たしく思う事もあるのだが、それは、別次元の話として議論したいと思う。

<最後に(引用)>
「撤退はつらい作業で、企業の人格品位を求めて」、紳士的に最後までやるのは一つの選択ではあろう。これにまったく異存はない。苦しくても、襟元を正してやっても、コストがかかることは何ら変わりもない。まさにこれは価値観の問題であろう。本文を書いた友人の水野氏の価値観を否定するつもりはまったくない。価値観の多様性を示したいだけである。

<挨拶>
立花さんも、双方の価値観をわかっていつつ、論点の洗い出しの意味で、この記事を書いたのであろう。
とすれば、僕にとっても意見を補足する機会をもらった事になるが、ブログでの意見披露はこの辺にして、次回、酒でも飲みながら話しましょう。
寿司をご馳走になって、1年以上お返しをしていない故、上海、香港にお越しの際は、是非、ご一報下を。

撤退に関わる嘘と真実

先日、「中国の事情がよくわかっていないのだが、中国では撤退が困難なので、夜逃げをせざるを得ない、という話をよく聞くが本当か」という質問を頂いたが、これは全くのデマである。
前にも書いたが、過去、20数年間で、直接間接合わせれば(間接というのは、実際の手続の代行はしていないけれど、助言の形で関与したという事)、100件以上の撤退に関与したが、撤退は必ずできるし、残余金があれば、必ず出資者に返金できる。
デマが横行するのは、経験者や専門家の誇張によるものであり、また、十分な検証も無く、報道・インターネットが、それを取り上げた結果であろう。
経験者の誇張は注目を引くため。専門家の誇張は、商売獲得目当てである。

破産というのは、債務履行を果たさずに会社を解散する行為であり、夜逃げというのは、解散手続もせずに逃げてしまう行為である。
中国の外資企業は、通常、有限責任会社であるため、出資者は出資金の範囲で責任を負う。
債務保証をしていない限り代理弁済義務は無いため、破産自体は法律に則った手続ではあるが、安易な選択肢として考えるべきではないと考えている(夜逃げは論外だが)。
破産という行為を、用語の適切性を忘れて平たくいえば、借金を踏み倒して逃げる事である。
踏み倒される先は、銀行、企業、従業員など様々であるが、いづれにしても、人の信用を裏切り、相手を傷つける行為である。
出資者自身が行き詰まり、連鎖的に子会社も破産するのであればやむを得ないが、日本では隆々としている企業が、安易に子会社を破産させれば、企業としての品格が問われる。
僕のクライアント様は、非常に真摯な方々であるので、僕が関係する案件で、破産という手法が取られる事は無い。ただ、担当者の方が、上司・関連部署から破産の可能性検証を求められる事があり、その際には、「破産の罰則行為自体は軽いが、風評リスクがあるので、中国での事業継続を検討するのであれば避けるべき、と回答されては如何でしょうか」とお答えしている。
オブラートに包まず表現すれば、「返せる金があるのに借金を踏み倒せば、必ずつけは回ってきます」という事になるのだろうか。


昨年、ある雑誌に、従業員の解雇に伴い経済補償金の支払いが必要となる事が、中国リスクの一つという様な事が書かれていたが、日本であっても従業員を解雇する際には、退職金を払わねばならない訳で、同じことだ。
撤退したいが経済補償金は払いたくない、という事を言われる方もいるようだが、自分が同じ事をされたら(退職金を踏み倒されたら)どう思うだろうか。
海の向こうであれば、人・企業が守るべき約束を果たさなくてもよい、という理屈にはならない。
困難な局面で、人の内面が表れる。
撤退は辛い作業であるが、担当者やその企業の人格・品位が問われるステップでもある。
苦しくても、襟元を正して対応すべきだと思う。

坊主頭と人相

2011年の写真。上と下ではほぼ同時期。

先週末、髪の毛をバッサリと切った。
僕は、通常は髪を長くしているが、数年に一度、うっとおしくなってバッサリと切る。
今回は、「これからは基本的に短髪でいこう」と決めての事であるが、その翌日、お会いする数名の方々より、「人相が悪くなった」、「インパクトがなくなった」、「微妙な感じ」と、否定的評価を矢継ぎ早に頂いた。
中には、困ったような表情で言葉を飲み込む方もおり、つまるところは、似合っていない、と切り捨てられた様な形である。

今回は写真を撮っていないが、上が2011年に切ったもの。
この写真を人に見せたら、「ひゃひゃひゃ」と手を叩いて笑われた事が。
それに懲りて、今回は、これよりは微妙に長い。
髪を切る1か月前の写真が下の写真なので、確かに髪を短くすると、人相が悪くなる感はある。

