正義感は必ずしも正義ではない

私は正義感が強い、とか言うと、格好良く聞こえるが、そんな事を言う人が、必ずしも正しい事をやっている訳ではない。
自分が思う正義のピントがずれていたら、正義感に基づいて突っ走る人は、単なるはた迷惑な人間だ。

社会で生きるためには、人間、まず我慢が必要だ。
それは、社会に出ると、中学校・高校の時に解いた学校の問題とは違い、正解は一つではないからだ。
場合によっては、人の数だけ正解、というか、正義があり、自分の正義は必ずしも人の正義ではない。
「私は正しい事をやっている」という発言は、聞こえはよいが、他人にとっての「正」を、踏みつぶしている場合もある。

僕自身、自分をだまさず、人を騙さず生きているつもりだが、5年前、10年前 etc.を振り返ると、その時の自分の言動に腹が立つ事がある。
今でも、暫く前にした自分の言動の幾つかを、毎日反省したりしている。
だから、ちょっと前の自分は嫌いだし、あと暫く経ったら、今の自分を嫌いになるのだろうか。
よく言えば成長。
別の言い方をすれば、人間反省の連続だ。

ただ、そんな中でも、日々、何が正しいのか(自分にとっても、人にとっても正しいか)を、判断する必要がでてくる。
僕にとって、その基準があるとしたら、それは、その判断をした時に、自分は、胸を張っていられるか、という事だと思う。

ずるをしたら、人をだましたら、胸を張って生きていけなくなる。
だから、判断に困った時、「その行動をした時に、胸が張っていられるか」を考える。
そして、その結果(判断の正しさ)は、人が判断するものであり、若しかしたら、暫くあとの自分自身が気付くものであろう。

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