思い起こせば10周年だ。香港も僕も

休日なので、昼までのんびりしてから、ふとE-mailチェックをしていたら、明日(7月2日)の中国ビジネス解説(NNA)の原稿が届いていないという連絡が入っていた。
香港が振り替え休日なので、本土も同様(休載)だと勘違いしていた。
あせって、1時間で原稿を書いて提出。1点、確認を要する点があったけど(明日のブログで書きます)時間の関係で、詰め切れなかった。
残念。

その後、ジムに。
1時間走って、筋トレをする。
最近やっと、走るのが楽になってきた。
ジムからの帰りに、オフィスの前のタマール広場を通ったら、セレモニーがある様で、随分人が出ているのが目に付いた。


そしたら、10年前の赴任したての頃を思い出した。
あれは1997年。
香港の中国返還の年であった。
当時、33歳だった僕が、丸紅香港会社の経理課長代理の肩書きで赴任したのが4月。
慣れない仕事で効率が悪かったので、いたずらに深夜残業・休日出勤を繰り返していて(今から思えば、さほどたいそうな仕事ではなかったが)、返還記念式典の6月30日にはくたくただった。三連休だった記憶があるが、これで緊張の糸が切れたもの。
夕方まで休日出勤してから、近所のスーパーで、シャンパンと持ち帰り寿司を買って、一人でTVで記念式典を見ながら食事をした。
ウニ・いくらと、シャンパンはちょっとアンマッチだった。
遠くで、「どんどん」花火がなっていたけれど、家からは見えずに残念だった。
実家に電話をして、「返還式典日本でもやってるでしょ。見てる?」と聞いたら、「暴れん坊将軍見てる」と言われた。
「歴史的瞬間なんだから見てよ」と言ったら、「いやさ」と言われて、ぎゃふんと言ったものだ。

翌日が7月1日。
その日も盛大な花火があったので、ちょっと体調が回復した僕は、夜に会社に行って花火見物した。
会社の窓から、花火が良く見えるので。
花火が終わり、地下鉄の混雑を避けるために、近所の日本料理屋で、カツ煮定食を食べたのをなぜかよく憶えている。
食べ終わって街中にでたら、街中を歩くたくさんの人達が目に付いた。
祭りの後、という感じであった。
中国に戻った香港。
少なくとも、街中を歩く人たちからは、その変化が感じられなかった。
あれからどうなるのだろうと考えて、10年が経過した。

金融危機やらSARSやら、色々な事があったけど、香港はたくましく生きている。
僕も、随分変化があった。
色々悩みもあるけれど、たくましく生きてかなきゃ!
この十年間を、瞬時に思い浮かべ、そんなことをふと感じた。
僕も、まだまだ戦える!

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