ちなみに、これは、前のブログにも登場した、悪代官とあだ名される、元同僚松園君の写真。
これだけ短いと、確かに強面という表現が良く似合う(がたいも良い)。

JALの機内食

疲労困憊でブログが3日書けなかった。
忙しい状況下ではかろうじて書けていたのだが、ひと段落したら体力的に限界が来た。
あまりの辛さに、やるべき仕事をこなすのに手いっぱいで、ブログを書く体力が無かったが、もう大丈夫。
今日は、深圳日帰り出張で、日本政策金融公庫主催の講演会。
3月は、香港商工会、広州商工会、信金中央金庫、そして今日の政策金融公庫と、固い雰囲気の講演会が4つ集中した。

さて、話変わって(時系列が戻って)。
3日(月)の事。
朝家を出て、虎の門で2件面談した上で、成田に移動。
日本から香港に移動した。
僕の飛行機搭乗回数は年間80回以上になるが、従来は、キャセイ・ドラゴンを集中利用していた。
60回程度がキャセイ・ドラゴンだったと思うが(ゴールドティアを取得していた)、アップグレード条件が悪く、また、それだけ乗っても、年間1~2回くらいしかアップグレードしてくれないので、1年前から可能なものはJALに切り替え、サファイアステータスを取得した。
この結果、マイルが2倍になり、アップグレード条件も良くなったので、(移動時間が短い、日本・上海間や、ドラゴン使用の香港・上海間はエコノミーを使うが)香港・日本間は、マイル使用でビジネスクラスが利用できる様になった。
移動のストレスが随分違う。

JALとキャセイを比べてみると、座席は確かにキャセイの方が良いのだが、食事はJALが良い。
この日は、機内食が出てくるまでの1時間は必死に仕事。
急ぎの仕事をこなした上で、安心して機内食を楽しんだ。
洋食を頼み、フランス産、豪州産の赤ワインを合計4杯。


清水寺と銀閣寺

京都出張は4年ぶり。
前回の京都出張は、夜9時過ぎに到着。
京都駅付近の新都ホテルチェックイン後、近所の吉野家で牛丼を食べ、セブンイレブンで購入したビールを飲んで初日は終わり。
翌日、京都商工会・香港貿易発展局と昼食兼打ち合わせ、その後の講演会を終えると、新幹線に飛び乗り大阪に移動という、誠に慌ただしいスケジュールだった。

今回も観光ではないのだが、何とか一つでも寺が見たい。
その一念で、空き時間を見つけて、タクシーに乗って清水寺、銀閣寺に行く。
移動と参観時間を含めて一か所一時間もないので、慌ただしい限りであったが、つかの間観光気分が味わえた。
次回は、もう少しゆったりと観光したいものだ。
嵯峨野にも奈良にも行ってみたい。
ちょっとのんびりしたい気分の今日この頃。

ランドマーク初出勤と麻婆豆腐

デスクから見る景色

昨日は、横浜ランドマークタワーのオフィスに初出勤した。
日本事務所のオフィス移転は、2月7日であったが、僕がずっと日本にいなかったため、僕自身は昨日が初出勤となった。

移転前のワールドポーターズのオフィス(ワールドビジネスセンター)は、横浜市が運営するインキュベーションセンターで、安いし、管理者の方々の感じも良いし、アットホームな雰囲気で、大変居心地が良かった。
但し、部屋は小さく窓が無い。
たまにしか行かない僕は良いのであるが、、常勤の杉山・横幕・前田さん等は、それなりのストレスがたまったであろう。
新オフィスでは、部屋も広くなったし、眺望も良いしで、大変居心地が良い。
オフィス環境は大切だ。

僕の会社は、出来立ての頃は小さな部屋を借り、基盤が安定したら引っ越す方式を取っている(身の丈に合ったオフィスを借りるという方針)。
そのため、香港、日本、上海、広州は、既に、それなりに居心地の良いオフィスに移転しているが、昨年出来立ての深圳は、まだ窓なしのサービスオフィスだ。
深圳は、ともあれ頑張って、早く独立したオフィスに移転しなくてはならない。

麻婆御前と辣酸湯麺

前オフィスのワールドポーターズは商業施設だったので、雰囲気も緩い。
一方、ランドマークに移転すると、ビルの中の雰囲気は、丸の内と同じだ。
昔の感覚がよみがえってくる。
昼食は陳健一の麻婆豆腐の店に行く事に。
近隣オフィスの方々が、12~13時の昼休みに殺到するので行列。
普通の昼食を食べるために行列したのは、何年ぶりであろうか。
それを考えると、日頃恵まれた環境(通勤ラッシュも昼食時の行列も不要な生活)にいる事が実感される。
丸紅本社勤務時に、赤坂飯店で行列していた時の事を何となく思い出した。
前田さんと2人で食事をしたので、麻婆豆腐x2とスワンラータンメンx1を頼み、麺は二人で分ける。
麻婆豆腐を辛めにしたら、なかなか本格的な味になって美味しかった。
大変満足したが、少々食べ過ぎで、勉強会での講師が苦しかった。