第二外国語とゼミの思い出

5月2日に、中国関係に足を踏み入れる過程を書いた。
まあ、偶然に導かれてすんなりと来たような感じだが、それでも、幾つかのピンチがあった。

一つは大学の第二外国語。
中国語は人気があったので(単語が日本語に似ていて簡単)、抽選があったようだ。
中国語に落ちるとロシア語に自動的に回されることになっていたらしい。
⇒ 社会主義という事以外は大違いだ。
  ひどいぞ早稲田。
まあ、選ばれてよかったが。

あとはゼミ。
なんせ、成績が関係ない(当時、早稲田の政治経済は、6割程度の学生しかゼミに入れなかった。よって、ゼミに入るにも優の数が問題になってくるケースが多い)ので、なんだかんだで希望者は多いゼミだった。

定員の20名を超える学生が集まったので、先生が、「性格的に学生を落とすのは好きではないので、ゼミの実態言っておくけど、就職には全く使えないゼミだよ。コネゼロだし。それでも希望する人は、何時間後にもう一度ここにきて申し込んでくれ」と発言。
これで、来なくなってしまった人間が結構居たので、これで無事ゼミに入れた訳である。

なんとも気が抜ける顛末であった。
まあ、ゼミの発表は2年で1回だけ。
卒論20枚。
超楽勝ゼミであったのは確かである。

表彰式でのスピーチ

全然話が変わるけど、外高橋に表彰された時、スピーチしている際の写真を入手した。
ちょっとぼけてるけど・・・

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